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ざんれんっ!  作者: 恋熊
1章 恋は突然に
6/50

【3話②】幼馴染はエスパー?②【秋津川美智♡】

 


「また来ます」


 美智は会計を済ませた後、店長さんにそう言って会釈する。


「わざわざ遠い所から来てくれて、そう言ってもらえるなんて嬉しいよ。僕も次までにこの店が潰れてないよう頑張らなくちゃね」


 店長さんはそう言って笑ってみせる。


 この人本当は相当モテるんじゃないか……?


 俺と美智はそうして店を出た。


 他愛ない話もし、コーヒーとタマゴサンドも堪能し、気付けば朝8時を過ぎていた。


 丁度いい時間潰しになったわけだ。


「さて、次はどこに行く?」


 時間潰しは出来た。


 とはいえまだ午前8時。

 店屋がやっている時間とは言えない。


「あれ」


 美智が指を指す。


 そこには少し広めのバッティングセンターがあった。


「確かに腹ごなしの運動には丁度いいが……」


 そもそもやっているのだろうか。


 とりあえず俺達はバッティングセンターまで歩く。


「……」

「……」


 歩いてる間、妙な沈黙が流れる。


 今は朝の時間帯だと言うのに、この辺りに仕事場はないのか車通りも普通に比べれば少ない。


 一応歩道を歩いてはいるが俺は車道側を歩いている。


「……」

「……」


 せめて手でも繋げたなら恋人らしい雰囲気も出せたのかもしれないが、俺にそんな気の利いたことはできない。


「つぐ」


 美智に声を掛けられる。


「なんだよ」


 まさか声を掛けられるとは思ってもなかった俺が美智の顔を見ると、そこには残念なものを見る目が。


「……」


 恋人らしいことができてないのは認めるが、そんな非難の目で見られるとは思ってもみなかった。


「この歩道、それなりに広い。自転車も通る」


 美智は後ろを走っている自転車を指す。


 ちなみに俺達は車道寄りを歩いている。


 自転車が通るとすれば美智側である。


「残念の塊」

「女性経験のない俺に女性のエスコートを求めるな」

「じゃあ最初から車道側にわざわざ陣取らなければいい」

「ぐっ」


 人に言われることで地味に傷付くのが『自分が精一杯やったことに対して更に上を求められること』である。

「自分は十分頑張った」と思えたことに対して「頑張ってない。ここまでやれて当たり前」と否定されるのは辛い。


「やはりつぐは残念」

「……」


 言い返せないところも辛いところである。


 結局手も繋がぬまま、バッティングセンターの前に到着してしまった。


「好き同士ってよりやっぱ同性の友達みたいな距離感だよな……」


 俺はポツリと呟くが、美智は我関せずというか気付かないままバッティングセンターの前で営業時間を確認している。



 営業時間は午前9時から午後10時まで。



「あと1時間か……」


 中々潰すには長い時間だ。


「どうする?」

「折角だからこの辺をぶらぶらしながら時間を潰す」


 あわよくば、今の時間でもやっている店を見つけてその店に入れば丁度いい暇つぶしにもなる、って感じか。


「じゃあ行くか」


 美智がコクリと頷く。




 そうして俺達は暇潰しにその辺をぐるぐる歩き回った。


 電車が通っているだけあって無人の町、というほど閑散としているわけでもないが、場所に関して言えば緑もそれなりに多いものの建物や道路も多く、田舎町といった感じだろうか。


