第19話:市場の魔物?・Ⅰ
夏。
どうもアウフタクトのある地帯の季節は冬と夏の二種類しかないらしく、
今がその暑季の入りなのだという。
・・・その中間が秋と春なんじゃないの?
とも思わなくも無いけれど、あんまり細かい事は気にしちゃいけないね。
あれからさらに気温が上がり、私の世界においても夏入りと言ってもおかしくない気温。
あの事件で衣服を1着ダメにしてしまった私は、新たに夏服をこしらえた。
っていっても、あの服はある種教会所属の人間としての制服的な側面もあるので大部分は変わらない。
今までの衣服の夏アレンジ(ソックスとブーツを脱いでサンダルに履き替え&アームカバー撤廃)と比べると、
スカートの丈を膝丈くらいまで詰めたのと、
生地厚めだったケープを、エレガントなデザインのミニベストに変えた位だ。
それでも、布地はだいぶ減り、この暑さに対応できている。
・・・元々の衣装がだいぶ涼しかったとも言えるけれど。
あとは、結局あの脇腹の傷は完全に治る事は無く、横に一線跡が残るようになってしまった。
女の子としては大変痛ましい古傷になってしまってはいるのだけれど、
私にはもう元の世界で事故って背中に大きな傷跡が残っているので、もう今更な話だった。
なので脇腹が見えるヘソ出しスタイルは変わっていない。
この世界、バグやらなんやらのせいで傷跡には寛容だし。
あと何か話す事あったかな・・・
あそうだ、あの事件を解決したお礼として、国や街から結構な額のお金を貰った。
ある程度の節約生活をすれば一生生きられなくも無い額だってさ!
・・・夢みたいだよね。
町一個救ったんだからそれくらいは貰えないと、ってレナール先輩は言ってたけど、なんというかいざ貰うとなんか忍びなくなってくる。
まあ勿論、それで一生生きていこうとするわけも無く、半分は教会の維持費へ、そしてもう半分は私の目的を達成するために使われるつもりだ。
そんな折私はと言うと、教会の孤児院でのんびりダラダラしていた。
理由としては暑いからでは無く、
単純に戦いに疲れたからである。
だってさぁ、自治区の時からずっと戦いっぱなしだったんだよ?
なんかカニの時にもそう言うこと話してた気がするけど、今回こそは平穏に過ごしたい!
と、最早ギルドに寄る事も無く過ごしていた。
今の所急いでお金を稼ぐ必要は無いし。
「うーん、中々良くない話ねぇ」
私共々退院してすっかり元気を取り戻したマリナさんは、リビングの食卓で町が発行している国報誌。
ようするに新聞のようなものを見ていた。
定期的に発行されるそれは直近のニュースなんかが載るわけだけれど、内容は当然この町で来た退魔石事変の事ばかり。
色々な話は聞いているはずだけれど、マリナさんは苦々しい顔をしている。
「何かあったんですか?」
興味本位でマリナさんが座っているイスにもたれ掛かるようにして同じ国報誌を見てみる。
「どうも、例のあの事件、ヴィクティア帝国が絡んでるって噂があるらしいのよね」
国報誌を見ると、
"疑惑!アウフタクト退魔石停止事件の首謀者はヴィクティア帝国!?"
