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板挟み?

 三月に入ると我が領地でも雪は降らなくなってくる。しかし地面を覆う雪はまだまだ多い。四月から九月の半分だけ雪が地面から消えるという表現が正しい。


 しかし、この雪は恵みももたらす。


 雪が溶けて水となり、山や森はそれをたっぷりと溜め込む。すると乾期の六月から八月になっても、我が領地には水がたっぷりとあるのだ。実はこの島で、夏の水不足に悩まなくていいのはレジト侯爵領だけであるから、ここだけは羨ましいと言われている。


 これで耕作地がたっぷりとあれば農作物の収穫量も満足いくのだがと悩ましい。


 森を焼いて畑にする方法もあるが、森や山を殺せば豊かな水が脅威となるため下の下だ。


 食料自給率でいえば十割なのだが、災害で収穫が落ちるとたちまち不足する為、他所から買いこまなくてはならなくなってしまうが、そういう時はたいてい食料の価格が高騰してしまうので高い買い物をすることになる。


 それで、普段から保存食の備蓄を熱心におこなっているが、保存食も限界がある。しかしこれからは山の民にも食料を報酬として渡さねばならないので、どうやって上手くやろうと考えていると煮詰まってしまい、レイに誘われてベリオットから外へと馬で出掛けた。


 雪が深い先は避けて行先を選ぶ。


 俺たちの馬は競うように平地を駆ける。機嫌よさが跳ねるような走りに現れていた。それはきっと乗り手の俺達が楽しく感じているからだろう。


 レイが弓を手にした。


 一面が雪だと思っていたが、彼女が矢を射ると雪上に兎が飛びあがった。


 見事、命中している。


 レイは馬から降りて、兎を掴む。そして腰の短刀で素早く血抜きを行い、雪をつかって器用に洗い始めた。


「うまいもんだね」

「自分の食べ物は自分で狩る。だから食べられるところは全て食べる。僕たちは命を頂いて生かされているからな」

「至言だ。忘れないでおきたいよ」

「難しい言葉はわからん。岩塩も常にもってる。少し早いけど食べるか?」

「ここでか?」

「外で食べるのもおいしいぞ」


 馬は離しても俺達から離れない。わずかにのぞく草をんでいるようで、弄んでいるようにも見える。

 

 レイは馬の背から荷物をおろし、持ってきた乾燥させている木の枝、藁、火打石を出し、地面の雪をかきわけると手慣れた様子で火をおこした。そして兎を短刀で切り分けて枝に突き刺し地面に立てて炎に晒した。そして彼女は内臓を掴むと、こちらを窺っていた野犬の群れへと投げる。


 レイが口笛をふき、犬達が内臓へと駆ける。


「知り合いか?」


 冗談で尋ねると、レイは笑う。


「わからない。どこかで会ったかもしれないけど……一番のご馳走は、彼らにあげるようにしている。だからこちらの邪魔をしないでくれる」

「そういうものか」

「うん。あれが狼だったら、兎を残して立ち去るところだけどな」

「敬っているんだな?」

「狼の縄張りで狩りをしてしまった詫びを示さないと許してくれない。と僕たちは信じている」


 俺はマントを地面に広げ、彼女を誘う。


 二人で並んで足を投げ出した。そして空を見上げていると、レイが俺の顔を触る。


 察して、俺は彼女に口づけをする。


 レイは、こうして欲しい時、俺の頬に触れてくる。


 照れ屋で恥ずかしがり屋の彼女が示す精一杯の甘えなのだ。


 俺が唇を離すと、レイが俺の肩におでこをのせる。


 なんでもないようなことかもしれないけど、幸せを感じる。


 兎が焼けてきた。


 香ばしい匂いに、俺の腹が鳴る。


 レイが微笑んで、俺から離れて肉を取ってくれる。


 これまで食べたどんな兎肉よりも、すばらしい味だった。




-フレデリク-




 その報せはいきなりだった。


 王都から使者が領境を越えたというので、何事かと思っていると金鉱の開発を行いたいから、ウラン族との間を仲介しろという内容だった。


 さっそく……。


 俺はもちろん協力しますと答え、ギル殿宛に手紙を書いて送った。


 すると五日ほどでギガ殿が俺を訪ねてきた。


 よくない返事かもしれないと予感する。


 レイがニコニコになるので、ギガ殿来訪は嬉しいのだけど、悪い返事は嬉しくない。そんなことを考えながら彼を迎え、応接間に通す。仕事の話を終わらせてからレイを呼ぼうと思い、二人で向かい合う。


「兄貴……失礼、族長は金鉱の開発に協力はしてもいいと言うが、場所が問題だ」

「場所が?」

「我々はウラン族だが、山に住む者はいくつもの部族の集合体で、現在はウラン族がまとめている。これは知っているな?」

「ええ」

「貴公が知らせてくれた開発場所だが、プルト族にとって神聖な滝の近くだ。プルト族が反対した場合、ウラン族も協力はできないという返事となるが、それは貴公が板挟みになるのではないかと族長が心配している」

