【3話①】幼馴染はエスパー?①【秋津川美智♡】
【秋津川美智view】
それは私がつぐに告白する数日前の昼休みのこと。
「サトチンってさ、いつ姫島君に告白するの?」
「ごふっ」
友人のふうにいきなり尋ねられ、私は口にしていたサンドイッチを全てふうに吹きかけた。
「ぎゃあっ!汚い!」
ちなみにこの目の前で他人の口で噛み砕かれたサンドイッチが顔にかかって狼狽している女の子が私の中学からの友人のふう。
本名は八鳥楓。
身長は高校2年生平均くらいで身体つきも高校2年生平均レベル。
髪が短めでボーイッシュには感じるけどちゃんと女の子らしい女の子だ。
制服の下にパーカーを着ていて、先生のいない時は大抵被っている。
人に顔を見られるのが苦手らしい。
ちなみに私とふうは友達だけど、ふうとつぐは同じクラスにすらなった事がなく、ふうは私経由でしかつぐのことを知らないはず。
「どうしてそう思うの?」
正直この時は私自身もつぐのことを一切気にしていなかった。
そのため素直に疑問を投げかける。
「いや、前に聞いた話からなんとなくそうかなって」
前に聞いた話って……。
ふうには私がつぐと話してる場面を何度も見かけられている。
だから、つぐと私の関係は多少話していたはず。
「惚気話も文句も話した覚えはないけど」
だから私は覚えてることをそのまま伝える。
「うんまぁ、関係性とかそのくらいしか聞いてないね」
ふうの認識もそれで合ってるらしい。
「でも珍しいなって思って覚えてたんだ」
「?」
ふうの言葉は私には意味がよくわからない。
「だっていくら口下手なサトチンでも、一切話さない友人のことなんて、珍しいと思ったんだもん」
「ーーーーーーーー」
言われて気付く。
「サトチンって寡黙、ってわけじゃないけど、言葉足らずというか端的というか、相手に伝わりづらい話し方するけど、それでも、親しい友達のこととかは話してくれるよね」
私は、私の友達同士が仲良くなってくれると嬉しいから、親しくなった人には私の親しい人の話をよくする。
言ってしまえば、人間関係作りが私の趣味。
友達100人とか学校の人全員と友達になるとか、そこまで大それた事は考えた事はない。
ただ、狭く深くでいい。
友達と親しくなりたくて、友達だけで確固とした輪が作りたい。
そんな気持ちから、私は友達に友達の話をする。
話題が『友達の話』しかないくらいだ。
「そんなサトチンが親しげに話す相手なのに、一切話題に上げない彼って、サトチンの中じゃどんな存在なの?」
ふうが私の核心を突く様な事を言ってくる。
私がつぐをどう思っているのかーーーー。
その答えを、少し考えてしまう。
今まで考えた事もなかったから。
そして出た結論はシンプルだった。
「あれは赤の他人」
「・・・なんかすごく可哀想な答えが出たね」
ふうが悲しそうな顔をする。
しかしそう表現するしかない。
私には他に良い言い方が思い付かない。
他にあるとすればーーーー。
「他人になりたい人」
「更に酷い答えが出た!」
ふうが驚愕する。
そんなに酷い事を言っただろうか?
