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ざんれんっ!  作者: 恋熊
1章 恋は突然に
7/50

【4話】主人公がいないところで絡むヒロインの話が見たくて【美智×藍莉】

 

姫島明継ひめじまあきつぐview】



「くっ、くくくっ……!」

「どうしたの?悪霊にでも取り憑かれた?」



 ある日の放課後。


 あまりの嬉しさに笑いが漏れてしまった所を友人の智紀ともきに聞かれてしまい、失礼なことを言われる。


「いや、平和だなと思って」

「平和なことに対してあんな『私は何か企んでます』みたいな笑いが漏れるのはかなり不自然だけど」


 素直な感想を言っただけだと言うのに、事あるごとに智紀は揚げ足を取ってくる。


 正直言ってうざい。


「しかし今の俺はそんなうざい智紀だろうと余裕で許せる器を持っている」

「その発言を僕に聞かせている時点で器は狭いと思うけど」


 おっと、口に出てしまってたらしい。



 しかし今の俺はかなりの上機嫌だ。

 周りでどんなことがあったとしても笑って許してやれることだろう。

 自由って素晴らしい。


「さて、今日はどこに寄ってく?」

「あれ?今日はいいの?」


 俺が帰りの寄り道を提案したところ、智紀に不思議そうな顔をされる。


「いいって、何が?」

「最近付き合い悪かったじゃん。水戸みとさんと秋津川あきつがわさんと何かあったみたいで」

「ああ……」


 俺は学園のアイドル、水戸藍莉みとあいりと俺の幼馴染、秋津川美智あきつがわみさとから告白を受け、それを保留してしまっている。


 それからというものの、俺は2人と一緒に行動することを強要され、自由な日など一切なかった。


 しかし。

 しかしだ。


 今日は、その2人と一緒に行動しない日なのだ!


「あぁ、自由って素晴らしい……!」


 さあ、何をして遊ぼうか。

 買い食いでもするか?ゲーセンでも寄って行くか?

 何にしても、楽しい1日になりそうだ。




 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


【Another view】




「ごめんなさい」


 水戸藍莉みとあいりの声が響き渡る。



 とある日の放課後。


 秋津川美智あきつがわみさとは校舎裏を通ろうとした時に偶然それを聞いてしまい、思わず身を隠した。


 校舎裏を通ったことに大した理由はない。

 強いて言えば、下駄箱から校門までの近道だったから、くらいのものだろうか。


 そうしていつも使っている道で、美智は初めて藍莉が告白されているところを見かけてしまったわけだ。


(よく考えたら、人気者なんだからされるか)


 藍莉は学園のアイドルと称されるほどの人気者だ。

 スポーツ万能、成績優秀、誰からも慕われ、先生からも一目置かれている。


 そんな彼女が告白されないなんてことはあるはずもない。


「っ」


 男子生徒が悔しさに息を呑む。

 藍莉や美智からすればごく当然の答えが男子生徒に返されたわけだが、当然、男子生徒は勇気を振り絞って告白をしたのだ。

 簡単に受け入れられるはずもない。


(すごい場面に出くわしてしまった……)


 美智は胸を高鳴らせ、耳を澄ませる。


 美智はあまり多くを語るタイプではないため誤解されるが、意外とミーハーなところがあり、他人の色恋沙汰にも興味津々なお年頃なのだ。


「り、理由を聞かせてもらっても、よろしいでしょうか?」


 男子生徒が悔しさを押し殺して尋ねる。


 美智は藍莉の返答を予想しながらも、ドキドキしながら続きを待つ。


(普通に考えたら好きな人がいるから、だよね)


 実際、藍莉には明継という想い人がいる。

 現在彼からの返事待ちではあるものの、藍莉と明継の間に男子生徒の入り込む余地はない。


わたくしは、あなたのことを良く知りません」


 しかし、藍莉の返答は美智にとって予想外のものだった。


「付き合う、というのはお互いを知り、愛し合うことだと思います。あなたのことをよく知らないわたくしに、あなたがわたくしに寄せてくれているでしょう想いと同等以上の気持ちを抱くことができるとは思えないんです」


 要するに、好きになれないから断る、という意味だ。

 その言葉はある意味誠実で、ある意味残酷だ。


 水戸藍莉とは誰にでも優しく敬意を持って接する人物だと周りからは思われているため、その返答は美智にとっても男子生徒にとっても意外だ。


(つぐの名前、出す気ないのかな)


