第20話:異世界の昔話・Ⅰ
例のタコ騒動の翌日の夜。
私はアウフタクト中央市街へと赴いていた。
普段夜は教会でのんびりしていることが多いので賑わう夜の市街は久しぶりだ。
前は退魔石騒動で賑わうというか大混乱だったし・・・
女子供が出歩く時間じゃない、と言われてしまえばそこまでなんだけど、どうもこの国には補導と言うシステムも無いし、最悪抵抗できる力は持っているので来てしまった。
夜のギルドは昼とは違い、マジものの冒険者で溢れているので、この町の外の情報を得るなら夜の方が良い。
・・・と、カイン君は言っていた。
実際の所、ギルドには昼間よりもずっと派手な恰好、装備の人たちが多く、色々な経験を積んできたんだろうなぁ、と思う人が沢山いる。
・・・普通さ、片目眼帯の人とか現実世界で見ないじゃん?
でも、ちょっと私には早かったかなぁ、と思わなくも無い空気感だったりはするのだ。
何せ、夜のギルドは、昼とは賑わいの方向性が違うのだ。
前にフウオウワシパーティの時に立ったステージ台のような所には、ピアノやギターなどの演奏と、歌手さんの歌が披露される場となっていて、テーブル席側でも数人の踊り子さんがその音楽に乗ってダンスを踊りながら練り回っている。
どうやら、深夜22時を越えるとギルドとしてもそう言う事を認める方針にしているらしい。
こういうどんちゃん騒ぎは正直あまり得意では無い。
前に参加した退魔石騒動の戦勝会は夕方だったからここまででは無かったのだけれど・・・
じゃあなんでこんなところにわざわざ来たのかと言うと、情報収集のためだ。
どれだけこの町、この世界で生きようとも、今の私の目標は二つ。
元の世界に変える方法を探す事と、リズちゃんを復活させる方法を探す事。
流石にこの世界では未だに魔女は的扱いなのでリズちゃんに関することはそれとなくでしか聞けないけれど、何かヒントになる事は効けないかと赴いたのだ。
ギルドに入って、とりあえずまず知り合いが居ないかを探す。
心細いっていうのもそうだけど、知り合いから人づてに話を聞いた方が確実だしね。
そう思いながらギルドの座席の方を周囲を見渡しながら歩いていると、
「おうおうおう?ここはそんなお嬢ちゃんにはまだ早いぞ??」
なんて、なんかアミューズメント施設のバイキング物に居そうなオッサンに絡まれた。
片手には私の頭が入っちゃうんじゃあってくらいデカイ樽ジョッキを持ってて、明らかに酔ってる。
だからこういう場所は嫌なのに!
「えーっとですね、私はその・・・」
何とか言い訳を考えていると、
そのオッサンは私の脇腹をジロジロと見てから、
「ん、あ、いやその傷・・・お嬢さんも結構な死線を潜り抜けて来たクチか。じゃー俺が言う事は何もねぇ!好きに飲んできな!!」
だなどと言った上で、そのまま開放された。
別に飲む飲まないの権利はあの人にあるわけじゃ無いと思うんだけど・・・やっぱり酔ってるなぁ
今回はこの傷に救われた形ではあるけれど、戦いの傷を勲章として誇る文化は女子には無いって事を考えておいてほしい。
とりあえずその場を切り抜けて、途中で踊り子さんとすれ違いながら席の奥へと進む。
・・・しかし、知り合いはなかなか見当たらない。
っていうかここでの知り合いアウフタクト自警団くらいしか居ないもんね!
そりゃあ居ないか!
あの二人も普通深夜には居ないだろうし。
それでも、希望の光明は見えるもので、席の奥の奥に、見覚えのある人が居た。
「んで、あの件はどうなったの?」
「今の所順調だ」
そんな会話が聞こえて来る2人組の片方は、白髪を掻き上げたキザなファッションの男性。
もう一人の、鮮やかな青い髪の女の人は知らないけど、
男性の方は間違いなくアコニタムさんだ。
「あのー・・・」
一応、知り合いではあるけれど、もう一人の方は知らないので慎重に近づく。
「ん、ああぁ、君か。体調は戻ったようだな」
アコニタムさんは、私が近づいてくるのを見つけると、すぐさま反応してヒラヒラと手を振って来た。
「お、お久しぶりです」
「久しぶり。しかし、まさか夜のギルドで会うなんてね。もっと君は純朴な子だと思ってたが・・・」
「じゅ、純朴って・・・」
まあ、夜の飲み屋は未成年立ち入り禁止だったりはするだろうけどさ!
そういう、悪い子じゃあ、私は無いと自負してる。
・・・こっそり裏口からギルドを抜けだしたり、灯篭を叩き割る事に加担したりはしたけれど!
「冗談だって。ま、座りな。そんな恰好でフラついてると踊り子と勘違いされちまうぞ」
「むう・・・」
やっぱりこの人いい人ではあるんだろうけど苦手だ。
とりあえず席に座ると、今度はさっきまで喋っていた女の人の方が話しかけて来る。
「へぇ、君があれだっけ?退魔石事変の功労者?」
軽く席を引いて若干の身を乗り出すように私を見つめて来るその女の人は、
なんというか、今ギルドで踊っている踊り子さん達よりもかなり露出の高い、水着同然の恰好をしていて、同性である私でもだいぶ目のやり場に困る様相を呈していた。
「え、えぇ・・・まぁ・・・」
ぎこちなくそう答えると、
「なるほどね。うんうん。近くに居ると強烈なエーテルを感じるわぁ」
と、わざとらしい甘い声でクネクネと身体を動かしている。
・・・この人は、変態さんか何かかな?
