【5話】映画はやっぱり映画館で観るに限るよね【明継×藍莉×美智♡】
【姫島夜宵view】
人には多かれ少なかれ好みというものがある。
だからこそいつも側にあって欲しいほど好きなものや、逆にそれがあることそのものが嫌ってほど嫌いなものがある。
ものの感じ方は人それぞれだけど、あたしは、正直近寄りたくもないほど嫌いなものが1つある。
しかもどうしても近付かなければならない立ち位置に。
あたしがあのどこに出しても恥ずかしい兄を汚兄と呼び始めたのは、もういつだったかも覚えていない。
それくらい、きっかけが些細な上沢山あるということだ。
子供の頃から兄の奇行は激しかったから、あたしの周りでは友達から必ずと言っていいほど兄のことでからかわれた。
それにあたし自身も、兄の奇行に散々迷惑をかけられたわけで。
そんな兄を尊敬などできるはずもなく、それどころかあたしにとっては姫島明継=関係があると知られるだけで恥ずかしい存在という認識ができるのは仕方のないことなわけで。
お母さんは汚兄の事を甲斐甲斐しく面倒を見てるけど、あたしは内心よくやるなぁと嘲笑しているところがある。
アレはもう社会に出ても生きていけない。
本人も自覚があるのかたまに学校を休んだり不良の真似事をしたりして、でも根は真面目だから中途半端になったりしてる。
汚兄とはできれば関わりたくない。
友達に家族だってバレたくないし一緒にいるところを見られたくない。
それくらい、姫島明継という人間は厄介な人間だとあたしは思っている。
「夜宵」
そんな汚兄に声をかけられた。
「露骨に嫌そうな顔するな」
兄がしかめっ面をする。
しかめっ面をしたいのはあたしの方だ。もうしてるけど。
あたしが話しかけられることを不快に思うのは向こうも分かってるはずだけど、それでも話しかけてきたってことは、よほど大事な用事でもあるのだろうか。
「まぁいいや、用件だけ手短に話すぞ」
そう言って汚兄はあたしから視線をそらす。
「女の子から告白されたら、どうすればいい?」
「……」
………………。
……………………………………。
「は?」
思わずあたしはドスの利いた声で聞き返してしまう。
「だから、交際を申し込まれたらどうすれば良いのかってことだよ」
意味がわかってないと思ったのか、言い換えて問い直して来る汚兄。
そういう意味じゃねえよ。
あたしは脱力してしまう。
どんな大切な話かと思ったらこれか。
「あんたには一生縁のない話だから考えるだけ無駄だよ」
あたしは思ったことを率直に返す。
「お前は俺を何だと思ってるんだ……」
汚兄が不満そうに呟く。
不満なのはあたしの方なんだけど。
「そもそも『もし告白されたら〜』とか受け身で考えて、それを他人に任せようとしてる時点で男としてアウトだから」
あたしは面倒臭くて早めに切り上げたかったこともあるけど、汚兄のあまりの駄目人間にイラついて、ついつい強い言葉を使ってしまう。
しかし汚兄は怒ったり悲しんだりせず、むしろハッと気付かされた、みたいな反応をしていた。
「ありがとうな、夜宵」
汚兄はそう言うと早足で自分の部屋に向かってしまった。
どうやら汚兄の何かの役に立ってしまったらしい。
「……ムカつく」
あたしは思わず呟いた。
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【姫島明継view】
今日はデートの日。
俺は待ち合わせで駅前の時計の前で待っていた。
「流石に待ち合わせの1時間前はやり過ぎたか……」
俺と彼女は映画を見る約束をしていたんだが、目的の映画の最初の上映が9時20分であるため、移動や飲食物の購入の時間を考えて9時に待ち合わせをしている。
ちなみに現在は8時50分。
俺が待ち合わせ場所に着いてから50分経っている。
時間に余裕を見て待ち合わせの時間を決めているため、普通の考えなら10分前行動はしないだろう。
しかし、俺が待ち合わせ場所に着いた時からずっと視線を感じる。
「……」
こう……粘ついたというか、ねっとりした視線がこちらを伺ってる様な気がする。
若干ハァハァ息漏らしてる音も聞こえるし。
「(明継きゅん……もうかれこれ50分もあのまま……かわゆい……ぐへへ)」
ゾクッ!と背筋に悪寒を感じる。
「……よし、帰るか」
「ままま待って下さいませ!!!!!」
今日のデートの相手である水戸藍莉さんが木の影から出てきた。
……やっぱりか。
水戸さんは俺が待ってるのを影から見詰めて楽しんでいたのだ。
「違います!聞いてください!」
まるで俺の心でも読んだかの様に訴えてくる水戸さん。
「私は明継きゅんが家を出るところからずっと側にいたんです!」
「余計タチ悪いわ!」
何ストーカー宣言して良い話みたいに持って行こうとしてんの⁉︎
「違うんです!こういうのって待ち合わせしてるって事実が大事なのであって、なのでいくら揃ってるからと待ち合わせもろくにしないで出発するのもどうかと思いまして、決してわざわざ真面目に1時間も前に待ち合わせ場所に集合する明継きゅんが可愛くて可愛くて眺めていたわけではーーーー」