でも言葉にしてみてわかった。
私はアレと関わりたくないのだ。
「誰かに関係を聞かれたらすぐに他人と答えたい」
私の答えにふうが苦笑いする。
「そんなに嫌いなの?あんなに親しくしてたのに」
あんなに、というのがどの事を指すのかはわからないけど、私はつぐに対して好意は持ち合わせていた記憶がない。
「家が隣同士だったから生まれた時から一緒に過ごしてきただけ」
「うんうん、幼馴染ってやつだ」
ふうが微笑ましいものを見守る様な顔をする。
「あれはいつだって近くにいたから、世話を焼くしかなかった」
「なんか死んだ目になったね」
要するに出来の悪い弟みたいなもの。
そこには親しみや好意は一切なく、そういうものだから仕方なく接してるだけだ。
「本当なら一緒にいるだけで恥ずかしい」
「すごい発言が出た」
もう何を言われても驚かない。
ふうはそんな顔をしていた。
「アレは人類の恥」
「規模が大きい!」
そこまで驚く事だろうか。
正直、幼馴染でさえなければ関わりたくないぐらいだ。
友人である事を恥じるレベル。
「でもさ」
自分の中で納得しかけていたところに、ふうが水を差す。
「そんなレベルで関わりたくないなら、お隣さん同士だろうと縁切っちゃえば良いじゃん。結局はただのお隣さんなんだから」
「……」
確かに。
言われてみればその通り。
なのに私は未だにつぐの世話を焼いている気がする。
高校に入ってからもそうだ。
つぐが急病で倒れたと知った時、私は先生より先に梓さん(つぐの母)に連絡を取ったし、迷子になっているつぐに付き添ったりした。
どうせやってないだろうと早めに宿題をやったか確認をしてやらせる様にした事もある。
もしかして……。
「私って、世話焼き?」
私の言葉にふうがずっこける。
芸人さんみたい。
「確かに、ボクに対しても積極的に話し掛けたりはしてくれるけど、それは世話を焼くというより構って欲しいみたいな感じだし、フォローもしてくれるけど、それはあくまで友人の範囲内だと思うよ?」
ふうの言葉に若干理解が及ばない。
友人の範囲内の世話焼きとはどれくらいを指すのだろう。
しかし考えれば考えるほど分かってくる。
私は友達に、つぐに対してほど世話を焼いた覚えはない。
つまり、私はつぐだから世話を焼いている。
「……ムカつく」
私はつぐを、放っておけないと感じてしまっている。
「どうしたの?眉を寄せて頰を赤くして」
ふうが意地の悪い笑顔で聞いてくる。
「別に」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【姫島明継view】
いつもより早く起きてしまい、2度寝を試みたが目がぱっちり覚めてしまってるため布団を持ち上げ上半身を起こした早朝4時。
俺は頭の中で改めて今日の予定について反芻する。
今日は美智と一緒に行動する日だ。
秋津川美智。
俺の幼馴染で、俺のことが嫌いな女の子。
何故か先日彼女に告白され、返事を保留したことで学園のアイドルこと水戸藍莉と共に「お互いを知るための時間」を作って告白に対しての返事を考えようという事になってしまった。
そして今日は美智と一緒に行動するというわけだ。
自分の中で今までの経緯をざっとまとめてみる。
そして1つの結論に行き着く。
(めんっどっくせぇ〜〜〜〜!)
お互いを知り合う?
アピールする?
それで告白について考える?
知ってるよ!
美智のことなんて誰よりも知ってるよ!
何年の付き合いだと思ってるんだ!
正直美智なんてこれ以上知ることがないくらい知り尽くしている。
彼女が俺のことを嫌いな事も十分に知っている。
下手に疎遠にならず、何度も世話になったからこそ、その態度や言動で俺のことがどれだけ嫌いかが伝わってくる。
正直そんな相手と行動を共にしたところで新たな発見があるとは思えない。
それに俺は水戸さんからも告白されている。
2人から告白されたからこそのアピールの場ではあるが、俺は先に水戸さんと行動して、彼女に対して色々と考えてしまうことがある。
いや、今でも彼女にしたいとは一切思わないが。
彼女が可愛いのは事実で、俺のために一生懸命になってくれているのも事実だ。
そう思うと、どうしても「厄介だから放置」なんていうわけにもいかなくて。
だからこそちゃんと考えて彼女との接し方に結論を出さなきゃいけないわけで。
それと同時に美智との事も考えろ?
「無理だろ……」
俺1人の手には余る難問だ。
しかし美智については結論は出ている。
美智は俺のことが嫌い。
だから俺が彼女を好きだろうと嫌いだろうと彼女にはなれない。
それで終わりだ。
だからこそ、美智に対して時間を使っている場合じゃない。
「……バックレるか」
今日は平日だ。
当然美智も善良な生徒だから授業には出る。
しかし俺は不良だ。
むしろ授業を受ける方が不自然なくらいだ。
そもそも2回続けて学校で女の子からアピールされる話って開始序盤でいきなりマンネリ化しててまずい。
よって、俺が学校に行かずに適当にブラブラしてれば、わざわざ美智と一緒に行動する必要はないということだ。
天才か俺は……?