とそんな仮説が一瞬頭をよぎるけれど、
いやそれは早計だ。衣服の露出はそうすべき意図があるのかもしれないし、こういう態度は酔ってるだけかもしれない。
と、偏見で人を決めつけてはいけないという理性が抑え込む。
とはいえ仲良く出来そうな人かと言われると怪しい面もあるので軽く警戒していると、
その人は握手を求めるように右手を差し出してくる。
「あたしはローズ。ま、偽名っていうか、ギルドで通してる名前だけど、よろしくね」
「えーっと、ユイ・リクエ・レイフィールです」
握手を断る程ではないかなという結論の元、握手には応じた。
一瞬、偽名?と思ったりもしたけれど、ほぼ同じことをしている私には何も言えない。
「あー!この子のエーテルで手が灼けるかも!」
・・・断っておけば良かった。
「一応、こいつは俺の相棒と言うか、仕事仲間だ。変な奴かもしれんが仲良くしてやってくれ」
「変な奴とは何よぅ、アコニタムだって相当変な奴よ?」
この二人はまあ、お似合いだとは思うよ?
うん。
ローズさんは自己紹介を終えると、ストンと元の席についた。
相変わらず私の方は見て来るけど。
こっちはローズさんの方、ちょっと見るの遠慮するんだから!
そう思って幾分か気楽なアコニタムさんの方を見ていると、
「で、今日は何の用事でここに?まさか飲みに来たわけじゃあないだろ?」
と、やや真面目トーンで話しかけて来る。
なんとなく私の事情は察しているのだろうか。
とりあえず、例の知りたかった事柄をアコニタムさんにも聞いてみよう。
この人も性癖はともかく魔法の知識や腕前は相当なものだったし。
「えっとですね、ちょっと調べたい事柄があったんです」
「調べたい事柄・・・夜のギルドに来たって事は、町の外の話か」
「そうですね・・・例えばアコニタムさんは、他の世界と繋がる魔法とかって、聞いた事あったりします?」
私がそう聞くと、アコニタムさんは少し考えてから、
「異なる世界・・・か、最近王都で研究してる次元の狭間を収納空間として利用する魔法とは別の話だよな?」
「次元の狭間・・・っていうよりは、なんというか、異世界に行くとか、そういう話です」
傍目に聞けば笑われそうな話。
けれど、もうこのギルドでそういう話はしたことあるし、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥というやつだ。
またもアコニタムさんは考えて、
「異世界との接続と言うと、俺が聞いた事あるのは魔族が使う現世と魔界の行き来の話だけだな」
「そうですか・・・」
それは前にもストラド自治区で聞いた話だ。
この世界の裏側には、魔族の住む世界があって、魔族は何かの力でそこを行き来してるって話。
「あーれも、魔族的には最重要機密なんでしょうねぇ、魔族がこの世に出てから数千年。そのメカニズムを人類に伝えた事例は一度も無いわぁ」
そしてそれすらも、アコニタムさんもローズさんも知らないようだ。
マリナさんも、魔族狩りのプロなのに知らないって言ってたしね。
私が軽く肩を落としていると、
アコニタムさんは小さく咳ばらいをして、私の気を引いてから話し出した。
「ただまあ、異世界を旅するというお伽噺は世界各国よくあるものな上、何故かその内容は共通しているものが多い。そういう話に詳しい奴なら何か知ってるかもな」
「本当ですか!?」
思わず立ち上がりそうになる勢いをなんとか抑制しつつも、上ずる声は抑えきれない。
「まーまー落ち着け。今からそいつを呼ぶから、協力してくれ」
「え、良いんですか?でも、協力?」
呼んでくるのに協力とは?
まあ、ここの席の確保位はしておいてもいいけれど・・・
どうもそのお伽噺とかに詳しい人を呼んで来てくれるみたいだし。
と思っていたら、アコニタムさんはテーブルの酒を一気飲みする。
「・・・そいつは今このギルドのフロアのどこかで飲んでるだろう」
「はい」
「だがそいつは偏屈な野郎だから普通に呼んでもきっと来てくれない」
「は、はぁ・・・」
この人知り合い変な人ばっかりなのかな・・・
「でも一丁前に正義感だけは強いから、きっと揉め事を起こせば真っ先に飛んでくる」
「要は、ここでひと騒動起こしてそいつを誘い出そうって話ねぇ」
「えぇーー???」
思ったより変な話に飛躍したなぁ・・・
やっぱアコニタムさん近辺変態さんって言うか、純粋に変な人ばっかりだコレ!
「まずそうだな、俺がレイフィール嬢に軽くウザ絡みするから、君は変な奴に絡まれたとでも思って軽く拒絶しててくれ」
「もう早速それを拒絶したいんですけど・・・」
「でもきっと私じゃあいつもの事だって来てくれないと思うわよぉ?」
「そう言う事だ」
はぁーーー・・・・・・
ホント何これ?
って事は何?
ちょっとした痴漢コント的な事をするって事なの?
いくら相手がアコニタムさんでも・・・っていうかアコニタムさんだからこそなんか嫌!
レナール先輩の忠告はちゃんと聞いておいた方が良かったのかもしれない。