異世界に転移した僕が火を点けようと魔法を使ったらライターが出てきた件
謎の疲労感でぐったりしている僕を後目に、少女とダオッシーは召喚されたライターを眺めている。
本来ならいよいよ異世界チート始まったな!とテンションが上がるところだと思うのだが、
魔法の影響か、かなりの疲労感と、ライターという微妙な道具のせいで気分は上がらなかった。
「これは、火を付ける道具なのよね?」
少女が使ってみろ、というように再びライターを差し出す。
僕は恐る恐るヤスリ部分に手をかけ、こするように下に回転させそのまま黒いボタンを押した。
小さくカチッと鳴ったと思うと、火が点いた。
普通に火が点いたので安心し、ボタンから手を離して火を消した。
「なるほど。そうやって火を出す道具なのね」
ダオッシーは数センチ程度上がった火を見て驚いていたようだった。
こっちからしたら、何もないところに火を出す魔法の方が余程不気味だ。
少女は試してみたいと、着火方法を教わり、そのままライターを手に取った。
しかし少女が着火させようとヤスリに手をかけた瞬間、ライターは消えてしまった。
「……消えちゃったけど」
もう一度出せ、と言っているような気がするが、正直出せる気がしない。
ちょっと休ませて欲しいと言うと、仕方がないと少女は引き下がった。
休んでいる間に少女が推論する。
疲労感を見るに、たかしが使った火をつける魔法によってこのライターは召喚、あるいは生成された。
ライターが消えてしまったのは、魔法を使ったものしか扱えないか、あるいは回数や時間に限りがあった。
「まあ、どちらにせよ今日はもう確かめるのは難しそうね」
お昼時ではあったが、疲労感の様子から、今日同じ魔法を使うことは出来ないだろうとの判断。
まだいけます!と根性を見せる気力もないが、下手すると死ぬ言われたので大人しくする。
……というかさらっと怖いこと言いましたね?
「魔力はね、枯渇しても回復出来る。足りない場合は不発する。けど限界以上に【使えてしまった】場合、その分の魔力をどこからか持ち出さないといけない。最悪は命に関わる」
そういう魔法もあると少女は言った。
ライターを出して死亡というのは情けなさ過ぎるので遠慮したい。
しかし火をつけるだけでダウンするのは、この先生き残れるのだろうか。
ダオッシーが昼食としてパンやら何やらを持ってきた。
昼食もギルドを経由して発注出来ると言ったら、喜んで受付に行った。
なんて扱いやすい奴だろうか。詐欺とかに気を付けて欲しい。
昼食に食べたパンは、朝食に比べてかなり味が落ちた。
付け合わせの何かわからない肉のような物、酸味のある飲み物といい、食事というか栄養補給のような感じである。
ダオッシーが言うには、これが普通で朝食がおいしいだけだとのことだ。
なお少女が場所を教えろと言うので、ダオッシーが勘弁して欲しいと土下座した。
かわいそうなので、僕が代わりにお店を教えておいた。
昼食の後も火をつける魔法の練習を続けたが、やはり火はつかず、ライターも出なかった。
結局少女が少し魔法の講義を行い、魔力は調子にもよるが少しずつ回復して、大体は一日で元に戻るというので、また明日試すことにした。
陽が傾き、街が朱色に染まっていく。
メインの街道は街灯に火が灯され、石畳の街道にさらに色が足される。
多くの店は開店の看板を裏返し、あちらこちらの煙突が煙を吐き始める。
影が伸び、やがて朱色は影に隠れ、赤々と火が燃える街灯が影を揺らす。
ギルドも多くの冒険者たちを吐き出し、吐き出された冒険者は明かりに誘われ、酒場へ飲まれていく。
たかしは、受付で支給された食事のチケットを受け取り、指定の店へと向かった。
そこで昼食と同じく、やや酸味のあるパン、味のボケたおかず、これまた酸味のある飲み物を夕食とした。唯一暖かいスープだけがマシな味だった。
寮に戻ると、アオイさんが出迎えてくれた。
思い出したように疲労感が噴き出てきて、たかしはまたすぐに眠ってしまったのだった。
翌朝、水のシャワーを浴びて街へ繰り出す。
ギルドの受付では、ダオッシーが昨日より酷い顔で出迎えてくれた。
どうやら少女がちゃんと朝食を食べに来たらしい。
「でもアイツは友達が増えたし、お客さんも増えてよかったって言うんだよォー!!」
良かったじゃないかダオッシー君。
どうして頭を抱えるんだダオッシー君。
肩を揺さぶるんじゃないダオッシー君。
ギルド案内のクソマズイ朝食がより酸味を増してシャワーするぞダオッシー君。
やはり金策は急務である。
一応特例でギルドのクエスト扱いなので、わずかな金銭は受け取っているが、その辺の噴水にでも落ちていそうな金額である。
あのお店はお友達価格で対応してくれそうだが、流石に良心を痛める。
今日も魔法の基本の基本、火をつける魔法である。
体調は問題なし。しっかり寝たので、魔力も戻っているハズ。
昨日の要領でたき火に火をつけるイメージをする。
目を閉じて、イメージを固める。
火をつけるよう念じる。
すると昨日と同じく、何かが抜けたような疲労感があり、今度はダオッシーが支えなかったので、地面にへたり込んだ。
やはり火はついていなかったが、また何か出たようで少女がそれを拾った。
しかしそれはライターではなかった。
「……これは?」
少女が手のひらサイズの四角い箱をこちらに見せた。
「マッチ、ですね。火を点ける道具」
やすりのついた箱。しかも箱にわざわざマッチと書かれていた。
早速1本取り出して使ってみる。箱の側面でマッチ棒を擦り、ちゃんと燃えた。
そしてもう1本使って、たき火に火をつける。
枝が燻るが、落ち葉に火がつき煙を吐き出した。
もう1本取り出して火をつけて、中に投げ入れた。
とりあえず何回か使えるらしい。
少女にマッチを差し出すと、少女は同じ動作でマッチ棒を取り出そうとしたが、マッチは箱ごと消えてしまった。
「なるほど、召喚者しか使えないパターンね」
少女は枝に燃え移り、パチパチと音が出始めたたき火を観察し、普通に燃えていることを確認すると、また水を出して消火した。
しかし何というか、昨日のような感動がない。
もっとこう、マッチスゴイ!みたいな反応はないのだろうか。
「いや、だってマッチだし」
「たかし、マッチは大体どの家にもあるし、雑貨屋にもあるぞ」
ダオッシーが身に着けていたポーチからマッチを取り出して見せた。
それは似たようなデザインで、流石にマッチとは書いてはいなかったが、木の棒の先に薬剤が塗布されていた。
ダオッシーは手近な物にマッチ棒を擦ると、何度かしてマッチ棒は燃えた。
「冒険者は一応非常用にこういうのは持ち歩くんだ。簡易的なスターターみたいなのもあるけどな。これが一番安い。まあたまに自然に燃えるから注意が必要なんだが」
ダオッシーがマッチの火を消しながら言った。
よくよく考えると、別にライターが出たところで何が変わるってことはない。
つまるところ、ほぼ一日分の魔力を使って、一度だけ火をつける道具を出す魔法ということだ。
スープを温めるために着火の魔法を使った場合、その時点で僕の魔力はガス欠となって、魔法は使えなくなる。
「ちなみに魔力はね、例えば身体能力を上げたりとかにも使うのよ」
こうしてこの魔法は実質封印状態となり、火をつけるための道具という、買う物がまた僕は増えてしまった。