そうと決まればもう1度布団にーーーーいや。
家にいれば母さん達に何を言われるかわからない。
それならいつもの時間に家を出て街に繰り出せばいい。
それなら母さん達も学校に行ったと思うはずだ。
問題は美智だ。
いつもは俺と登校時間が被りたくないから早めに家を出ているはずだが、今日は一緒に行動する日だから美智はいつも俺が出ている8時少し前に家を出るか俺の家の前で待っている筈だ。
それなら今から出て行けば美智にも母さん達にも気付かれない。
そうと決まれば善は急げ。
俺はすぐに制服に着替え荷物を準備し、家のドアを開ける。
今日は自由への扉を開ける日ーーーーーーーー
ガチャ。
「時間ぴったり。流石つぐ」
美智の家の扉が開き、私服にリュックを背負った美智が出てきた。
ちなみに関係ないが、美智の格好はすごく俺好みだった。
「なんでだよっ!」
「つぐ。こんな時間に騒ぐと周りに気付かれる」
美智に正論を言われるが素直に受け入れられない。
「なんでこんな時間にいるんだよ」
俺は美智に質問を投げかける。
「つぐはボイコットするに決まってる。さっき起きたのが見えた。つぐなら動くのは思い付いてすぐ」
美智の答えは先程の俺の行動そのものだった。
つまり、俺の行動は美智にお見通しだったわけだ。
「一緒に行動するしかない、か……」
ここまで先読みされたら、抵抗するのは無駄だろう。
仕方なく、俺は美智に寄ろうとーーーー。
「まさかその格好で行く気?」
「?」
何を言っているんだろうか。
「学校に行くんだろ?」
美智は首を横に振る。
「授業ボイコット&デート」
美智から驚きの発言が出た。
つまり、俺のバックレに付き合うということだ。
「……マジ?」
「まじ。大まじ」
確かに、よく考えれば、美智は今私服にリュックだ。
その私服も妙に気合が入ってるし。
学校へ行く格好とは到底思えない。
「学生服でうろついたらすぐにサボったってバレる」
というかなんでその格好で出てきたのか、と言わんばかりの非難の目。
「所詮つぐはつぐ」
「くっ!」
馬鹿にされてる。すごく馬鹿にされている。
めちゃくちゃ悔しいが、ここは素直に従うしかない。
俺は母さん達に見つからない様に自分の部屋に戻り、着替えて荷物も取り替えて、美智と共に家を出た。
……しかし、今からデートって空いてる店ないよな。
何して時間潰すんだ?
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【水戸藍莉view】
「おはよう水戸さん」
「おはようございます綾小路君」
「おっはよ〜」
「菜摘さん、おはようございます」
「はよ〜ッ!藍莉!」
「ちょっ!一姫さん胸を揉まないで下さい!」
いつもと変わらない登校中。
けれど私は内心いつも通りとはいきません。
「あれ?藍莉、なんかあった?」
一姫さんが心配そうに私の顔を覗き込んできます。
「私、どこか変でしたか?」
「いや、変っていうか、心ここにあらずって感じかな」
「……」
私は思わず目を逸らしてしまいます。
一姫さんってば鋭いです。
実は今日は、私にとってはとても重要な日なのです。
いつもの変わらないただの平日などではございません。
今日は私の想い人の明継きゅんとその明継きゅんのことが好きな秋津川さんが行動を共にする日なのです……!
私、明継きゅん、秋津川さんの3人は現在、明継きゅんが告白の返事を考えられる様に、明継きゅんと私、明継きゅんと秋津川さんで共に行動し、私や秋津川さんのことをわかってもらおう、という計画を行なっています。
つまり、今日の予定では明継きゅんと、……あ、あき、秋津川さんが……い、イチャイチャしてしまうという……!
自分で決めたこととはいえ、明継きゅんと自分以外の誰かが仲を深め合っているかと思うと、もう気が気でもありません……!
