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ざんれんっ!  作者: 恋熊
1章 恋は突然に
3/50

【2話①】学園の人気者①【水戸藍莉♡】

 

水戸藍莉みとあいりview】



「〜〜〜♪」


 今日の朝は思わず早く目が覚めてしまいました。

 とはいえ快眠できた様で、眠気はすっかり取れ清々しい気持ちで目覚めを迎えています。


 現在は着替え中ですが思わず鼻歌を口ずさんでしまうくらいには嬉しさで溢れています。


「おはようございます、お母様」


 階下に降り、わたくしはリビングに入るとすぐに台所で朝食の準備をして下さっているお母様に挨拶をします。


「おはよう、今日は随分と早いのね」


 どうやらお母様にも気付かれてしまった様です。


「今日は少し楽しみなことがあるんです」


 抑えようとしてもどうしても気が急いてしまい、言葉にも感情が混じってしまいます。


「ふふふ。大変嬉しそうね」


 娘の嬉しいことが嬉しいのか、お母様の声音からも楽しそうな気持ちが伝わってきます。


 少し恥ずかしいです。


「何かいい事でもあったのかしら?」


 朝食をテーブルに並べながらお母様が尋ねてきます。


「いい事があった……というより、これからある、でしょうか」


 わたくしはテーブルのトーストを1枚手に取り、一口齧ります。

 市販品にバターを塗ってトースターで焼いただけのものですが、親しい方が焼いてくれたからかいつも美味しく感じます。

 今日は更にいつもよりも美味しく感じます。


 やはり気持ちの持ち様、という事でしょうか。


「よっぽどいい事があるのね。幸せそう」


 そう言うお母様はどこか慈愛に満ち溢れた顔でこちらを見ています。


 娘を想う母というのはこの様なものなのでしょうか。


 そうこうしている内に朝食を食べ終わりました。


 いつもの登校時刻にはまだ時間があります。


 しかしわたくしはもう身支度も済ませてしまい、家を出る以外にやる事がありません。


 なので、家を出ます。


「行ってきます」

「あら、早いのね」


 お母様にも声をかけられるくらいには珍しい事です。


 何故ならわたくしはいつも決まった時間に合わせて行動する様にしていますから。


 今日に限って早く起きて早く準備をして早く朝食を食べ早く家を出るのは、家族からすれば珍しい事でしょう。


「今日は待ちきれない事がありますので」


 わたくしはお母様に笑顔で答えます。


「そう、楽しそうなのはいい事だけれど、楽しい事に気を取られて大変な事にはならない様にね」


 お母様は逸る気持ちが抑えられないわたくしをたしなめて下さいます。


「はい!十分に気を付けます!」


 元気良く返事をして、わたくしは早足で目的地に向かいます。


「あら?学校ってあっちの方だったかしら……?」


 背後からお母様の声が聞こえてきます。


 そう、わたくしは目的地へと向かっています。

 学校ではなく目的地の、明継あきつぐきゅんのご自宅へと。


 今日は明継きゅんとのデート……ではなく、1日明継きゅんと行動を共にする日です。


「ああ明継きゅん明継きゅん、明継きゅん……えへへ」


 思わず顔がほころんでしまいます。



 ああ愛しの明継きゅん。

 隣にいられると思っただけでどうしてこんなにも心が軽くなっていくのでしょう。


 天にも登る気持ちですわ。


「えへへ……えへへ……」


 思わずよだれが出てしまいましたがわたくしは構う事なく歩を進めます。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


