第22話:走れ、追え、飛べ!・Ⅰ
今日は久しぶりにマリナさんと散歩に出ている。
いつも教会のお仕事で屋内にいるか、食材のお買い物ばかりのマリナさんは相当ストレス溜まってるだろうなぁ、と思って気分転換に連れ出したのであった。
カレンさんの方はたまに教会に居ない時あるし、多分勝手にストレス発散してる。
「別に私はユイちゃんとか、アンナちゃん、ケリー君が元気でいてくれればそれで幸せなのよ?」
とマリナさんは言うけれど、
そういう思考でいる親ほど危ない!って前にテレビでやっていたのを思い出す。
そういう意味でもやっぱり、マリナさんのストレス発散は急務なのだ。
「今日は、マリナさんがやりたいこと全部やる気でいきましょう!」
「そ、そうはいってもねぇ・・・私私欲なんてあんまり・・・」
マリナさんは困惑気味に、苦笑いを浮かべている。
「えぇ?本当に無いんですか?」
「そうねぇ、基本的に聖堂教会の信徒になってからは過度な私欲は厳禁だもの」
「あー、そうなんですか・・・の、割にはカレンさん、フリーダムですけど」
「カレンさんは、そうね・・・」
どこの組織にも例外は居るんだろう。
「・・・じゃあ、私がなんか決めちゃっていいですか?」
「えぇ、それでいいわ」
「マリナさん的に、何かNGな物とかはあります?」
「そうねぇ・・・聖堂教会としては、賭け事とお酒はダメね」
「カレンさん・・・」
マリナさんは、わざとらしく目を逸らしている。
あの人あんまり教育によろしくないのでは?
「まぁそれくらいなら大丈夫です!私もその辺しないので!」
となると、マリナさんでも喜んでもらえそうなものと言えば・・・
「そうですね。中央街の方のレストランで確かケーキ食べ放題フェアやってた筈です!そこ行きましょう!」
「あら、ケーキ。良いわね、たまには食べてもいいかしら。後で運動しないとだけど」
「あ、後の事は今気にしなく良いじゃないですか!」
私が食べても太らない体質であることは黙っておこう。
中央街、いつもどこもかしこも老若男女で賑わうエリアだけれど、
今日はとある一角の女子比率が猛烈に高い。
何故ならレストラン、"メープルハウス"が今週はケーキフェアでスイーツ食べ放題コースを用意しているから。
故にこの店には女子たちの行列が出来上がり、今か今かとその時を待っている、
聞こえて来る会話も、どのケーキが好きだとか、カロリーがどうだとか。
こういうのはやっぱり、どこの世界も変わらないんだね。
「楽しみですね!マリナさん!」
「そうねぇ、最近はあんまりこういうの食べられなかったから嬉しいわ」
列に並んだ段階で、ワクワクはもう止まらない。
覗き見できる店内では、沢山の女子たちがスイーツを囲んでいる。
あっ、あのイチゴのやつ美味しそうだなぁ
おっ、どうやらお土産も取り扱ってるっぽいし、カレンさんと、ケリー君、アンナちゃんにも何個かかって行ってあげよう。
そして、
「2名でお待ちのレイフィール様!!」
「はぁい」
遂に私たちの名前が呼ばれ、遂に私たちの戦いが始まる・・・!!
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「うーん、美味しかったわー。ユイちゃんありがとうね」
「そっ、そうですね・・・!」
マリナさん、めっちゃ食べるじゃないですか・・・!