「お待たせ」
9時5分前。
水戸さんの声を遮り俺の幼馴染の秋津川美智が姿を現した。
「……どういうことですか」
深刻な顔で水戸さんが尋ねてくる。
怖い怖い。
「ほら、この前映画に行くって約束しただろ?」
俺は水戸さんと映画に行く約束を取り付け、詳細な時間や映画の内容を詰めた。
「その会話を聞かれてまして……」
「流石にそれは不公平。私も着いて行く」
美智が補足してくれる。
「自分の番の時に勝手に行けば良いじゃないですか〜!というかこの前2人で学校休んでまで遠出したそうじゃないですか!私も明継きゅんと映画映画を見てやっと相殺だと思います!」
水戸さんが反論する。
「私は2人の邪魔はしない。でもあいりはする。そこが違う」
美智も水戸さんに反論する。
俺達は告白された俺と告白した水戸さん・美智という少し変わった面子で、2人は告白の返事待ちをしている。
俺の気持ちが整理できる様、こういったデートの機会を設けてアピールされているというわけだ。
話だけ聞いてると男の狂った妄想みたいだが。
ちなみに、本当は見に行く映画が美智が楽しみにしてた映画だったために着いて行くと聞かなかったわけだが、水戸さんには内緒にしてほしいと頼まれた。
「むぅ……わかりました」
頰を膨らませながら水戸さんが言う。
「でも、私は滅茶苦茶イチャイチャしますからね?」
いきなり腕に抱きつかれる。
「構わない」
興味無さそうに映画館の方へスタスタと歩いて行く美智。
どれだけ俺に興味ないんだよ。
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映画館に着き早速券を買う。
「ギリギリでしたね……」
人気の映画の公開したばかりだけあって、俺達が買う頃には席は殆ど埋まっていて、3連続で空いてる所はギリギリ1つだけだった。
映画は俺の好みに合わせてスポーツモノで、リアリティよりもCGやカメラワークを駆使して熱さを追求したバリバリのスポ根映画だ。
水戸さんは恋愛映画を推していたが、恋愛系はそのまま変な雰囲気に持っていかれる危険性があったので俺が無理矢理ゴリ押しした。
それなのに水戸さんはあっさり引き下がり俺に合わせてくれた。
申し訳ないことをしたと少し思っている。
そんな所に、超ミーハーの美智がそのスポ根映画を観に行く話を嗅ぎ付け、便乗してしまった為にこんなことになっているわけだ。
そんな話は兎も角、俺は水戸さんに話を聞く。
「本当に良かったのか?あんなに恋愛映画ばっかりお勧めしてきたのに」
「いいんですよ。どうせ雰囲気に便乗したかっただけですし」
おい。
サラッと聞き捨てならないことを言うな。
「それに明継きゅんの観たい映画は私も観たいです!」
グッとサムズアップする水戸さん。
俺は少し胸の奥が熱くなってしまう。
「だって近くでかぶりついて映画を見る明継きゅんを見られるんですから!ぐへへ……」
前言撤回。
水戸さんは水戸さんだった。
というか今朝会った時からずっと“明継きゅん”呼びのままだし。
今日は水戸さんフルスロットルだ。
そんな水戸さんの相手をしていると美智がいつの間にか1人でポップコーンと飲み物を買って来ている。
ちなみに3人分ある。
「美智さん、ありがとうございます」
水戸さんがポップコーンと飲み物を受け取る。
俺も流れに任せてポップコーンとコーラを受け取る。
「340円」
「金取るの⁉︎」
まぁ、パシリみたいな事は嫌だが、俺だけ払うっていうのもなんというか。
「あいりはもう払ってる」
「はい、先程「買ってくるから」と。その時欲しいものも聞かれました」
「俺聞かれてないけど⁉︎」
ちなみに俺の欲しいものはポップコーン塩味とコーラで丁度美智が買ってきたものだ。
「つぐは何が欲しいかわかりやすい」
美智はそう言って俺から340円を受け取る。
なんだか少し悔しい。
「というか、1人1個食べるのか?」
「勿論」
ポップコーンはSサイズで1人で食べるのが丁度いいサイズを買って来ている。
「ジュースとポップコーン両手に視聴。これぞ映画館の醍醐味」
「……散らかしたりうるさくしたりするなよ?」
別にジュースとポップコーンはレンタルDVDでも出来ると思う俺であった。
しかし美智が満足そうだから俺は黙っておく。
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【水戸藍莉view】
さて、券を買い、飲食物の用意も出来て、準備は万端です。
丁度時間も近付いて来たので、私達は買った券の会場へ移動します。
3つ並んだ席は私だけ明継きゅんと隣になる様に座りたい気持ちもありましたが、ここはぐっと堪えて、明継きゅんが真ん中、私と美智さんが両側に来る様に並びます。
しかし、並びで我慢した分、思いっきりイチャイチャしますよ!