しかし、これは私が自分で決めたことなので、反故にするのも気が引けてしまいます……。
せめて明継きゅん成分を補給しようと彼の家へ行きましたがもういませんでしたし……。
「藍莉?」
一姫さんが不思議そうにこちらを見ています。
「今日は難しい授業があったので、心配だなと頭を悩ませていたのです」
私はなんとか追求をかわそうと一姫さんの疑問の答えをでっち上げます。
「えぇっ⁉︎藍莉が難しいと思う授業なんて珍しいな!どの教科だよ⁉︎予習しとかなきゃ!」
余計話をややこしくしてしまった気がします。
どうしましょう。
難しい授業なんてありませんのに。
「数学です。私、理数系科目は苦手なので、今日の分野は少し予習が上手くできなかったもので」
「あ〜……確かに、この前の数学の授業は少し分かりにくかったかも……じゃあ後で休み時間にでも一緒に予習しようぜ」
「確かに、1人でするよりは2人でした方が良いかもしれませんね」
数学の授業は今、確かに理解するのが難しい部分をしています。
暗記するにしても複雑ですし、根本から理解しないと難しいところです。
実際には私はなんとか理解できてますから、これは嘘になってはしまいますが、周りも難しいと思っている部分であれば私が難しいと言ってもおかしいとは思われないでしょう。
嘘を吐いたことで若干胸が痛みますが、まさか明継きゅんの話をするわけにもいきませんし。
「おい、今日の数学の授業、水戸さんでもわからないくらい難しいらしいぜ……!」
「マジかよ……!急いで予習しねえと……!」
「き、今日の範囲ってどの辺りだったっけ⁉︎」
「私、今日当てられる日じゃん!やっば!」
周りが私の一言で阿鼻叫喚です。
私どれだけ信頼されているんですか。
「それで、どの部分がわからねーんだ?」
「そうですね……口だけで説明するのは難しいです」
私は一姫さんとの会話を続けながらも、一生懸命思案します。
どうしても、どうしても明継きゅん達2人の様子が気になってしまうのです!
2人の仲を裂きたい、なんていう非道なことまでは流石に望みません。
私だって先日明継きゅんと一緒に登下校したりお昼を共にしたりさせていただきました。
なのに秋津川さんの邪魔をするなんて、そんなものは公平ではありません……!
しかし、私のいないところで2人の仲が進展するというのは、想像するだけで恐ろしいのです!
この気持ちをどうにかできないでしょうか。
…………こうなったら致し方ありません。
今日1日、明継きゅんを見守り、2人の様子を観察しましょう!
そうと決まれば早速、明継きゅんの教室に行きます!
そう意気込んだのに結局、HRの時間までに彼が現れることはありませんでした。
…………なんでですか!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【姫島明継view】
「盲点だったわ」
朝4時過ぎ。
そんな時間から時間を潰すなんて無茶だと思っていた。
まず、そんな時間にやっている店屋なんてない。
デート出来る店なんて、軒並み閉まっている。
更に言えば店に入らないデートにしても、こんなに朝早ければ視界も悪く、十分に楽しめない。
まぁ、暗がりの方が捗りやすい恋人同士の楽しみがあると言えばあるが。
「死ねつぐ」
「なんでだよ!」
唐突に美智に命令された。
「邪な思考をキャッチした」
……お前はエスパーかよ。
とにかく。
こんな朝早くからデートなんて、成り立つはずがないと思っていた。
「で?ここはどこだよ」
「知らない」
まさか、『電車に乗って移動すればデート自体は店が空いてる時間に始められる』なんて発想、そもそも持ち合わせていなかった。
『地元で遊んでたら知り合いに見つかるかもしれない』
美智はそう言っていた。
確かに知り合いに見られたら、俺達が学校をサボったことが丸分かりである。
『それに学校で行動してたら水戸さんに何されるかわからない』
確かに水戸さんなら、最悪俺達の邪魔をする可能性もなくはない。
でも、遠く離れた地なら、水戸さんにも追いついてくることは不可能だろう。
起きた時点から尾行でもしていない限り。
電車で別の地域に行けば地元じゃないから顔も割れておらず学生だとバレにくく、電車に乗ることで時間も潰せて、水戸さんにも居場所を悟らせない。
まさに一石三鳥である。
まぁ、唯一の痛い点は電車代が割と高い点だろうか。
ちなみに現在は7時である。
少し長めの待ち時間と何度かの乗り換えを繰り返し、4時から7時まで時間が潰れたというわけだ。
「知らない……って、帰りはどうするんだよ」
正直適当に電車の乗り継ぎをし過ぎたせいで、どういう道順で来たか覚えてないぞ。
「は?さっきまでの道のりなら、覚えてるに決まってる」
「え?」
どうやら美智は乗り継ぎの順番やらどの電車を何駅分乗ればいいかなど全て覚えているらしい。
「というかメモした」
美智は俺にメモ帳を見せる。
ここから俺達の地元の駅までの帰り道が、電車一本につきかかる時間から値段まできっちり書いてある。
仕事の出来る女だ。
「流石だなぁ。用意周到というか、世話上手というか」
俺は彼女の能力の凄さに感嘆する。
別に美智は運動能力や頭脳がズバ抜けてすごいというわけではない。
勉強の成績は平均より少し上くらいで、体育はむしろ悪いくらいだ。
そんな彼女が取り分けてすごいスキルがあるとすれば、それは誰かのサポートだ。
地道で小まめな彼女の性格は、準備の完璧さや他の人のフォローなど、裏方役としては最高の力を発揮している。
「つぐはボロが出やすいから、私が少しでもフォローしないと、すぐに詰む」
美智が溜息を吐く。
どうやら俺は相当なダメ人間だと思われているらしい。
「それで、どこに行く?」
デートをするにしても、まだ午前7時台だ。
空いている店はまだ少ない。
「……」
美智は無言で指を指す。
美智の指の方向には、少し趣のある喫茶店があった。
「喫茶店か……」
よく考えたら、俺達はずっと電車に乗っていてまだ朝食も食べてない。
く〜。
美智の腹が鳴る。
「確かに腹減ったな。俺の腹も盛大に鳴っちまったよ」
「……ムカつく」
俺の発言に美里は何事か言うが、小さ過ぎて聞こえなかった。
何て言ったんだ?