 24時間営業のコンビニも発見したし、言うほど田舎でもないらしい。


「なんか新鮮だな」

「?」


 俺の言葉に美智が首を傾げる。


「こんな風に、来たこともない町に、こんな平日の朝っぱらからいるってのがさ、新鮮だなって」


 普段なら学校で授業を受けているか、サボって屋上や体育館倉庫にいるだろう。


 それが、まさか学校外の、しかもこんな遠い土地にいるなんて自分でも不思議だ。


「それもこれもつぐのせい」

「俺のせい⁉︎」


 心外なことを言われた。


「つぐが私から逃げようとしたからこうなった」

「ぐっ……」


 確かに美智の言う通りだ。


 俺が美智との行動をボイコットしようとしたから、美智に見つかりこうなってるわけだし。


「つぐは本当に残念」

「どうしてそんな風に言われなきゃいけないんだ……」


 いきなりの美智の罵倒に心外な俺がいる。


「逃げるし。結局逃げ切れてないし」

「ぐっ……!」


 確かに美智の言う通りだ。


「何もかもが中途半端。それがつぐ」

「何を言われても傷付かないわけじゃないからな俺」


 確かに美智の言う通りなのだが、本人である俺が認められるわけがない。


 しかし、美智と2人でこうして歩いているのは悔しいが楽しい。

 こうして見知らぬ土地を歩いているが、不思議なもので、同じ国なら文化が同じ、だから自分が今通っている道もどこか見覚えがある。

 そういった、知らない場所なのに感じる既視感も、知らない土地を歩く新鮮さも、美智と馬鹿な話をしながらだと余計楽しく感じる。


「……」

「……」


 無言の時間もどこか心地良い。


 いつの間にか、俺は純粋にこのデートを楽しんでいた。


 何をしてるんだろうな、俺は。



 水戸さんのことを考えなきゃいけないのに。


 付き合うつもりなんてさらさらないはずなのに。



 そんなこと関係なく、どうしようもなく楽しいんだ。

 しかしこの感情は外には出せない。

 どうせまた美智に嫌な顔されるだけだからな。




 そうこうしている内にバッティングセンターまで戻って来ていた。


 時間もいつの間にか過ぎていた様で、今は午前9時を少し回ったところだ。


「しかしバッティングセンターか……」

「嫌?」


 俺の呟きに美智が反応する。


「嫌ってわけじゃねーよ。体動かすのも楽しいしな」


 そう言って俺はバッターボックスに立ちお金を入れる前に軽く素振りをする。


「ただ、美智の方がこう言うの向いてないんじゃないかと思って……な!」


 お金を入れるとすぐにボールが飛んで来たので、軽く打ち返す俺。


 まぁ、野球経験があるわけでも運動センスがあるわけでもないから、ボールはピッチングマシンの手前でバウンドするくらいまでしか上がらなかったが。


 流石に難しいな。


「ナイス残念感」

「その貶し方やめろ」


 隣のボックスに立つ美智に失礼なことを言われる。


 まぁ、空振りした方がまだネタになるくらい微妙な打球だったのは確かだけど。


「そういうお前はどうなんだよ」


 俺が訊くと、ふっ、と勝ち誇った笑みを浮かべる美智。


 そしてお金を入れ、ボールが飛んでくる。


 カキーンッ!


 甲高い金属音と共に、ピッチングマシン手前でバウンドするボール。


「俺と変わんねえじゃねえか!」


 よくこの体たらくで俺のことどうこう言えたな!


「そ、そんなはずは……」


 美智は困惑しながら再びお金を入れる。


 そして飛んでくるボール。


 ぶるるんっ!


「!」


 さっきは気付かなかったが、美智が体を振ることによって、美智の大きな胸も反動で盛大に揺れる。


「あれ?こんなはずでは……」


 正直胸に目が行って見ていなかったが、美智のバッティングはまたも上手くいかなかったらしい。


 再びお金を入れる美智。

 揺れる胸。

 またお金を入れる美智。

 再び揺れる胸。


 美智の魅力的な胸が俺の視線を掴んで離さない。


「……」


 やがて美智が無言でこちらへやって来る。


「どうしーーーーうぉあッ⁉︎」


 いきなりバットを振りかぶる美智。


 その顔は真っ赤である。


「最低!死ね!」


 どうやら胸をガン見していたことがバレてしまったらしい。


 俺は必死に美智の腕を抑える。


「ま、待て!流石にそれはシャレにならん!」

「変態に慈悲はない」


 変態じゃないよ!

 男なら誰でも持っているサガだよ!


 バットを振り下ろそうとする美智と必死で抑える俺。


 その決着は意外な形で訪れた。


 俺が美智の腕を抑えている手を滑らせ、その反動で前に倒れ込む。

 そのお陰もあって俺の抑えを外れた美智の振るうバットを避けられた。

 しかし、俺の目の前には美智。


 俺は美智の胸に勢い良くダイブしていた。


 ものすごく柔らかく、跳ね返す様な弾力があり、顔一面が天国の様だ。


「……」

「……」


 上を見上げると目の光を失った美智が俺を見下ろしている。


 怖い怖い。


 あまりに怖いので美智から離れようとするが、俺は離れられない。


 美智の胸が気持ち良すぎてとかそういう話ではなく、頭の後ろに何かつっかえがあって、俺の頭を美智の胸の中でがっちり固定される。

 目の前も真っ暗だし息もできない。


「そんなにおっぱいが好きならおっぱいに溺れて死ね」


 どうやら俺の後頭部を抑えているのは美智の腕の様だ。


 慌てて手足をジタバタさせるが、美智の腕を振りほどけない。


 だんだんと息苦しくなってきた。


(あ、やべ……)


