第3話:この世界で生きる為に・Ⅱ
「さ、今日は実践よ。実際に魔法を使ってみましょうか」
マリナさんから、魔法とは何か、を教わったその次の日。
魔法の勉強は、早々に実技へと移行した。
・・・のはいいんだけど、
まだ昨日の夜の事が忘れられない。
病院の人からなるべく薄着でいるようにと言われた私。
その日の夜にマリナさんから渡された服は、薄いピンクのスケスケなロングキャミソールだった。
ぶっちゃけこれ・・・その・・・あれだよね・・・?
とは思いつつ寝るだけなら・・・と仕方なく自分の部屋で着てたけど、トイレに行くときにカレンさんにばったり鉢合わせて、
「・・・え、何それ・・・」
ってドン引きされた。
もうその段階で恥ずかしさがマックスで、薄着しないと死ぬ体質だと説明するのも大変だった。
教会の屋上。
この教会自体が少し高いところにあるので、同じ視点に立つ建物は近くには無い。
ここなら誰にも見られないと、マリナさんが場違いな薄着をしている私を気遣ってくれた。
「マリナさん」
「何かしら?」
マリナさんは屋上に干してある洗濯物の様子を見ている。
「まだ勉強始めて二日目ですよ?ちょっと早くないですか?」
この世界にやって来てなら、まだ四日。やっぱり早い。
随分と駆け足だし、私に詰め込まれてゆく知識の密度も中々の物だ。
それに、実は私まだ魔力が何なのかよくわかってない。
加工前のミストがーとか、加工後のエーテルがー、とかは聞いたけど、
そもそもそれがどういう風に存在してるのかとか、実際どういう仕組みで生まれて、使われてるのかとか、
そんな感じの所は、全く知らない。
マリナさんには、本に載ってるから時間があったら見ておくといいわよ?
って言われたけど、あれからまだ一日しか経ってないし、見れているわけがない。
なのに・・・もう実践?
だけど、きっとこれも、私が一刻も早く元の世界に戻れるようマリナさんが考えて、あえて駆け足にしてるんだと思うと、何も言えない私だった。
「そうねぇ・・・ユイちゃんは物覚え早いし、きっと出来ると思うわよ?簡単な魔法なら、感覚で出来ちゃうから」
「はぁ・・・」
そんな適当な・・・
感覚でできるものなの?
「魔法を使う方法は色々あるけど、まずは一番簡単な呪文からいきましょう」
「呪文?」
「そう。魔法を使うには、魔力にどんな結果を出力するのか教えてあげないといけないの。その為の方法の一つが、自分の口で言うこと。それが呪文よ」
火を起こしてくださいって言って火をおこしたりするんだろうか・・・
なんかそれはそれでおかしな話だ。
「へー・・・他には何があるんですか?」
「他?他には、魔方陣を描いたり、ただ念ずるってだけのもあるわね」
「念ずる・・・」
なんかその方が楽そうな気がするけど・・・
心の中で思っただけで魔法が使えるなら、その方が便利だよね。
あ、でも、雑念とか入るとダメなのかな。
そうだとしたら確かに私には難しいかも。色々考えが飛躍していくタイプだし。
「ま、それらは追々やっていきましょ。初めて魔法を使うならやっぱり呪文じゃないとね」
じゃないとね、と言われても・・・
「って訳で、一番安全で、私とユイちゃんが両方持ってる水属性の魔法をやってみようと思うのだけど、大丈夫?」
「はい」
そうは言ったものの、何をするのかは全く知らないので、
大丈夫かどうかは分からない。精々このあと予定などは無いので時間的には大丈夫だと言うくらいだ。
「呪文と言っても、実は一番簡単な魔法は一言二言くらいで使えちゃうのよ。見てて?」
そう言ってマリナさんは、私から少し距離を取ると、
右手を前に差し出して、
「水よ、出ろ!」
そう、小さく叫んだ。
すると、マリナさんの手のひらが青く光り、そこから蛇口のように水が出てきた。
「わっ!」
突然の事に私はビックリして声をあげてしまうが、
出てる水はチョロチョロと手を洗うのにちょうど良さそうな強さで、少し落ち着けばなんて事は無かった。
「どう?これくらいならユイちゃんにも出来そうじゃない?」
「そ、そうですか・・・どれ・・・」
私もマリナさんに倣って、右手を前に出して、
「水よ、出ろ!」
と、マリナさんと同じように言ってみる
が、
私の手のひらからは何も出なかった。
「・・・あれ?」
「コツは体内の魔力を感じ取って、それを魔法を使いたい場所に集中させるイメージよ」
「魔力を・・・感じ取って・・・?」
いきなり難易度が跳ね上がる。
私の・・・魔力・・・?
