その魔法、非常なり
たかしは異世界人である。
残念ながら、現世の記憶はほぼ抜け落ちてしまっているものの、人間の脳とはよくできたもので、欠落した部分等はうまく誤魔化して補うらしい。
だから都合よく解釈してしまうんや!勝手なことすんなや!
まあつまり、少なくともたかしは異世界人である自覚はあるが、現世知識も異世界知識もない、まさに右も左もわからない赤ちゃんなのである。ばぶぅ。
いや赤ちゃんの方がマシだな!
しかしたかしには幸いにしてチートスキルがある。
それは文字が読めること!というわけでやってきたのは図書館である。
ギルドからクエストとして、常識を叩き込め!というミッションが下された、蛮族×2とそれを優しく見守る可憐な少女。
つまり本で常識を学べということ―。
「え、バカなの?」
その提案をしたダオッシーを少女は一蹴した。
ギルドの冒険者ランク最下層の星1ながら、すでにヒエラルキーは少女が上である。熟練冒険者(らしい)ダオッシーの提案は一言で却下となった。
というかだから星2のままなんじゃないの?とは少女の話。
「だったら何を教えるんだ?そもそもそういうのを冒険者学校でやるんじゃないのかよ」
たかしからしたら、まさにダオッシーの言うことの方が理がある気がするが、そうでなかった場合はたかしに損があるので黙っているのが吉である。
「あのね、冒険者学校ってのは要するに養成学校なわけ。そりゃ文字の読み書きとかの授業はあるかもしれないけど、記憶が飛んだコイツは、この世界の子供が知っていることを知らないの!」
「だから、何を教えるんだよ!」
正直三角関数とか教えてもらっても困るぞ。
少女はハァ、とため息をつくと、「たかし、ちょっとそこにたき火を作ってくれない?」と少し離れた場所を指さした。
何かに使うのかと、とりあえず手ごろな枝を集めたところで、火を起こす道具がないことに気付いた。
サバイバルでは木と木をすり合わせていたが、うまくいくだろうか?
手ごろな木でとりあえずやっていたところ、ダオッシーが驚きの表情でこちらを見ていたことに気付いた。
「わかった?」
「ああ、いや……お前、それは何をやっているんだ?」
え、俺何かやっちゃいました?
いやまだ何もしていませんけど。
「なんとなく思ってたけど、思ったより重症かもね」
少女はダオッシーに見本を見せてあげてと言うと、ダオッシーはかがんで手をまとめた枝にかざし、少し唸ったと思うと、火が付いていた。
「これが魔法。まあわざわざ火を付けるのに使う人は少ないと思うけど、普通火の気のないところで、道具無しで火を起こしたい場合は、こうするでしょうね」
少女は人差し指の上に水を作り出すと、たき火に投げて消火した。
それからしばらく、ダオッシーの指導でうんうん唸りながら火を付けようとしていたが、枝は煙を出すこともなく、時間を浪費した。そこそこ日が高くなったところで、一旦休憩となった。
「これは指導が悪いかもねぇ」
という少女に、ダオッシーが反論する。
「いや違えよ!普通は子供でもこんなにかかんねぇって!」
お前がやってみろ!と言うダオッシーに対して、監視してるだけだからと少女ははぐらかす。
いや正直なんかつらいんで、やめてくれませんかね。
「というわけで、まず理論から教えることにしました」
休憩後、結局少女が教える流れになった。
というか、コイツは何者なんだ?とはダオッシーも思っているらしい。
ひそひそ話していたら、無駄話をしない!と怒られた。
「ではまず魔法とは何ぞや?はいダオッシー君!」
少女がダオッシーを指さす。
「はぁ!?俺かよ!?ええと、なんかこう火とか水とか出せる力的な?」
「はい5点の回答ありがとうございます。ちなみに100点満点です」
僕でも5点は取れそうだ。魔法を使うのに、理解と知識はあまり必要ないのかもしれない。
僕とついでにダオッシーは、適当なところに腰掛けて、少女の講義を受けることになった。
「まずこの世界の魔法とは、大別すると魔法と魔術に分けられます。この2つの大きな違いは、発動に必要とする材料が異なることです」
「魔法は魔力を使います。大抵はそのほぼすべてが魔力が根源です。対して魔術は必ずしも魔力を必要としません。この場合は別の物で代用します。いずれも何かに対して働きかける力、これを魔法と言います」
え、じゃあ魔法は魔力がないと使えないのでは?