姫島明継ひめじまあきつぐview】



「ーーーーーーーーざいます」


 意識が暗く深い底に沈んでいる。

 周りに音なんてないんじゃないかと思えるほどの静寂。

 しかしそれは静寂というより、圧倒的な何かに音自体が掻き消されているんじゃないかと感じる無音。


 そんな抜け出せない牢獄の様な静寂に柔らかな声が響く。


 その声はまだくぐもっていて、俺の意識には中々響かない。


「ーーーーう朝ですよ」


 しかしその柔らかな声は徐々に俺の芯に響いてくる。


 ずっと聞いていたくなる様な優しい声音は耳にするだけで心地いい。


 ああ、ずっとこのまま聞いていたいーーーー。


「お、起きないと……お目覚めのキス、しちゃいますよ?」


 一気に眠気が吹き飛んだ。


「きゃっ」


 俺がいきなり上半身を起こしたせいで俺の真上に顔を寄せていたらしい女の子は俺の部屋で尻餅をついていた。


 一瞬俺を起こしに来たのは母さんか妹かと思った。


 母さんか妹に「目覚めのキスするぞ」なんて言われたらあまりの気色悪さに起きてしまうのも仕方のない出来事だろう。


 しかし、目を覚まして視界に入れた光景はそれよりもまずいものだった。


 俺の部屋で水戸さんが尻餅をついている。


 OK、把握した。

 つまり俺はつい先程、貞操の危機だったわけだ。

 ナイス判断俺。


 ちなみに時計を見ると、今は午前6時。

 ウチから学校までは自転車で30分程度の距離で、HRは8時半からだ。

 つまり、あと1時間は寝ていても余裕で間に合う。


 つまり水戸さんは何故か俺の家の中に入り込み、何故かこんな早い時間に俺を起こしたのだ。


 色々と理解が追い付かない。


 とりあえず俺は聞いてみる事にする。


「水戸さん、なんで俺の部屋にいるの?」

「何故……とはどういう事でしょう?」


 質問を質問で返さないでほしい。


「そのままの意味なんだけど……」

「ええと……」


 疲れた顔を見せてしまう俺に水戸さんは困り顔で考える。


 困ってるのは俺の方なんだが。


「最初は家の前でお待ちしておりました」


 6時前からか。


「そもそもなんで待ってーーーーあ、そうか」


 今日は水戸さんが俺にアピールする日。

 つまり、なるべく一緒に行動する様に約束したのだ。


 その結果が朝5時台から家の前で待たれる、っていうのは始まる前から俺の好感度が下がりかねないヤバい行動だと思うんだが。


「た、楽しみ過ぎて気が急いてしまいまして」


 恥ずかしそうに頭を掻く水戸さん。

 ちょっと可愛いじゃないか……。


 俺は自分の頭に湧いてしまった感情を振り払うべく頭を振る。


「どうされました?」


 水戸さんが呆然とこちらを見る。


「気にしないで。続けて」


 俺は続きを促す。


 それに応える様に水戸さんは続きを話す。


「それで、人が増えるにつれてこちらをチラチラと窺って来られまして……」


 確かに、家の前にずっと立ってる人は不審に感じるだろう。


 というか6時前にもう人がいるのか。

 意外な話だ。


 つまり、母さんが起きていて、家の前に知らない女の子がいるものだから見かねて事情を聞き中に通したってことか。


 全くいい迷惑だ。


「なので、外にいては姫島家の方々に迷惑がかかると思い、合鍵で中に入らせて頂きました」


 もっと迷惑な話だった。


「……合鍵?」

「はい、合鍵です」


 水戸さんは返事をすると鍵を取り出す。

 確かにウチの鍵だ。


 ……何故持ってるのかはあえて聞かないでおこう。


「というか勝手に入ったのか」


 不法侵入だぞ。


「ご心配なさらず!ご家族には一切見付かっておりませんので!」


 家族に姿を見られず2階の俺の部屋まで辿り着いた方が俺にとっては心配なんだが。


「では、着替えのお手伝いをーー」

「待て待て待て!」


 水戸さんが自然に俺の服を脱がそうとしてくる。


「はて?どうされました?」

「どうされましたも何も、俺は1人で着替えられるぞ」

「知っていますが」


 知っているなら何故脱がそうとした。


「それに俺はまだ寝るつもりなんだが」


 こんな時間から学校に行けるか。


「なるほど。それは恥ずかしい勘違いをしておりました」


 恥ずかしそうに顔を赤くする水戸さん。


「では2度寝と参りましょうか」


 水戸さんは俺の布団に入り込んでくる。


「待て待て待て待て待てッ!」

「?」


 水戸さんがよくわからないという顔で首を傾げる。


 マジかこいつは。


「俺はあと1時間寝てから学校行く準備するんだから、先に学校行くか一旦家に戻りなさいよ」


 俺は至極真っ当な提案を水戸さんにする。


 すると水戸さんは輝く笑顔で答えた。


「では外でお待ちしておりますね」

「何故に⁉︎」


 何故その答えに至った⁉︎

 俺が答え提示しただろ⁉︎

 意味がわからない!


