【2話②】学園の人気者②【水戸藍莉♡】
【水戸藍莉view】
「あ〜いりっ!」
「きゃっ!」
体育の前の着替えの時間。
更衣室で背後から突然胸を鷲掴みにされます。
「もうっ!一姫さんっ!」
「へっへ〜♪今日も肌スベスベだねぇ〜」
こんなことをしてきたのはもちろん女の子。
しかしその見た目は一瞬男の子と見間違えてもおかしくありません。
顔は中性的からやや女の子よりぐらいの可愛らしい顔立ちをしていますが、髪は男性と変わらないくらいの短さです。
それでも手入れをしているため男の子よりもしっとりとした綺麗な髪をしています。
スポーツをしていて筋肉もかなり付いていますが、体の線は女性らしく、鍛えられたが故の女性的魅力があります。
ただ、彼女自身のサバサバした性格もあり、周りからは一瞬男の子と勘違いされがちです。
彼女は坂上一姫。
私の小学校からの親友で、小さい頃から陸上競技で賞を取っているほど運動が得意な女の子です。
女の子なのに小さな頃から女の子にしか興味がなく、周りの女子からは「ベタベタされてうざい」と良く言われてはショックを受けておりました。
「こら坂上さん!お姉様の麗しい肌に汚らわしい手で触るなです!」
私の隣の女の子が一姫さんに怒ります。
背中辺りまで伸びた長い黒髪を首元で2つに纏めた女の子。
背は低めで顔立ちも幼く見えますが、その挙動はどこか優雅さを感じ、見た目と言葉遣いに反してお嬢様の様な雰囲気を感じます。
彼女は玉城小影さん。
中学までは有名なお嬢様学校に通っていたらしく、淑女に相応しい所作を叩き込まれた反動で言動が子供っぽくなってしまったのだとか。
中学までは寮生活だったらしく、今まで女性しかいなかった環境で育ったせいで異性に対し免疫がなく、1年生の時に私が彼女が学校に馴染める様に微力ながらお力添えをしたところ、いつの間にか「お姉様」と呼ばれ慕われてしまいました。
私個人といたしましては、できれば普通の友人として接して欲しいのですが、どうしてもとせがまれ、断り切れなかった所存です。
「汚らわしいって失礼な。アタシだって歴とした女なんだから、女同士スキンシップして当たり前だろ?」
「それにしては手つきがイヤらしいのです!小影の目の黒い内はお姉様に性的暴行をさせないのです!」
「性的暴行って……」
お2人共、良い友人なのですが、若干個性的と言いますか、中々アクが強い子達と言いますか、とりあえず、見ていて飽きません。
お2人は互いに睨み合って牽制し合っています。
私を挟んで。
「そういえばさ」
ふと、何か思い出した様に一姫さんが私に尋ねてきます。
「今朝一緒にいたっていう奴、誰?」
「ああ……」
一姫さんとは小学校からの仲ですが、最近は陸上部に入って忙しいらしく、朝に一緒に登校できる機会も少なくなってしまいました。
とはいえ、一姫さんが朝練のない日は一緒に登校できるのですが。
「え?坂上さんではなかったのですか?」
「やっぱり、聞いてた話からすると小影ちゃんじゃないんだよね」
驚く小影さんと納得がいったという様子の一姫さん。
私は高校に入ってからは基本的にお2人と3人で、もしくはどちらかと2人で登校することが多かったため、周りの方からは明継きゅんをお2人のどちらかと勘違いされたのでしょう。
私としては明継きゅんと2人でも何の恥でもないのでそう認識してもらって大いに構わないのですが、朝から聞いている話を総合するとそういう事らしいです。
「藍莉といるとそういう事多いんだよな〜。アタシも藍莉と別行動の時はキャラが濃いとか言われたり知らない奴から覚えられてたりするんだけど、藍莉の横にいると忘れられてるっていうか」
一姫さんがわかりやすく説明してくださいます。
「小影達はお姉様の取り巻きだと思われているのです!人望厚く常に周りに人がいるお姉様なら当たり前の事なのです!」
小影さんが補足してくれます。
取り巻きですか……。
私としてはお2人のことを素晴らしい友人と思っているため、その扱いには大変不満を持つのですが、お2人が不服に思っている様子もないので、私は仕方なく口をつぐみます。
「で?誰なんだよ朝の奴は」
一姫さんが目を細めてこちらを凝視します。
「不貞の輩がお姉様に近付いていたとは……小影、一生の不覚なのです!」
小影さんが自分の不甲斐なさ(?)にわなわなと震えています。