600倍という法外な量があるとは聞かされたけれど、それが私のどこにあるのかは、全然見当もつかない。
・・・とりあえず・・・右手に意識を集中させてみようかな?
前に出した右手を睨むように、そこに意識を集中させる。
魔力は分からないけど、なんとなく血流を感じるくらいに集中する。
「水よ、出ろ!」
その状態で私は叫ぶ。
その瞬間、私の右手の血流が、一瞬強く感じた。
そしてそれと同時に、手のひらに、マリナさんがやったように青い光が生まれ、そこから勢いよく水が吹き出した。
「わっ!出た!」
「あら!もう出来たの?やっぱりユイちゃん才能あるわよ?」
「そ、そうですか?」
「そうよ?普通ならここまでだって何日、何週間とかかるもの」
私の初めて魔法・・・
実際使ってみて気がついた事だけど、
確かに体温というか、血流というか、何かが手のひらに向かって流れていく感覚がうっすらとある。
それがいわゆる魔力なんだろうか。
ただ・・・なんか水の勢い強くない?
マリナさんが出してた水は、水道の蛇口って感じだったのに、
私のは消防車って感じだ。
横を向いてなければマリナさんに直撃してたかもしれない。
そんな間にも私の手のひらからは止めどなく水が溢れ出していて、教会の屋上がビショビショになってゆく。
・・・あ、ちょっとトイレ行きたくなっちゃったなぁ・・・
ふと頭をよぎる。
多分水がパシャパシャと落ちる音を聞いちゃったからだと思う。
実際の水の勢いはドバドバって感じだけど。
その途端、内腿の辺りに嫌な感触が走る。
え?
嘘っ!?
私は咄嗟に マリナさんに背を向け、相変わらず水が出っぱなしな右手ではなく、空いている左手で内側の腿を触る。
・・・うわっ、最悪・・・
太股は、ビショビショに濡れていた。それだけじゃない、それは勢いを増し、股下の屋上の床を水浸しにしてゆく。
・・・あれ?
これ、ただの水だ。
決して、その・・・私の、アレではない。
そもそもアレはこんなバケツひっくり返したみたいな勢いじゃ出ないし。
そう、下から溢れてくるこれはただの水。今私の右手から出ているものと同じ物だ。
だからといって、内股の間から水が垂れてくる事自体が凄まじく恥ずかしいので、結局安心は全く出来ない。
背中に冷や汗が走る。
そしてその背中の冷や汗も急激に勢いを増して、まるで背中からホースで水をぶっかけられたようにグッショグショになってしまう。
もしかして・・・私、全身から水の魔法が出てる?
