自由な世界
…ああ、ここは夢だ。
ぼんやりした世界の中で、ふわりと自覚する、夢の世界。
普段と変わらない世界、しかし何かが違う、夢の中の世界。
「よし、今日は空を飛ぼう。」
私が決意すると、体がふわりと浮いた。
夢の中だと認識できる夢を見る時、私は魔法使いになれるのだ。
…魔法使い、そんなメルヘンなものなんかじゃ、ない。
何でも自分の思い通りに構築される世界。
飛びたいと思ったら、飛ぶことができる。
美味いもんが食べたいと思ったら、美味いもんが食べられる。
テレビに出て絶賛されることもできる。
札束に埋もれる事だって可能。
夢だからなあと、やりたい放題やって、目が覚めると、案外…つまらない夢だったと気が付くのだ。
飛んできれいな景色を見たけれど、風を感じたけれど、それだけだったな。
美味いもんを食べたけど、それだけだったな。
テレビに出たけど、それだけだったな。
札束に埋もれたけど、それだけだったな。
なんでも自由にかなってしまう夢は、本当につまらないのだった。
「今日はずいぶん、長居だね。」
「最近、夢が濃いんだもん。」
ああ、ずいぶん高くまで飛んできてしまった。雲が真横にある。
「もうずっとここにいればいいのに。」
雲の中はずいぶん湿気があるけれど、心地よい風が吹くから…しばし流されてみる。
…流される私の横にいるのは、ずいぶん長い付き合いのイマジナリーフレンド?自分の生み出した、もう一人の自分?この夢は、私の中に広がっている夢だから、このイマジナリーフレンドは…紛れもなく、私の一部、なのだ。姿形のある、独り言といってもいいだろう。
「そうなるかも、知れないなあ…。」
夢は、本来とてもぼんやりとしたもので、起床時に揮発してしまうのが、常だ。ごくまれに…記憶のど真ん中に残るような夢もあるけれど、その夢ですら、長い夢の一部分であり…一部分であるがゆえに、夢の全貌を知ることができず、おかしな解釈をしてしまうことが、ままある。
夢の中で夢だと自覚できる夢を見て、こうなったらいいなという願望が繰り広げられ…その一部を垣間見る。
夢の中で夢だと自覚できる夢を見て、こうなったらやだなという願望が繰り広げられ…その一部を垣間見る。
どちらも、そういう展開があった時に、予知夢だったと騒ぎ立てるのが、人。
…夢の中だと自覚できる夢は、誰でも見ることができる。
夢の中で、自由に世界を構築し、展開を目の当たりにし。
そして、夢の中で夢だと自覚できる夢を見た記憶が揮発し、一部の夢の欠片だけ掴んで、目を覚ます…。
夢の中で世界を構築するために、現実の世界は存在している。
何もかも自由な世界で、何をして過ごしたらいいのか。
創造力の乏しい…人には…夢の世界は、かなり、かなり…厳しい、世界。
夢の世界に、紙幣の風呂など意味がない。
夢の世界に、美食など意味がない。
夢の世界に、誰かの絶賛など意味がない。
すべての叶う世界で、何をどうして過ごすのか。その命題に応えるための、準備段階として、現実の世界が、ある。不自由な世界で、何を求め、何をしたいと願い、何を自由にしたいと望むのか。
夢は、目が覚めれば終わる…それがそもそも、間違っているのだ。
夢は、起きたら終わりなのではなく…起きた時に中断しているだけ。終わりがあるのは、現実世界の、自分の命だけ。その命が終われば、終わりのない、ただただ自由な夢の世界が待っている。
その自由はとてつもなく自由で…自由過ぎて。
現実世界の、不自由さが、とてつもなく、恋しく、なるのだ。
「ああ、今日も…終わりのある世界に帰ってこれた。」
うっすらと目を開けた私の手には、スマホが握りしめられている。…時刻は朝5:32、まだ少し、瞼が重い。もうちょっとだけ、そう思って、目を閉じる。
「薄暗いね、青空が…見えない。」
閉じた目を、見開くと、散々夢の中で対話をしてきた、イマジナリーフレンドの姿がぼんやりと、見えた。
これは、夢なのか、それとも。
…夢だな、夢だろう、夢と思いたい。
私はもう一度目を閉じ…。
次に目を開いたときには、スマホの時刻は7:35…はは、遅刻決定の時刻か。
…不自由な、時間に拘束された現実世界で覚醒した私は、急いで洗面所に、向かった。
「…行ってらっしゃい。」