 美智はそんな風に考える。

 もし好きな人がいると断るのなら、最初からそう断るはずだ。


「だ、だったらこれから知り合っていけばいいじゃないですか!そうやって、初対面から僕のことを知って、好きになっていってくれればいいです!」

(凄いこと言うな)


 知ったからといって必ず好きになる保証はないはずだが、男子生徒は自分の言ったことの意味がわかってるのかわかっていないのか、必死に食い下がる。


「だからーーーー」

「すみません」


 しかし、藍莉はそれをバッサリ切り捨てる。


「確かに、あなたのことを知っていけば、少しずつでも、あなたのことを好きになると思います」


 それは意外にも、先程かけた言葉と真逆の優しい言葉だ。


「しかしどれだけあなたのことを好きになったとしても、あなたのわたくしに対する気持ちには届かないです」


 それだけ男子生徒の気持ちが大きいと言っているのか、自分の気持ちが恋愛まではいかないと言っているのか。


「だから、ごめんなさい」


 藍莉は深々と頭を下げた。


「どうして、僕のことを好きになれないって、断言できるんですか」


 男子生徒が未練がましく、そんなことを訊く。


 そんな男子生徒に、藍莉は困った様な笑顔で答えた。


わたくし、お慕いしている方がいますので」

「「なら最初から言えよ!」」


 男子生徒と美智の声が被る。


「あ」


 思わず物陰から出て叫んでしまった美智は2人の注目を浴びる。


「……」


 そして恥ずかしさからそのまま物陰に戻っていった。


「「いやいやいや!」」


 見られた側からすれば、そうは問屋がおろさない。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 あの場で1番辱めを受けたのは男子生徒だ。

 そのため、藍莉と美智は懸命に男子生徒を励まし、今回のことを口外しないという約束を交わし解散した。


 しかし2人は気付いていなかった。

 自分に全く気がない女子2人に優しく励まされ、しかし2人は別に自分にイイコトをしてくれるでも付き合ってくれるでもない。

 男子生徒にとってそんな屈辱的なことはないだろう。


 振られて傷心のところに「もしかして君、僕に気があるの?」「いえ全く。微塵も興味津々ありません」というやり取りをやってのける美智の神経の図太さには敬意を表する必要があるかもしれない。


 2人の元から去る男子生徒の頬は涙に濡れていたことを、2人は知らない。



「覗き見とは趣味が悪いですよ、秋津川さん」


 美智に対してプリプリと怒ってみせる藍莉。


 美智はその態度を見てある意味感心する。


「やんわり断る感じだったのにバッサリ切り捨てる水戸さん程ではない」

「それを言われたら先程の秋津川さんの方がかなり悪女だったと思うんですが……」

「?」

「いえ何でもないです」


 思わず視線を逸らす藍莉。

 正直意味がわからないといった様子の美智。


「ところで秋津川さんはここで何を?」


 藍莉が当然の疑問に帰結する。


「帰る途中。やることもないし」


 今日は明継との行動も別。

 だからと言って、他の友達はそれぞれ予定が入っている。

 だから美智は帰ってダラダラするか宿題を片付ける予定だったのだ。


「要するに暇だったんですね」

「ぐっ⁉︎」


 藍莉に図星を突かれる。


「でしたらご一緒しませんか?わたくしも丁度暇を持て余していたんです」

「……暇?」


 彼女の中では告白されることを暇というのだろうか。


「先程の方から呼び出されてたので、他の予定は軒並み断っていたんです。それで、用件も終わったので今は予定がないんです」


 ニッコリと答える藍莉。

 ただ1人の見知らぬ男性のためだけに予定を空けるなんて、どれだけ優しいのだろうか。


 これが藍莉が人気である理由だろうか。


「……私も丁度時間あるし、いいよ」

「やたっ♪」


 とても嬉しそうに喜ぶ藍莉。


 明継は彼女みたいな女の子らしい女の子を選ぶだろう。

 明継はそういう子が好みだから。


 そう思ったら美智はつい、OKと返事をしてしまっていた。


(まぁ、時間があるのは本当だし、いいか)


 美智は諦めた様に溜息を吐く。


「それで、どこ行く?」


 美智が訊くと、待ってましたと言わんばかりに藍莉は気合を込めて発表する。


牙郎がろうです!」

「え」


 牙郎系ラーメンチェーンといえば、巷で話題の「こんなの食べきれる奴いるの?」と言わんばかりのこってり&がっつりの、驚異の量・脂を兼ね備えた、大量野菜とチャーシューとメンと、ドロドロの豚骨出汁がたちまち成人男性の胃すら溶かすと言われるほどのネタの部類に入るチェーン店だ。


