神の驕り
優は総介に救出された時のことを話した。総介が乗り込んでから一人逃走したことまでだ。
ただ、総介が一人殺めたことは口にはしなかった。彼女なりの気遣いなのか、あまり刺激的な話を聞かせたくなかったのかはわからない。
「ホテル? 優、なんだって男とホテルなんかに……」
「変な誤解しないでください。私、亜希の行方をなんとしても掴みたかったんです。街でいろんな人に話を聞いて……そしたら、あいつが亜希がホテルに入っていくのを目撃したって言うから……」
「だからってそんな無茶をするもんじゃない。亜希は戸川さんたちが探してくれている」
「でも、人手は多い方がいいと思って……」
「亜希ってのは? さっき戸川とかいう奴も言っていたが」
話についていけなくなった総介は、思わず口を挟んだ。
「ああ、これは失礼しました。亜希というのは、この施設にいる子供の一人でして、優が妹のように可愛がっているんです」
「……三日前から帰ってきてないの」
途端に、優の声に陰りが帯びた。
総介は、事の輪郭が掴めてきた。優は行方不明になっている亜希という少女の手掛かりを得ようと奔走していたのだ。この優という少女は、人並み外れた行動力の持ち主のようだ。どれだけ亜希を大切に思っているか知らないが、見ず知らずの男とホテルに入り込むなんて、大人でも躊躇してしまう。
問題は優を拐った目的だ。最初に考えた通り、優自身が狙われたのか、それとも亜希に迫ると困る連中がいるのか……。
「いなくなったのは亜希だけじゃないの。今年の春頃からだけど、この街で行方不明になっている子供たちが急に増えてる。自警団が捜査してるけど、言っちゃなんだけど捜査に関しては素人だから……」
「手掛かりはなしか……そういえば、この街の噂がどうとか言ってたな」
「……この街のどこかに刑務所から脱獄した殺人犯が潜んでいて、誘拐を繰り返しているの。さらわれた子供は臓器を抜き取られて売られちゃうって……」
「子供たちの間で囁かれているくだらない怪談ですよ。昔でいう都市伝説というやつです」
新庄が割って入り、優の話を中断させた。表情は不快そうに歪んでいる。
「でも、行方不明になる子供たちが急増したのは事実よ。お父さんも街の人から相談を受けてるでしょ?」
「確かにそういう話も聞くが、ほとんどが家族ぐるみでいなくなったケースだ。おそらく、他の街に行ったんだろう」
「信じられない。ここより住みよい街なんてあるかしら……」
「優が思っている以上に世界は広いし、頑張っている人も多いんだよ」
「でも亜希は? さっきの男たちは私をさらおうとしたのよ? きっと亜希も同じようにさらわれたんだわ。総介が助けに来てくれなかったら、私も同じ目に遭ってた」
「その……逃げた男というのは? 顔は覚えているかい? なにか特徴は……」
総介はまずいと思い会話を遮ろうとしたが、優の口の方が早かった。
「私を襲ったのはアダムよ」
総介はその場の空気が固まったように感じた。実際、新庄は口元に運んでいたカップを顎の高さで止め、目を見開いたまま凝固している。
挑むように新庄を見つめる優を横目に、総介は鼻から息を吐いた。
「……アダムとは、人造人間のことだね? 馬鹿な。彼らは決して人を襲わないように刷り込まれている。そもそも、人道に反するとして生産数自体が僅かだし、初期に売られていった個体も厳重な管理下に置かれているはずだよ」
新庄は噛んで含めるように説明した。優の話がウソではないにしろ、勘違いをしているのだろうと決めてかかっている話し方だった。
その反応に優は不満を露にしたが、新庄が示したのは極めて普通の反応だった。人造人間はすでに存在自体が伝説のようなものだし、ましてや人を襲うとなれば、それこそ都市伝説に類するお話と、笑いながら流す者がほとんどだろう。
「本当なんですっ。信じられないくらい力が強かったし、三階から落ちてもケガ一つしないで逃げてったんですから」
新庄は疑わしそうな目で優を見つめた。そんな彼女は助けを求めるように、総介に視線を投げ掛けた。
総介の胸中は重く、ため息をつきたい心境だった。面倒ごとが嫌で他人との接触を極力避けてきたのに、らしくもない同情に突き動かされて巻き込まれてしまった。しかも、よりにもよってアダム絡みの事件ともなれば、一晩の寝床など蹴って逃げ出したかった。事実、さっきまではそうすればいいと思っていたが、優の憂いた目で見つめられると体が動くのを拒否してしまう。こんなことは初めてだった。
仕方なく、総介は助け舟を出すことにした。
「……脱走に成功した個体がいたのさ」
新庄の目がさらに見開かれた。言葉にこそ出さないが「あなたまでなにを言い出すんだ」と、目で訴えている。
「そんな話、聞いたこともない」