 なんとか抜け出そうと力を入れるも、だんだんその力も抜けて来る。


 なん、だ、かーーーー。


 意識が遠ーーーーーーーーーーーー。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「流石にあれは酷いと思うぞ」

「自業自得」


 非難の目を浴びせる俺とゴミを見る様な目で見てくる美智。


 現在は昼の12時。

 どうやら俺は美智に窒息させられ意識を失ったらしい。

 気が付いた時にはもう昼直前だった。



「あれは男なら誰でもああなる仕方のないものだったんだ。決して俺が変態なわけじゃない」

「じゃあ全男性は許すけどつぐだけは許さない」

「理不尽ッ!」


 美智は未だに俺が美智の胸に対してやったことを根に持っているらしい。


「というか胸見たり触ったくらいで窒息死させようとするなんて過激過ぎると思うんだが」


 俺は俺なりの意見で反撃する。


「私はつくづく思う。痴漢は死刑」

「痴漢ってそんな重罪だっけ⁉︎」

「たとえ法律が何と言おうと世の女性はそう思ってる」

「勝手に世の女性の代表になっちゃってる!」

「そしてつぐは男性代表」

「勝手に女性対男性の図を作るな!」


 いつの間にか俺がツッコミ役に回ってしまっている。

 美智ってこんなにボケる奴だったろうか。


 いや、顔が本気だ。

 決してボケてない。


(全く……こいつは本当に俺のことが好きなのか?)


 美智の態度を見る度に分からなくなる。


 今だって美智は本気でセクハラされたとキレている。

 好きな相手だったら少しくらい許す、それどころか、むしろ嬉しがってもいいところなんじゃないだろうか。


「つぐ。1つ言っておく」

「なんだよ」


 美智はまるで俺の心を読んだかの様に告げる。


「セクハラされて喜ぶ様な女はいない」

「……参考になります」


 つまり何にしろ俺のことは許さないというわけだ。


「はぁ」


 美智が溜息を吐く。


「もうつぐの残念さに付き合うのも疲れた」

「おい」


 何失礼なこと言ってんだ。


「お昼にしよう」


 今は昼の12時。

 丁度腹も減っている頃だ。

 美智はそんな提案をしてくる。


「俺は文句ないが……」


 この辺りに飲食店なんてあったろうか。


 それともさっきの喫茶店にもう1度入るんだろうか。


「さっき向こうにスーパーがあった」


 美智が指を指す。


「惣菜でも買うのか?」


 確かに出来物を買えば、外だろうと食べられるとは思うが。


「基本的にはそうする。でもあったかいものも食べたい」


 美智はそんなことを言う。


 確かに、惣菜だと作った時間によっては冷めてる場合もある。

 だったらどうするのだろうか。


「こんなこともあろうかと」


 美智はリュックから何かを取り出す。


 それは携帯用のカセットコンロだった。


 いやいや用意周到すぎるだろ。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 それなりに広い広場のベンチを俺と美智の2人で占領する。


 他に誰もいないからこそできる芸当だが、日曜日は家族連れで賑わいそうな広場を俺達だけで使えるというのはかなりの贅沢だ。


 そして俺達はスーパーで買ってきた惣菜と美智が作ってくれたおかずをそれぞれ皿に取り分け、昼食をいただく。


「……美味い」


 美智が作ってくれた卵焼きは程よく甘く、それでいて塩味も効いていてとても俺好みの味だ。


「お粗末様」


 俺の感想を聞いた美智はぺこりと頭を下げる。


 俺は続いて美智が作ってくれた豚とタマネギの生姜焼きを一口。

 こっちも美味い。

 生姜焼きは1つ間違えれば味が濃くなり過ぎるんだが、この生姜焼きは少し薄味で、卵焼きと同じく俺の好みドンピシャな味だ。


「しかしこれが青空の下で作られたって言うんだから驚きだ……」

「これくらい普通」


 謙遜とかではなくしれっと言う美智だが、いくら広い広場で机もあったとはいえ、外で下準備をしてサッと料理していくその手際は普段から料理をしていないと身に付かないレベルのものだった。