「とりあえず、入ろう」
そうして俺達はその喫茶店へと入った。
喫茶店の店内は外と同じく趣があるというか、古い、というわけではないがどこか懐かしさを感じさせる木造家屋の感じが、喫茶店らしく落ち着いた雰囲気を出している。
「いらっしゃい」
そう言って出迎えてくれたのは店長らしい男性だった。
細身だがガタイが良く、何かスポーツでもやっていたのではないか、という高身長で引き締まった体のその人は年齢的に言えば40代くらい見え、その割には白髪混じりどころか全て白髪で、その髪をオールバックにして纏めている。
格好としてはバーテンダーの様な格好をしているが、その上から紺色の地味なエプロンを掛けている。
見ると他に店員らしい格好をした人はおらず、席に着いている老人がちらほらいるくらいだ。
「珍しいね。こんな平日に、しかもこんな朝早くから若いお客さんなんて」
軽く笑いながら店長さんは言う。
疑われているわけではないが、少し返答に困ってしまう。
「今日は少し遠出してまして、朝食を軽く取れるところを探していたところ、こちらの店を見つけました」
美智がスラスラと答える。
「もしかして、学生さん?学校は大丈夫なの?」
「今日は創立記念日で、1日お休みなので、折角なので来たことのない土地で小旅行でもしようかと」
すげえ、美智。
嘘がスラスラと出て来る。
学生だってことは否定してないから、変な疑いをかけられることもないし、この辺の土地出身じゃないことは伝えたから、創立記念日の真偽は俺達から問い詰めるしかない。
だから、よほど疑ってない限り、世間話としての追求はそこで終わりだ。
「では、その辺りの空いてる席へどうぞ」
実際、話も打ち切りだったらしい店長さんもにっこりと笑って俺達を席へ案内する。
「すげえな、美智」
「むしろつぐがダサい」
感想を呟いたら罵倒された。
美智はやれやれと言った感じで溜息を吐く。
「私達は客なんだからもっと堂々とすべき」
「どっ、堂々としてただろ?」
俺の返答に美智は首を振る。
「大分挙動不審」
「……マジで?」
「『あっ、そのっ、えっと』とか漏らしてた」
なんてことだ。
全く無自覚だった。
「全くつぐは見れば見るほど残念」
「ぐっ……」
返す言葉もない。
何とも言えない気恥ずかしさと気まずさを感じる。
というかそもそも、そこまで俺のことをよく見てよく知っていて、いい印象を抱いていないのに、こいつは本当に俺のことが好きなんだろうか。
「……」
「……」
席に着き、しばらくの沈黙が続く。
そういえば世話を焼いてもらう以外に美智とろくに会話したこともなかったっけ。
「流石に、何か話さないか?」
10分経って流石にしびれを切らした俺は美智に提案する。
「すみません」
そんな俺を無視して美智は店員さんを呼ぶ。
というか店長さんだけど。
「ブレンドを1つ」
美智は注文を見て答える。
「かしこまりました。そちらのお客様は?」
店長さんはこちらを見る。
「えっと……」
メニュー表を見るも、とっさのことに頭が回らず、俺も結局美智と同じメニューにすることにする。
「俺もブレンドで。あ、あとタマゴサンド」
ついでに朝飯を食べてなかったことを思い出し、適当に価格の安そうなものを頼む。
「かしこまりました」
店長さんは注文を取り、カウンターへと戻っていく。
「注文で悩んでたのか?」
俺は先程まで黙り込んでいたことについて尋ねる。
すると美智はコクリと頷く。
「それもある」
つまりそれ以外もあると?