そう、意識した途端に、肩から、下腹部から、左手から、胸から、次々と水が吹き出してきた。
まるで、私を中心とした噴水のようだ。
「えっ!ちょっと!ユイちゃん!?」
流石にマリナさんも私の異常に気がつき、駆け寄ってくる。
「ど、どうしよう!ま、マリナさん!水がいろんなところから!?」
「ま、先ずは落ち着いて、魔力を止めるのよ」
「ま、魔力を・・・!ど、どうすれば!」
服も髪の毛も水気を吸ってぐっしょりと重いし、
顔に水がかかってシャワーが直撃してるときみたいになってる。
私は昔溺れて死にかけた事があって、それがトラウマになっている。
だから、今の私は全身が水流の中にあって、気が気じゃなかった。
こんなでは正常な判断なんて出来ない。
幸い呼吸はできているので、なんとか意識は保てている。
「魔力の流れとか、感じない?」
「流れですか!?・・・な、なんとなく感じます!」
さっきは右手に感じていた何かが流れていく感覚が、今は全身に感じる。
全身から何かがさーっと溢れ出している。
こ、これが魔力の流れなんだ・・・!
「その流れを何とかして止められないかしら!?」
「は。はいっ!」
流れを止める・・・止める!?
ど、どうやって?
体の中で微かに感じる力だ。
物理的に遮って止められる物じゃない。
えーっと、えーっと・・・
ま、まずはこの力がどんな感じか調べないと!
すぅっと力を抜いて、体の中を駆け巡る力の把握に全神経を傾ける。
この力・・・体の奥から外側に向かって流れてる・・・
って事は、逆向きに流そうとすれば相殺出来るかな?
その仮説を確かめるために、私は全身の力を、体の中心。
つまり、胃とか心臓とか、その辺へと集中させてみる。
すると、外側に向かっていたその力は、逆方向へと流れ出す。
そうして、全身から飛び出していた水流は、まるで蛇口の栓を閉めていくように弱まっていき、そして、水は何も無かったかのように止まった。
良かった・・・止まった・・・!
助かった・・・!
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
荒い息を吐きながら、その場にへたりこむ。
パシャンと水溜まりに突っ込むような音と共に、お尻に湿った感触があるが、下着までビッショビショな今、いまさらなんだという感じだ。
「お、治まったみたいね・・・」
「は、はい、なんとか・・・」
「体は大丈夫?」
「あ、はい、ずぶ濡れになった以外は・・・」
家庭用のお風呂くらいなら楽々貯められそうなくらいに水を出しまくったけど、身体に疲労感はない。
むしろ、水分で髪や服が張り付いてくる方が不快なほどだ。
「そう、なら良かったわ」
マリナさんはそう言いながら、屋上の端っこで干してあったタオルを2、3枚持ってきてくれた。
まだ干し始めて数時間程度だけど、すでにそこそこふんわりしていた。
濡れた髪や顔を拭いた途端、そんなふんわり感はさっぱり消え去って、ただの濡れタオルになってしまったので、それをそのまま干しなおす。
「やっぱり、魔力の暴走が原因かしらね・・・」
「暴走ですか・・・」
屋上から、部屋に戻って来た私は、
もはやベタベタで不快にしかならない上着を脱ぎ捨てて、下着状態になりながら、マリナさんの話を聞く。
「ええ、普通なら、魔力を意図的に出し続けようと意識しないと、魔法は止まっちゃうハズなの」
マリナさんが、タンスから替えの服を持ってきてくれた。
けど、まだ下着も濡れたままだし、体もまだ乾ききっていないのですぐには着れない。
なので、屋上から持ってきたタオルで体を拭きつつ話を続ける。
・・・根本的に下着を変えないと着替えられないけど。
「だけどユイちゃんの反応を見るに、一度魔法を使ったら、自分で止めようとしない限り止まらなかったのよね?」
「はい。ちょっと意識が他に移ったらそこからも出るようになっちゃって・・・」
「うーん・・・難しいわね・・・私たちは魔力の行き先を指示して、そこに魔力を流して魔法を使うけど、ユイちゃんは行き先を指示したら勝手に魔力が流れ始めちゃうのね。きっと」
制御が効きにくいなんていうのは、まるで不良品のようだ。
嫌だなぁ・・・
「なんとかならないですか・・・?」
「・・・原因が魔力の暴走にあるから、そこを何とかしないとダメね・・・感応器を特殊な素材で覆えば、そこから魔力を遮断できるけど、それじゃああなたが死んじゃうものね・・・」
「そ、そうですね・・・」
放出しないと溜まって行って死んでしまう身体だ。
覆うわけにはいかない。
「これからは、暴発に注意しなくちゃね」
「暴発ですか・・・」
「ええ、あなたは魔法を使うのに必要な工程が一個少ない上に、勝手には止まらないから、うっかりしてると勝手に魔法が出ちゃう可能性があるわね・・・」
「き、気を付けます・・・」
何とか発動してしまった魔法を止める方法は得たので、それをもう少し手早く確実に使えるようにしないと・・・
今みたいにびしょ濡れになってからじゃ遅いし、
今回は水だったからいいものの、雷や氷だったら命が危ない。
「後ね、もう一つ心配してる事があるの」
「・・・なんですか?」
「魔道具の事よ」
魔道具・・・ええっと・・・確か魔法で動く道具・・・だっけ?