「しかしいつ以来だろうな。美智の手料理なんて」


 俺は以前も美智の料理を食べたことがある。


 俺が美智の家に行った時だったか美智が俺の家に来た時だったかは忘れたが、その時もこれくらい美味く、俺好みの味だったことを覚えている。


「いやぁ、久しぶりに食えてめっちゃ幸せだわ……」


 思わず俺の口からはそんな言葉が漏れていた。


 美智はそんな俺を残念そうに眺める。


「お褒めに預かり光栄。でもどうせならもう少し気の利いた台詞が良かった」

「気の利いた?」


 例えばどんな台詞だろうか。


「『毎日食べたいくらいだ』とか」

「そりゃ美智の料理なら毎日食べたいが」


 こんなに俺好みの味なんてそうそうない。

 出来ることなら毎食食べたいくらいだ。


 美智が額に手を当て顔を伏せる。


「大丈夫か?」


 心配になって声を掛けるが、美智は手のひらをこちらに向け俺を制止する。


「大丈夫。突然でびっくりしただけ」

「はぁ」


 突然、とは何のことだろうか。


「というか、不意打ちは卑怯」

「は?」


 不意打ちって、俺がか?

 俺、いきなり美智を襲ったりしただろうか。

 身に覚えがない。


 キョトンとしていると、美智が溜息を吐く。


「本当、つぐは残念」

「なんだよ」


 いきなり残念なんて失礼じゃないか?


 毎回毎回言われるわけだが、言われるこっちだって辛いんだぞ。


「そもそも俺のどこが残念なんだよ」


 不機嫌になった俺は美智に尋ねる。


「自称不良なところとか」

「お前までそれを言うのかっ⁉︎」


 俺は自称じゃなくてちゃんと不良だって言ってるだろ⁉︎

 皆なんなの⁉︎


 そんな会話を繰り広げてはいたものの、俺達はそのまま昼食を堪能した。


 というか朝に比べて美智との会話が続くようになった気がする。


 少しは打ち解けられたということなら、今日のデートにも意味はあったのかもしれないな。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 それから俺達は色々な所で遊んだ。



 まずはカラオケでストレスを発散するが如く沢山歌った。


「つぐ、歌微妙」

「え?上手いだろ?」

「上手くない。とはいえ下手でもなく、無難ですらないからなんとも言いづらい」


 酷い言われようである。


「そもそも音域の合わないビジュアル系バンドの歌を歌う所からして微妙」

「え〜⁉︎いいだろビジュアル系!」


 ビジュアル系歌ってるのってかっこよくないか?


「ビジュアル系歌ってる俺カッコいいって気持ちが見え透いてて微妙。不良のくせに」


 プッ、と吹き出す美智。


 この野郎……!


「じゃあお前はさぞ美麗な歌声を見せてくれるんだろうなぁ⁉︎」

「ふっ。つぐごとき、私の歌で震え上がらせて上げる」


 どんどんハードルを上げていく美智。


 そして彼女の歌声はーーーーー。




 最高に微妙だった。




 しかもチョイスが媚び媚びのアイドルソングである。


「微妙」

「なん……だ、と……」


 とてつもない衝撃を受ける美智。


 しかし微妙なものは微妙だ。


 しかも、カラオケの採点機能を入れていたが俺も美智も同じくらいの点数だったので誰が見ても間違いない。


 美智は膝から崩れ落ちる。


「つぐごときと同レベルなんて……」

「つくづく失礼だよなお前」


 バッティングセンターに行った時から思っていたが、美智はフォローやサポートはずば抜けているが、運動やその他技能は俺レベルと大差ないみたいだ。


 いやそもそも俺レベルが低いわけではないが。

 ……低くないよな?