とデカ文字で書かれている。
新聞っていうかゴシップ記事だこれ・・・
一応内容も読んでみると、
退魔石停止の原因となっていた中央公園に、ヴィクティア帝国の紋章が刻まれた布切れが落ちていたとの報告が、オルケス王国ギルド所属グループ"リコリス"のアコニタム氏により報告された。
また、当布はヴィクティア帝国軍部の制服に使用されているものと酷似し、帝国特殊工作部隊による破壊工作の可能性が浮上している。
なんてことが書かれている。
ヴィクティア帝国って、確かここオルケス王国とはあんまり仲が良くない大国だったはず。
それの紋章の刻まれた布切れかぁ・・・
実際あそこにはアコニタムさんは居たし、発見されたって話は嘘じゃないんだと思う。
ただ、疑惑の段階でこれ書いちゃうのもリスキーだなぁ、と、生徒会時代に新聞部と色々話し合ったりしていたころの自分の経験が首を傾げさせる。
一応読み進めていくと、
尚、中央公園には紋章の刻まれた布以外は発見されず、
アコニタム氏の見解によれば、当時その場に居た特警戒大型バグ、レオンバグによって捕食されたのではないかと語っている。
と、ある。
・・・あのライオン、別に喉らしいものは無かったから口内でそのまま噛み潰されてしまったんだろうか・・・
そして、一歩間違えば私もそうなっていたのかと思うと身震いする。
「これで戦争なんてことにならなければいいけど・・・」
「・・・ですね」
マリナさんと二人、あまり気乗りしない感じで頷き合って、国報誌をぱたりと閉じた。
・・・
なんというか、少し寒気がしてきてしまった。
このまま湿っぽい雰囲気のリビングに居続けるのもなんか嫌だ。
私は本来散歩が趣味で、家の中でゴロゴロを延々と続けられる体質では無いのだ。
なので、気分転換に外出することにした。
とはいえまたなんか変なトラブルに巻き込まれるのも嫌なので、
「・・・なんか、戦いが無い平和な所って、無いですかね?」
と、マリナさんにそんな事を聞く。
マリナさんは、ほんの数秒だけ考えてから、パンと軽く手を叩いて答えた。
「そうねぇ、思い当たるのは市場とかかしら?」
「市場ですかぁ、ちょっと行ってこようかな」
「あ、じゃあ私も行こうかしら。今日のお夕飯も買わないといけないし」
「マリナさんも?じゃあ、そうしましょう」
なんというか、ものすごいスピーディに事が進んだ。
まあ、市場と言えば買い物だし、予定調和なのかもしれないけれど。
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アウフタクトは港町にして交易都市。
故に貿易、交易の物資と、海の幸が並び立つ市場は、アウフタクトの南端に位置するにもかかわらず、ギルドや町庁舎などがある中心街にも負けない賑わいを見せる。
少し前はその・・・濁流被害で閉まってた時期もあったらしいけれど、
最優先で復興されて、今はもう賑わいを取り戻している。
「ユイちゃんは何のお魚が好きかしら?」
「えーっと・・・み、見覚えのあるやつ・・・」
「じゃあ・・・セモン魚?」
マリナさんと私は、そんな話をしながら市場の入り口へと入っていった。
こういう場でもマリナさんは修道服だ。っていうか自治区での偽装の時以外で修道服じゃない時を見たこと無い。
・・・私も人の事言えないけれど。
港に続く大通りを一つ丸ごと使った市場は太い道路の両端に様々な店が構えられている。
そんな状態の道が100メートル以上続き、港前の広場まで飛び出しているのだから驚きだ。
「いらっしゃい!!今日も新鮮な魚が入ってるよ!!」
店員の威勢の良い声に引っ張られて商品を覗くと、様々な魚が氷の満載された木箱に詰まっている。
基本的にはよく見る形状の魚だけれど、何の魚かまでは分からない。
元々魚に詳しい訳でもないので、あまりに分かり易いもの以外は知らなくて当然だけど。
中には、魚じゃない、貝とかも並んでる。
「あ、ウニ」
その一角に、黒いトゲトゲの球体が密集しているが見える。
これはどう見てもウニ。イガグリはここには無いでしょう。
「ユイちゃん、ウニ好き?」
それをまじまじと見つめているのをマリナさんに見つかる。
好きって聞かれたても、記憶の上では雲丹未経験である私。
「え?いや・・・実は食べた事無くて・・・」
「あら、そうなの?じゃあ、今日食べてみましょうか。店員さーん。このウニ3つ貰えるかしら?」
「はいよ!」
「え、いや、ちょ、決定が早い!」
まだ食べたいって言った訳じゃ・・・!
