蝉と屍
死んだってね緒方。
小学校からの友人の言葉に驚くことなく頷くと気遣いもなしに葬式出たわけ?と訊かれた。
もちろん幼馴染だし、家族ぐるみの付き合いだったのだから親と一緒に参列した。
自殺だった。最寄り駅の踏切にはまだ彼女の肉片が残っているらしい。
その割に美しかった亡骸はどこまでも彼女の不運を呪うようだった。
緒方くるみという人物は小柄で華奢な美しすぎる女で、話す事は苦手、勉強も苦手、一人でできる事と言えば運動ぐらい。
いつも従姉の背後に隠れ様子を窺う素振りをする挙動不審な子供だった。
よく泣くしよく笑うその子は中学に上がると当たり前の様にクラスの異物であり、誰ひとりとして彼女とは友達にならなかった。
それでもどこか図太い所があり、あつかましい性格もプラスしてか彼女は自分がいじめられているなんて思う事はなかった。
いつも挙動不審の態度で何にも執着しない小さな女の子が蒸し暑い蝉の煩い季節に死んだ。
「死ぬならみんなが忘れてしまうぐらい汚く死にたい」
そう呟いた二年前の彼女は音楽室の古びたピアノを鳴らした。ポロンと音の鳴るピアノを休むことなく鳴らし、綺麗なメロディが出来上がった。
それに耳を傾けながら、彼女の言葉には何一つ返さずにいると、メロディに乗せた病んだ言葉が歌の様になった。
「ねぇ、ねぇ柊ちゃん。私の特別をあげる」
白くて細い腕を絡め、囁くように言って、口付ける。その目には普通ならば異性に向けるであろう熱がこもっていて、腕は物の様に冷たいのに唇だけは夏の日差しの様にじりじりと熱い。柔らかい唇が離れ、冷えた空気に唇が締まる。
「好き、柊ちゃんが好き。あなた以外に特別はあげない。あなたの特別にも会わない。」
何度もそう言って、狂うように口付けする緒方くるみに恐怖を感じ、高校に上がってから急いで特別を作った。まるで見せつける様にどこでもその人と一緒にいて、気付けば本当に好きになっていた。
そして、夏。蝉が煩くて酷い暑さの夕暮れ。どこかへ行くには必ず通らないといけない踏切で彼女は死んだ。
まるで呪い歌のように彼女の言葉が繰り返される。
まるで呪縛の様に彼女の姿が踏切の向こうに見える。
これは酷い呪いだ、緒方くるみの怨念だ。永久に出られない迷宮に押し込めて、底なし沼に足をとらせて、絡み付く白い腕にあの体温はない。
スクールバックから外したお気に入りのキーホルダーを花の隣においた。足下に落ちている蝉の屍をあいつが死んだであろう場所に落として、
あの柔らかで妖しいあいつが奏でる曲を口ずさみ、目を瞑ればスベスベのひんやり気持ちいい体温を思い出す。
まるで鍵盤の様なあの体温はまだどこかにあるだろうか。