 今では牙郎に病み付きになって週一で食べてる様な人もいるらしいが、初見ではまず食べきれないしラーメンを見たくなくなるレベルのヤバい店の筈だ。


「話を聞いてから1度は行ってみたいと思っていたのですが、皆さん反対される方ばかりで、お母様お父様まで反対なさるんです……でも、どうしても食べてみたくて、でも1人で行くには勇気が足りず……」

「無理」


 美智は早口で話す藍莉の言葉を遮り、はっきりとNOを示す。


「行きたければ1人で」


 どうぞと、美智はジェスチャーする。


「そんなぁ!心強い戦友を得たと思ってましたのに!」

「死地に引き摺り込む気満々の相手を戦友呼びしたくない」


 2人は15分ほど格闘し、結局行き先は無駄にメニュー名が特殊過ぎる喫茶店、スタンガンバックスことスタバに行くことになった。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


【姫島明継view】



「それで?何があったの?」


 帰り道の寄り道マックにて。


 智紀が突然そんなことを聞いてくる。


「何が……って、何のことだよ」


 ポテトを一口頬張りながら俺は智紀に尋ねる。


「しらばっくれる気?」

「心当たりがねえって言ってんだ」


 智紀が溜息を吐く。


「ここ最近、付き合い悪いじゃん。それに、急に水戸さんや秋津川さんとお近付きになったみたいだし」

「ぐっ」


 確かに、ここ最近で俺の生活は一変した。


 美智や水戸さんが俺に話し掛けて来たのは周囲がバッチリ見てるし、この前のデートや水戸さんとの密会だって、俺の今までの行動とは変わった出来事だ。


「というかお前、俺と美智が幼馴染なの知ってんじゃん」


 智紀とは数年来の付き合いだ。

 多少のプライベートはお互い知ってる。


「いやいや、明継と秋津川さんの仲の悪さ知ってたら、向こうから近付いて来るのは不自然でしょ」

「確かに」


 とにかく。

 俺の周りはあの告白のせいで様変わりしてしまったということだ。


「で?何があったの?」


 先程までのことを前提に、智紀が訊いてくる。



『実は水戸さんと美智に告白されたんだ』


 と答えるのは簡単だ。


 智紀も簡単に人の個人情報を言いふらすほどクズじゃない。

 信頼できる。



 問題は……。



 信じてもらえるかどうか。


 ぶっちゃけ俺だって自分に起きた現状が信じられない。


 学園のアイドル様に、自分を嫌いな美人幼馴染、2人が同時に告白してきました。


 そんな状況ドッキリが仕掛けられてるとしか思えない。


 それを当事者でもない人間に信じてもらおうって方がどうかしてる。


 それに……。


「……」

「明継?」

「あぁ、ワリ。ぼーっとしてた」


 智紀が質問して来てるんだった。


「それで?答えてくれないの?」

「……」


 少し迷う。

 智紀なら、信じてくれそうって気もする。

 しかし、全部を話してしまっていいものか。


「実はなんだが……」

「うん」



「有り得ない様な話なんだが、俺、告白されたんだ」

「おめでとう」

「2人から」

「2人?」

「1人は手の届かない様な高嶺の花で、もう1人は俺のことが嫌い……なはずの奴」



 俺は正直に話すことにした。

 詳細については省いて。


「いやそれ水戸さんと秋津川さんでしょ」


 一瞬でバレた。


「ここで別人だったらその方がびっくりだよ」


 確かにその通りだな。


 俺の生活に2人が絡んで来たわけだから、2人が無関係とは考えにくい。


「でもそっか。それなら確かに納得がいくよ」

「信じるのか?」

「自分から言い出しておいて何を言ってるの」


 智紀は呆れた様な声を出す。


「水戸さんと秋津川さんが急に接近して来た。それって普通に考えれば好感度が上がる様な何かがあった。ってことでしょう?」


 例えば告白とか。


「だとしたら明継の話してくれた説明で納得がいく、んだけど……」


 どこか煮え切らない様子の智紀。


「で?その告白に明継は何て答えたの?」

「……保留だ」


 俺はか細い声で答えるのがやっとだった。


「なんて?」

「保留したんだよ。俺は告白から逃げました」


 ヤケになってポテトを口に流し込む。

 むせてしまった。


 智紀が俺の背を叩いてくれる。


「明継らしいね」

「うるせぇ」


 どうせヘタレと言いたいんだろう。


「でもお陰で納得できたよ」

「何がだよ」


 智紀には何かわかったのか?