「おかしい……里崎さんにコツを色々教えてもらったのに」

「あ〜……」


 どうやら美智の謎の自信は里崎さんという友達から教えてもらったカラオケのコツのせいらしい。

 どうせ知っただけで上手くなった気になったんだろう。


 どんな知識も実践しないと上達しないというのに。


「……何?その顔」

「べっつにぃ〜?美智がポンコツだから喜んだりとかしてませんよ〜?ってうわぁっ!」


 ふざけてみたらお盆で叩かれそうになった。


「ちょっ!それは洒落にならん!」

「記憶を失え……!」

「記憶を消したいくらい恥ずかしいことだったの⁉︎」


 その後、なんとか落ち着いた美智とこの恥を発散すべくカラオケで時間の限り歌い倒した。



 あとはボーリング……も行きたいと美智が言っていたが、ボーリングは流石に時間がかかるため、カラオケで時間を使ったのもあってやめておいた。


 その時の美智は大分落ち込んでいたっけ。


「お前そんなに体動かすの好きだったか?」


 俺の質問に美智は首を横に振る。


「友達の話を聞いてると楽しそうで」


 なるほど。

 美智は友達がハマってる趣味を聞いて、いつかやってみたいと夢見ていたんだな。


「あとやりたいことって何なんだ?」


 俺は好奇心で聞いてみる。


「釣り」

「いきなり渋い!」

「ゴルフに麻雀に」

「更に渋い!」

「卓球、サッカー、テニス、茶道、フットボール、ビリヤードに……」

「まだあるのか⁉︎」


 というか美智の交友関係どうなってるんだ?

 趣味の幅広過ぎない?




 その後は買い物に行った。


 買い物、というのは買い出しとかそういうものじゃなくて、美智の服や小物を選んだ、という意味だ。


 女の子らしくそういうことにも興味があるみたいだったが、試着とかは全然せずに即断即決ですぐに服を選んでいた。


「女の買い物って長いイメージなんだけどな」

「実際私の友達なんかは長い。あれもこれも欲しいって悩むわけじゃなくて一通り見てから決めたいらしい」


 俺の呟きに美智が反応してくれる。


「それは恐ろしいな」


 俺なんて服なんてどうでもいいから適当にその辺にあるのを買うんだが。


「私はあらかじめどういうものが欲しいか考えてから買いに来るから、正直信じられない」


 なるほど。

 それでこんなにも早かったわけだ。


「今日はどんな服が欲しかったんだ?」


 俺は好奇心で聞いてみる。


「内緒」


 美智は明後日の方向を見る。


 何か恥ずかしいことでもあるんだろうか。


「そういえばさっき手に取った服、俺の好きそうな服だったな」


 なんとなく思い出して呟く。


 美智が着ると似合いそうであって、なおかつ女の子らしい可愛い服だった。

 俺の好みは女の子らしい女の子だ。


「そういえば、今着てる服もかなり俺好みだ」

「死ね」

「なぜいきなりの罵倒」


 どうやら美智を怒らせてしまったらしい。


 何がいけなかったのだろうか。


 ふとアクセサリーが目に入る。

 今は小物の店にやってきていた。


 そうだ。

 デートの記念に美智に何かプレゼントしてやろう。


 俺はウサギのネックレスを手に取ると、美智にバレない様にレジへと向かった。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 目を開けるとそこは電車の中だった。