「話題がなかった」
美智は気まずそうに視線を逸らす。
どうやら向こうも俺と同じ気持ちだったらしい。
(しかし、話題がない、か……)
俺が水戸さんと一緒にいた時はそんなことはなかった。
というよりも水戸さんが合わせに来てくれていた。
それでいて水戸さん自身も楽しそうに会話が弾んでいた様な気がする。
全くの別人同士を比べるのはいかがなものかとは思うが、俺は今美智と水戸さんの両方から告白されている身だ。
最低だとは思うが、俺自身の基準で優劣を付けさせてもらう。
「なぁ」
俺は美智に声を掛ける。
「何?」
美智は俺をじっと見つめる。
「本当に俺といて楽しいか?」
「……」
俺の問いに美智が驚いた様に口を開ける。
他人からすれば少し口を開いてだらしなく見える程度だろうが、多少でも親しくなった人間からすれば相当驚いてる。
「え?今まで楽しかったと思ってるの?」
「なんでだよ!」
俺は逆ギレ、もとい大きな声でつい突っ込んでしまう。
「つぐと一緒にいて楽しかったことなど、人生で1度もない」
「だから何でだよ!」
何なの⁉︎
本当に何なのこいつ⁉︎
どこが俺のこと好きなんだよ‼︎
「私を楽しませたいなら、何か話題」
顎でくいっと指図する美智。
あなたは王様か何かですか?
「話題か……」
一応考えて見るが、いきなり言われても困る。
もし準備して来いって言われていたなら、俺の渾身の爆笑必至トークを披露してやるのに。
「因みに渾身の爆笑必至トークは禁止。つぐはドヤ顔で皆に披露していたけど、実は皆苦虫を噛み潰した思いで必至に寒いの我慢してた」
「マジか……」
どうやら俺に笑いの才能はないらしい。
軽くショックだ。
「というかそんなに言うならお前が話題出せよ」
俺は文句も兼ねて美智に提案する。
「……」
とても嫌そうな顔をする美智。
俺と話すのそんなに嫌ですか?
「私は友達の話題しかない」
顔に出ていたのか、美智は俺の疑問に答える様にそんなことを言う。
「つまり、俺の知らない話ばっかだから気兼ねしていると?」
俺の予想に美智は首を横に振る。
じゃあ何だって言うんだ。
「つぐに友達紹介したくない」
お前はつくづく俺のことが嫌いだなっ!
むしろどんどん冷静になっていく気がするよ。
「じゃあ共通の友人の話をすればいいんじゃないか?」
「共通の友人?」
俺の提案に美智が首を傾げる。
マジかお前。
実は、という程でもないが、俺と美智の間には共通の友人と呼べる人間が1人いる。
俺の数少ない友人の1人だが、彼だけ、俺と美智と3人で遊んだことがあるのだ。
「貴己の事忘れたのかよ」
「……あ〜」
安曇野貴己。
俺の中学からの友人で、美智ともよく遊んでいるところを見かける。
貴己は高身長で体型も細マッチョって感じのガッシリしたイケメンである。
しかも言動が爽やかなもんだからやたらとモテる。
そんなあいつがなんでかよく俺と行動する。
俺からすれば不可解だが、貴己が言うには『明継のことを気に入っているから』らしい。
イケメンの考えることはよく分からん。
「……」
真剣な表情で考え込む美智。
何か難しい事でもあったのだろうか。
「たかの話は無理」
ようやく結論が出た、というような重い口ぶりで美智からそんな言葉が出る。
「意外だな」
まさか美智が友人の話を断るなんて。
少なくとも、俺に直接話されたことはないが、美智は口足らずでマイペースなこともあって人気者ってタイプではないため友人も数少ないが、その数少ない友達を大切にしている様子は側からでも見て取れた。
そんな美智が友人の話を俺にしたがらないっていうのは、俺が余程信頼されていないのか嫌われているのか。
「もしかして、貴己のことも嫌いなのか?」
「……」
美智は真剣な顔で首を横に振る。
じゃあやっぱり俺が信用ならないのか。
「たかの話は、お互いのために触れない方がいい」
?
