第19話:市場の魔物?・Ⅱ
タコはタコだった。
何言ってるか分かんないと思うけど実際そうだったの!
気持ち悪いとか、モンスターとか、そんな言われようだったから一体どんなトンデモ生物が出て来るのかと思ったら、出来たのは確かに大きいけど、形や色、動きは知ってるタコそのもの。
多分刺身や寿司にすれば美味しいと思う。
「ユイちゃん、ユイちゃん!」
タコを観察していたら、離れた位置からマリナさんが手招きをしている。
「マリナさん、なんですか?」
「ユイちゃん。あんまり近寄らない方が良いわよ・・・!」
「ええ?何でですか?」
「タコはね、人をあの触手で捕らえてヌチャヌチャにしちゃうのよ!」
「ま、まぁ・・・ヌルヌルにはなると思いますけど・・・」
実際、食べる時はヌメリ取りは必須だろうからね。
このサイズだと解体ショーは確かに全身ヌメリでヌチャヌチャにはなりそうな気はする。
「あ、でも、ユイちゃん、タコ好きなんだっけ?」
「はい。寿司ネタの中では」
「食べるの?」
「そうですね・・・もしこの後解体ショーがあったら、ちょっと買っていってもいいかもですね!」
テレビで見たりするけど、やっぱり取れたてのタコの方が美味しいよね。
・・・食べたいなぁ。
「解体ショーね・・・本当にあるのかしら・・・」
マリナさんが不穏な事を言いだすので気になって、水槽横に居る多分漁師だろう見た目の人に聞いてみる事にした。
「あのー、すいません」
「なんだいお嬢さん。コイツに興味津々だったけど」
「このタコって、この後解体ショーされるんですか?」
すると、漁師の人は驚いたような顔をして、
「まさか!こいつの解体ショーなんかしてもよほどの物好き以外見る人は居ないよ」
「そ、そうなんですか・・・?」
いやまあ確かにマグロとかよりは映えないだろうけど!
「まー、コイツを使った見世物ショーとかはあるがー」
「見世物ショー?」
「おっと、これはお嬢さんにはまだ早い話か」
一体何を聞いてしまったんだ私は。
「って事は、このタコは今後どうなるんですか?」
「そうだな、暫く展示したらまた海に放るんじゃないかな」
「逃がしちゃうんですか?」
「まぁ、需要ないしなぁ」
「そ、そうですか・・・」
割と本気でガッカリして肩を落としながらマリナさんの所へと戻る。
結構マジでこの世界ではタコは嫌われ者なのだと知った。
「どうだった?」
「ダメでした。海に帰しちゃうみたいです」
「まぁ・・・そうよねぇ」
マリナさんも、知ってた、という口ぶりだ。
私が一旦接近したからか、周りの人も少しだけ距離を詰めて見ている人が増えた気がする。
「タコの使い道って、正直言い使い道は殆ど無いのよね・・・」
「この世界、タコは厄介者なんですか?」
「厄介者と言うか・・・特殊な使いかたくらいしかされない・・・かしら?」
「特殊な使いかた?」
そもそもタコに食べる以外の使いかたなんて思いつかないけど・・・
あ、タコ墨をインクに使えたりはするのかな。
聞いてみると、マリナさんは少し戸惑うような素振りをしている。
「えーっと・・・ユイちゃんに言ってもいいのかしら・・・」
「いや、気になりますよ・・・」
「そ、そうよねぇ」
マリナさんは何度か私とタコと空を見まわしてから、何か決意でもしたような表情になって、しゃがんで私に耳打ちする位の距離感で小声で話し始める。
「えっとね、一部の界隈では、女の子がごにょごにょ・・・」
「あ、はい!わかりました!もういいです!!」
なるほどね!!
そりゃあマリナさんも言い渋る!
聞いた私が悪かった!!
そしてアリッサさんとか今この周りに居る人の微妙なリアクションも分かった!!
あって、ヤバい。
変に想像したせいで頬が熱くなってる・・・!
えっ、でもこれを・・・うわぁ・・・
「よかった・・・ユイちゃんが察し良い子で・・・」
「あ、あははは・・・」
聞いた時点で察し悪い扱いでいいよ!?