どちらかといえば私から近付いたのですが……。
「さあ言え。言わなければこの揉むのに足りない乳を揉むぞ」
一姫さんが私の胸に手を当てます。
「貴方みたいな蛮族に揉ませるくらいなら小影が揉むのです!ハァハァ!お姉様の麗しいお胸!」
小影さんが私の胸に顔と手を近付け息を荒くします。
「いい加減にして下さい!」
あまりのお2人の様子に、私にしては大きな声が出てしまいました。
お2人にはもう少し、明継きゅんのことは黙っておいた方が良さそうですね……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【姫島明継view】
本日2限目。
俺は何となく真面目に授業に出席していた。
とはいえ勉強に目覚めたとか出席日数がヤバいとかではない。
ごくごく単純な話だ。
『今日の2限、体育で簡単なソフトボールの試合があるんですけど』
『私、頑張りますので見ていてください!確か窓際の席でしたよね?』
別に楽しみにしているわけじゃない。
無視して見なかったら何されるかわからないし、何より水戸さん相手に罪悪感を抱いてしまいそうだったからだ。
とはいえ、そんな理由で出た授業でも、授業は授業だ。
俺は目の前の黒板に集中する。
(……つまんねえな)
全て理解できないわけではない。
授業に出ない分、俺は予習復習は自分の家でこなしてる。
授業になんとかついて行ける程度には独学で勉強してる。
だからこの授業が何を言っているか一切わからないみたいな事態はない。
かといって授業が全て理解してるわけでもない。
独学では限界があるし、ずっと先の範囲まで勉強しているわけでもない。
だから今の授業も初めて聞く内容も十分にある。
しかしだからと言って、授業が退屈に感じるのは仕方のないことだ。
先生は事務的に教科書の内容と答えを述べているだけで、豆知識や工夫された説明をしているわけでもない。
生徒も大半は寝てるか他ごとに興じてるか適当に駄弁ってる。
正直、この授業に出てしまったことに後悔している自分がいる。
いつも通り適当にサボれば良かった。
ふとこのつまらなさから解放されたくて外を見る。
外では水戸さんのクラスとその隣のクラスが合同でソフトボールをしている。
現在は満塁、バッターは水戸さんだ。
相手の投手が投げる。
経験者なのかソフトボール部なのか、フォームも様になっていて、水戸さんも見送るぐらいには速い球だ。
1球目はストライク。
今は満塁ではあるものの、調子のいいピッチングをする投手が2投目を投げる。
2球目は遠目から見てるせいで分かりづらいが、水戸さんの体スレスレのインコースに投げられる。
そんな球を水戸さんはバットの芯に捉える。
打球はそのままグラウンドの隅まで飛んで行った。
フェンスを超えるなんてことはないものの、そんな距離までは流石に生徒も走れないから実質のホームランだ。
ランナーが塁を回り、水戸さんも帰って来たところで皆で盛大にハイタッチをしている。
攻撃側の生徒は大喜びだ。
対照的に守備の生徒はやる気がなさそうにボケーっと立っている。
(すげぇな水戸さん……)
改めてスペックの高さを思い知らされる。
スポーツ万能成績優秀、周りからの人望も厚い。
本当、なんで俺なんかに惚れたんだろうっていう話だ。
釣り合いどうこうの話もそうだが、彼女みたいな人が俺に惚れる要素が見当たらない。
自分で言うのもなんだがなんの取り柄もないし会話も面白くないし不良だしで好かれる要素が見当たらない。
ふと、水戸さんがこちらに気付いたらしく、満面の笑みで、それでいて周りに気付かれないくらい小さく手を振る。
思わずどきりとしてしまった。
「お、俺に手を振ってくれた……!」
「バッカお前じゃねえよ、俺だよ!」
「いいや俺だね!」
俺と同じく窓の外に目をやっていた連中がざわざわと騒ぎ出す。
うちのクラスでこんなんなんだから、他の教室の窓際の奴らもこんな風に騒いでるだろう。
正直あのストーカー気質を知ってる俺からすれば、俺に手を振った以外考えられないのだが、むしろあのストーカー紛いの行動の方がブラフで、今のは単に応援してくれたらしい窓際の全員にお礼の意味を込めて手を振ったんじゃないかとさえ思えてくる。
「本当、人気者だねぇ」