お互い?
俺のために貴己の話をしないってことか?
よく分からない。
なんで美智が気まずそうにしているかも分からない。
「お待たせしました。ブレンドとタマゴサンドだよ」
丁度変な間ができたところで店長さんが2人分のコーヒーと俺の頼んだタマゴサンドを持ってきた。
ナイスタイミングである。
「あなたは1人で経営されてるんですか?」
余程気になったのか間が持たなかったのか、美智は店長さんに尋ねる。
「まぁ、そうだね。僕は見た通りモテるタイプじゃないし、独身でパートも雇わず1人で切り盛りしてるよ」
モテない……なんて言うがそこそこイケてるし、謙遜としか思えない。
「1人で……って大変ですね」
今もそこまで人数入っているとは言えないが、1人で客をさばいて、しかも丸一日なんてすごい重労働だ。
というか思った通り本当に店長さんなんだな。
「いやぁ、こんな店に来る客なんて暇を持て余したジジババくらいで、しかも朝ばかりだから、暇で暇で仕方ないくらいだよ」
「オイコラァッジュンちゃぁん!」
「誰がジジババだ!俺はまだまだピチピチだぜぇ!」
店長さんの言葉に常連客らしいおじいさん達の元気な声が響き、店内に騒がしい笑い声が響きわたる。
なんかいいな。
皆仲間みたいなこういう雰囲気。
「まぁ、半ば趣味でやってる様なもんだよ。だから気楽なもんさ」
店長さんはそう言って笑うと、カウンターに戻っていく。
趣味でこんな店維持はできないと思うが……。
俺が店内を見回していると、美智がコーヒーに口をつける。
すると、美智が目を見開き、すごく幸せそうな顔をする。
「……!」
余韻に浸る様に、カップを持ったまま目を瞑る。
思わず可愛いと思ってしまった。
俺は首を振り、変な気持ちを取り払おうと砂糖とミルクを入れコーヒーに口をつける。
「んっ……!」
美味い。
砂糖とミルクのお陰で若干甘みを感じるものの、酸味と苦味が丁度いい味のバランスを保っている。
スッキリとした味わいながらコクがあり、風味が楽しめる。
インスタントや市販の缶コーヒーなんかじゃ出せない味だ。
「かなを連れて来たい」
幸せそうに美智が呟く。
「かな?」
初めて聞く名前だ。
美智の友達だろう。
「折本佳波さん。コーヒー通で、よくいいコーヒーのお店とかオススメの缶コーヒー紹介してくれたり、自分で淹れて持って来てくれたり、オススメの豆をくれたりする」
どうやらその友達はコーヒーに目がない人らしい。
どうやらコーヒーが美味過ぎて俺に友達を紹介したくないと言っていたことを忘れている様だ。
ハッと我に帰った美智は警戒する様な目でこちらを見る。
我ながらすごい嫌われ様だ。
「しかしいいな。この店」
俺がポツリと呟いた言葉に美智はコクリと同意する。
「また暇な時に来たい」
まだこの店にいるのにもう次の話をしている。
気が早い。
美智は店の中を見回し、コーヒーを一口。
それだけで幸せそうに微笑む。
思わずその笑顔の可愛さにドキリとしてしまう。
「そ、そうだ!ほら、美智の分」
俺はタマゴサンドを半分別の皿に移して美智に渡す。
「それはつぐの分。いらない」
美智はそう言ってキッパリと断る。
しかし格好付けて断ってる外面と違い、お腹は可愛らしくく〜と鳴いている。
……なんでお前食べ物頼まなかったんだよ。
「俺が食べきれないんだよ。いいから食え」
俺は美智の顔にタマゴサンドを強引にねじ込む。
「むぐっ」
最初は不服そうに口を動かしていた美智だったが、徐々に表情が柔らかくなり、遂には2つ目を食べ始めた。
「やっぱ腹空いてんじゃねーか」
「何か言った?」
俺の独り言が聞こえたのか聞こえていないのか、美智がギロリとこちらを睨みながらタマゴサンドを咀嚼している。
「なんでもねーよ」
俺はその様子に思わずフフッと息を漏らしてしまった。