「おもしれー女」に婚約者を取られたので奪い返してやります!
それは王政百周年の記念パーティでの出来事だった。
「ナージャ。今日ここで、君との婚約を破棄させてもらう!」
公爵令嬢ナージャの婚約者であった王太子アントンが突如そう宣言し、パーティーは混乱の渦に叩き落とされた。
「そっ、そんな……!」
ふらつくナージャを抱き止め、彼女の父マクシミリアンが激高する。
「王太子よ、なぜだ!」
アントンはふんと鼻を鳴らすと、ある名前を呼ぶ。
「カリーナ、おいで」
呆然とするナージャの前に現れたのは、場に似つかわしくない日常着のような地味なドレスを着た、平民の女だった。顔はそれなりに美しいが、どこか演技がかった表情が鼻につく。
「私はこのカリーナと結婚することに決めた。ナージャには悪いが、君は退屈な女なんだ。一生を添い遂げるなら、カリーナしかいない。なぜなら彼女は──」
アントンはカッと目を見開いた。
「面白い女だからだ!」
ナージャは目が点になった。
「は……?面白い女……?」
「そうだ。笑顔溢れる家庭を築くために、私は君ではなくカリーナを選ぶことにした」
「そんな……!その女のどこがそんなに面白いんですか!?」
「カリーナ……目にモノ見せてやれ」
カリーナは粛々と応じた。
「かしこまりました」
カリーナはアントンの腕にからみついてこう言ってのけた。
「二人っきりだね♪」
アントンは吹き出した。
「何を言ってるんだ君は……周りに人がいるじゃないか」
カリーナは「いっけなーい」と笑う。ナージャは余りの下らなさに即帰ろうかと思った。更にカリーナはたたみかける。
「あらアントンったら。ちょっと腕を放して下さらない?」
「君からしがみついて来たんじゃないか」
「そうだったかしら?アンソニー」
「名前間違ってるよ」
「間違いを訂正してくれるなんて……優しい♪」
恋人同士のお約束の流れを見せられ、場内はただただ静まり返った。
ナージャはうつむき、ぶるぶると震えている。
「ナージャ……」
父が慰めようとした、その時。
ナージャはびしっとカリーナを指さした。
「絶対、アントンを取り返して見せるわっ!」
ナージャの宣言に、場内は更にざわついた。
「あんたなんかにアントンは渡さない!絶対絶対……私の方が〝おもしれー女〟になってアントンを奪い返してやる!」
カリーナは勝ち誇った顔でそれを一笑に付す。
「どうだか……公爵令嬢様なんかが、私以上に面白いことをお出来になるのかしら?」
「もういい、やめてやれカリーナ……君が私の中でナンバーワンだ」
「うふふ。男ひとり笑顔に出来ないなんて、婚約者失格ですよねっ」
「その通りだな、カリーナ」
「うっ……うわああああああーーん!」
ナージャは混乱に泣き叫びながら会場を走り去った。
トイレから戻って来た王とすれ違っても気づかないほどに。
カリーナは腕を組み不敵に笑い、令嬢の背中を見送っていた。
一方、マクシミリアンは帰って来た王に掴みかかると、明日まで痛みが残るくらい強めに腹パンした。
次の日、ナージャは西に向かうことに決めた。
西には「どちらがより笑いを取るかで全ての優劣が決まる」という、お笑い激戦地区があるらしいのだ。
そこに行って腕を磨き、より〝おもしれー女〟になれば、きっとアントンの気持ちを取り戻せる。
ナージャの決意は固かった。
「ナージャ……必ず無事に戻って来いよ」
「はい、お父様。必ず〝おもしれー女〟になって帰って来ます!」
荷物と共に馬車に乗った娘を見送りながら、マクシミリアンは気づく。
結構強めに王を腹パンしたから、どっちにしろもう婚約の芽はないよな……ということに。
ナージャは長旅の末、西の第二王都に到着した。
第二王都に執事と共に降り立つと、早速西の民の契約の現場に出くわす。
「おっちゃん、この馬買いたいんやけど、俺ちょっと今290ケニーしか持っとらんのよ。少し足らんから、まけてよ」