俺は水戸藍莉という人物の本質がわからなくなっていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
昼休み。
俺はいつも購買で適当な惣菜パンを買って食べている。
いつもは友人の智紀や、話が合うクラスメイトなんかと机を並べ食べるか、食堂で食べる。
まぁ、あくまで智紀やクラスメイトが食堂で食べたい時があるからそれに付き合って食堂に行くだけだから、俺はどこで食べるにしろ惣菜パンを買って行くわけだが。
「明継。今日は食堂だってさ」
「いやぁ、今日はやけに腹減っちゃってさ、食堂の丼メニューくらいじゃないと収まらなさそうなんだよ」
智紀の隣にいる近藤がそんなことを言いながらお腹をさする。
近藤はバスケ部の準レギュラーで、部活に精を出すスポーツマンだ。
顔はそこそこだからすごくモテるということはないが、ガタイがいいこともあって近藤のことをいいと思ってる女子は少なからずいるらしい。
そんな近藤はバスケバカ過ぎてそういう好意に気付いていないみたいだが。
そんな近藤は運動ができる分代謝も良く、めちゃくちゃ動くしめちゃくちゃ食べる。
だから大抵は特製のデカい弁当を持って来ているはずだが、今日は持って来てないみたいだ。
ちなみに学食の丼メニューは学生のことを考えているのかリーズナブルな価格でかなりの量が食える。
少食のクラスメイトが以前半分以上残していたのを覚えている。
「別にーーーー」
『ヴー、ヴー』
別に構わない、と言おうとしたタイミングで俺の携帯が震える。
なんだろうか。
メールの送り主は知らないアドレスだった。
『件名:水戸です』
水戸さんかよ。
どうやってこのアドレス知ったんだよ。
彼女ならやれないこともないと思えてしまうのが怖えよ。
『本文:皆に内緒で体育館倉庫まで来れないでしょうか。お昼ご飯を一緒に食べたいです』
絵文字も顔文字も一切ない、文章だけの飾り気のないメッセージ。
しかし、そんなメッセージに「俺と昼食が食べたい」という気持ちが詰まってる様に感じた。
そもそも今日は彼女と1日一緒に行動する日だ。
このメッセージに応えないということはその約束を破るという意味で。
「明継?」
智紀がずっとメールを見ている俺を不審に思って声を掛けてくる。
「悪い。先約があるから今日はお前らだけで食べてくれ」
俺は智紀達に頭を下げる。
「わざわざそんな風にかしこまらなくていいよ。誰だって予定くらいあるさ」
近藤はそう言って笑いながら教室を後にする。
近藤は本当にいい奴だな。
「まあ、別に絶対一緒に食べようって約束してるわけじゃないし、明継とはいつでも会えるし、行って来なよ」
智紀が面倒臭そうにそんなことを言う。
こいつは何だかんだ言っていい友達だ。
「というかただ昼食べるだけでそこまで大袈裟に考えるの、明継っぽいよね」
「人の心を読むな!」
智紀はいい友達なんだか悪友なんだか……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
現在、昼休みの体育館倉庫の中。
正直に言って、何が起こったのかわからない。
「はい、あーん♪」
目の前では水戸さんが俺に向けて箸で挟んだ唐揚げを差し出してくる。
俺はその様子をただ呆然と見ているだけで、何もできない。
「食べないんですか?」
不安そうに水戸さんが呟く。
仕方なく俺は彼女の箸から口で唐揚げを受け取る。
「……!……!」
水戸さんは声も出ないくらい感動している。
正直、何故こんな事になったのだろう。
遡ること数分前。
俺は約束通り体育館倉庫までやって来た。
そこには約束通りにちゃんと水戸さんがいた。
あと何故か弁当箱が2つあった。
『朝、お母様に弁当を2つ用意して頂きました。姫島君と同じものを食べたくて』
というのは水戸さんの言葉だ。
正直ドン引きしたもとい気が引けたが、折角作ってもらったものを食べないというのも罪悪感がある。
俺は水戸さんから弁当箱を1つ貰い受けようとしたところ、彼女がやって来たのが『あーん』である。
つまり、彼女は弁当を全て自分の手から俺に食べさせようとしているわけだ。
正直気恥ずかし過ぎて気が乗らない。
しかし腹が減っては戦はできぬ。
ここは大人しく従っておくに限る。
ふと見ると水戸さんが俺が咥えた箸をジッと見つめている。
……おいまさか。
「はむ」
