第20話:異世界の昔話・Ⅲ
「とりあえずここまでの話を総括しておこう」
なんだかんだと色々な話を聞けたと思っていたころ、
フェルさんは、注文してきた5杯目のお酒を一気に飲み干してから、まとめに入り出した。
・・・この人どれだけ飲む気なんだろ。
「こと異世界と言う話題については神話や寓話が付き纏う。どれもこれも、夢という存在を媒介し世界を渡る描写が主体だ」
これに関しては、正直教会にあった絵本くらいしか読んでなかった私には新鮮な情報だった。
でもたしかに、絵本の中には夢をキーワードにしたものはあった気がする。
「次に、夢と言う単語で引っかかるのは、遥か昔の文献にのみ現存している、夢属性の魔法。一説には夢の世界は他の世界と世界を繋ぐ出入り口のような役割を果たしているという説もあった」
これはリズちゃんの家で読んだ本の内容にあった。
あの時もリズちゃんはフェルさん同様、失われた属性、って言ってたな。
「これらを掛け合わせると、夢属性の魔法を使えば異世界へと移動する、あるいは異世界から何かを持ってくる、といったかつての神話や寓話と同じことが出来るという可能性がある」
それこそが私が求めている、元の世界に帰る方法、であり、
同時に私がこの世界に来てしまった原因、と言えるだろうか?
・・・多分ね。
「だが夢属性は我々人類にとっては失われて久しいものとされている。事実、現状夢属性魔法は行使不可能だし、魔法系統も何もわからない。でもそれは人類にのみ限った話で、それ以外の種からも失われたかどうかは定かでは無い」
フェルさんは、そこまで言って、最後のシメに向けて、神妙な顔つきと、
机上で腕を組むシリアスなポーズを取った。
「つまり、まだ夢属性を扱う事の出来る存在を発見できれば、世界間転送は想像の産物では無くなるかもしれない、と、言う事だ」
しっかりとまとめ切ったフェルさんは、若干のドヤ顔のまま私の方を見て来た。
あ、そうか。
この話私から振ったんだっけ。
「つまりえっと・・・希望は無い訳じゃないって事で、いいんですよね?」
個人的には異世界は冒険のロマンとかでは無く家に帰れるかどうかの死活問題なので、希望の存在は誰よりも大切だ。
「希望、という観点であれば当然、潰えては居ないな」
「そうですか・・・よかったぁ」
思わず胸を撫で下ろす。
スベスベとした衣服の触り心地がいつもより良い気がする。
「全く、大げさだな君は」
「あ、あははは・・・」
私の事情を知らないであろうフェルさんはそんな事を言うけれど、
私にとっては本当に大切な事なのだ。
小さいけれど大きな一歩に少し感極まりそうになっていると、
おもむろにフェルさんが立ちあがる。
「さて、僕からの話はこんな感じだが、参考にはなったかい?」
「はい。とても」
「ならよかった。じゃあ、僕はそろそろお暇するよ」
「分かりました。貴重なお話、ありがとうございました!」
どうせならと私も立ち上がって、深々とお礼をした。
フェルさんもだいぶ変な人ではあったけれど、知識は本物だったし、私にも優しくしてくれた。
なんだろう。第一印象は大事だけど、それだけじゃないよって気分になる。
そしてフェルさんが席を去ろうとしたとき、
「おっとそうだ」
突然振り返って、私の方を見つつ、アコニタムさんの方を指さした。
「そこの彼には気を付けた方が良いよ。怪しい事を考えてるらしいからね」
「き、肝に銘じておきます・・・」
知ってる。
この人がどういう変態なのか。
「おーい!去り際に何てこと言ってくれやがるー?」
アコニタムさん自身の反論も聞かず、フェルさんはそのまま立ち去ってしまった。
残されたアコニタムさんは悔しそうに、
「クソッ、あいつ自分が飲んだ酒の代金こっちに押しつけやがった・・・!」
なんて。
あっ、そっちなの?
怪しい事考えてる自覚はあるんだね。
「ね?あいつも偏屈な男でしょぉ?」
「ま、まぁ、今回は色々お話聞けましたし、私出しますよ・・・それくらい」
退魔石事変で貰ったお金は、本来はこの為の予算だから。
タコとか買うためじゃ無くてね。
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その後アコニタムさんとローズさんとも別れ、夏の夜の道をブラブラと帰路に就いていた。
街灯の明かりで多少塗りつぶされてはいるけれど、空の星は綺麗に瞬いている。
でも、きっと星の配置は私が知るものとは違っていて、夏の大三角とかは無いんだろうなぁ。
「夢、かぁ・・・」
私は時折夢で過去を見る。
それは、私の記憶には無い筈のずっと昔の事だったりする。
でもそれは、異世界と繋がっているとは思えない。
もし、夢で私の本来の世界の事が見られるとするならば、恐らく今頃高校生の夏休みか、その直前辺り。
妹と夏休みのプランでも立ててる頃合いだろう。
でもそんな夢はこちらに来てから一回も見てはいない。
それはまだ、私が異世界と繋がる夢を見れていないだけなのか、
それとも、あの仮説は間違っていて、そもそもそんなものないのか・・・
右手を高く掲げて、星々と共に手の甲を見つめる。
おもむろに魔力を放出してみるけれど、当然それそのものを見る事は出来ず、ただ何となく感覚的にそれが出ているのを感じるだけにとどまっている。
雷なら黄色、氷なら水色、金なら灰色。
エーテルは、属性が偏ると色が付く。
夢属性の魔力って、どんな色なんだろう。
夢、と聞いて麦僊とイメージするのは、パステルカラーのマーブル模様。
あまりにも偏見、というか少女的なビジュアルで自分で恥ずかしくなる。
実際には、そんな色彩の夢なんて見たこと無いのにね。
少し前に真っ黒なバグやら騎士やらと戦ってばかりいたから心の奥底ではカラフルを求めてるんだろうか?
何の気なしに、自分が持つ様々な属性の魔力を発現し渦を巻かせてみる。
伸ばした手の平に、白と、灰色と、黄色と、青と、水色の魔力がクルクルと回る。
・・・こうして思うと、私の魔力って寒色系が多いなぁって思う。
なんだかんだこの世界も謳歌してるなぁ、とも思わなくも無いけれど、
やっぱり私は元の世界に帰らないと!
私がこっちに来てしまってから、あっちの世界の私の家族や友だちがどうなってるのかも気になるし!
また前みたいに陰鬱な家庭になってたらどうしよう!
それにやっぱり、どうしても妹や家族、友達の顔はもう一度見たい。
そう思うとやっぱりどうしても、諦める事はできないのだった。
「・・・よしっ」
誰も姿も見えない路地。
こんな所で腐ってはいられないと気合いを入れなおす。
とりあえず教会に帰ったら今日聞いた事を日記に残しておこう!
深夜なのに足取りは軽やかに、ヒラヒラとスカートの裾をはためかせながら帰る。
若干ムリヤリにテンションを上げているようにも見えるけれど、精神は案外行動についてくるものだ。
楽しい動きをしていれば、自然と心も楽しくなっていく。
けれど、そんな私が今一番頭の中の片隅にあるものは、
どうしたらこの世界でたこ焼きが作れるか、だった。
いやだって、あんなに立派なタコがあるんなら、食べたくなっちゃってさ・・・