「大丈夫です!見つからない様にしますから!」

「それは大丈夫じゃないな」


 どうして頑なにここに残る事にこだわるんだ。


「どうしても、ダメでしょうか?」


 水戸さんが上目遣いで聞いてくる。


わたくし……その、好きな人と一緒に学校にゆっくり向かいながら他愛ない話をするのが……憧れだったので」

「……」


 ずるい。

 そういうのは非常にずるいぞ。


 俺は女の子の女の子らしい姿に弱いんだ。


「わかったよ」

「え?」


 耳を疑う様に水戸さんが目を見開く。


「今から準備する。ちょっと待ってて」


 その俺の言葉を聞いた途端、水戸さんは急に顔を明るくしーーーー。


「ではお着替えを手伝いますね!」

「やめて!」


 俺の服を剥ぎに来やがった。


 少し心を許した途端にこれかよ……。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 俺の家から学校までは自転車で30分程度かかる。


 なので普通に考えれば、歩いて行くには1時間以上はかかる距離だ。

 正直そんな長い距離を歩くのは面倒だとは思うが、水戸さんはどうしても歩きたいんだそうな。


 水戸さんの家は学校から離れていて、水戸さんは学校から徒歩10分の最寄り駅まで電車通学しているらしい。

 つまり、俺の家までは遠回りだったということだ。


 そこまでして俺の家まで来てくれたのだから、少しぐらいはその気持ちに応えねばなるまいと俺の良心が囁くので、俺は仕方なく準備と朝食を済ませ、朝6時30分に家を出るわけだ。


