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 王国暦一三九年一月二十日。


 レジト侯爵王都別邸に、招待客たちが続々と集まってきた。控室で待機していると隣の部屋からの会話が漏れて聞こえてきた。


 壁が薄い……。


「蛮族の……妻に……情けない」

「どうせ……い娘だろう」

「小競り合いが……窮してい……からな」

「毛むくじゃらの娘ではあるまいか」

「あーはっはっは!」

「あーはっはっは!」


 声からして、ヴェラリー侯爵ハイネンとフィル侯爵クヌートの二人だ。そして、彼らの会話を周りの者達も聞いて同調している様子なので、俺は神に誓う。


 いつか、こいつらを本気で悔しがらせてやる!


「お館様、時間です」


 爺に呼ばれて立ち上がり、妻の部屋へと向かう。


 レイの着替え室の扉を開くと、天使がいた!


「レ……レイ?」

「……あんまりジロジロ見るな。殴るぞ」

「……ごめん」


 美しいという言葉は、この日の彼女のためにある。


 俺は彼女に歩み寄り、その手をとる。


「とても綺麗だよ」

「お世辞はわかる。殴るぞ」

「お世辞じゃない。それに、今日はその言葉遣いは駄目だ」

「……わかりました」


 切り替えができるようになった。


 婆様のおかげだ。


 騎士達に先導されて、披露宴の会場である広間へと入る。都では宴を開催することもあるので、五十人ほどが入ることができる部屋が別邸にはあり、そこが会場だ。


 長いながい長方形の卓に、ずらりと並ぶ紳士淑女たちが、部屋に入った俺たちを見た。


 いや、レイを見た。


 二人で歩調をあわせて進む。


 声が、聞こえた。


「う……美しい」

「エルフのようだ……」

「王国……一の美女だ……」


 王、王妃、性格の悪い姫の順に挨拶をすると、王と王妃はぎこちない動作で「すすすすばらしい花嫁だな」「ほほほ本当に良い女性でありますわねぇへいかかかか……」と言い、姫はぶすっとして「おめでとうございます」とだけ言った。


 次に侯爵たち。


 あんがい早く、悔しがらせることができたかもしれない。


 ヴェラリー侯爵ハイネンとフィル侯爵クヌートの両おっさんたちは、羨ましそうな顔で俺を見て、レイに見惚れて挨拶をした。そしておっさんたちの奥方に睨まれていた。


 コンラード候はひきつった笑みでお祝いを述べてくれた。


 他、お招きした方々へ挨拶をし、俺とレイの席につき、挨拶をする。


「本日は私とレイの為にお集まりいただきありがとうございます。北峰山脈のウラン族の姫君を妻として迎えるにあたり、お互いに様々な苦労がありましたが、本日、皆様の前に二人でこうして立つことができたことに喜び、また皆様のお力添えに感謝する次第であります」


 力添えはされてねぇ! 特に王! 二十万リーグも使わせやがって! クソ!


「少しでも感謝の気持ちが伝わればと、馳走と美酒を用意いたしましたのでお楽しみ頂ければ幸いでございます」


 拍手がおきた。


 出席者の多くはなんだかんだと自然な笑みだ。


 イングリッド姫が不機嫌このうえない顔をしている。


 わかっている。


 お前の魂胆は。


 蛮族の娘を前に、自分の美しさを自慢したくて来たのだろ?


 それが、返り討ちだ!


 スカっとする!


 とってもスカっとするぅ!


 いや、待て。


 駄目だ。


 俺は何ひとつしていない。


 全部レイのおかげだ。これを自分の手柄みたいに思うのはよくない。


 俺は隣のレイを見る。


 彼女は、慎重に食事を口に運んでいた。


 婆様に習ったこと、俺と練習したことを、懸命にしてくれている。


 いい気になっていたことを反省させられた。


 披露宴が終わり、疲れただろうレイを労わるべく部屋を訪ねると、アリアナが苦笑していた。


「疲れたんでしょう。寝てます」

「そうか……わかった。寝かせてあげたい。アリアナもいろいろとありがとう」

「なにもしておりませんよ……それより旦那様」

「うん?」

「お嬢といつになったら寝室を一緒にするんです?」


 直球で訊く?


 いや、いい機会かもしれない。


 俺の周りに相談できる相手がいない。婆様には絶対に嫌だし、爺にはこういう相談は向かないだろう。


 アリアナがいいのではないか?


