【1話】話を繋げるための導入って必要だよね
「今日はちゃんと来たみたいだね。おはよう明継」
2年B組の教室。
俺の友人であるところの花房智紀がそんな風に声を掛けてくれる。
「おはよう智紀。俺だって成績を気にして出席することぐらいあるさ」
「とても不良とは思えない台詞だね」
俺の返答に智紀が苦笑いする。
う、うるせえな。
「ところで昨日、用事があったみたいだけど、何かあったの?」
大体の日は放課後智紀と一緒に帰っている。
だから、智紀は昨日俺が付き合わなかったことに疑問を抱いている。
「大した用事じゃねえよ」
ただ女子生徒2人に同時に告白されてただけだ。
とは口が裂けても言えない。
「大した用事じゃなかったんなら僕と帰っても良かったんじゃない?」
「何言ってんだよ。お前となんていつでも一緒にいられるんだから。用事の方が大事に決まってんだろ」
「なんだろう。信頼されてるのか軽んじられてるのかわからない台詞だね」
智紀が苦笑いする。
俺は何かおかしなことを言っただろうか。
ふと、教室の入り口の方でざわざわと騒ぎが起こる。
何かあったのだろうか。
「お、おはよう水戸さん!」
「ぶふぅッ!」
クラスメイトの神田川の発言に俺は思わずむせてしまう。
「御機嫌よう、神田川君」
そして優しい声音が聞こえてくる。
間違いない。
水戸さんがこのクラスに来ている。
水戸さんの周りにいるらしいクラスメイト達が次々に「おはよう」と水戸さんに挨拶をし、水戸さんが「御機嫌よう」と返す。
「でも、なんで水戸さんがここに?」
水戸さんのクラスは2年E組、ここは2年B組だ。
疑問に思うのは当然のことだ。
「少しあきーーーー姫島君に用がありまして……」
恥ずかしがる様な声が聞こえてくる。
お前は俺を殺す気か。
ダラダラと汗を掻いていると、クラスメイトの視線が刺さる。
「え?姫島君?」
「姫島君が……水戸さんに……?」
「姫島が水戸さんを狙ってるのか……?」
ざわざわと騒ぎ出すクラスメイト達。
色々と推測が飛び交っている。
ふと気付くと、目の前の智紀の顔がニヤニヤとニヤけている。
「……なんだその目は」
「いや?そりゃあ大事だよね。いつも一緒にいる僕なんかよりも水戸さんの方がよっぽど」
「お前ぶっ殺すぞ……!」
「はいはい、わかったわかった」
怒りに震える俺を智紀は適当にあしらう。
というか水戸さんが来ただけで昨日の用事は水戸さん絡みだと決め付けてる態度がムカつく。
正解だけれども。
そうこうしてる間にも周りの俺に対する不信感や奇異の視線は募るばかり。
「えっと……水戸さん」
「はい、なんでしょう?」
「なんでよりによって……姫島なの?」
クラスメイトが水戸さんに聞く。
そりゃあ学園のアイドル的存在が不良に用があると言えば気になるのは当然だろう。
「それは……」
水戸さんは口元を手で覆い、顔を赤く染める。
「恥ずかしいです……」
ざわっ!
クラスに動揺が走る。
怖いよ。水戸さん。
水戸さんがそんな反応をすれば周りのまずい妄想が更に爆発するよ。
俺は水戸さんがストーカー宣言するのが恥ずかしいって思ってるのはわかってるけども。
「そ、それってまさか……」
「わ、私警察にーーーー」
まさか警察まで呼ばれようとしてる。
大変まずい。
俺はすぐさま立ち上がりクラスメイト達の間に割って入り、水戸さんの手を掴む。
「お、俺に用事があるんだよな!じゃあ行こうか!」
「はい!」
水戸さんが何故か嬉しそうに返事をする。
クラスメイト達は更に騒ぎ出すが、すぐさま教室から離れた俺にはどんな恐ろしい会話が繰り広げられているか想像もできなかった。
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現在、俺と水戸さんは使われていない空き教室に来ていた。
というのも、水戸さんにここに案内されたからだ。
俺は周りを見渡す。
特に変わった所のないただの教室だ。
そこに水戸さんと2人きり……。
「……」
どうしよう、ドキドキして来た。
自分を好きな人と2人きりなんて何をされるか怖い。
水戸さんは何気なく教室の入り口に近付く。
ガチャリッ。
「助けてぇぇぇぇええええ!」
「えっちょっ!違います違います!勘違いです!大声出さないでくださいっ!」
「ぎゃあッ!犯られるぅっ!」
「ひどい勘違いですっ!」
水戸さんが俺に覆い被さる。
普通なら男子ならドキドキする展開だろうが俺としては『そういう意味』にしか感じない。
必死に暴れる俺を水戸さんはなんとかなだめようとする。
そんな勘違いのやり取りがしばらく続いた。
俺が落ち着くまでしばらくかかった。
「ほ、本当に何もしないんだな?」
俺は水戸さんから距離を取って尋ねる。
「本当です。ただ、人には聞かれたくない話がしたかっただけなんです」
「猥談とか?」
「私をなんだと思ってるんですかっ⁉︎」
心外だとばかりに驚く水戸さん。
「全く……そんなに怯えて……明継きゅん……ハァハァ」
水戸さんが急に顔を赤らめて息を荒くする。
俺の思ってるイメージと大差ないじゃないか。
ふと、背後に気配を感じる。
振り向くとそこには美智がいた。
「なんだ。2人きりじゃなかったのか。それならーーーーーー」
ーーーー片手にバッドを持った美智が。
「助けてぇぇぇぇえええええ!」
「またですか⁉︎」
水戸さんが辟易した様に叫ぶ。
「?」
美智が小首を傾げる。
「どこかおかしい?」
俺の反応が不思議らしく、尋ねてくる。
「な、なんでバッド持ってるんだよ」
どう見ても殴りに来てる様にしか見えない。
俺が聞き返した所、美智はだるそうに答える。
「朝練からそのまま間違えて持って来た」
「朝練?」
美智が部活をしてたなんて初耳だ。
「野球部だったのか?」
美智は俺の質問に首を振る。
「スケット」
「今、HR前だよな……?」
練習試合とかならともかく朝練でスケットって必要なのか……?