「まあその、タコはそういう扱いだから、あんまり人気というか、世間体も良くなかったりするのよ。実際、あの見た目は生き物としてもちょっと気持ち悪いし、ねぇ・・・」
「そっ、そうだったんですね・・・」
用途はともかく、食べない世界の文化的にはタコってそういう扱いなのかぁ。
気持ち悪い、かー・・・
まぁ確かにウネウネはしてるもんね。
自警団との駄弁りの時に話題にしなくて良かったー!
でもそれはそれとして、やっぱり食べたいという気持ちは薄れていない。
この世界の用途はともかく、やっぱり私は食べる世界の生まれだから・・・
うーん、
でもどうしたら・・・
いや、別に悩まなくていいか。
どうせ海に帰してしまうなら、私が買い取って調理して食べちゃおう。
「あの、マリナさん」
「何?」
「あのタコ、私が買い取っちゃってもいいですか・・・?」
「えっ、ユイちゃんまさか・・・」
「食べるんです!!」
そこは一線引かせてもらうよ!?
そっちの趣味は無いから!
「そ、そうよね・・・!それならまぁ・・・頑張ってね!」
「は、はい」
反応からしてマリナさんは手伝ってくれなさそうな気配がビンビンだ。
ファイトのジェスチャーこそしてくれてはいるものの、言い方は他人行儀で、今までで一番あっさりしてる。
一般的に気持ち悪いと評されてる、というより、多分マリナさん自身苦手なんだろうね。
「あのー、すいません」
私はすぐさま、漁師の人との交渉を開始する。
今の手持ちはあんまりないけど、教会にはいっぱいあるから何とかなるはず・・・
「さっきのお嬢さんか」
「このタコ、私が買い取ってもいいですか?」
そう口にした瞬間、周囲の野次馬がざわつき出す。
「聞いたか!タコを買い取るだってよ!?」
「あんな小さな子が?」
「あの子ギルドの子だよな・・・まさかそんな・・・!」
「でも、露出多いし案外・・・」
「待って!!違うんです!このタコは食べる為に買うんです!!」
全っ然誤解解けてない!
っていうかこのこと知ってるのマリナさんだけか!そっか!
あと、私の露出をそういう方向性に持っていくなぁ!
「た、食べる!?」
「タ、タコを??」
「しょ、正気か!?」
食べるアピールしても全くの逆風!!
食べる風潮すら無かったらそうなるんだね!!
「いやホント違うんです!私の故郷では名物料理があるんです!」
たこ焼きの事ね。
故郷は関西じゃないから厳密には違うけど、国どころか世界跨いでるんだし名物で良いよね。
「へぇ・・・不思議な国もあるんだな」
「なんか信じられなーい」
まだ微妙な反応。
なんというか、虫を食べる文化がある国を聞いた私のリアクションに近い。
スライムの体液を化粧品に使ってる町とは思えない。
「ところで漁師さん!これ、いくらで譲ってくれますか?」
なんとなく居心地の悪い空気感になってしまったので、ここはもうさっさと買って持って帰ってしまおう。
そう思い、野次馬に絡むのを止めてさっさと交渉に入る。
値段を聞いた漁師さんは、
「値段!まぁ、普通に捨てるつもりだしなぁ・・・3000ゴルトくらいで良いぞ?」
「わかりましたそれで!」
捨てるつもりの物を3000ゴルトはちょっとボってそうな気もするけど、
体長1メートル越えのこいつが3000ゴルトは非常にお得だ。
普通は10数㎝の脚数本で数百円、とかだもんね。
私はポケットから財布を取り出し、そこから金色に光る1000ゴルト硬貨を3枚、漁師さんに手渡した。
「まいどっ、この瞬間からこいつはお嬢さんのもんだ、あぁでも、水槽は返してくれよ?」
「あ、そうですよね」
じゃあ、どうしようかな・・・
最終的に教会に運び込むとして、このサイズを持って帰るのは無理だし、脚ごととかで小分けするべきかな?
「あのー、マリナさん?」
「な、何かしら・・・?」
手伝ってもらおうとマリナさんを呼ぶが、マリナさんは常に水槽から2メートルくらい距離を置いて近寄ってくれない。
「これからタコ解体したいんですけど、手伝ってくれたりは・・・」
「そっ、そうね・・・!そうよね!」
とは言ってくれるのものの、マリナさんは次の一歩は出せていない。
ダメそう。
いつになく消極的なマリナさんである。
一人でやるしかないかぁ。
タコの水槽を広場の端の方へと移動させた後、漁師さんに大きいテーブルを貸してもらい解体作業を始める。
怖いもの見たさなのか、この解体作業を見届けようとする野次馬の人もなんだかんだ割といる。そしてその中には少しお買い物をして荷物が増えているマリナさんの姿も。
これ、普通に解体ショーできたんじゃないの?