「……ありがとうございます。まさか俺を案じてくださるとは……」

「レイが悲しむようなことにはしたくない。で、実際はどうだ?」

「お考えの通りで、俺は王家から説得しろと命じられるでしょう。ところで、鉄やダイヤの場所は大丈夫でしたか?」

「そこはウラン族の土地だから問題ない」


 複雑だ。


 このまま物事が進むと、我々は鉄やダイヤの鉱山を開発し、収益を得る一方で、王家は金鉱の開発ができない。そのできない理由は、神聖な場所だから駄目だというものだ。これを受けいれるような人物ではないことを俺は知っている。


 ズラターンという王は最低な奴だもの。


 奴はきっと、こう言い始める。


「貴様、自分達の開発はおこない、こちらの要望はわけがわからん理由で駄目だとしているな! いずれ金もわが物にしようと考えておるのだろう!」


 悩まなくてもわかる。


 どうしたものか……。


 ギガ殿が口を開く。


「族長はプルト族の説得をしてみると言ってくれているが、無理強いはできん。下手をすれば、山の民が割れて対立してしまう……ただでさえ、レジト侯爵領への略奪を禁止しているからな……まだ実益を彼らに齎すことができていないから、族長も大変なのだ」

「わかります……ただ、こちらもそちらに頼りっぱなしはしたくありません。族長にはプルト族の説得は待ってくださいとお伝え願えますか? 王に事情を話してみます」


 駄目だろうと思うけど、時間を稼ぐ。そして得た時間で代案を考える。


 ここで、俺は彼を誘ってレイが稽古をしているはずの婆様の離れを訪ねた。


 レイは、弦楽器の稽古をしていた。


 音程は怪しいが、ヴァイオリンをかまえる姿は凛としている。しかし、ギガ殿の姿を見ると普段のレイに戻った。


「オジキ! オジキー! どうした?」


 ヴァイオリンを放り投げるな!


 婆様が信じられない素早い動きで空中のヴァイオリンを掴む。そして、ギガ殿に飛びついたレイを叱る。


「これ! 楽器を粗末にしては駄目よ! 高いのですよ!」


 そうだ!


 とっても高いぞ!


 俺はひさしぶりに、婆様の意見に同意できた。




-レイ-




 オジキが訪ねてきた日、夜は屋敷で一泊するというので、僕たちは食事のあと、書斎ですごろくをして遊んだ。


 遠い国で考案されたこの遊びは、サイコロを順番にふり、指定された列と行のカードをひらき、そこにある資源を手にいれる。ターンごとに資源の価値は変わり、これもサイコロの目で決まる。最終的に最も資産額が多い者が勝つのだが、交渉して資源を得たり、戦って得たりと様々な手段があって頭を使うけどおもしろい遊びなのだ。


 子供の頃、オジキ相手に遊んでいたけど、フレデリクも好きだというので嬉しかった。そこで、この遊びはリタニア人がオジキに教えたのだともわかった。


 僕は三人ですごろくができる今日は、まさにすばらしい日だと思う。


 好きな人達と、好きな遊びを満喫できるなんて幸せだ。


 遊びながら、オジキに山の様子をいろいろと訊いた。


 めでたいことに、兄貴に子供ができたという。


 お祝いに何か贈ろうと思う!


 親父にも、新しい奥さんができたそうだ……。


 ちょっと複雑だ。


 僕はそういう話を聞いたものだから、自然とフレデリクを見つめた。


 彼はサイコロをふって出た数字のカードをめくり、「うわぁ! 木材はもう余ってんだよ! いらねぇのに」と残念がっている。


「ならば、ワシの鉄と交換するか?」

「鉄? 木材ふたつと鉄ひとつなら乗ります」

「木材は余ってるのだろ? みっつにしろ」

「……塩と木材ひとつずつで鉄ひとつ」

「いいだろう」


 オジキとフレデリクが資産を交換する。


 僕の番だ。


 サイコロを振る。


 指定されたカードをめくった。


「騎兵軍団か……資産価値もそこそこあるけど、どっちに攻めようかな?」


 僕が二人を眺めると、彼らは脅えたようなそぶりを見せてお互いを指さした。


「レイ、君は夫を攻めるわけないよな?」

「育てた恩を忘れたわけではあるまい!」


 僕はフレデリクの硝石を狙って、彼を攻めた。


「やめてくれぇ……とっておきが……もうすぐ火薬が作れたのに!」

「僕も作りたいんだ」


 笑い声が書斎を包む。


 遊び終わって、それぞれに寝室へという時、僕は親父や兄貴のこともあって、勇気を出してフレデリクを見つめた。


 目があう。


「レ……レイ、一緒に寝るか?」

「……お、おう」


 通じた!


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― 新着の感想 ―
[一言] 部族と王家の板挟みか… フレデリクも大変だのぉ… 何とか王家に一矢報いて欲しいなぁ。
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