私もケーキは好きな一般女子なので、甘いものは別腹!システムが搭載されていて、体型の割に食べられる方だし、
感応器の暴走のせいなのか前より燃費が悪くなっているのだけれど、
マリナさんはそれ以上だった。
魔力の云々を踏まえてなお私以上とは、これはこれは・・・
次から次へとケーキを平らげていくその様はまるでフードファイターの様で、
それでいて一つ一つとても美味しそうに食べる。
修道服姿でそんな事するもんだから、周囲の注目も集めまくる。
間違いなくあの場はマリナさんの独壇場だった。
「マリナさん、沢山食べますね・・・」
「ふふふっ、たまにしか食べられないとこうなっちゃうのよね」
少し恥ずかしそうな感じでマリナさんは照れ隠しでもするように言うけれど、
普通は久々でもこうはならない。
マリナさんの胃に異世界でも繋がっていそうな勢いだった。
んまぁ、マリナさんに喜んでもらえたなら、いいか。
定額の食べ放題コースだし。
とはいえ私も一通りの種類は食べられたので満足して、今回の食事で支払った分のゴルトの清算をしていたその時、
「誰かー!!」
背後から必死そうな人の声が聞こえる。
思わずマリナさんとほぼ同時に振り向くと、街路の真ん中を、何か小さいものが物凄いスピードで近寄って来るのが見えた。
「誰かその子を捕まえて!!」
捕まえる?
そんな言葉が聞こえたので、その小さい何かを見ようとするが、
「シャッッ!」
その小さい何かは、私たちの手前で鳴いてから大きく跳躍し、マリナさんと私の上を軽々飛び越え・・・
「うわぷっ!!」
それは飛び越えるのではなく、私の体を駆け上った挙句、顔面を踏みつけるようにして更に跳躍した。
しかし乗り越える瞬間、その小さい何かのシルエットを捉えた。
あれは・・・ネコ?
「うへっ」
「ユイちゃん、大丈夫?」
「へ、平気です・・・」
踏まれた衝撃でバランスを崩しかけた私は、マリナさんに抱きかかえられる形で体勢を立て直した。
すぐさま踏んでいったネコを確認するために振り返ると、
ネコは周囲の視線を集めながらも優雅に町をかけていくのが見える。
あんのネコ・・・幸せの最中にいた私をよくも・・・!
・・・あっ!?
ネコが私にぶつかって駆け上ったその拍子に、手に持っていたお財布が忽然と消えている。
何時からだったかは分からないけど、あるいはあのネコがと言う可能性が高い。
だってさっきまで持ってたし!
「あらまぁ、おでこに肉球型の汚れが・・・」
私の額を濡らしたハンカチで拭いてくれているマリナさんに、勢いよく告げる。
「マリナさんっ!追いかけましょうあのネコ!」
「え?えぇ」
マリナさんは理由を聞かず賛同してくれたけど、一応何故ここまで本気なのか言っておこう。
「あのネコにお財布を盗られたんです!」
「そ、そうなの?大変!」
わざとらしく口に手を当てて驚いているマリナさんだけれど、
一応焦っている理由は伝わっただろう。
そう思いながら駆けだそうとしたとき、
さっきネコを捕まえて欲しいと叫んでいた人が私たちの元にやって来た。
「すっ、すいません!うちのミーシャが!」
それはこの町の北部にあるややお高めな住宅街で比較的よく見る感じの身なりの女性だった。
相当走って来たのか、ぜえぜえと肩で息をしている。
ミーシェというのはさっきのネコの名前だろう。
ペットの命名センスはどうも世界共通のようだ。
「どこかお怪我は・・・」
「け、怪我は無いですけど、お財布が・・・」
「なんと!これはどうお詫びしていいやら・・・」
女性は、わたわたと狼狽えながら明らかに申し訳なさそうな顔で焦っている。
「と、とにかく私達もあの子を捕まえるのに協力します!」
「えっ、あ、ありがとうございます!こんな見ず知らずの私の為に・・・!」
こっちの対応で目まぐるしく表情の感情が入れ替わっている。
見ず知らずと言うか、まぁ確かにそうなんだけどこっちにも被害出てるし、ボランティアで人助け、という空気では無い。
「えぇ。とりあえず見失う前に追いかけましょ」
「そうですね!」
私とマリナさんは、見失うまいとそう言うなり走り出す。
元々の飼い主の方は・・・多分もうちょっと休憩が必要そうな感じだった。
まだ人の多い昼の中央街。
腹ごなしの運動と言うにはちょっとキツい追走劇が今始まる。
・・・で、アレ、ネコでいいんだよね?