「もし告白を断ったなら、関係がギクシャクして向こうから接近してくるなんて有り得ないと思ったんだ」


 確かに、断られておいて話し掛けに行くなんて、負け戦とわかっていながら挑みに行くのと同じだ。


 かなり勇気がいる。


「かと言って2人共OK、なんて返事ならその時明継はサンドバッグになってただろうね」


 そんなナンパ野郎、告白した方(こっち)から願い下げ、というわけだ。


 つまり、告白の返事をしたのなら、少なくとも片方とは距離ができるはずだ。


 なのに2人共、俺に近付いて来ている。


「つまり、チャンスがまだあって、相手に取られるかもしれない。だから2人共近付いてきた」


 納得がいった、と智紀が頷く。


「それで?」

「それでって……」

「これからどうするの?どっちの告白を受けるの?」

「……」


 俺は答えるのを躊躇う。


 だって、俺の中でさえ、答えは出てないんだから。


 水戸さんは可愛くて魅力的な女の子だ。

 こんな俺のことを真剣に好きだと言ってくれている。

 俺はそんな彼女を純粋に可愛いと思ってしまった。



 美智は勝手よく知ってる幼馴染だ。

 性格も良くて見た目も美人、サポートもしてくれるとてもいい奴だ。

 俺のことが嫌いだと思っていたけれど、実際そうだけど、……それだけじゃない、そんな風に思わせてくる。



 どちらか選ばなければいけない。

 むしろ、どっちも選ばないって選択もアリだ。


 なのに、俺は……。



「ゆっくり悩めばいいよ」


 智紀が声を掛けてくる。


「明継が真剣に悩んでるのは見ればわかる。だからこそ……悩んで悩んで、そうやって答えを出せば、答えが出た瞬間、迷いはなくなると思うよ」

「智紀……」


 智紀はポテトを一口かじる。


 智紀のお陰で、少しは楽になった気がした。

 実際は何も解決してなかったとしても。


「ありがとうな」

「どういたしまして」




 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


【Another view】


 スタバの商品の名前には一応規則性がある。


 例えばドリンクの場合。


 ・商品のメインから6種

 ・アイスかホットの2択

 ・サイズの3択

 ・甘さの区分4択

 ・トッピング10種


 これらの各単語を組み合わせて、長ったらしい呪文の様な商品名が出来上がるのだ。


 しかも腹の立つことに、アイスかホットの2択なのに単語がアイスでもホットでもないよくわからない単語だし、コーヒー、ミルクなどの商品名、サイズについても同様なのだ。


 これは都市伝説の1つだが、『長ったらしい商品名をなんとか覚えて、それを注文したら「ホットコーヒーMサイズ砂糖大盛りミルク付きですね〜」と応えられてキレた』というものがある。


 そんな話を知ってか知らずか、美智は面倒がって商品を指で指して注文した。


 店員も長ったらしい商品名をわざわざ確認することはせず、美智の注文を承った。


 逆に藍莉は呪文を律儀に唱え商品を受け取っていた。


 そんな藍莉に美智は驚愕するのだが、藍莉にはそんなこと知る由もない。


「それで、目的は?」


 美智は藍莉に尋ねる。


「何の話ですか?」


 藍莉はいきなりの言葉にキョトンとする。


「ここに連れて来た理由」

わたくしは別にここに来たかったわけでは……」

「……」


 牙郎に行きたいと言った藍莉を説得してなんとかスタバに連れて来たのは確かに美智だが、問題はそこではない。


 美智は非難の意味も込めて藍莉を睨む。


「そもそも、牙郎行きたいって、口実でしょ?」


 藍莉は結局折れて美智と共にスタバに来ている。

 つまり行くところは牙郎でなくても良かったのだ。


「私と、何か話したいんでしょう?」


 校舎裏で会ったのは確かに偶然だが、藍莉はそもそも美智に用があった、というわけだ。


「あ、いえ、もちろん牙郎に1人で行きづらいのも本当ですよ?」

「それはいいから」


 美智は辟易としながら藍莉に答えを促す。


「何が目的?」


 美智はじっと答えを待つ。


 そして藍莉は遂に口を開いた。





「秋津川さん、明継きゅんの秘蔵コレクション、交換し合いませんか?」





「……」


 美智は呆然とするしかなかった。


 何を言ってるのだこいつは?