私は部屋が明るい内に気合いを入れます。
そうこうしている内に部屋が暗くなります。
ある程度のマナー喚起と盗撮・録画が違法だとダンスする映像が流れ、公開予定の映画の予告がどんどん流れていきます。
「あ……」
私の好きなファンシーな動物のアニメの予告が流れます。
あれ、映画やるんですね。
主人公がちょっと間抜けで、それでも真摯に頑張る姿に胸打たれるハートフルなアニメです。
映画になったらさぞ可愛くて、応援したくなるんでしょうね。
そうこうしている内に映画が始まります。
内容は単純。
野球を見てその凄さに圧倒された少年が野球をやろうと奮起しますが、学校や近くに野球のチームはない為、1から人数を集めて行き、最終的に甲子園を目指す話です。
原作は今でも続いてるらしいので、おそらくこの映画はオリジナルかどこかで区切りを付けられるのだと思います。
不良の少年を仲間に引き入れるという最高に盛り上がるシーンに入りました。
(よし……!)
盛り上がりにかこつけて、私は明継きゅんの手を握りに行きます。
しかし、手を伸ばした先には明継きゅんの手はありませんでした。
(もしかして……バレました⁉︎)
私は恐る恐る明継きゅんの顔を見ます。
明継きゅんは瞳をキラキラ輝かせながら両拳をギュッと握っていました。
何これ可愛い!!!!!!
少年みたいに目を輝かせる明継きゅん滅茶苦茶可愛いです!!!!!!
ふと見ると、明継きゅんの奥に同じ様に瞳を輝かせながら拳を握る美智さんの姿が。
貴女もですか!!!!!!???
見ると、先程から2人の動きはシンクロしています。
ハラハラした仕草をしたり、応援する様に手に汗にぎったり、立ち上がってから後ろの存在に気付いて申し訳なさそうに座ったり。
周りの迷惑にならない様にと音を立てない様にしているところも一緒です。
ある種のイチャイチャを見せられているのに、私はそんなことより目の前の現象の凄さに思わず見入ってしまい、気が付いた時には映画が終わってしまっていました。
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映画館から出た後。
「それで!不良を説得する時の行動がさ!」
「あれはアツい。いい演出」
「あと部長の、部を守る為に生徒会室に駆け込むシーンも!」
「部長は真の漢」
最寄りのカフェで2人は映画の話に花を咲かせていました。
うぅ……。
今日は私のアピールの時間ですのに……。
2人のイチャイチャっぷりに思わず嫉妬してしまう私です。
「水戸さんは何かないか?」
明継きゅんが無邪気に私に話を振ります。
「あ〜……私は……」
私は視線をそらします。
「もっと面白いものに夢中で、覚えてません」
「面白いもの?」
「?」
明継きゅんと美智さんが同時に首を傾げます。
「しかし、そっか……」
そして同時にガッカリします。
ガッカリさせたのが申し訳ないのと、シンクロでイチャイチャしてる事にダメージを受けることが同時に私に襲いかかります。
正直わざとやってるんじゃないかと思うレベルです。
「すみません……」
私は正直に謝ります。
自分から誘っておいて、一緒に楽しめないのは、何よりも苦しく感じます。
「じゃあ、今度は予告が流れてたファンシーアニメの映画見に来ような」
「……え?」
私は耳を疑います。
だってそれは、私の好きなアニメですから。
明継きゅんが照れ臭そうに頭を掻きます。
「水戸さんが観たそうにしてたのがわかったから。次に観に来ようと思ったんだ」
そんな明継きゅんの言葉に、私は胸が熱くなります。
やっぱり、私は明継きゅんが好きなんだと、再認識しました。
「あ〜、あのぶっさいくな猫の」
「え⁉︎」
美智さんの言葉に私は驚き、明継きゅんは目をそらすのでした。