逆襲
困った。
本当に困った。
やはりあの王は面倒な奴だ。
金鉱開発の件、ウラン族から協力を得られますよ、良かったですね! あとはそちらで話し合ってすすめてくださいな! という内容の報告書を出した結果、返信があったのである。
とても長い手紙を要約すると『わかった。では現地に送り込む人員の護衛に軍も入れる。あとはこちらでうまくやるが、領内を通過させろ。あと糧食の用意もしろ』である。
おれはギル殿にこの内容をそのまま転送しつつ、爺に相談する。
「王はクソすぎる。どうしたらいいだろう?」
「お館様、これは北峰山脈の民への侵略意志以上に、お館様への嫌がらせもあります。なにか王が気に障るようなことをされたのでは?」
いろいろと考えてみるが、思いあたるといえばあるし、ないといえばない。
扉の外から伝令の声がする。
「お館様、手紙が届きました」
「入れ!」
伝令から手紙を受け取ると、宰相のドログノアからだ。
俺が封をナイフで開き、便箋を取り出す。
長い文章の要点をまとめると『王は山の民を狙っているそぶりだが、実際に狙っているのはレジト候領だ。貴公は妻と結託しウラン族と協力して王家への叛意を露わとしたとして処罰されてしまう』である。
爺に見せた。
「……お館様、これはきっとあれです……豊かになりそうな土地を奪おうという魂胆です」
「……ここまでするか? だいたい、これは誰のための戦争だ? あの王が望むだけのものだろう!」
「お館様、戦争はいつも権力者が望む時におきるものですぞ」
その通りだ。
どうやって王の目を逸らすか?
悩ましい。
ところが、この悩みがすっきりとする出来事が翌日に起きた。
イングリッド王女からの使者が到着したのだ。
俺はその使者から話を聞き、王家の奴らが俺への嫌がらせをする理由が、姫の我儘を王がかなえようとしていることも含まれているのだとわかった。
自分が父親との間を仲介してあげるけど、山の民の娘との結婚は解消しなさいよ。
あの娘は山へ返しなさい。
これらが姫の条件で、あの馬鹿女がどうしてこんなことを言ってくるかというと、王国一の美人があのパリピ姫ではなくて、うちのレイちゃんに移ってしまっているからだ。
王国一の美女と、貴族社会で言われていた姫は現在、王国でも指折りの美女という呼ばれ方に変わっている。それは披露宴でレイちゃんが皆の前で天使だったし、この前のデーン人討伐の噂も加わって、いちばん可愛くていちばん強い最強のレイちゃんという噂が広まっているからだ。
実際、そうなのだからしかたないけど、姫はこれに「キー!」となって、「パパ、あいつを追い出して」となって、「よしよし、ワシも考えあるからやってやりますか」と繋がっておるんだろう……。
レイを犠牲にしたところで、きっとまた言ってくるに違いないあの王家への怒りもこめて、俺はとびっきりの復讐を果たすことを決めた。
あいつらがもっともされたくないことを、してやる。
-レイ-
フレデリクが、離れの倉庫から大量の品々を庭へと出して、商人たちを呼んで売り始めた。
宝石や宝剣、絵画、装飾品などなど、レジト侯爵家がこれまで大事に保管していたお宝を売るという。
僕にはそれらの価値がどんなものかよくわからないけど、赤い服のようなきれいな格好をさせてくれるというから、どんどん売ってほしいと思った。
あの赤いドレス、格好よかったもの! 羽根飾りとか、光る石とかついててキレイだった。
それよりもすごい服を買ってくれるという。
それに、親父にも手紙を出して、協力を求めていた。
何を始めるつもりなんだろう?
アルフォンスも、オリビエも、イブラも皆が「クソ王め、みてろよ、クソが!」と悪い言葉を使っているから、きっとあのでっぷりと太った肉団子みたいなおじさんが原因なんだろう。
民衆にも、造花を作れば侯爵家が買いとると発表していた。それに、花弁を集めればそれも買いとるとも広めていた。
何の準備をしているのかと気にしていたら、フレデリクがようやく教えてくれた。
「王をやっつける」
「やっつけるのか?」
「ああ、あいつのしたいことを利用して、あいつをやっつける」
「大丈夫か?」
「大丈夫にする。レイ、手伝ってほしいことがある。戦いの指揮は俺より君のほうが上手いから」
「戦いは得意だ。任せろ」
僕は自信をもって引き受けることにした。
そして三月二十日、フレデリクは王へ伝令を発した。
手紙でも使者でもなく、伝令を発した。
『蛮族が裏切りレジト侯爵領へ侵入。援軍を求む』
その伝令は、王にこう訴える予定だと聞いて僕は驚く。
事実じゃないし、王に助けを求めるなんてやっつけるの反対じゃないかと抗議した。
フレデリクは僕に教えてくれる。
「熊は、穴から引きずりだして退治する。そうだろ?」
「そうだ。それとどう関係がある?」
「あの脂肪の塊のように太った熊を引きずりだすには、あいつが食べたい餌を投げてやることだ」
フレデリクはそう言った。
難しい……。
-フレデリク-
四月になり、雪も多くは大地から逃げ出した頃、その軍勢が領内に入ってきた。
リタニア王国軍だ。総勢一万人の大軍で、コンラード候、ヴェラリー候、フィル候の三侯爵も参加した討伐軍である。
実は、この戦争を引きおこすことで、王女の婿選びというあの女を主役にした催しをぶっ潰した。
そんな暇ねぇんだという状況にしてやったのだ。
俺はすでに山の民の軍勢と向かい合っている状態を装っている。なので王軍はそのままこの戦場に向かってきているという報告を受けた。
俺は合図を出した。
すると、ウラン族を中心とする山の民の軍勢が、一斉に襲い掛かってくる。
当然、俺達は勝てないという体で逃げ出す。
俺は馬を駆って一目散に逃げて、大軍がこちらへと向かってきている光景を見た。
行軍中だから、陣形も何もない。
わざわざ戦場を、領境付近に設定したのは敵兵達の心理をつく必要があったからである。
まだ心の準備ができてないはずだ。領境を越えて、戦場へ行って、野営地を設置して、さぁ戦いだというのがこれまでの北伐だ。
俺達は逃げたフリをして、王軍へ突撃をかます。
レジト侯爵軍の役割は、王軍を混乱させることだ。
わざと公軍中の王軍へ突っ込み、「助けて」「逃げろ」と騒ぐことだ。そこへ山の民の戦士達が突撃する。
計算通り、王軍は大混乱になった。
慌てて隊列を組もうとする部隊や、逃げ出す部隊、右往左往する部隊、ばらばらになる。王軍の混乱は三侯爵の軍勢にも波及して、リタニア王国軍は戦う前から総崩れになっていた。
ここでレイちゃんが騎兵連隊を率いて、王の馬車を狙った。
戦いは計画、準備で八割が決まる。
計画も準備も王はできなかった。
俺が投げた餌に飛びついたからだ。
「王を捕まえたー!」
レイちゃんの綺麗な声が戦場に響き渡る。
謀叛大成功だ!