「何の話?」


 わけがわからなかったので聞いてみた。


「え?明継きゅん秘蔵コレクションですよ。コレクション」


 やっぱり意味がわからない。


「ほら、明継きゅんを好きな者ならば当然の嗜みと言いますか、好きな人の写真が欲しいとか、好きな人の身につけているものと同じものが欲しいとか、好きな人から落ちたものが欲しいとか、好きな人の体の一部がほしいとか、あるじゃないですか」

「ストーカー行為に私を巻き込まないで」


 正直かなりやばい人である。


「こちらなんか私の自慢の一品ですよ」

「人の話を聞け」


 藍莉は1枚の写真を見せてくる。


「猫に喧嘩で負けるところです」

「うわ」


 見ると、明継の顔面にデブ猫の渾身の猫パンチがクリーンヒットし、明継の顔が中々の不細工になっていた。


「すっっっっっごく良い写真です……」


 写真をうっとりと眺める藍莉。


 わけがわからない。


 美智にとってはこういうところは明継の残念なところでしかなく、わざわざ隠し撮りで写真に収める意味もこの写真の良さもわからない。


「あとこちらがレンタルビデオ店で少し卑猥なコーナーの周りをうろうろしながらも結局そのまま帰る動画、こちらが河原で寝転がっていたら芝生がびっしり背中についてしまった写真、こちらが体育館倉庫で1人体操座りする明継きゅんです」

「しょうもなっ」


 出てくる写真や動画は全て明継らしいといえばらしいものばかりで美智は頭が痛くなってくる。


 自分は何であんな奴が好きなんだっけ。


「あとは自宅から拝借したトランーーーーーーーー」

「それはダメ」


 藍莉が取り出そうとしたそれを美智は制止した。


 “それ”を自分は見なかった。

 そういうことにすればわざわざ通報しなくて済む。


「秋津川さんはさぞ素晴らしいコレクションをお持ちなんですよね!」


 なぜ自分がコレクションを持ってる前提なんだろうか。

 美智は死んだ目をしながらそんなことを考えた。


 キラキラと目を輝かせながらこちらを見る藍莉に美智は辟易とする。


「持ってない」

「そんなまさか!」


 美智の言葉に藍莉は驚愕する。


 何を驚くことがあるんだろうか。


「確かに私は昔からつぐと一緒にいるけど」

「羨ましい!」

「つぐの子供の頃の写真なんかも家にならあるけど」

「とてもとても羨ましい!」

「でも下着姿を見られたり嫌なこともある」

「なんですかそれご褒美ですか!」

「その時のつぐの恥ずかしがってるのか鼻の下伸ばしてるのか煮え切らない態度はつくづく残念で」

わたくしも見たかったです……!」


 話が噛み合わない。


 美智は話せば話すほど目が死んでいく。

 正直藍莉がやばい奴としか思えない。


「正直、つぐがいいとか理解できない」


 美智は首を振る。

 そんな美智の反応に藍莉はきょとんとする。


「貴女も明継きゅんが好きなのではないのですか?」


 藍莉の疑問はもっともだ。

 好きな人のことが嫌いというのは矛盾していて奇妙だ。


 そういう意味で言えば、藍莉にとっては美智の方が頭がイカれている。


 美智は藍莉の疑問に答える。


「私はつぐのそういうところは好きじゃないってだけ。つぐの残念なところは直してほしいところ」


 藍莉はそんな美智の答えに呆然とする。


「……それは勿体ない」

「え?」


 藍莉は美智の肩を掴む。


「明継きゅんの可愛さがわからないなんて!明継きゅんはその可愛いところが大部分を占めているのでその可愛さがわからないとは即ち明継きゅんを好きでいることの9割を損していますよ!」

「そんな事は……」


 ないとは言えないところが痛い。


「それはそれは勿体ない!秋津川さん!貴女はもっと明継きゅんの魅力を知るべきですよ!」

「そこは大きなお世話」


 どれだけ明継が残念の塊であろうと、美智が明継を好きなことも、美智にとっての明継の好きなところも変わりはしない。


 藍莉に何を言われようが、それは美智にとって大切なものだ。

 否定させる気はない。


「これは秋津川さんに明継きゅんの魅力をたっぷりと教えてあげるべきですね!」

「えっいや」


 それは懇切丁寧にお断りさせていただきたいところだ。


「それではまずは何から話しましょうか。そうだ!まずはわたくしが明継きゅんを知るきっかけとなったダンボールに入った猫に声を掛ける話から始めましょうか!そう、あれは雨の降っていた放課後のことでした……」