私が思い出しているうちに、マリナさんは棚から、何か緑色の筒のようなものを持ってきた。
大きさは手に収まる太さで、長さは15センチくらいかな?
「魔道具も原理は魔法と同じで、それに魔力を流すことで動く道具なの」
そう言って、マリナさんはその筒の一部色が違う銀色の丸いスイッチのような所に親指を乗せた。
すると、その筒からパァっと一筋の光が飛び出る。
これ、懐中電灯だ。
「ユイちゃん。ちょっとこれを持ってみて?この銀色の部分に魔力を流せば動くから」
と、マリナさんから懐中電灯を受け取る。
「まずは魔力を流そうとしないでただ触れるだけしてみて?」
そう言うので、私はマリナさんの言う通り、特に何もしようとせず、ただ銀色の部分に触れる。
すると、さっきの何倍、何十倍というとてつもなく強い光が飛び出して、私は反射的に手を放してしまった。
「ひゃ!!」
床に懐中電灯が転がってしまう。
それをマリナさんは拾い上げて、懐中電灯を点けたり消したりしている。
「うーん・・・壊れてはいないわね・・・ユイちゃん、今の、魔力を流そうとはしてないのよね?」
「はい。何も考えないで触っただけです」
「そう・・・これじゃあ、ユイちゃん、魔道具は使えないかもしれないわ・・・」
え?
魔道具って、そこら中に使われてるって・・・
それに、トイレとかお風呂も魔道具だって・・・
「ど、どういうことですか?」
「触れただけであんな強い光が出るって事は、魔道具の出力が調整出来ないって事のハズなのよ」
強さが調整できない・・・?
「あ、あの・・・お風呂のお湯を出す装置も・・・」
「・・・そうね・・・この調子だと、ユイちゃんがお風呂の装置に触れたら、水の温度も、量も、とんでもないことになっちゃうかもね・・・」
つまり、滅茶苦茶熱いお湯が凄い勢いで出てくるのかな・・・
それじゃあ、お風呂は使えないじゃん・・・
「そんな・・・」
思わず声が漏れる。
・・・あ、ちょっと待って、私水の魔法使えるんだからそれでシャワーの代わりにすればいいんだ!
「その、ちょっと思いついたんですけど、自分の魔法で水出して、それをお湯にすれば、魔道具使わなくてもお風呂入れますか?」
「ユイちゃんの属性って、雷、金、水、氷、光だったわよね・・・その中で、熱系の特性を持つのは雷だけだから、それでお湯にするのは危ないと思うわ」
雷の力で水を温める・・・あぁ・・・確かにそんな水浴びたら痺れそう・・・
電気ポッドとかあればいいんだけど・・・多分、それも魔道具になってるんだろうなぁ
「・・・って事は・・・」
「大丈夫よ、私が手伝ってあげるから」
「・・・うぅ・・・」
この年になって尚一人でトイレにもお風呂にも入れないなんて辛すぎるよ!