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フライハイト  作者: 雪方麻耶
16/21

矜持が成すもの

「やめろっ」


 総介が止めようとしたが遅かった。


「まだ説明の途中だ」


 海斗は向かってくる優に手の甲で振り払った。軽く腕を振っただけなのに、優の体が浮いて吹っ飛んだ。


「そうやって感情に振り回されるから、人間は衰退した。亜希ちゃんを殺した奴もフライハイトの影響で自分を見失ってしまったんだ。だから、事故なんだよ」


 口から血を流して倒れた優を見下ろした。まるで、優を愚者の代表だと言わんばかりの、冷めた眼差しだ。


「てめえ……」

「おい、僕の話を理解できないのか? 感情に溺れると死期を早めると言ってるんだぜ。ここに連れてきた連中もそうだった。泣き喚き、怒り狂い、暴れまくった。まったく無駄な行為だ」

「人間を実験台にしてるんだな?」

「そうだよ。いくら僕たちでも、開発途中の薬を実験なしでは使えないからね」

「じゃあ、亜希を殺したのはフライハイトってやつを投与された人間なんだな?」

「それは違う。もうすぐ寿命が近付いて焦ってる奴がいてね。さっき言ったとおり、狩りもできないほど衰弱していたんだ。愚かにも未完成のフライハイトに手を付けてしまった。実は一人ではなく、何人かそういう奴がいるんだよ」


 総介は、孤児院で子供の首筋に歯を立てていたアダムを思い出した。あれは肉を食らっていたのではなく、血を啜っていたのか。


「これで疑問は氷解したかい? こんな事故さえ起らなければおとなしくしていたんだけど、優ちゃんは勝手なことをするし、おまえみたいなよそ者まで現れるしで、もう孤児院での家族ごっこは続けられないと判断したんだ」

「優たちを糧と言ったな? あの孤児院にいた子供たちも、いずれ狩るつもりだったのか?」

「畜産の一環だよ。この病院だけじゃ心許ないし、若い子を手元に置いておけば安心だろ?」

「外道が……」

「これからはアダムが地球を支配する。人間は下等な生き物だ。知能はあったのに、上手く活用することができなかった。生物の王たる資格がなかったのさ。我々の家畜としてしか生き永らえる術はないよ」

「…ひとつだけ、質問していいか?」

「いいよ。なに?」

「なんで俺を巻き込んだ? 放っておけば、とっくにこの街から出ていた。おまえらの陰謀なんて知らないまま去ってたんだ」

「ん〜……そうしようかとも思ったんだけどね。君なんかほっといても脅威にならないし。でも、君はやたらアダムについて知ってるでしよ。厄介の火種にならないとも限らなかったから、子供たちと一緒に死んでもらおうと思ったわけ」

「そうかい。もう一ついいか?」

「さっきはひとつだけって言ったよ」

「駄目か?」

「いいよ。絶望を感じている人間を眺めるのは、ホントに気分のいいものだからね。答えてあげるよ」

「おまえは、アダムが完璧な生き物だと思っているのか?」

「……当然でしょ。なにが言いたいのさ?」

「そうやってアホ面晒して自慢げにベラベラ喋るとこなんか、薄っぺらい人間そっくりだと思ってな」

「僕が人間と同じだって?」


 海斗はいきなり鬼の形相と化し、総介に蹴りを放った。疾風の如く、目にも止まらぬ速さだ。

 だが、総介は回転しながらかわした。そして、驚くべきことにそのままの勢いで腕を軸にして、回し蹴りを放った。

 つま先が海斗の頬をかすめ、肉を削る。

 海斗は少しよろけたが、俊敏な動作でバランスを立て直した。


「……………………」


 出血した頬を指先で拭い、自分の血を凝視した。


「……きさま、よくも……」

「人間が下等な生き物だ? よく言うぜ。感情に振り回されてるのはてめえだろ」

「キィィアアアァッ!」


 まるで蝙蝠が擬人化して発したような声だ。甲高い怒声は神経を直撃し、聞く者にストレスを与える。

 一直線に向かってくる海斗に向けて、総介はM9を弾いた。

 至近距離での銃撃は、さすがに海斗もかわせなかった。狙ったわけではないが総介が傷つけた頬に命中し、顔の半分近くが吹き飛んだ。


「かあっ!」


 体をひねらせながら崩れ落ち、そのまま動かなくなった。

 耳をつんざく銃声の後の静寂は重たく、しばらくは緊迫の重圧に潰されて動けなかった。


「完璧を自負するアダムも、鉛玉には勝てなかったな」


 伏せて動かなくなった海斗に、総介は勝利を確信した。

 肩を思い切り蹴り上げて、強引にひっくり返した。

 海斗の頬の肉は消し飛び、潰れたトマトを思わせた。もう閉じることができない穴から、舌がだらしなくはみ出している。血が止めどもなく溢れ、あっという間に床に血溜まりを作った。


「うおお……痛そうだな」


 総介は自分でやっておきながら、壮絶な眺めに顔をしかめた。

 海斗がなんの反応も示さないことに安堵し、ようやく構えていた銃を収めた。


「おい、大丈夫か」


 まず、優を助け起こした。


「う、ん……」


 派手に吹っ飛んだにしては、ケガはしていないようなので、総介は内心胸を撫で下ろした。

 優が夢の途中で起こされたように、ぼんやりと目を開いた。


「痛みはないか? 骨は折れてないよな」


 総介が優の腕や脚を握り確認する。年が離れているとはいえ、男に体をペタペタ触られてなんの反応もしない年頃ではない。しかし、優の視線は総介の背後に釘付けになっていた。