「アリアナ、実はな……」


 あの夜の失態を話した。


 くっそ笑われた……。


「おい、レイが起きちゃうだろ」

「ああ、すみません。でも旦那様、おかしいよって」

「ともかく、あれ以来、なんかこう難しくてな……」

「お嬢はこれまで、男から誘われたことがないもんでいろいろとこじらせていたんですねぇ……ただ、旦那様が寝室に誘えば絶対に喜ぶはずですんで」

「ほ……本当か?」

「間違いおまへん」


 信じるぞ。




-レイ-




 リタニア王国の都は疲れた。


 たしかに華やかですごい場所だった。外灯は夜でも人々を照らし、遅くまで店は営業をしていた。貨幣経済が浸透している光景は、物々交換が基本の我々には新鮮だ。たしかに金貨や銀貨といったものを戦利品にすることはあったけど、食料や医薬品のほうがずっと優先順位は高かったし、金貨や銀貨は溶かして別のものを作ってという材料になることが多かった。


 豊かさは間違いなくリタニア人のほうが勝る。


 でも、僕はあの宴に来ていた人達を見て、なんと言えばいいのかわからないけど気持ち悪かった。


 顔にいろいろと塗りたくって、衣服もおかしな飾りや光る石をたくさんつけて、ご飯やお酒をたくさん残して……笑いながら去っていった。


 もう関わりたくないと思うけど、フレデリクの妻であるかぎり、そういうことも言っていられないのだなと諦める。


 帰りは、僕が疲れていたので馬車に乗せてもらった。


 隣には、フレデリクがいる。


 僕は熱っぽく、彼は冷えたハンカチで首を冷やしてくれたり、おでこを冷やしてくれて、氷が入った水桶でハンカチを濡らして……冬なのに、冷たいのに、僕のせいで馬車の床が揺れのせいで濡れているけど、ずっと面倒をみてくれる。


 僕は座っているのがしんどくて、フレデリクにもたれかかっているけど怒られない。


 醜い顔を近づけて悪いなと思う。


 思えば、リタニア人の女達は醜い者達ばかりだ。


 だから、僕の顔にも慣れているのかもしれない。


 体格も細い人達が多いから、僕のようなひょろひょろにもフレデリクは慣れてくれているのだと思えた。


 車窓の向こうに、北峰山脈がはっきりと見えてきた。


 安心する。


「レイ、寝ていいよ」

「……悪い。窓の外、見たい」


 彼が僕を支えてくれる。


 車窓の外には、蒼く高い空を支えるような山々の壮大な姿がある。雪で白く染まった彼らが、帰りを待ってくれているように感じた。


 ここで、都での務めを無事に果たせたのだという実感がわく。


 僕は、自然と泣いていた。


「ど……どどどどどした?」

「僕、よかった。フレデリクに恥をかかせなくてよかった」

「馬鹿だな……レイのおかげでとっても鼻が高かったぞ」

「鼻が高いのはもともとだろ?」

「……レイを自慢できてとっても気持ちよかったって意味だ」


 お世辞でも嬉しい。


「フレデリク、安心したら泣けてきた……笑うなよ」


 彼は微笑むと、僕の髪を撫でて、顔を近づけてくる。


 なん……。


 僕の唇に彼の唇が触れる。


 そして、ゆっくりと離れた。


 彼は照れたように、窓の外を見ている。


 その横顔を、僕は火照った顔で見ている。


 ……。


 僕は、彼の顔に手をまわして、こちらに向けた。


 顔を間近で見られたくないから俯く。それでも、希望を伝えた。


「もう一回、しろ」


 フレデリクは、今度は長く唇をあわせてくれる。


 僕は嬉しくて、また涙を溢していた。


 こうしてもらえる日がくることが、とても嬉しかった。


 こんな僕でも、誰かに愛されたいとずっと思っていた。


 僕はようやく、会えたのだ。


 僕は、フレデリクにどうしようもなく惚れているとわかった。


 僕は、順序は逆かもしれないけど嬉しい。


 だから、彼の背に両手をまわして、精一杯の勇気でギュっと力をこめたんだ。


 フレデリク、僕を妻にしてくれてありがとう。


 


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― 新着の感想 ―
[一言] 早くレイには自信を着けて貰いたいものだ。
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