水戸さんは箸を口に咥えると、そのままいやらしくねぶり始める。
「れろ……ちゅむ……っ……」
「……」
水戸さんは顔を赤らめ肩を上下させる。
「はぁっ……ぁっ……」
見なかったことにしよう。
「しかしこの唐揚げ美味いな」
外はカリッと中はジューシー。
生姜やニンニクの味が効いていて食欲を増進させてくれる。
しかも冷めてるのにそんな状態なのだ。
これは出来立てを食べてみたいな。
「フフッ。ありがとうございます」
水戸さんはこちらを見て微笑む。
「お母様の料理はどれも絶品ですが、中でも揚げ物はとても美味しいんです」
「ほう。それは是非嫁に欲しいスキルだ」
実は俺は揚げ物は大好物だったりする。
「あげませんよ?」
水戸さんが何故か若干頰を膨らませてこちらを睨む。
「お母様を姫島君の嫁になんてあげません」
「いつからそんな話になった?」
俺はただ『揚げ物が得意』というのは羨ましいという話をしてただけだ。
「代わりに娘ならあげても構いませんが」
「水戸さんの母親って最初から揚げ物作るのが上手かったのか?」
関わりたくない様な話題に入ったので無理矢理話題を変える。
そんな急な話題転換にも顔色1つ変えず水戸さんは付き合ってくれる。
「確か私が物心ついた頃にはもう上手でしたね。確か、お父様の大好物なんだとか」
「あ〜……」
つまり愛する人のために頑張ったと。
言いたくはないが、水戸さんは母親似なんだな。
「姫島君は……私の手料理、食べたいですか?」
水戸さんが唐突に訊いてくる。
(水戸さんの料理か)
母親の料理がここまで美味いんだ。
ということは水戸さんの料理も期待できるだろう。
「食べてみたいな」
俺がそう言うと水戸さんは輝かんばかりの笑顔を見せる。
「私、料理は1度もしたことありませんが、今度明継きゅんのために腕によりをかけて作らせて頂きます!」
水戸さんが気合を入れる。
それよりも待て。
……初心者、だ……と?
水戸さんが料理を振舞ってくれる日が俺の命日にならない事を祈るばかりだ。
その後も水戸さんは自分の弁当を食べつつ俺に弁当をあーんしてくる。
ちなみに箸は別々である。
「ところで、なんでここだったんだ?」
「?」
水戸さんが俺の質問に首を傾げる。
「別にわざわざメールで人気のないところに呼び出さなくても、教室まで来てくれれば付き合ったんだが」
「え⁉︎交際して下さるんですか⁉︎」
「都合のいい部分だけ抜き出すな」
「ふふ。ただの冗談です」
その割には目がギラついているが。
怖い。
「というか、先日のHR前や今朝の様子を見て気を使えないほど私が無遠慮な人間だと思っていませんか?」
「え?」
言われてから気が付く。
この間のHRの時間では水戸さんが来て大騒ぎになり、今朝俺は登校中に生徒が多くなると水戸さんから離れようとした。
水戸さんは、俺の元まで来て騒ぎが起きるのを俺が嫌なんだと思い、こうしてわざわざ隠れて会ってくれたんだ。
俺のために。
そう思うと急に顔が熱くなった。
「姫島君?」
「な、なんでもない」
俺は顔の熱さをなんとか誤魔化そうとした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「疲れた……」
「ふふ、お疲れ様です」
放課後、俺と水戸さんは部活もせずに下校している。
俺はともかく水戸さんはどうやら部活に入っていないらしい。
理由としては特にやりたいこともないから、だそうだ。
俺からすればスポーツ万能成績優秀な水戸さんが部活に入ってないというのは勿体なく感じるし、ちょっとした嫌味の様にも思えるが、彼女は自分がやりたくないと思ったからやっていないのだ。
その事に他人の俺がとやかく言うことなんてできない。
「しかし、そんなにお疲れになる様なことがありましたか?」
水戸さんが俺に尋ねる。
「別に特別疲れることがあったわけじゃないよ。あえて言うならーーーー」
「し、しかし、明継きゅんの疲れ顔というのも可愛いです……うへへ」
「君が疲れる」
「酷い言われよう!」
正直、水戸さんの奇行や原因を考えたくない様な言動は俺の心身に疲れを溜める原因になっていた。
今まで知らなかった恐ろしい事を知ってしまったせいでストレスになっているとでも言うのだろうか。
しかしそれを直接本人に言うのもアレなので、俺は少しオブラートに包む事にする。
