魔女だって、たまには魔法を休みたい
私の名前はレイティ・メッサーリア。
魔法使いの女性、二十なんたら才(秘密)です。
街外れで小さな店を営んでいます。薬品や薬草、書物と魔法付与器具を扱う店で、名前は「仔犬の長靴屋」。先代から引き継いだものです。
商売としては立地のせいもあり、繁盛しているとは言えません。
主な商売相手は、冒険者達で、近くにあるファー森林、通称『遺跡の森』に出かける途中に寄って行くようです。何でも、古代遺跡に怪物や、不死者達が出るそうで、遺跡の最深部までたどり着いた者は居ないのだとか。
怪物たちの貯め込んだ物品以外にも、時折、古代のお宝が見つかるという事で、そこそこ有名になっているらしいです。冒険者達が怪物を駆除してくれるおかげで、森から溢れ出る事も無いので感謝しているんですよ。
その冒険者達ですが、ガラの悪い連中も居れば、気さくな良い人達も居るんです。
商品を売りながら、そんな彼らの無事を祈るのが日課になっています。
日々の仕事は商品として並べる薬品の調合や、物品への魔法付与。時折、薬草を採取するために、森や山へと出かけます。
勿論、命が大事ですから、危険な場所へは行きません。それでも遭遇する怪物は魔法を駆使して退治していますが、なるべく戦闘は避けたいなとは思っているんですよ。
何事も無いのが一番ですが、毎日似たような事をしていると、時々気分転換がしたくなるものです。店を閉めて散歩をしたいなーとか、お洒落をして買い物したいなーとか。
「レイティさん、手が足りないんだ。遺跡に付き合ってくれないか」
気分転換の構想を練っていたら、常連のロンデラさんに誘われた。
……いや、私はそういう気分転換はいらないんです。
だって、怪物が出てきたら、どーん、どかーん、って魔法使わないといけないでしょ。
毎日魔法使ってたら早死にすると思うんですよ。自然界にある力を利用するとは言っても、根本は体内の魔力を活用する訳ですから、そんなの毎日搾り出してたら、体に悪そうな気がしませんか?
俺様は魔法使いで最強だーとか言って、魔法バンバン使っている人って早死にすると思うんですよ。私はどちらかというとまったりと店番するくらいが希望なんですが。
……とか考えてたんですけど、ロンデルさんが目の前に積んだお金に、目が眩んじゃいました。そりゃあ店の売上利益の何十日分だよ、っていうのが提示されたら断れないですよ。
一泊二日、結局お店を休業して付いていく事に決めました。
お金が悪いんですよ。貧乏生活が悪いんです。別に遊んで暮らしたいとか、そういう事では無いんです。もうちょっと売り上げが有ったら、生活も楽になるのになーって。
以前は冒険者として活動していた事もあり、私もこの辺ではそこそこ知られた名前なんですよ。なんだっけ。『風刃の黒猫』? とかいう二つ名をつけられてました。
そもそも黒猫って何だ、私は猫じゃない。黒は髪の色のことか? 誰がこんな名前をつけたんだ。
今更、過去の呼び名に文句つけたところで、どうしようもないのですが……。
森に来たのはロンデルさんと私を含めて、六人。
ロンデルさんは戦士、相棒のトーラスさんは守護者、あとの三人は神官と、狩人、義賊。
探索も戦闘も慣れたもので、私なんか居なくてもいいくらい。いや、実際居るだけで何もしてません。危なくなったら手伝ってくれと言われているので。
今回は怪物の駆除依頼で来ていて、可能であれば、素材集めと、お宝探しもやってしまおうというもの。散歩気分で付いてきているだけなので、気分転換にはもってこいです。薬草集めも道すがら。これは職業病ですね。
でも今日は魔法を使っていません。こんな日が有ったっていいですよね。
ご機嫌で薬草を振り回していたら、ロンデルさん達の目の前に、リザードマンが三体。
鱗が硬いから、攻撃が通りにくいし、動きも早いから厄介なんですよね。ロンデルさんとトーラスさんで二体の足止めをしていますが、もう一体が手に余る様子。