 母さんからの「珍しいわね。アンタがこんな早起きなんて」という台詞と驚きの顔は珍しいものが見れてラッキーだったということにしておこう。

 母さんは滅多に驚かないからな。


 前に父さんが誕生日のサプライズで母さんの好きなキャラクターものの着ぐるみを着て登場したところ、母さんは冷ややかな目で見てたっけな……。


 ちなみに水戸さんの存在には一切気付かれていない。


 正直、彼女が天井を這い始めた時は告白を正式に断った方がいいんじゃないかと思うほどの衝撃だった。


 しかし1度は一緒に登校すると約束してしまったのだ。

 俺の隣にいる彼女はめちゃくちゃ上機嫌でとろけた様な笑顔をしてるし、この笑顔を曇らせるのも野暮というものだろう。


 そんなわけで俺は水戸さんと家を出たわけだが……。


「「あ」」

「おはようございます、秋津川あきつがわさん」


 水戸さんは何事もないかの様に美智みさとに挨拶する。


 たまたま家を出るタイミングが被ったらしく、俺は美智に水戸さんと2人で家を出る瞬間をバッチリ見られたわけだ。


「うわ」


 ものすごく汚いものでも見たような顔でそう吐き捨て、美智は自転車に乗って学校へと走り去った。


わたくし達、何か秋津川さんを怒らせる様なことしましたか?」

「いや、あれは完全に勘違いしてると思う……」


 今日、水戸さんと一緒に行動することはあいつも知っているはずだが、おそらくは『俺と水戸さんが昨夜からハッスルしまくってた』みたいなことを思ったんだろう。


 正直今すぐにでも解きたい誤解だが、まぁ、今は水戸さんの相手が優先だ。


「じゃあ行くか」

「はいっ」


 水戸さんが嬉しそうに微笑む。

 やっぱり、見た目は可愛いんだよな……。


 色々な意味でやり辛い。


「しかし、何を話そうか……」


 元々は登校しながらゆっくり話がしたい、ということだったはずだ。


 それなら何か話題を振った方がいいとは思うが、いかんせん俺は女子と楽しい会話をした覚えがない。


「姫島君、いつも自転車通学なんですか?」


 そんな風に思っていたところ、水戸さんの方から話題を振ってくれた。


 おそらく、俺が今自転車を引いているのを見て聞いたのだろう。


「そうだよ。ここから学校まではそれなりに距離があるからな。いつもはもう少し遅く出て自転車で走ってる」

「ふふっ。自転車で走る姫島君もさぞカッコいいんでしょうね」

「それは嫌味で言っているのか?それとも本気か?」


 俺がカッコいいなんて言われるなんて珍しい。


「本気に決まってるじゃないですか。それともわたくしがそんなひどい嘘を吐く人間に見えますか?」


 水戸さんは疑われたのが心外だったらしく、頰を膨らませぷりぷりと怒っている。


「別に嘘を吐いてると思ってるわけじゃないよ。ただ、自転車なんて誰が乗っても一緒だろ」


 専門のスポーツ選手ならともかく、ただの学生で差が出るとは思えない。


「いいえ、わたくしにとっては姫島君はどんなことをしていてもカッコいいんです」


 うっとりとした目で見てくる水戸さん。

 そんな目で見られても困るんだが。


 しかしそうか。

 水戸さんにはどうやら好きな人は何でもカッコよく見える様なフィルターがかかっているらしい。


 しかし覚えている限りだと、俺のカッコ悪いところが好きだったはずだが、水戸さんの頭の中はどうなっているんだろう。


「というか俺は水戸さんが考えてる様な感じではないぞ」


 あまりにも美化されているため、俺は思わず否定したくなり、気が付けば考えるより先に声が出ていた。


「そうなんですか?」


 水戸さんがキョトンとする。


「この間なんて、水溜まりに突っ込んでスリップして自転車が縦に一回転してたからな」

「それはカッコよさとは関係なく見てみとうございます!」


 水戸さんは驚きの声を上げる。

 まぁ、俺もあの時は奇跡が起こったと思ったからな。


 ただ、回転したせいで体と自転車がブレてサドルで股間を打ってしまったことは内緒だ。


「しかし、そうですか……」


 水戸さんが何か考え事を始める。


「その時、明継きゅんはきっと大層恐怖と驚愕と困惑に溢れた、可愛らしい顔をしていたんでしょうね……あまりのことによだれを垂らしてたり……ジュルリ」

「……」


 こいつは本当に俺の事をカッコいいと思っているのか?

 信じられん……。


「それよりも、すみません」


 急にかしこまり、頭を下げる水戸さん。


「何がだよ?」


 なんで謝られたのか本当にさっぱり見当がつかない。


「いつも自転車通学なのに、わたくしのわがままに付き合っていただいて……そのせいで姫島君の睡眠時間がーーーー」


 俺は水戸さんの額に軽くチョップする。


「あいたっ!」


 額を押さえる水戸さん。


「心外だな。俺はそんな狭量な男に見えるのか?」


 カッコ付けたくなったわけじゃないと言えば嘘になる。


「俺は男なんだから、女の我儘わがままくらい楽勝で聞いてやるよ」


 でも、これは俺の本心だ。

 申し訳なさそうにしてるこいつに、どうしても言ってやらないと、って感じたんだ。


 水戸さんから逃げようとしてるくせにこれが本心とは、本人である俺からしても精神異常者なのかと疑うレベルではあるが。


 水戸さんも流石に俺の謎の発言に震えてーーーー震えて?


「明継きゅん……可愛い……かわゆ過ぎる……!」


 水戸さんは口を押さえて真っ赤になって震えている。


「折角の決め台詞なのに微妙に決まってないのかわゆ過ぎます……!ッッッ……!」

「ちょっ!おまっ!わ、笑うなよ!」


 そんなに笑われたら俺の方が恥ずかしくなるだろ!

 実際今めちゃくちゃ恥ずかしい!

 顔が熱い!


「すっ、すみません……フフッ……!でもでも、そんなに可愛い明継きゅんがいけないんです……はぁ〜可愛い〜!」

「やめろ!それ以上言うな!それ以上思い出すな〜!」


 俺の恥ずかしい姿を記憶に焼き付けてるらしい水戸さんを俺は必死で別の記憶で上書きしようと変な動きをするが、それが余計水戸さんのツボにハマったらしく、俺は恥をかきまくってしまった。


 しかし、その時の彼女の笑顔は、流石恋する乙女というか、一瞬魅入ってしまうほど魅力的な笑顔だった。



 ふと、周りの視線に気が付く。


 まだ6時台とはいえ、会社に行く人やゴミ出しに来てる人などが多少いる。


 周りは俺達の事をバカップルと思っているのか、なんとも言えない顔をしながらチラチラとこちらを見ていた。


「……もう少し静かに話そうか」

「……そ、そうですね」


 ハハハ、と俺達は乾いた笑みを浮かべるのだった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 それからどれくらい話しただろうか。