 人はあまり多くなく、閑散としている。


 変な部分があるとすれば、俺の視界が横向きなことだろうか。

 それに何故か右側頭部に柔らかさを感じる。

 とても気持ちいい。


 周りを見ると、俺の方を他の乗客が迷惑そうに見ている。

 ほとんどがそうではないが、それ以外は奇異の目というか生暖かい目というか、とにかく変な視線が集まってきている。


 俺はなんだか居心地が悪くて動けずにいる。

 首を動かさないまま視線だけを動かす。



 そして理解した。


 俺は美智に膝枕されているのだ。


 少し思い出した。



 電車に乗ってすぐの頃。


『大分空いてるな』


 時間で言えば夕方5時頃だ。

 帰宅時間で人が捌ける頃のはずだから、本当なら満員でもおかしくないと思う。


『多分、方面の問題』


 確かに美智の言う通り、俺達のデートした場所はあまり栄えているとは言えない。


 つまり、帰りの時間は会社や学校、店が多い所からの電車は人が乗りやすく、逆にアパートや住宅などの多いベッドタウンの様な場所からの電車は人が乗りにくいってことか。


『つまり、これから人が段々増えていくかも、ってことか。角の席ゲット』

『こら。あまりはしゃがない』

『悪いな』


 そうやって2人で空いた席に座ったところまでは覚えている。


 つまり、その後俺は寝てしまったと言うことだ。


 いつもの俺なら気付いた瞬間に飛び上がったことだろう。


 そして迷惑そうな顔で美智に睨まれるのだ。


 しかし、俺はどうしても動けなかった。


 視界の端で、こちらを愛おしそうに見つめる美智の嬉しそうな顔を見てしまったから。


「ーーーー」


 周りの人にはただ薄く微笑んでいるだけに見えたかもしれない。


 でも、美智はあんな表情を向ける様な奴じゃない。


 ましてや、美智は俺のことが嫌いだから、俺相手にそんな顔をするはずがないんだ。


「……」


 なのに。


(ーーーーなんでそんな表情ができるんだよ……?)


 お前は俺のことが嫌いなんじゃ、なかったのかよ。


 モヤモヤと頭の中を下手な考えが巡りながら、俺はずっと美智の膝の上で寝たふりを続けた。




 俺達の家の最寄駅が近付くにつれて、どんどん人も増えてきた。


 つまりは寝そべっている俺は周りにとってかなり邪魔なわけだ。


 とはいえ俺はいきなり起きるわけにもいかず、ひたすら寝たふりを続ける。


「さて……」


 美智のそんな声が聞こえる。


 もしかして俺を起こすつもりだろうか。


 美智が俺の耳元に口を寄せるのを感じる。


『そろそろ起きろ』


 そう、囁かれると思っていた。


 そうすれば、俺は『んうぅ……?』とでも呻いて目をこすりながら起きればいい。


 しかし、そう思い通りにいかないのが現実なわけで。



「そろそろ寝たふりをやめろ」


「……気付いてたのかよ!」


 思わず大声を上げてしまった。


 周りの視線が集まって恥ずかしかった。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「気付いてたなら起こしてくれよ。わざわざ寝たふりしてた俺が恥ずかしいだろ」

「つぐが恥ずかしいのはいつものこと」


 駅からの帰り道。


 美智にそんな文句を言うも、平気と言わんばかりにしれっと返される。


 というか酷い言われ様だ。


「もう、終わりか……」

「……」


 家に着いてしまえばこのデートも終わりだ。


 自然と俺の足も歩みを緩めてしまう。



(楽しかったな……)



 悔しいことではあるが、俺はこのデートを楽しんでいた。


 しかも相手は美智だというのに。


 俺にとって美智は困った時はサポートしてくれる頼れる幼馴染だ。


 そんな美智と一緒だったからだろうか。


 今日、俺は何の苦労もせずにデートを楽しめていた。


 本当なら美智相手のデートなんて軽く済ませて終わり、程度にしか考えていなかった。


 なのに、俺は楽しんでしまっていた。



 でもだからといって、それが俺が美智を選ぶ理由にはならない。


 美智はおそらくわかっているだろう。

 俺が美智を選ぼうとしないことを。


「どうだった?」

「・・・何が?」

「私と水戸さん。どっち?」


 しかし、美智は敢えて訊いてくる。


 自分と水戸さん、どちらと過ごした時間の方が良かったかと。



 ……勘弁してくれ。

 どうして、俺なんだ。

 どうして俺がそんな重大なことを選ばなきゃいけないんだ。


「そういえば、美智は俺が水戸さんと過ごした日、なんで邪魔しに来なかったんだ?」


 俺は逃げた。

 わざと別の質問を投げかけてさっきの話を有耶無耶にしようとした。


 美智もそれが分かったのだろう。


 どこか寂しそうな笑顔を見せた。



「わざわざ自分からつぐに会いに行きたくない」

「お前本当に俺が好きなんだよな?そうなんだよな?」


 美智は本当に俺が嫌いみたいだ。

 正直なんで告白してきたのかわからない。


「……それ以上に」


 美智が続けて口を開く。


「水戸さんみたいな凄い人とつぐが、一緒にいる所を見たくなかった」


 美智の表情は、今にも泣きそうになっていた。


 夕暮れ時の日の光が、美智の姿を綺麗に写している気がした。


(なんでだよ……)


