逆襲を企てる
リタニア島の北峰山脈北側の海岸線を襲ったデーン人達を、レジト侯爵軍軽装騎兵を率いたレイが一網打尽にしたことは、たちまち島内に広まった。
俺が広めた。
自慢したいじゃないか!
俺の奥さんはとってもすごいんだぞ! と。
とっても強くて可愛くて僕っ娘なんだぞ! と。
僕っ娘はまあ違うが、最近は僕と言うレイが可愛い。
オジキ、わかったぞ。俺もわかった。貴方の過去の決断は正しい行いだったのだ!
その僕っ娘レイちゃんが、僕に贈ってくれた首飾りが発端で始まったダイヤ鉱山の開発がついに着手される。
山々はまだ雪深いが、冬の間も生産をする必要があるから慣れたいという商会側の希望であった。
俺はここで、ウラン族のギルと再び会うことになる。
リガの村で彼と会うことをレイに伝えたが、会わないとそっけなかった……。
レイちゃんに嫌われたらしつこく避けられるのだなと理解し、決して嫌われたくないと誓った。
リガの村には、彼のほうが先に到着していた。
「おう! この前はありがとうな! 助かったわ!」
「いえ、俺が留守の間にレイが全部してくれました」
「いや、あんたの家臣達が兵を動かしてくれたんは、あんたが彼らに普段からちゃんと相談をして、会話をして、あんたの考えや判断などを伝えて共有できとったからだとワシは思うで。じゃないと普通は動かさんよってな」
「はぁ、そんなもんですかね?」
臣下達と冗談を言いあったり、決める時は全て相談して決めて、またどうしてそう思うかも伝えるのは、領主として当たり前のことだと思うのだが……違うのか? 他所はそうして……いないな! あの王は違う!
「あんたにええ話ができそうなんよ」
ええ話?
「ダイヤの開発、工夫をワシらから出すことで報酬をもらうようにという約束やったろ?」
「ええ、運搬も含めて……商会も現地採用は絶対だということで入ります」
「その人手をな、プルト族から出すことで調整をしたんよ。それで、報酬は全てプルト族に渡す。これで、金の件、長老が許可をくれたんや」
「なんと!」
おい! レイちゃん! 君の親父さんは超有能だぞ! いあ、山の民をまとめているから無能なわけがないんだが……予想のさらに上だ!
でも、報酬が減るのでウラン族内から不満がでないかと心配になった。
「ありがたいですが、ウラン族は嫌ではありませんか? 自分達の土地のものなのに、手柄を全てプルト族がもっていくみたいで」
「そこは、ワシがガツンよ」
また拳を握る……。
彼は笑う。
「ガハッハッハ! 冗談や。いや、実はワシがあんたにレイを嫁がせたことで、デーン人襲来を退けることに繋がっておるんは皆もようわかっとる。この前のあの戦いぶりはすんごかった。ワシらは一対一で勝つことに必死やが、あんたらの戦士は集団で敵にぶつかって勝とうとするやろ? それをレイが連れてきたんでウラン族の中では、ワシはもうとっても偉くなっとるんよ。反論はあがらん。それに、木材や鉄もある。独占はいかん」
なるほど。
「それに、ワシもレイを嫁に出したんで新しい嫁をもろうたんよ」
元気なおっさんだ……おいくつなんだろうか? 見た目は王よりもきっと若いけど、俺の父親よりは年上に見えるし……。
「ワシの嫁、プルト族からもろうたんよ。わかるやろ?」
このおっさん、搦手も使う……さすが、山の民をまとめるおっさんなだけある。
「それで、プルト族とすればいずれ山の民全体のまとめ役にプルト族の者が立つかもという期待と、実益で、信仰と天秤にかけて現実路線になったのですね?」
「そういうこっちゃ、神さんはええ加減でな。いくら拝んでもなぁんもしよらん。こっちの余裕がある時だけ拝んでおったらええんや」
「では、金鉱の開発に関して、王家へ許可を取ったことを報告します」
「うん、あんたも板挟みにならんで良かったやろ? ワシも気が楽や」
「本当に……ありがとうございます」
俺はだけど、王の馬鹿みたいな策略を知っている。
この賢いギル殿には、王の本音を伝えておきたいと思った。そして、こう考えていること自体、俺はこの人を好きなのだとわかる。そして、命令して金をとっていくばかりの王家や中央よりも、協力関係をお互いに築こうとしてくれるギル殿たちとうまくやりたいと考えている自分を認めた。
「ギル殿、お耳にいれたいことがあります」
「どないしたん? 真面目な顔して……」
俺は、都での王との会話を彼に伝えた。
「……というように、あの王は頭がどうかしているので、また何かしらの難題をふっかけてくるかもしれません」
「……あんたも大変やな? しょうもない上役をもったら……いっそのこと独立したらどうなんや?」
内乱になるっす! 無理っす! 金がかかるっす!