という言葉を飲み込んで、
「漁師さん、お願いします!」
と水槽近くの漁師さんに声をかけると、
「はいよっ」
という返答と共に、水槽上部の鍵が外れて、蓋が開かれる。
そして周囲に響く小さな悲鳴。
蓋が開いたのを確認してから水槽に近寄ると、タコは私の事が見えているのか水槽の壁に吸盤を押し付ける。
そこで私は、タコの餌になりそうな魚を一匹、水槽の目の前でちらつかせた。
このタコを陸上におびき寄せる為にね。
タコは頭が良いという噂は本当らしく、壁にグイグイと足を押し付けるのも束の間、
今度は上の蓋が開いた事に気が付いて足を壁に吸い付かせながら水槽を上っていく。
タコが一挙一動するたびに野次馬の人の輪はだんだん広がっていくけれど、私は気にせず貸してもらった大型の包丁を手に取る。
いくら巨大サイズっていっても水棲の軟体動物。陸上に出れば私でもなんとかなるでしょ。
タコは私の予測通り、ゆっくりズルズルと壁面を上ったタコは、水槽の縁を乗り越えて石畳の上にベチョン!と音を立てて降って来て、跳ねた海水が私のひざ下を濡らす。
同時に人の輪は更に広がって、まるで私とタコの1対1のコロシアムのようになってしまった。
とはいえあとはまあ簡単。タコを私の電撃で締めて、足をぶつ切りにして氷の魔法で鮮度を維持しながらお持ち帰り。
魔法とはなんて便利な代物だろうか。
包丁を持っていない左手に雷の魔力を集め、パリパリと閃光を瞬かせながら地面でもがいているタコに近寄る。
殺してしまうのはかわいそうだけど、その命に感謝しながら美味しく食べてあげるのが人としての最低限の礼儀。
せめて美味しい形で調理してあげよう。
とタコの額・・・あの、目とか墨吐き筒とかある所に電撃の魔力を突っ込もうとしたとき、
私はある考えに至る。
あれ?もし生でお刺身とかお寿司にして食べるんなら、電撃で締めちゃうのマズくない?
と。
私はこれまで数多くの生物を雷で仕留めて食べて来た。
けど、雷を直撃させて仕留めた生物は基本美味しく焼き上がっている。
つまり、生では食べられないのだ。
それはマズイ。
そう思って左手に貯めた魔力を取りやめて発散させたその時、
足首に嫌なヌメリで包み込まれる感触がする。
「あ"っ、ちょ」
その一瞬の躊躇で、タコは私の右足に絡みついてきていた。
思わず引き抜こうとするが、あろうことか力はタコの方が強く、吸盤で吸い付かれているのもあって引き抜けない。
「はっ、な、れて!!」
右足をぶんぶんと蹴るように振り解こうとしても、タコはそれを諦めようとしない。
そうこうしている間に、左足まで掴まれてしまい、
「あっ」
右足を蹴り上げた衝撃を左足で吸収しきれず、転倒して尻もちをついてしまった。
タコは、これを好機と見たのか、私の足を掴んだまま這いずるようにずるずると私の体にのしかかってくる。
「いやいやいやいやいやいや待って!?そうじゃ無くて!」
焦って足をばたつかせてもタコは止まらない。
それどころか、太ももに、腰にと、どんどん嫌な感触が増えていく。
このまま尻もちの体勢、仰向けのまま押し倒されるのはマズいと体を横に向け、持ってる包丁をヤケクソ気味に振るが、体重も乗ってないひ弱な私の一振りではタコの腕一本が多少傷つけられるだけに留まり、包丁を持っていた腕が逆にタコに掴まれて振れなくなってしまう。
「だ、誰かっ!!」
助けを求めるべく野次馬の方に視線を向けると、
マズいとは思いつつ、行くだけの勇気は無く半歩出しては引いている人とか、
何か気まずい物を見てしまったかのように真っ赤になりながら視線を逸らしている人、
目を逸らしているフリをしながらチラチラと見て来る人等、そんな感じのばかり。
だからそういうのじゃないんだってばぁ!