 今日は本当に困る。


 美智は俺が嫌いだ。

 だから俺は美智を好きになっても意味がない。


 そう、自分に言い聞かせていた。


 それ以上に美智の態度に現れていた。



 なのに。


 どうしてこいつは。


 どうして今日のデートが楽しかったかの様に振舞っていたんだ。

 どうして俺の寝顔を見てあんなに優しく微笑むことができたんだ。

 どうして、俺が寝たふりをしていたにもかかわらず、膝枕を続けていたんだ。


 どうして、今、そんな表情ができるんだ。




 ーーーーまるで本当に、俺のことが好きみたいじゃないか。


 俺は首を振る。

 考えちゃいけない。

 美智は俺のことが嫌い。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 簡単な話だ。


「渡したいものがあるんだ」


 だから、話題を変える意味も込めて、俺は今日買ったプレゼントを渡そうとする。


「うさぎのネックレス」

「なっ⁉︎」


 美智が言い当てたのは、俺がさっき買ったプレゼントだ。


 なんでバレたんだ?


「買いに行ってる所が見えた。バレバレ」

「マジか……」


 俺としてはバレない様に買いに行ったつもりだったが、思いっきり美智に見られていたらしい。


「格好つけても無駄。つぐはつぐ」

「ぐぐぐ」


 なんだか無性に悔しい。

 俺ってそんなにもわかりやすかっただろうか。

 しかしそれはそれとしてプレゼントは渡す。


 俺は美智の首にネックレスを掛ける。


「センスない」


 美智は俺のプレゼントにケチをつける。


「うるせえな。いらないなら返せ」

「やだ」


 俺は美智からネックレスを奪おうとするが、ひらりとかわされてしまう。


「本当、つぐは残念」


 美智はそう微笑んだ。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

【Another view】


 これは完全な余談になる。


 2人が家にたどり着いた後のこと。


「つぐ。そのまま入るの?」


 玄関を潜る前に美智は明継にそう尋ねたが、明継はただ不思議そうにするだけだった。



「ただいま〜」


 明継は帰宅の挨拶をして玄関を潜る。


「あ、汚兄おにいお帰り」


 すると台所から自分の部屋まで帰ろうとする妹、姫島夜宵ひめじまやよいがアイスを片手に明継に返事を返す。

 色素の薄いピンクに近い色の髪をツインテールに纏めた女の子。

 体つきは細く、胸はかなり平らである。


「お前、この時期にアイスって……」


 今はまだ春だが、自分が汚兄おにいと呼ばれることをスルーしてまで明継はそちらを突っ込んだ。


 何故なら夜宵のその呼び方は今に始まったことではなく、もう長いこと呼ばれ続けている愛称(?)だからだ。


 夜宵は美智と同じく明継を間近で見続けてきた人間の1人だ。


 だからこそ、美智と同じく明継の残念さは身に染みて分かっている。


 そんな妹が明継のことを尊敬するわけもなく。

 しかも汚兄おにいなどと呼ばれる始末。


汚兄おにい知らないの?今の世の中、アイスは夏に食べなきゃいけないなんて法律はないんだよ?」

「法律の問題じゃねえよ体調とかの問題だよ」


 夜宵の意味不明な返しに反論する明継だが、夜宵は一切聞く耳を持たない。


 美智と夜宵の違いがあるとすれば、夜宵は真剣に縁を切りたいと考えるくらいには実の兄を軽蔑してることくらいだろうか。


「ところで今日どこ行ってたの?」


 夜宵が尋ねる。


「が、学校にちゃんと行ってたが」


 まさか「デート」と言うわけにもいかず嘘を吐く明継だが、その顔は引き攣っており、聞いた人にも嘘だとすぐバレてしまう。


「どうでもいいけどさ」


 夜宵が溜息を吐く。


「お母さんが『あのバカは制服も着ずに一体どこに行ったんだぁああ!』ってキレてたよ」

「あ」


 それじゃ、と手を振りそそくさと自分の部屋に戻る夜宵。


 よく考えれば分かることだ。


 明継達は学校を無断で休んだわけだから家族には『学校に行ったてい』で、一般人には『学生じゃありませんよ、もしくは休みですよ、といったポーズ』を取らなければならない。たとえ一時しのぎだとしても。


 しかし明継は制服を持ち出すのを忘れ、部屋を掃除していた母のあずさに制服が全て揃っていることに気付かれてしまったのだ。


「しまったぁぁぁぁぁああああああ!」

「そこかバカ息子ぉぉぉぉおおお!」


 近所に明継の悲鳴が響き渡る。



「……バカ」


 自分の部屋で制服から着替えていた美智は、1人溜息を吐くのであった。




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