「10ケニーもまけろってか?ほんなら兄ちゃん。そこで何かやって、わしを笑わせられたらまけたげるわ」
ナージャは固唾を飲んで現場を見守る。
青年は馬の鞍を被って簡単に言った。
「避難訓練」
馬の主はくすりと笑った。
「くだらな過ぎて笑ってもーたやないか……まけたるわ」
「おっしゃー!」
馬の主と青年は満面の笑みをかわし合うと、契約を成立させた。
ナージャはそのやり取りに目を輝かせる。
「こ……これが、西の民の契約の仕方なの……!?」
東の民は契約など、終始難しい顔で進めるものだ。
しかし西の民の契約の現場は、なんと朗らかで笑顔に満ち溢れていることだろう。
「これなのね……私に足りないものは!」
公爵令嬢は自らの人生を今一度振り返った。
人目を憚らず大笑いしたことなど、数えるほどしかなかった。
気品、恥じらい、女らしさ……
「そんなものを頑張って備えても、このざまですものね……」
ナージャは歩いて行くと、馬に乗ろうとする青年を呼び止めた。
「もし、そこのお方」
青年は驚きながら振り返った。
「さっきの、なかなか面白かったわ。ちょっとお聞きしたいのだけど、人を笑わせるコツって何なのかしら?」
青年は言った。
「何やこいつ」
そう言って馬に跨ると、青年はナージャを無視して走り出す。
ナージャはヒールを脱ぐと、全速力で走り出した。
「お、お待ちになって……!」
ナージャの足は意外と速い。執事も彼女に追い付けず、遠くですっころんでいた。
青年は慌てて馬を止める。
「びっくりしたぁー!あいつ……めちゃくちゃな速度で走りよるな」
「お待ちになってー!」
ナージャは馬に追いついた。
「はぁ、はぁ……お、お待ちになっ……かはっ」
「あんたの走り早過ぎてホラーや。なんか逃げたなんねん」
「はぁ、はぁ、人を笑わせるコツを……」
「教えたるわ、ついて来てー」
言うなり、再び青年は全速力で馬を走らせた。
「お、お待ちっ……つ、ついて行けるかぁー!」
「おっ。調子ええやん」
初めてのツッコミと同時に石に躓いたナージャは、顔面から派手にすっころんで止まった。
「そう。婚約破棄……」
西の都の大衆居酒屋にて。
ナージャは串焼きを肴に青年に事の顛末を説明した。
「あの女……絶対に許しませんわ!」
「いや、それはあんたが悪い」
ナージャはいきなり否定されきょとんとした。
「……へ!?」
「何でそいつらのボケを全スルーしとんねん」
「?」
「そこ全部、全身全霊で突っ込まなあかんとこやで」
ナージャは雷に打たれたように愕然と口を開けた。
「んなっ」
「二人でボケ倒しとったんやんか?多分」
「な、なるほど……!」
「ぽかーんとしとったらあかんよ。そこはスピード感出して、こう……ガーッと突っ込んで行かなな」
ナージャは頷いた。
「私、試されていたのかしら?」
「可能性はある」
「これからどうしたらいいのかしら」
「しばらくこの町で特訓したらええわ。あんたのツッコミは見所がある」
「……本当!?」
ナージャは人に初めて才能を見出され、嬉しくなった。
「や、やるわ!私、どんどんボケに突っ込む!」
「頑張ってな。じゃあ俺はこれで」
「こらっ、帰るなー!」
「お金は払わせとくから、この人に」
「いやそれ全くの赤の他人!」
「いやこれお父さん」
「嘘でしょ!?」
隣の見知らぬ親父はノリノリで応じた。
「そうや、わしがこのヤーコフのお父ちゃんや」
「……お父ちゃん、俺ヤーコフちゃう、ユリアンや」
「どっちが嘘ついてるの!?てか本当にその人誰!?」
「気になる?教えたるから3ケニー頂戴」
「丁度串焼き代!」
「おあとがよろしいようで」
「だからこのおじさん誰!?」
ナージャは青年と見知らぬおっさんに突っ込みながら、気分が高揚して行くのを感じていた。
これだ。
これを突き詰めれば、私も〝おもしれー女〟になれる……!
