スノードロップ
お読み下さりありがとうございます。
「今日も、良い天気」
そう呟いて空を見上げたのは、黒檀の髪に紅茶色の瞳、機能的なパンツスーツを身に纏う端正な顔立ちの若い女。
艶やかな黒髪を靡かせ、歩き出す彼女────名を蓮道紅愛、齢は20。
彼女は、ふと足を止めた。視線は真っ直ぐ前に注がれている。
視線の先には一人の男。
「津田」
「珍しく遅いんでな、迎えに来た」
「わざわざ?ごめん」
紅愛の謝罪に、津田と呼ばれた男は「気にするな」と薄く笑う。そして二人は、自分達の勤める社屋へと歩き出した。
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「すみません、遅れました」
「あら、おはようございます。紅愛さんに社長」
頭を下げる紅愛に、一早く挨拶をしてきたのは事務員の水谷亜里亜。青みがかった長い黒髪をハーフアップにし、事務服を綺麗に着こなした、清楚な印象を受ける少女だ。
ちなみに、社長と呼ばれたのは紅愛と共に出勤してきた津田直哉のことだ。彼は若冠26歳にして、此処────厄介事下請け会社『Snow Drop』の社長をしている。
というのも、彼は前社長の実子であり、昨年前社長が隠居するのに合わせて繰り上げ式で社長になった。
一見、棚からぼた餅、親の七光りと言われそうな彼であるが、彼自身は真面目で勤労の鑑のような人格をしているため、社員からの信頼は厚い。
「あれ、紅愛さんが遅刻なんて珍しいですね」
書類片手に声をかけてきたのは、遠田悟。男にしては長い、肩口まである髪を後ろで纏め上げた青年だ。齢は19で、亜里亜と同い年である。
「良い天気で、寝坊した」
「寝坊ですか?ますます珍しい」
「どうせ夜遅くまで書類整理でもしてたんでしょう?昨日かなり遅くまで社屋の明かり点いてましたよ」
後ろから呆れたように言ったのは皇彰人。中々の美青年で女性からは人気があるが、容姿に似合わず恋愛事にはストイック、あまり浮いた話は聞かない。ちなみに齢は21である。
「早く終わらせたくて」
「そんなに無理しなくてもいいじゃないですか」
やれやれ、と溜め息をつく彰人と紅愛は昔ながらの友人で、一応この社では紅愛の方が先輩であるが、年齢も相まってあまり遠慮は感じない。
「紅愛さん、昨日頼まれていた書類作成、終わりましたよ」
「氷坂。助かったよ、ありがとう」
書類を渡してきたのは年若い少年。名を氷坂怜と言い、かつて津田が拾ってきた後輩だ。まだ16歳だが、年に似合わず優秀な才覚を発揮している。色素の薄い髪と瞳、肌は異国の血が色濃く出ているためだろう。元孤児のため、名前は津田の父親、つまり前社長が付けたものだ。
「氷坂も忙しいのに、悪いね」
「いえ、これくらい気にしないで下さい」
優しく笑って「では、僕は仕事に戻ります」と自分の席についた氷坂に、彰人は感心したように呟く。
「本当に真面目な子だね、僕も見習わないとかな」
「そうだね、私も見習って書類を取りに行ってくる」
彰人にそう告げ、カタンと席を立つ紅愛。向かう先は資料室だ。確か先日依頼のあった案件、資料室に似たような内容の事件があった筈だと考えながら、事務室から出ようとする。そこで、津田に呼び止められた。
「待て紅愛、資料室に行くならこれを戻してきてくれないか?資料室に入ってすぐ右の棚だ」
「分かった」
津田の頼みを引き受け、資料を受け取る。ファイルに纏められたその資料はかなりの厚さで、ずしりと手に重みを感じた。
ほとんど人物紹介で終わってしまいました。次から本編に入ろうと思います。