「政府がひた隠しに隠したのさ。見た目は人間と変わらない連中が社会に紛れ込んじまったんだ。公にすれば大混乱に陥る」
「しかし……生産されたと言ってもほんの数体だと聞いてますが……」
「それだってニュースなんかで流された情報だろ。その気になれば情報操作なんて簡単にできる。実際のところは定かではないが、数百体は造られたって話だ」
「数百体……。だとしても、なぜアダムが人を襲うのです。管理の目から逃れたとしても、刷り込まれた規則からは逃れられない。余程の理由でもない限り、彼らにとって人を襲うのは禁忌中の禁忌だ」
「あるんだよ。その理由が。人工とは言え立派な生き物だ。生命を完全にコントロールできるわけがない。人の中で生活しているうちに己の欲望を持つ者が現れたんだよ。禁忌すら破る欲望が」
「それは?」
「血だよ。奴らは延命のために人の血を奪っているんだ。さらわれた者たちは血液を搾り取られて死んでるはずだ」
総介の話を聞いて、優の顔が蒼白になった。それこそ血を抜かれたようにだ。逆に新庄は荒唐無稽な作り話を聞いたように複雑な微笑を浮かべた。
「それはまた、なんと言うか……」
本当なら笑い飛ばしたかったのだろう。しかし、初対面の相手だし優を助けた恩人相手にはさすがに失礼と思ったのか、うまい対応が見つけられないようだ。
「奴らは歳を取らないし、食事も固形化された栄養剤だけで済む。はじめは医療関係から始まった研究だが、労働させることを主目的に生産されたから、体力や膂力も人間より優れている。だが、血液が古くなることで約五年で寿命を迎える」
「五年? なんでそんなに短いの?」
優が疑問を投げ掛ける。
「自我が芽生えないようにだ。道具として扱っておきながら、やはり自ら考え判断する力を恐れたのさ
新庄が眉をひそめた。
「血液を交換すれば、寿命を延ばせると?」
「そうだ。理論上では、血液さえ随時交換していれば何百年と生きられる」
「しかし……アダムが延命を望むなんて……」
「言っただろう。生命をコントロールすることなど不可能だと。たった五年という歳月の中でも、生きていれば積もるものだってある。いつしか、もっと生きたい。自分たちも道具ではなく一人の人間として人生を満喫したいと考える者が出たとしても不思議ではない」
「………………」
「………………」
「人造人間にアダムなんて名を付けて、神を気取った人間の驕りが招いたことだ。文明が衰退したのも、なるべくしてなった結果だ」
黙りこくった二人にとどめを刺すように、総介の口調は辛らつだった。
静まり返った食堂に、総介のコーヒーを啜る音だけが動いた。
「あなたはアダムについてかなり詳しいようですが、いったいどこから得た情報なのですか……」
それまで黙っていた海斗が、初めて発言した。
「いいや、なにも知らんよ。知っているのは、今の世の中が想像以上にやばい事態になっているってことだけだ。奴らは紛れ込んだ。人を上回る力も厄介だが、一番用心しなければならないのは、この状況だ。あちこちに潜伏し人間のフリをしながら周囲に溶け込んで生活している。そして、一定の周期で人を襲って血を奪うんだ。優が臓器売買目的に誘拐される話をしたが、あながち間違いとは言えんぜ」
優は口元を手で押さえた。
「……じゃあ、亜希はもう……」
「さあな」
総介の態度は素っ気ない。
「亜希が行方不明になったからって、アダムの仕業とは限らない。仮にそうだったとしても、まだ生きている可能性はある」
「ホントッ?」
「血液を抜き取るには、それなりの技術が必要だ。技術者をみつけたり機材を揃えるのに数日を要する。それより気になるのは……」
「なに?」
「始末に負えないのは、奴ら自身も人間とアダムの区別がつけられない点だ。人間を襲ったつもりでも、仕留めた相手がアダムだったって例もある。それだけに、ネットワークを持つことが難しいんだ。なのに、さっきの連中は連携というか、しっかりしたチームワークを築いていた。役割を分担して協働していたんだ。しかも……」
「まだあるんですか?」
海斗の声に不安が帯び始めている。総介は海斗を一瞥して続けた。
「逃げた奴は間違いなくアダムだった。しかし、俺が殴り倒した奴は人間だったんだ。アダムと人間が組むなんて、本来ならあり得ない。新庄さん。あんた、この街は平和だといったが……」
「はい…」
「あんたの目が届かないところで、深い闇が跳梁跋扈してるかも知れんな」
「………………」
新庄と優、そして海斗は黙り込んだ。真冬の海に飛び込んだように顔が青ざめている。
これまで平穏に暮らしていた街に、いきなり危険分子が潜んでいると言われれば当然だ。しかも、新庄はこの街の治安を維持しなければならない立場の人間なのだ。
「……それが事実なら、大変なことだ」
新庄の呆然とした呟きは、無言よりも不安にさせる響きを帯びていた。