まぁ、とりあえず。
「よかった……。殴り殺されるかと思った」
「ご所望とあらば」
バッドを野球じゃない形で構える美智。
「ご所望じゃないです!お願いだから助けてください!」
俺はすぐさま土下座する。
そんな俺の様子を見た美智は一言。
「うわ」
うわとか言うなよ。
傷付くだろ。
「あぁ……明継きゅん可愛い……うぇへへへ」
水戸さんの反応はそれはそれで嫌だけど。
「それで、用とは何?」
美智が水戸さんに尋ねる。
「あれ、お前も呼ばれたのか?」
俺の質問にこくりと頷く美智。
俺と美智はじっと水戸さんを見つめる。
「そ、そんなに見つめられると恥ずかしゅうございます」
頰を赤らめモジモジとする水戸さん。
「いいから、用件」
急かす美智。
同意見ではあるが鬼だろうか。
水戸さんはコホン、と一呼吸置いて話し始める。
「それは勿論、昨日の件についてです」
昨日の件ーーーー。
つまり、俺が告白を保留した件についてだ。
今度は俺に視線が集まる。
「あー……えっと」
なんと返せばいいか分からず明後日の方向を向いてどもってしまう俺。
そんな俺に気付いたのか、水戸さんが補足する。
「ああ、別に返事を急かしている訳ではないです」
「そうなのか?」
「ええ、だって好き嫌いの話は考えてすぐ結論が出る様な話ではありませんから」
おそらく身に覚えがあるのだろう。
水戸さんの答えには妙な説得力がある。
それ故に、単に逃げたいから答えを保留した自分が恥ずかしくなってくる。
「じゃあ、何のための集まり?」
美智が肩にバッドを担ぎながら訊く。
肩にバッドを担ぐな。
野球少女というよりも臨戦態勢に見えるぞ。
水戸さんは一呼吸置き、堂々と俺達2人に告げる。
「用件……それはーーーーーーーー」
「アピールタイムを設けたいのです!」
「「……」」
何て言った?
「アピールタイム?」
美智が首を傾げる。
それに対し水戸さんが頷く。
「アピールタイム、なんて催し事の様に言いましたが、要はお試し期間、と言いますか、機会を作って欲しいという話です」
機会。
その言葉に俺は少し嫌な予感を感じる。
「なるほど。つぐ1人で考えるより、私達と接する時間を作って感じて欲しい、と」
「そういうことです」
美智の言葉に水戸さんが同意する。
これはまずい。
何故なら俺は「この2人からどう距離を置こうか」と考えた末、結論が出なかったから保留という逃げに至ったのだ。
保留してる間は、勿論「どちらと付き合うか」ではなく「どうやったら誤魔化せるか」を考えるつもりでいた。
最悪、保留し続けていればその内なあなあで告白の話自体無かったことにできるのでは、とまで考えていたのだ。
しかし水戸さんの提案は俺の希望の正反対。
「お互いの良いところを知るために一緒にいる時間を増やそう」という考え方だ。
つまり、俺は水戸さんと美智の告白を有耶無耶にできないということだ。
まずい。
これは大変にまずい事態だ。
「それで、如何でしょうか?」
「良い案だと思う。このままだとつぐは確実に逃げる」
水戸さんの質問に答えながらジロリと俺を一瞥する美智。
「そ、そんなわけ、ないじゃないか〜」
「そういう割には目が泳ぎまくってる上に首も明後日の方向を向いている」
美智の疑う様な目が俺を貫く。
まずい。
大変まずい。
俺を疑っている美智は勿論、発案者の水戸さんも接する時間を作る案には賛成。
反対1に対し賛成2だ。
このままでは2人とより接近する事に決定してしまう。
「それでは、これからよろしくお願いします」
「早速今日から」
「お、おう……」
決まってしまう、どころか、既に決定事項になってしまった……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その日の放課後。
「明継。これからどこか寄らない?ゲーセンとかマックとか」
「そうだな……」
智紀に声をかけられ、俺は少し思案する。
ちなみにどうでもいいがマックとはそこかしこにあるハンバーガーチェーンの店『マックスドナルド』の略称だ。
そんなことよりも俺の考え事についてだ。
今日からおそらく水戸さんと美智は俺に付きまとう様になるはずだ。
でももしかすると、「友達との先約があるから」と言えばあの2人も付いて来ないんじゃないか?