「滅ぼされて終わりです。とにかく……今回の件で、王家がこちらに注文をつけてきた時は、注文通りではなく裏の意図があることがわかりましたので気をつけて観察します。一緒に対応して頂きたいと思います」
「おう、わーた。その代わり、はよ孫の顔を見せてくれ」
「も! もちろんです!」
元気よく答えておけば大丈夫だ!
-レイ-
ベリオットの周辺で、野犬の群れが増えたというのでフレデリクが間引きを行うと言った。
僕は反対する。
「無駄に殺しちゃ駄目だ。狩るならちゃんと命を頂くべきだ」
「……犬は美味しいのか?」
「食べたことはない」
「……しかし、行商人たちや、商隊や住民を襲うこともある。領主として手を打つんだ。わかってほしい」
僕たちは睨み合う。
ふと、気付いた。
もしかしたら、フレデリクに腹を立てたのは初めて会った時以来だと思う。あの時は、せっかく持ってきたスピリットを吐きだしたから腹が立った。
そんなことを考えていると、腹立たしさも消える。
フレデリクが不思議そうに僕を見ていた。
「どうしたんだい?」
「……僕たち、夫婦になって初めて言い争いをしたな?」
「……争いは大袈裟だけど、まぁ間違ってない」
僕はフレデリクと仲良くしたい。
だから、言っておきたいと思う。
「フレデリク、これから言い争いをした時は、喧嘩をしてお別れをするのは駄目にしよう。必ず、お互いに深呼吸して、謝ろう。仲直りして、それでもムカムカする時は、離れて大声を出そう? スッキリしたら、また隣にいたいんだ」
彼は目を丸くし、次に優しい眼差しとなって僕を見つめる。
顔を見るな!
うつむくと、抱きしめられた。
「レイ、きっとそうする。ごめんな? ごめんなさい。ムカムカさせてごめんね」
「うん、ごめん。領主のお前が困るようなことを言ってごめん」
こうして、お互いに謝って、唇を重ねてもらって、離れた。
フレデリクはいろんな仕事を同時にやっていて忙しい。僕が抗議をしたから余計な時間を使わせてしまった。
会議室へと向かう彼を見送り、領主の執務室から出たところでアリアナに一礼された。
「お嬢、大奥様がお待ちですよ」
いけない!
僕は慌てて離れへと行って、遅れたことを婆さんに謝る。
「ごめんなさい。フレデリクと言い争いをして遅れた」
「言い争い? ほっほっほ! どうしたの?」
僕が事情を話すと、婆さんは頷き、優しい口調で教えてくれる。
「ごめんなさいね? 個人としての考えはきっと貴女が正しい。でも、組織の上に立つ者の考えとしてはフレデリクが正しいのよ」
「うん……じゃなかった。はい……でも、犬達も生きている。襲われたら怖い、数が増えたから、そんな理由で殺されていいとは思わない。僕は思わない」
「レイ、貴女は優しいのね?」
「……わからない」
「レイ、でも貴女がそう思うのなら、野犬たちを殺さなくても領民が安心できる方法を考えてみたらどうかしら? フレデリクだって、動物の命を奪うことをやりたいわけじゃない……でも決断した。それに異をとなるならば、こうしたほうがいいのではないかと示してあげたらどうかしら?」
「難しい……僕には無理だ」
「あら、それは卑怯よ」
婆さんの口調が厳しくなる。
こういう時、僕は緊張する。
婆さんは優しいけど、厳しさもある。それは僕のために、そうしてくれているとわかるから、僕はどうして厳しくされているのかを考え、緊張するんだ。
婆さんがそこで笑顔になる。
「でも、ようやくそういう言い争いをできるようになったのね、安心したわ」
「そうか?」
「ええ、フレデリクをしっかりと支えてあげてくださいね」
「もちろんだ」
僕は大きく頷いた。




