見合いをした
俺は今、とても不安だ。
理由は……最初から説明しよう。
侯爵家とはいえ当家は貧乏だ。
島の北、一年の半分を雪に覆われた土地が領地だからだ。
そんなところを継いでしまったというと、ご先祖様に申し訳ないけど正直な気持ちだ。それでも領民たちの暮らしに比べればマシかもしれない。
領主は寒さに震えながら眠ることはないし、明日の食事をどうしようかと不安になることもない。
だが心配ごとは領民よりも多岐にわたるし量も多い。
婆様と爺から、それはもう早く嫁を取れと言われているのもそのひとつだけど、とっても切羽つまっている。
島の他の侯爵家は皆、子供も多くまた親戚もいて安泰だけど、当家は俺が死んだら後がいないのである。しかし、取れと言われて取れるものではないので困っている。
理由は、いろいろある。俺の容姿が優れていないこともそのひとつだし、家が貧乏だからというのもあるし、北の山岳地帯にひそむ蛮族の襲撃があるからということも……あげればキリがない。
王陛下をはじめ、王家の方々も心配してくれている――俺は王や王家、中央の奴らは大嫌いだから心配なんてしてくれなくてもいいんだけど、紹介してくるならありがたく受け取ろうと思っていた。だけど、見合いをしては断られるということを何度も繰り返していると、紹介されなくなってしまった。
これ以上、レジト候に恥をかかすな。そうだな、そうしよう。てか、あいつは本当に駄目だな。家が貧乏だと大変だな。ああはなりたくないな……という会話がなされたかどうかはわからないが、きっとこうだろう。
ムカつく! 当家の財政状況がきっつきつなのは、元はといえばお前らのせいだってのに!
……ともかく、ここで不安の理由に繋がる。
嫁に来てくれる相手がおらず困っている俺であるが、爺が見つけてきた。
また見合いをしなければならないと思うと気が重い。
そして、相手が蛮族の族長の娘というのも切ない。
いや、蛮族と呼ぶのは失礼かもしれない。山の民と呼んだほうがいいだろう。いくつかの部族があり、今はウラン族の族長が全体を治めている。そのウラン族の族長の娘が見合い相手なんだが。とっても複雑だ。
リタニア王国にはもう、普通の女性は俺のところには来てくれないらしい。
いや、それはもちろん領民というなら別だが、恥ずかしいじゃないか。
募集をしても、応募がなかったら……。
いよいよ、恥を国中に広めることになるではないか。
あんな嫁募集を兼ねた舞踏会やら晩餐会なんて、金持ちでイケメンの自意識過剰な奴らがすることである。
爺は言う。
「お館様、悪い話ではありません。蛮族との争いがなくなり両勢力の融和が成れば、侯爵家の予算の多くをしめる軍事費が減り余裕ができますから、他へ回せます」
家宰の爺がそう言うので、気が進まないが見合いをして会おうと思った。それに相手は蛮族である。俺が断れば相手は恥をかいたと言って攻めてくるかもしれない。
ただ、確認したいことがあったので、爺に尋ねた。
「この話、どちらがもちかけた?」
「大奥様の案で、それがしが」
「今度からこういうことは、俺に訊いてからにしてもらえる?」
「承知いたしました」
それから俺は、婆さんにもくぎをさした。
「お婆様、いくら心配とはいえ相談なしに進められては困ります」
父親の母親、俺の婆さんは抗議に笑顔を返しやがった。
「ほっほっほ、フレデリクよ。嫁を自分で探しもせんで偉そうなこと言わないでおくれ。ほっほっほ」
くそムカつく……。
そして現在に至り、俺は不安になっているのだ。
今日は見合い当日。
もうすぐ、この北端の村であるリガに、ウラン族の族長の娘が到着する。
当家で捕らえている山の民の捕虜たちを連れてきているのは、先方に捕まっている当家の兵や騎士との交換も今日は行われるからだ。
捕虜たちに、族長の娘のことを聞いた。
「嫁の貰い手がねぇってんで、あんさんにおしつけるのかい?」
「そりゃ災難やなぁ」
「すごいブサイクやぞ。鬼みたいに目はでけぇし鼻は高いしで見れたもんじゃないんや」
「そやそや」
「けったいな強さやで! 殺されんようにな!」
……。
俺は捕虜たちから離れて、村長の家へと入る。父親が生きていればこの村長くらいの年齢だっただろう。
「ご領主様、こちらの部屋をお使いください」
「うん、ありがとう。今日のことはまだ内密にな?」
「承知しております」
俺は百リーグが入った小袋を村長に渡し、相手が到着したら飲み物を用意するように依頼する。そして部屋に入った。
部屋には円卓がひとつ、椅子が二脚あり、窓からは北峰山脈がよく見えた。
季節は秋でこれから厳しい冬がくる。今は山々の頂きだけが白いが、もうすぐ真っ白になるだろう。
そんなところで生活をする蛮族の暮らしがどんなものかを俺は知らない。
我が領地に現れて、乱暴狼藉を尽くし、略奪をしていく野蛮な奴らという印象しかない。
そんな蛮族の、族長の娘とうまくやれるだろうか……。
扉の外で、村長の声がした。
「今、ご到着されたようです。家宰様がお迎えをされております」
「わかった」
俺は緊張を誤魔化すように咳払いし、わざと視線は窓の外へと定めた。
鼓動はバクバクだ。
見合いの時は、いつもこうだ。そして、返事が屋敷に届いた時、開くまでもずっとこうだ。その後、お断りの文面を読んでガックリとするまでがセットである……。
贅沢は言わない。
俺が言える側でもない。
蛮族とレジト侯爵領との融和のために俺の妻になってくれるのなら文句はない。
扉が叩かれた。
「お館様、お連れいたしました」
爺の声だ。
「うん」
俺は返事をする。
その人が、現れた。
我が目を疑う。
え? ふつうに可愛くね?