火が点かないのは実は魔力がありません!という話ではなかろうか。
魔力もねえ!フィジカルもねえ!そんな異世界転移嫌だぞ。
「はい、でありいいえな質問ですね。まず魔力は誰しもが持っています。使えば消費され、使いたい魔法に魔力が足りなければ使えないというのがそうです」
「お金みたいなもんだよな、足りなければ買えないし、色々な物と交換できる」
「いい例えですダオッシー君。5点追加しましょう」
100点まではだいぶ遠いようだ。
「さて、そんな魔法ですが易々と使えるわけではありません」
さっきは涼しい顔をして水を出していた人が言う。
ダオッシーは火を付けるときかなり唸った気がするんだが。
「特に周りに影響を与える魔法は、周りが変化を嫌うので、その抵抗を超えるだけの影響力が必要です。例えばさっきのたき火がそうで、火を付けたいダオッシーと、付けられたくない枝の間で抵抗が起き、ダオッシーが勝ったので火が付きました」
「これが例えば石に火を付ける場合どうでしょうか?石は普通燃えませんから、とてつもない影響力が必要です。では影響力を強くするにはどうしたら良いか?これは単純に魔力を多くするというのもありますが、それはそれで大変なので、魔法が効きやすいように、方向性を付けてあげます」
「少し難しい言い方ですが、例えば石に火を付けるという魔法を使うのではなく、ここに置いてある石に1秒間10センチ程度の火柱が立つようにする、というようにして、より影響力を限定的にしてあげると効果が高くなります」
「ただ毎回これを考えるのは大変なので、あらかじめ発動する魔法に対して、準備しておくことがあります。これが詠唱であり、ただ唱えても魔法は出ませんし、決まった文言があるわけでもありません。まさに魔法使いの特許というわけです」
特許?と言うとダオッシーも疑問に思っていたらしく、少女はその詠唱を考えた魔法使いが、使用を限定出来ると思ってくれればいいです。故に古い一族が特定の魔法に強かったりすると補足した。
少女はとりあえずこんな感じ、と説明を終えた。
ダオッシーもそういうことだったのか、と感心した様子だった。
まあ、内容的に誰しも知っていそうな感じではないよなぁ。
いよいよもう一度やってみようということで、さっきの枝を組み直した。
……驚いたことに、さっき水を被ったハズだが、枝はまったく濡れていなかった。
「ま、火が付きやすくて燃やすために置いたわけだし、そんな難しいことはないよ。火を付けるというイメージをたき火に合わせる。とりあえずそれで大体は点火出来ると思うけど」
思ったより使うことが難しい魔法。それでもここで生きていくには必要になるだろう。
たき火の前に立ち、手をかざしてイメージする。
―火を付ける。火を付ける。火を付ける。
枝が燃えて、たき火になっているイメージ。
だがしかし、枝は一向に燃える気配はない。
イメージが弱いのだろうか。
僕は目を閉じて、イメージしてみた。
火を付ける。
真っ暗な中でたき火が燃えている。
火を付ける。
真っ暗な中でたき火が燃えている。
火を付ける。
イメージするのだ。
火を付ける。
すると、フッとした脱力感が襲った。
上手くいったか?と思った瞬間、脱力感はさらに強くなり、立っていられなくなった僕は、膝を折った。
ダオッシーが襟首をつかんだため、地面に倒れることはなかったが、まるで長距離を全力疾走した後のような疲労感で、立つことは出来そうになかった。
開いた目でたき火を見たが、火はついてないどころか、枝は煙すら立ち上がっておらず、失敗したのだとわかった。
しかし、だとしたら今の脱力感はなんなのだろうか?
少女はゆっくりたき火に近づき、小さすぎて気が付かなかった「それ」を拾い上げた。
ダオッシーに抱えられて椅子に座ったところで、目の前にそれを見せてきた。
「一瞬、魔力を感知したと思ったら、それが出てきたの」
「これが何か、わかる?」
少女が差し出したソレは指より少し大きいくらいで、鈍く光る金属部分と、黒い色で半々にした小さな頭に、透明な体。
その体の中には液体が半分程度入っている。
それは記憶がない僕にわかるハズがない物だった。
だが、それの使い道と名前も僕は分かる。
いや、知っている。
「……ライター、火を付ける道具、です」
それはこの世界にあるハズがない。
しかしまぎれもなく、たかしの魔法で現れた物だった。