三か月後。
第一王都の教会では、アントンとカリーナの婚姻の儀が執り行われていた。
いざ、二人は神父の前に立つ。
「様々な障壁があったが……こうして無事、君と結婚出来てよかったよ」
「ふふふ。これで笑顔あふれる毎日が訪れるわね☆」
指輪の交換をしようとした、その時だった。
「ちょっと待ったー!」
バタンと扉が開けられ、ナージャが飛び込んで来た。
慌てて兵が掴みかかろうとしたが、ナージャは脱兎のごとく姿勢を低くして走り出す。
ナージャは息を整えながら二人を交互に睨みつけると、こう言った。
「早く指輪交換しなさいよ、さあ!」
王太子とカリーナは気圧されながら、やりづらそうに黙っている。
「指輪交換せんのかーい!」
ナージャは声を張り上げた。
と。
「そこは〝指輪交換するな〟って止めるところでしょ!」
突如カリーナが突っ込んで来たのだ。
なぜだろう。
その瞬間、ナージャとカリーナの凹と凸がかっちりと音を立てて噛み合ったのだ。
それはまさに天啓──
「そんなに結婚したかったらとっとと指輪交換しなさいよ」
とナージャが言うと、
「いやー、どこの指にはめるか分からなくってさー」
とカリーナがボケて来た。
「あんた、どこの指にはめるか分からないで指輪交換してたの?」
「噂によると、目を閉じてどの指に入ったかで、両想いか片想いかが決まるらしいわ」
「結婚式で占いすんな!両想いに決まってるわ!」
「結婚する前に想い冷めてるかもしんない」
「ならばもうちょい前に式を思いとどまれ!」
アントンは嫌な予感に青ざめている。
「ところでナージャさん、結婚指輪ってどこの指にはめるか教えて?」
「薬指!」
「んー?ここ?」
「待て待て!私の指にはめるな!」
「ちなみに薬指にはまると片想いらしいよ?」
「もうそれ占いとしてどうなの!」
「あれ?はまらない」
「多分、ストレスで太りました!」
「何のストレス?」
「あんたが原因だってば!気づけ!」
「ん?……ちょっと何言ってるのか分からない」
「何でだよ!」
「あ、あの……」
突如アントンが入って来た。
「カリーナ、私と結婚してくれないのかい?」
ナージャとカリーナはアントンを見て目をすがめた。
そして同時に、同じ言葉が口をついて出た。
「〝つまんねー男〟」
アントンは固まる。
カリーナは急に困惑して見せた。
「よく考えたら私、何でこんなつまんない男と結婚しようと思ってたのかしら」
ナージャが突っ込む。
「あんたが言うなー!」
と、その瞬間。
近くに座っていた王が、ころんと床に転がって見せたのだ。
ナージャはハッとした。
「……陛下、それは……?」
王は転がりながらにやりと笑って言った。
「……ズッコケだ!」
ナージャとカリーナは互いに見交わすと、溢れる汗を拭った。
「やるわね」
「あなたこそ」
王は無視された。
「ナージャ。私、今気づいたの。王太子と結婚なんかしなくても、あなたとなら天下が取れるって」
「私も気づいたわ。やはりピンじゃなくて、相方が必要だってことに」
「そうと決まれば第一王都に用なんてないわ。西の第二王都に行きましょう。そこでまず研鑽を積んでから、第一王都に……」
「やりましょう。あなたのボケなら、私、輝ける!」
「コンビ名は〝おもしれー女〟でどうかしら?」
「面白くなさそうなコンビ名過ぎるわ!」
「じゃあ〝前科三犯〟」
「危なすぎるわ!もういいよ!」
ナージャはカリーナの肩にびしっと手で突っ込むと、教会内を見渡した。
王太子は床に伏せて泣いていた。
王は転がっていた。
三人ぐらい必死に笑いをこらえているのが見え、ナージャは心の中でガッツポーズした。
こうしてナージャは最強の相方を手に入れた。
王太子はその後またもや懲りずに更に斜め上を行く〝おもしれー女〟と結婚してしまったため、王国は滅亡した。
お読みいただきありがとうございました!