異世界!ダンジョン!ゴブリン!
みなさん異世界転生とか異世界転移とかご存じでしょうか。
そうです現実世界から、ふとしたことで異世界に来てしまって、持ち前の……ああ、いや持ち前ではありませんでした。所謂神様って奴に異世界で無双できるチートを貰い受けまして、圧倒的力でやりたいことを、やりたいようにやっていくアレです。
まさかですね、僕がその異世界転移してしまうとは思わなかったので、今思えばマヨネーズとかペニシリンとか、もっと役に立つ知識を頭の中に詰め込んでおけばよかったなぁ、なんて思ったわけですよ。
実際のところは何の役に立つわけでもなかったんですけどね。
宝くじ。
もし当たったとしたら僕ならこうしたとか、そういう夢のお話であって、一時の辛い現実から意識をそらすくらいには役立てるといいなって……。
「たかし!早く突っ込まんかい!」
ああ何が悲しくて、後ろの安全な物陰からデブのおっさんに追い立てられなきゃいけないんだ。
魔物から噴き出した緑やら赤やらの体液が、ランプで照らされた床や壁に付着し、特に床はおびただしいほどの液体が流れ、てらてらと炎の光を反射している。
僕は30㎝くらいの持ち手に、滑り止めの布を巻いた木の棒を右手に握り直すと、絶賛液体ぶちまけ中の前線へそろそろ歩き出す。
左手に持った木の棒の先には木の枝が巻き付けられ、壁に立て掛けられた同じ木の棒、いや松明から火を移して、肉や液体の弾ける音に時折り金属音が鳴り響く先へ進む。
うわぁ行きたくない。
「すみません、遅れました」
前方の小さな鎧が振り向かずに頷く。
僕もかなり華奢な方だが、それと比べても相当小さいその鎧は、おそらく魔物の返り血やら体液だろうが、金属の色が見えないレベルで汚れていた。
左手には小さな盾、右手には短い槍を持っている。
その向こうには傷だらけの魔物が数体。
所謂ゴブリン種であり、緑の皮膚に黄色いような眼が特徴で、魔物としては知能が高く、人間の言葉を理解したり話すこともできるそうだ。
もっともこういうダンジョンに出てくるゴブリンは、そういう知識を得られないため大した知能ではない。
そしてなまじ多少の知能があるため、自分が傷つきたくないと群れても一気に襲うようなことができない。
盾や鎧、槍で隙が出来たゴブリンへ棍棒を振り下ろす。
優先して狙うのは頭、次に首、手足。
なるべく倒せる位置を狙いつつ、出来なければ抵抗する力を奪う。
殴るとぶよっとした感触の次に、骨が砕ける音と固いものを叩いた感触が手のひらから伝わる。
うえー気持ち悪い。
棍棒でゴブリンを殴っていく。
頭、頭、首、胸、頭、手、頭……ああ、段々とどのくらいの力加減をすれば、一撃で粉砕できるのかわかってきた。
これがレベルアップか!と感心しつつ、手負いのゴブリンは殴り切ったので、いっちょ無傷のゴブリンも倒してみようじゃないかと、飛び出した。
これがいけなかった。
もはや何色だかわからない、血なのか体液なのかでぬかるんだ地面は、勢いよく飛び出し、まともな靴を装備していなかった僕の足を滑らせるのに十分であった。
ずるっという感触と共に、両足は前側に投げ出され、松明と棍棒を握っていた僕は、受け身が取れずに頭を思いっきり地面に打ち付け、そこで意識を失ったのだった。