流石にあの2人も俺の友達とわざわざ関わろうとはすまい。
……多分だけど。
そうと決まれば善は急げ。
「よし、一緒に帰るか。行き先は任せる」
俺は智紀に答える。
「いや任せないで一緒に考えてよ」
辟易としながらも渋々と言った感じでカバンを持ち外に歩を進める智紀。
俺はそれに続く。
「それにしても……明継ってつくづく不良じゃないよね」
廊下を歩く道中、智紀にそんなことを言われる。
「失礼な。どこがだよ」
俺は逆に聞き返す。
「放課後まで学校に残ってるところとか、友達付き合いがいいところとか」
智紀が痛いところを突いてくる。
「不良だからっていつもサボったり一匹狼なわけじゃないだろ?不良だって友達思いなもんだ」
しかしそれで俺のアイデンティティを譲るわけにもいかない。
俺は苦し紛れの言い訳をひねり出す。
「確かにそうだけど、なんだろう。明継ってどうしても不良って感じに見えない」
「失礼な」
「いや、普通は不良扱いの方が失礼じゃない?」
俺の態度に智紀が突っ込む。
そんな風に他愛ない話をしながら俺達は校門をくぐるーーーーーーーー。
「どこに行く?」
美智に肩を掴まれてしまう。
正直この時の俺は楳図か○おタッチになっていた気がする。
「ひぇっ」って悲鳴が若干漏れたし。
落ち着け。落ち着くんだ。
俺は責められる様な事は何もしていない。
「どこって、智紀と遊びに行くんだよ」
俺ははっきりと告げる。
視線は泳ぎっぱなしだが。
「そう。友人と遊ぶのはいい事」
美智は目を閉じて俺の肩から手を外す。
「でも今日はダメ」
代わりに俺の腕をがっちりホールドする。
「なぜだ……!別に何の約束もしてないだろ……!」
というか腕が胸に挟まれ若干気持ちいい。
「死ね」
ゴミを見る様な目を向けられる。
お前が押し当てて来てるんだろ。
「今日は予定を立てないといけないでしょう?」
美智と反対側からもがっちりと腕をホールドされる。
どうやら水戸さんがいつの間にか近付いて来ていたらしい。
「予定?」
予定って何のことだ?
俺にはさっぱりわからない。
「アピールタイムの話」
「あ」
アピールタイム、という言葉を聞いて俺は理解する。
要するに、俺の恐れていた通り、告白の事で俺に近付いて来たのだ。
「で、でも俺だってプライベートな時間はあるわけで……」
俺は汗を流しながら視線を泳がせる。
「もしかしてわかってない?」
「あぁ、きちんと説明してませんでしたものね」
2人が納得した様にため息を吐く。
何の話だろうか。
「今日はそのプライベートを守るための話し合いをするんですよ」
水戸さんが指を立ててそんな発言をする。
どういう意味だ?
「私達と接する時間を作る、なんて言っても好き放題にアピールしていては公平にならない」
美智の発言に俺はなるほどと納得する。
確かにただ好き好きと言い寄るだけならそれは奪い合いと何ら変わりはしない。
「そこで、機会を均等に保とうとスケジュールを立てよう、という話です」
水戸さんが美智に続く。
要するに、いつ水戸さんと過ごしていつ美智と過ごすか考えよう、という意味だ。
「離せ。今日は先約があるんだ」
俺は必死で抵抗するが両側からの胸の感触が俺の戦意を奪う。
というか水戸さんくらいの薄い胸でもちゃんと柔らかいんだな。
「今日は我慢してください。明日以降でちゃんと姫島君のプライベートな時間も作りますから」
「というより、今日はつぐの性格からして私達から逃げる為に無理矢理作った予定の可能性大」
鋭い。流石幼馴染の美智さん。
しかし俺も諦めるわけにもいかない。
「いや!本当に用事なんだって!なぁ智紀ーーーーっていねえ!」
友達であるはずの智紀は面倒臭さを嗅ぎ付けたのかいつの間にかどこかに行っていた。
「さぁ、マックで小1時間話し合いましょう」
「弱音は明日以降聞く」
腕をホールドされた俺は2人にずるずると引き摺られて連れて行かれる。
「た〜す〜け〜て〜!」
俺の叫びは虚しく夕空に響いた。