 俺達2人は時を忘れるくらいには楽しく話ができていた。


 内容としては他愛ない話ばかりだ。

 趣味の話、好きな食べ物の話、今度店に一緒に行こうという約束。

 俺は水戸さんに関わるのが嫌だったはずなんだが、いつの間にか今後の予定まで立ててしまっている。


(まぁ、告白の返事をするまでだし、それまでは楽しんでもばちは当たらないか)


 最低な話だが、俺は関わりたくないと思っていた水戸さんに惹かれている面がある。

 まぁ、かなりの美人だし、話していて面白い部分もあるから魅力的に感じるのは仕方ない。

 仕方ない、なんて言葉で済ませていい話でもないとは思うが。


 まぁ、1つ難点があるとすれば……。


「デート……!デート……!明継きゅんとデート……!うへへ……!」


 今、俺との店に行く予定を必死に手帳に書き込みながらやばい笑みを浮かべてる様な、俺に対する異常な執着、とかだろうか。


 まぁ、俺達はそれなりに楽しく話をしていた。


 学校に近付いて来ていることに気付かなかったくらいには。


 周りを見ると、ちらほらとうちの学校の生徒が見える。


 体裁的な面を考えても、俺達は離れた方がいいだろう。


 この間水戸さんが俺に声を掛けただけで周りの反応はひどいものだったのだから。


「それで、姫島君はどの映画が見たいですか?私としてはこれかこれかこれなんておススメなんですが」


 さっきまで映画の話なんかしてなかったはずなんだが、用意周到に何故か用意されている映画のパンフレットをこちらに向ける水戸さん。

 ちなみに彼女のおススメは恋愛映画ばかりだ。


「俺としては恋愛ものよりもスポーツものとかスカッとできる様なのがいいなぁ」


 俺は何事もないかの様に会話しながらも少しずつ水戸さんと間を空ける。


 水戸さんに腕を掴まれる。


「っ!」


 驚き、思わず喉を鳴らしてしまう。


「水戸さん?どうした?」


 何事もなかったかの様に俺は首を傾げる。

 そんな俺に水戸さんはにこりと微笑みかける。


「ダメですよ、姫島君。今は『わたくしと一緒に行動』してくれるんでしょう?」


 それだけは譲れない、とばかりに彼女の腕には相当力が篭っている。


「いや、でもーーーー」

「いいから、姫島君は側にいてください」


 その頼もしい笑顔に俺は黙らされる。


 そして俺達は平然と学校へ歩いて行く。


「あ、水戸さん、おはよう!」


 1人の女子生徒が水戸さんに気付き挨拶する。


「おはようございます、野宮さん」


 水戸さんはその挨拶に満面の笑みで応える。


「おはよう!」

「おはよう水戸さん!」

「おはようございます!」

「水戸さんおはよー!」


 堰を切ったように、周りの生徒が次々に挨拶してくる。


「おはようございます、関口せきぐち君」

「おはようございます永守ながもりさん」

三里みさとさんもおはようございます」

安城あんじょうさん、おはようございます」


 そして次々に来る挨拶に水戸さんはちゃんと相手を指定して返す。


 誰から挨拶が来ても律儀に応える。


 そこには優等生の水戸藍莉がいた。


 更に驚くことに、誰も隣にいる俺には気付かない。


 見向きもしない、程度なら普通だと思うが、俺は先日、水戸さんと色々あった(様に見える場面を周囲に見られた)人間だ。


 そんな人間が横にいるんだから、普通は注目を浴び、何か言われるのでは、と思っていた。


 しかし実際には誰も何も言わない。


 まるで俺という人間が気付かれていない様に、水戸さんの隣にいるのはただのモブであるかの様に周りは俺をスルーしていく。


 いや、俺は自分が何者かだって痛い自負をしてるわけではないけど。



 その光景に、俺は唖然としていた。


「あ、そうです」


 思い出した様に水戸さんが呟く。


「今日の2限、体育で簡単なソフトボールの試合があるんですけど」


 少し溜めて、水戸さんはこちらに笑顔を向ける。


わたくし、頑張りますので見ていてください!確か窓際の席でしたよね?」


 まるで周囲のことなんて気にしないかの様に、水戸さんは自分のアピールをする。


 何というか、俺とは次元が違うって感じるくらい、強い女の子だ。



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