「総介……」

「なんだ? 邪な気持ちなんかないぞ。前も言ったが、俺はロリコンじゃない」

「総介ェッ!」


 優の声に鬼気迫るものがあった。背筋に電流が走り、総介はバッと振り返った。


「くかかかか……」

「ううっ?」


 倒れていた海斗が手足をバタつかせていた。


「こいつ、まさか⁉」


 海斗の四肢が動かなくなり、呻き声も止んだ。次の瞬間、ビックリ箱から飛び出した玩具よりも勢いよく起きあがった。


「死んでないっ!? あれで死なないのか?」


 総介は急いで銃を抜いたが、海斗が振り回した腕に薙ぎ払われ、銃は室内の端まで飛ばされてしまった。


「うおおお……」


 海斗の爪が皮膚を裂き肉を切った。四本の筋が醜い傷となって刻まれ、総介の腕は血塗れになった。


「うぅあああ……」


 海斗が立ち塞がり、銃を拾いに行けない。総介と優は、壁際に追い込まれてしまった。


「痛い。ものすごく痛いよ。アダムといえども痛みを感じないわけではないんだ。ひどい奴だ。もう、銃は使わせない」

「てめえ……なんでくたばらねえんだ。それじや、もう飯だって食えねえだろうによ」

「フライハイトのおかげかもな」

「なに?」


 海斗は、胸のポケットから薬ケースを取り出した。アルミ合金製らしいが、カビの様に見える錆が浮いており、かなり昔から使用されているのがわかる。


「もしかしたら、こいつは延命だけではなく、強靭な生命力をももたらす薬なのかも知れない。ますます完成が楽しみだよ」


 そう言って蓋を開き、中身を一気に飲み干した。傷のせいで口が三倍ほどの大きさとなっており、頬から液体がドバドバ漏れ出した。


「はああ……」


 それでも効果を得るには充分な量は嚥下したらしく、海斗は半分壊れた顔で恍惚の表情を浮かべた。

 そのグロテスクさは、嫌悪感の楔を打ち込む。


「やはりいい。まだ完成に至らずとも、これほど漲るなら精力剤として活用してもいいなぁ……」


 海斗の言うことはハッタリではなかった。天井を仰ぎ肩をだらんと下げている姿勢は隙だらけだ。しかし、覇気というのか、海斗から発せられている圧が膨張し室内に満ちた。動くことが躊躇われる程だった。


「もう死ぬことが決定したおまえたちに教えてやる。狩りができなくて焦ってたって奴、あれは僕のことだよ」


 優の目が限界まで見開かれ、充血する。


「フライハイトでハイになり、亜希を殺したのは僕だよ。亜希の血は、ありがたく僕が使わせてもらった」

「悪魔ぁっ!」


 優の叫びに背中を押されたように、総介が飛び出した。


「いあっ!」


 総介が腰に差していたナイフを抜き、体ごと突進した。


「遅いっ」


 海斗は総介の突進をなんなくかわし、掌底で総介の顔面を突き飛ばした。


「ぐわっ!」


 首の骨が折れたと思わせる程の強烈な衝撃に、視界が一瞬真っ白になった。飛び出した位置まで突き戻され、優を巻き込んで転倒する。


「総介、総介ぇ」


 すぐに起き上がった優は、健気にも総介に覆いかぶさり庇おうとした。


「……よせよ。女の子に守られたとあっちゃあ男が廃る」

「鼻血どばどば出しながら格好つけてんじゃねーよ。おっさん」


 総介は優を優しくどかし、片膝立ちで海斗と向き合った。鼻の骨が折れたらしく、鼻血が蛇口から流れる水のように溢れ出た。


「おかえしだよ。マヌケが」


 文字通り、総介を見下ろす海斗が自分の頬を指で突いて挑発する。


「まぐれで僕を傷つけただけで、なに調子に乗ってんの? 油断さえしなければ、おまえなんかには指一本触れさせないよ」


 鉄錆びの匂いが鼻を衝く。生温かい液体が口中に溢れる。自分の血で溺れそうだった。

 総介は酸素を取り入れるため、口を開いて胸を目一杯上下させた。


「…つまり、油断させればおまえに勝てるってことか」


 総介は、言いながら視界に銃を捉えた。


「まだ減らず口を叩く気力があるとは……正直言っておまえが怖いよ。人間は論理的に不可能なものすら諦めないからね。その非効率的な考え方、執念深さは理解できない」

「人間は無茶を繰り返したから発展し続けたんだし、無茶をしなくなったから衰退したんだ。気持ち悪いぜ。競争も向上心もなくして、みんなで仲良く豊かな人生を送りましょうなんてな。なんでも理路整然に片付けるおまえたちも、いずれ滅ぶさ」

「滅ぶわけがない。正しいことを正しいやり方で実行しているんだからな」

「予想外のことは常に起こるんだっ!」


 叫ぶと同時に、総介は海斗に覆いかぶさるように跳んだ。


「読んでないと思っているのかっ」


 海斗は総介の首を掴んで、突進を止めた。そのまま握り潰されかねない、凄まじい握力が気管と血管を圧迫する。


「無駄な足掻きだ」

「足掻くさ。これで俺たちの勝ちだからな……」


 総介が海斗に飛び掛かり視界を遮った一瞬を狙って、優が総介の銃を拾おうと駆けていた。

 優が阿吽の呼吸で駆け出したのは、彼女の機転ではない。優が総介に被さった時に、密かに素早く打ち合わせをしていたのだ。

 しかし、海斗は慌てた様子もなく、総介に強い眼差しを向ける余裕すらあった。


「もう一度言う。読んでないと思ってたのか」

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