「俺にとっては水戸さんと接する機会なんて今までなかったんだよ。水戸さんは色んな意味で個性が強過ぎるから、一緒に行動するといつもより1日の密度が濃い気がする」
「なるほど……そういうことでしたか」
水戸さんはなんとか納得してくれたみたいだ。
正直早朝から自宅侵入されるなんて疲れるどころの騒ぎじゃない気もするが。
「それでは、これからはもっと疲れてもらいますね」
「鬼か」
今中々にスパルタな発言を聞いたぞ。
「これ以上疲れるのは勘弁したい」
「そういう訳にはいきませんよ。だって……」
水戸さんが俺に飛びっきりの笑顔を見せる。
「私はこれからもっともーっと、明継きゅんに好きになってもらえる様、アピールする所存ですので」
「……」
どうやら俺は不意打ちに弱いみたいだ。
これは反則である。
「あ」
水戸さんが気付く。
もう俺の家の前だ。
「今日はここまでですね」
水戸さんは寂しそうに笑う。
「ではご機嫌様」
「待て待て待て待て」
俺はそのまま去って行く水戸さんの肩を掴む。
「ど、どうしました?」
水戸さんは驚いた様にこちらを見る。
「勝手に行くな。自転車置いてくるからちょっと待ってろ」
「え?え?」
水戸さんが戸惑っている内に俺は自転車を置いて水戸さんの元に戻る。
「さぁ、行くぞ。俺は道知らないから、案内してくれ」
「え?」
水戸さんがわけがわからないという様子で呆然とする。
「送って行くよ」
なので俺は短く返す。
そもそも俺の家まで来て貰ったのは俺が水戸さんの家を知らないから、そのまま送って行っても帰り道がわからないからだ。
流石に俺も水戸さんに見送りしてもらって用が済んだらハイ終わり、なんてクズのつもりもない。
「まだ暗いとは言えない時間だけど、1人は危ないだろ」
「で、でも、それを言うなら姫島君の方が帰りに1人でーーーー」
「俺は男だから平気」
水戸さんが心配そうにするが俺は格好付ける。
「そもそも、男が女を守るのに理由なんていらねーんだよ」
「ぶふぅっ……!また、私のツボにヒットする様なことを……!」
水戸さんが口元を押さえて震える。
やめろ……!
自分で言ってて恥ずかしくなるだろ……!
「あ、あとあれだ!」
俺は恥ずかしさを誤魔化そうと思い付いた事を言う。
「俺も水戸さんの家の場所知りたいから!」
「ここに来てのストーカー発言!明継きゅん本当可愛い!好き!」
ぶふぅっ!と遂に吹き出してしまう水戸さん。
殺してくれ……!
いっそ殺してくれ……!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【水戸藍莉view】
その後の帰路は夢の様な時間でした。
他愛ない話に一喜一憂し、2人で笑い、怒り、泣き、色々な話をしながら、距離が少し縮まった様に感じました。
そんな中、私はやはり明継きゅんが好きなんだと感じました。
いつもの可愛い明継きゅんもとても魅力的ですが、わざわざ私を送って下さる優しい明継きゅんも、その優しさが隠せない不器用な明継きゅんも、私との会話に心からの気持ちをぶつけてくれる明継きゅんも、どれも私が好きになった、好きになっていく明継きゅんでした。
彼の事を知れば知るほど、私は彼の事が好きになっていくのを感じました。
優しくて不器用で、ちょっと面白くて可愛い、私はそんな明継きゅんを好きになって良かったと、心の底から感じました。
私を送り届けた後、帰り道を「こっちで良かったかな?良かったよな?」とキョロキョロと視線を右往左往させる彼もすごく可愛くて、やっぱり好きだな、と感じました。
「明継きゅん、えへへ、えへへ……」
私はそんな明継きゅんのうろうろする姿を見ながら、思わずよだれを垂らしてしまいます。
「おっといけない、いくら防水仕様とは言え、汚すのは少し気が引けますもの」
そう、私は明継きゅんの先程の姿をカメラに収め、それを眺めていました。
私は部屋の壁に貼られている明継きゅんの写真に目を写します。
私の部屋の壁には、明継きゅんの写真が無数に貼られています。
更に明継きゅんの写真から作ったポスターやカレンダー、等身大看板、ぬいぐるみにアルバムに、ベッドには抱き枕も。
私の部屋には、明継きゅんを好きになってから作成した明継きゅんグッズで溢れていました。
「明継きゅん、明継きゅん、えへへ……」
この部屋は流石にまだ見せられませんわね……。