「あの、ちょっ、やめーーーーーーーー」




 ーーーーーーーー

 ーーーーーーーーーー

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 数十分後。


「……つぐってばドジで間抜けで可愛い。可愛い?可愛いってなんだっけ?……つぐは可愛い。可愛い?……」


 そこには目を虚ろにしてうわ言の様に何かを呟く美智の姿があった。

 若干怖い。


 逆に藍莉は肌がツヤツヤでとても満足そうだ。


「ぜひ、今度明継きゅんの子供の頃の写真を分けてくださいねっ!代わりにこれを差し上げますから!」


 藍莉はそう言うと1枚の写真を渡してくる。


 それは寝起きでぼけっとした明継の姿だった。

 髪の所々に寝癖が付き、ワイシャツのボタンも掛け違えて肌が所々見えている。

 表情も目の焦点が合っておらず、呆けているのが一目瞭然だ。


「……」


 いつもの美智であればこんなものを見れば「うわ」と思うだけだろうが、美智はしばらく惚けてそれを眺め、懐にしまった。


「交渉成立ですねっ!」

「はっ!私は何を⁉︎」


 明るい藍莉の声に、目が覚めたかの様に辺りを見回す美智。


 まるでかかっていた暗示が解けたかの様だ。


 美智は自分の懐をしばらく眺める。


「あのーーーー」

「写真、楽しみにしていますね♪」


 どうやらもう後の祭りの様だ。


 美智は溜息を吐き、とりあえず写真のことは忘れることにする。


「でも、良かったです」


 ポツリと藍莉が呟く。


 その言葉の意味が美智にはよくわからない。


「こうやって1度、秋津川さんと明継きゅんについて語り合いたかったんです」

「?」


 美智は少し呆然とする。


 しかし、すぐにわかった。

 それが藍莉の目的だったのだ。


「お互い明継きゅんのことを好きになった者同士ですから、1度ちゃんと話して見たかったんです。今は恋のライバルで、いつかはまともに話せなくなりますから」

「……」


 明継が答えを出してしまえば、片方は明継の彼女で、もう片方はフラれた女だ。


 まともに話す機会もないだろう。


「同じ人を好きになった同士、好きな人について語り合いたいなって思っていたんです」


 藍莉は嬉しそうに微笑む。


「だって絶対、気が合いますもの」


 同じ人を好きになったのだ。


 好きになった理由は違えど、話が合わないはずはない。


「実際その通りでした。秋津川さんはとても良い方で、とても趣味が合います」

「……そう?」


 美智は一方的に洗脳されただけの気もする。


 でも確かに、藍莉と話すのは楽しかった。


「今日はありがとうございました、美智さんっ!」


 藍莉は最高の笑顔で礼を告げる。



 敵わないな。


 美智がそう思うくらい、藍莉は素敵な女性だった。


「つぐの昔話、聞く?あいり」

「ええ⁉︎そんなご褒美頂いてよろしいのですかっ⁉︎」

「ご褒美じゃない。友達同士の世間話」

「! そ、そう言うことでしたらぜひわたくしの方からも明継きゅんのマル秘エピソードを!」

「それはいらない。満腹です」

「そんなまさか!」


 2人は楽しく談笑に花を咲かせる。


 今は、恋のライバルでも何でもない、趣味の合うただの友人同士として。




 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 秋津川家、美智の自室にて。


 美智は1枚の写真と向き合っていた。


 藍莉からもらった、明継の寝起きの写真である。


 正直いらない。


 それが美智の感想であった。


 だからこそ、美智はその写真に手を掛ける。


 両手で持ち、写真を2つに引き裂こうとーーーー。


 したところで、手が止まる。


 美智は写真を見る。


 写真を見た美智は悔しそうに顔をしかめる。


 頰を染めたその表情は正に恋する乙女だった。


「違う。これは洗脳のせい」


 美智は自分に言い聞かせ写真に手を掛けるが、やっぱり破けない。


 惜しい。

 そう思ってしまう自分がいる。



「……くそう」


 美智はそれはそれは悔しそうに呟くのだった。







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