「お前がレジト侯爵フレデリクだな? ウラン族の族長の娘レイティーナハードミルメルハンジィだ」
「え? え?」
「レイと呼んでくれればいい」
「……あ、フレデリクです。よろしく」
「飲み物、持ってきた。飲むか?」
衣装……一応、蛮族のドレス的なものがそれ? 毛皮の襟飾りは狐かな? ふわふわして気持ちよさそうだけど、戦場で会う敵の格好とそう大差ないように思えるんだが……正装をしてきた俺が馬鹿みたいだ。
レイティーナハー? なんたらジィどのが衣嚢から革の水筒を取り出し口をつける。
……珈琲を淹れてもらう予定なんだが……。
「ほら、毒はない」
先に飲んだのは毒味だったようだ。
受け取り、酒を飲む。
「ぶは!」
きっつ! この酒きっつ!
何これ!?
咳込む俺を、睨む彼女……。
「す……すまない。悪気はない。きつい酒は慣れてなくて」
「男のくせに情けない……出されたものを避けられるのは侮辱とみなすが……今回は大目にみてやる」
「ありがとう」
……てか、なんか怖いんだけど、この人……。
「父から聞いた。お前、我がウラン族と仲良くしたいらしいな? それで僕を嫁にして公爵領とウラン族の関係をよくしたいという気持ちだと……わかる。我々も他の部族と婚姻を利用して関係を構築することはある」
僕? まさかの僕っ娘?
「何がおかしい?」
「いや、なんでもないんだが……そなた達の女子は、自分を僕と言うのか?」
「……おかしいか? 僕のどこがおかしい?」
価値観が違うからか……我々が使うリタニア語と彼らの使う言葉は同じで、古くは同じ民族だったそうだが、離れてくらす期間を経て微妙な違いが生まれているのかもしれない。王国が成立し、それぞれの侯爵家が領地を拡大した結果、当家は彼らと隣接した。そして争うようになったのは五十年ほど前からと聞くので、接触がなかった期間のほうがずっと長い……。
俺は説明してやったほうがいいと思い、口を開く。
「僕というのは、我々では男性が使う一人称だ。女性なのだから、わたし、を使うのがいいと思う」
「そ……そうなのか!」
驚くレイティーナハー……めんどうだ。レイは目を丸くしていた。
可愛らしいと思う。
喋らなければ……。
目は大きくてパッチリとしているし、鼻筋も整っている。唇の形もいいし、プルプルとして瑞々しい……いくつなんだろう?
質問しようとしたが、彼女が一人称に関してを先に話す。
「わたし、を使うように練習してみるけど、期待すんな」
「……わかった。それで俺は今年の冬で二十五歳だけど、レイはいくつになる?」
「わからん」
予想の斜め上の答えが……わからん?
「年齢がわからないのか?」
「いちいち必要か?」
「誕生月にお祝いとかしないのか?」
「生まれたことを? 育ったことを祝う儀式はあるが……」
文化の違いはきっとこれだけではないだろう。
うまくやっていけるのかと不安がふくらむ。
「フレデリク、それでいつ夫婦になる?」
……ありがたいのか、迷惑なのかわからん奴だ。
てか、婆さんと王陛下の他に俺を呼び捨てていい人はいないんだぞ、一応は!
いや、ここはいちいち指摘して機嫌を悪くされても困る。
しかし本気なのか?
「……なってくれるのか? 本当か?」
「おかしなことを言う奴だ。争いを嫌っているから、ウラン族と仲良くしたくて僕に結婚しようと言ってきたのだろ? こうして会うのだからするに決まっている。僕も今後は争いではなくて交易で豊かになるのならと思うぞ」
「賢いんだな……」
レイはまた目を丸くし、白い顔を真っ赤にした。
「か……かっかかか賢くなんかない。へんなことを言うな」
照れているみたいだ。
可愛いじゃないか。
喋らなければ……。
「俺のほうは日取りはいつでもかまわないが、明日、明後日というのは無理だ。来月……俺達の暦で十一月以降であれば、そちらの都合の良い日どりでかまわない」
「狼の月以降だな? わかった。父と相談して答える。連絡はどうしたらいい? これまで通り、こちらからこの村の長に手紙を渡せばいいか?」
「ああ、それで頼む。あ! そうだ。これから俺は王陛下に結婚の許可を手紙で求めるから、その返事があり次第、日程を決めよう。許可は取れると思うから、取れたら連絡をする」
「わかった。じゃ、また」
スクっと立ったレイ。
改めて彼女を見る。
長身ですらりとしたスタイルに、可愛らしい顔がのっかっている。
俺、めちゃくちゃ幸運なのではないか?
レイが再び顔を赤くして口を開く。
「あんまりジロジロ見られるのは嫌いだ。殺すぞ」
「す……すまない。もうしない」
彼女は「気をつけろ」と言って去っていった。
すぐに、爺が顔を見せる。
「如何でしたか?」
「うん……結婚することになった」
「はあ……今回もまた……え?」
「結婚することになった」
「お! おめでとうございます! すぐに大奥様にお知らせを!」
慌ただしく去った爺の足音を聞きながら、安堵と喜びと不安が複雑に入り混じった胸が苦しく、深呼吸をする。
村長が顔をのぞかせた。
「早く……終わったのですね……珈琲、今ようやくはいったのですが?」
「頂いてもいいか?」
「すぐに」
俺は部屋で一人、窓からの景色を眺める。
あの山々で、彼女たちは暮らしているのか……。