今、ロンデルさんがちらりと此方を見ました。……手伝えって事でしょうね。
今日は休めると思っていたのに。溜め息が出ました。
「ア・デルラオーネ…数多の物を包み込む母なる、大気よ風よ。刃となりて我が敵を刻め! 風刃!」
私の怒りを交えた魔法がリザードマンの鱗を切り裂き、その喉元をえぐる。
直後に、狩人さんの矢がえぐられた喉に突き刺さり、まず一体の駆除が完了。落ち着いて戦闘に専念した二人は、後衛の援護もあって、あっさりと残りを倒してしまいました。
なんだ、二人とも強いじゃないか。手を抜きたくて私に援護させたのか。まあ、貰ったお金の分は働きますけどね。
この調子だと、楽させて貰えないのかな。
この日は怪物との遭遇も少ないなど調子が良いらしく、一行は冒険者達の未踏地域に挑む事になりました。
ロンデルさんも意気込んで居ますが、私は憂鬱です。
夕方近くになっていると思いますが、この辺は木々に遮られ日光も届きません。ここまでの戦闘参加はリザードマンの時のみですが、この先は嫌な予感しかないのです。
「そこの細い道、行ってみるか?」
トーラスさんが提案していますが、私としては帰る事をお勧めします。
「まあ、まずはこの道を」
そんな会話をしていたら、何か寄ってきましたよ。もやっとした黒いのが。
レイスですかね。
戦闘態勢に入ってますが、ロンデルさん、霊体に有効な武器持ってます?
ここは神官さんの出番だと思いますが、有効な魔法持ってます?
ん?
神官さんもオロオロしているし、何かまずい予感。
剣も盾もレイスはすり抜けてしまって役に立たない。みるみる前の二人が、生気を吸われて弱ってきている。
危ないかな。
「オ・ファライトール・カッサーラ…光と炎よ我が意志に応じて顕現し、敵を滅せよ! 光炎弾!」
私の放った四つの光炎弾が、レイスを捉え、その闇を霧散させた。
「助かったよ、さすが『風刃の黒猫』。今のは光弾だったが…」
そんな事はどうでもいいんです。
「とりあえず、安全なところで野営して帰りましょう」
「まあまあ、この先にお宝っぽいものがランタンに照らされて、ちらっと見えたんだ」
私の提案はさらっと流されました。
お宝っていう響きには皆さん弱いんですよね。
義賊さんの言葉通り、先に進むと何やら奇怪な箱がありました。
魔法的な要素は感じません。魔法の罠は無さそうです。
あとは、物理的な罠が無ければ良いのですがね。
私の心配を余所に、しばらくすると箱の蓋は開けられ、中からいくつかの古代装飾具が出てきました。
喜ぶ一行。
まあ、当たりですかね。役目を果たせたので私は胸を撫で下ろした。
一行は周囲を探索。細い道も行ってみたが、結局この辺りには他に何も無かったようです。
この後、安全な場所まで戻り、野営する事にしました。
翌日は、周囲の怪物を掃討してから街へと帰還。
打ち上げで盛り上がった後、ちゃっかり古代装飾具を売ったお金の一部まで頂きました。これでしばらくは、ぐうたらしていても美味しいご飯が食べられそうです。
今回のお出かけで使った魔法のおかげで、寿命が四日ほど縮んだかもしれないし、明日からは、いつもの生活に戻って、少しだけゆっくりしようかな。そんな事を考えつつ、家に戻る。
打ち上げのお酒のせいで酔っ払っていたため、ベッドに倒れこんだら、いつの間にか朝になっていました。
お風呂も入らず、レディとして失格であります!
ちゃんとアフターケアをせねばならない。
お店の薬草と薬品を使って、キレイにキレイに。キレイになーれ。
一人暮らしとは言え、今後は気をつけますか……。
あれから数日が経過しましたが、日々平凡です。良い事ですね。今日は天気も良いし、店番しながらゆっくり昼寝でもしようかな。
誰も来ないので暇にかまけてウトウトしていたら、突然扉につけてある鐘が大きく鳴った。
入ってきたのはロンデルさんだった。
「レイティさん、冒険にでかけようぜ」
私のまったりした一日の計画は、どうなってしまうのでしょうか。