ま、まあ、食べてみたくない訳でもないからいいけど・・・
「お、お金は大丈夫なんですか!?」
「別にウニは高くないから大丈夫よ」
「えっ」
値札を見てみると、確かに一匹95ゴルト。
普通の魚より安いかもしれない。
値札をまじまじ見ていると、戻って来た店員さんが、自虐するような笑みを浮かべながら、
「まー、ウニは取れまくるし、他の魚を傷つけちまうのに食べにくいからな、安く売りさばいてでもみんなに消化して欲しいもんなんだよ」
「へぇ・・・私の故郷だと高級品でしたけどね・・・」
「同じ海でも地域によって捕れるものは全然違うってこったな!!」
ガハハと笑う店員さんには悪いけれど、
私の故郷、世界そのものが違うからね。
その後ウニが入った箱を手渡される。
その箱は触るだけでもヒンヤリしていてこの気温では心地いい。
どうやら氷魔法が使われていて、固定の力で鮮度を維持しているらしい。
つまり携帯式冷蔵庫だ。
「ウニは美味しいのよ?ちょーっと大人の味だけどね」
「大人の味って、苦いものの言い訳に使われてません?」
「ま、まあ、実際ハマる人が居るのは事実よ・・・?」
子供ながらに、あぁ苦いんだな、と食べる前から悟ってしまう。
苦い=マズイでは無いのだろうけど、クセが強いのは確かだ。
勿論、ウニ3つだけで夕飯が足りる訳無いのでまだまだ市場で食材を探す。
そのつもりで港に続く広場に出ると、
広場の一角が何やらざわついている。
「あら、珍しい魚でも捕れたのかしら。行ってみる?」
「珍しい魚ですか?」
「ええ。ほら、港に漁船が泊まってる」
見ると、確かに港には一隻大きな船が停泊していた。
見た目的には、多分旅客船ではなさそうなものが。
「たまーにあるのよ。珍しいお魚が釣れると、市場で解体ショーと即売会があるの」
「なんか、マグロみたいですね。
「そうね。タツマグロとかはそうなったりするわね」
・・・うーん、そのマグロは知らないなぁ。
とりあえず何かお祭りの空気を感じて、興味本位で近寄って行くと、
ざわつきの中身が次第に分かってくる。
ざわざわと複数の声が入り混じる音はだんだんとその中身が聞き取れるようになり、
それらがどちらかと言うと悲鳴とかなんか、ドン引いてる感じとか、そんな声である事が分かって来る。
・・・なんか、急に行きたくなくなっちゃったんだけど。
でも、さらに耳を凝らして話を聞くと、
「見ろよ、これがタコだってさ」
「うわぁ、気持ち悪ーい」
「タコってなんでこんな姿なんだろうな」
「・・・モンスターじゃん」
そんな声が口々に聞こえてくる。
タコ!?
確か、前に自治区でアリッサさんに好きな寿司ネタを聞かれたときにタコって答えたら凄い空気になったやつだ。
それこそマリナさんにもちょっと引かれてしまった代物。
一体この世界のタコは、どんな生き物なのか、この際ハッキリと見届けて、そしてマリナさんに誤解を解かないといけない。
私の知るタコは美味しい海の幸であるという事を。
「あら、タコですって」
「マリナさん、見に行きましょう!」
ざわつく人混みの隙間を縫ってその人の輪の中心にたどり着くと・・・
真ん中にあったのは巨大な水槽だった。
高さと幅が1メートル、幅が2メートル程の巨大な水槽。
そしてその中には、
やや茶色がかった岩っぽい模様の丸く巨大な頭部と、他の生物には無い無機物のような目、
口のように伸びるチューブ状の器官と、大量の吸盤が並ぶ長くてウニョウニョと動く沢山の足。
・・・うん。
私の知るタコそのものがそこに居た。
・・・一緒じゃん。
確かにサイズは私が知ってるサイズとは全然違う、水槽いっぱいの特大サイズではあるけれど、
私の目には、たくさん食べられるお得タコにしか見えない。
「た、タコはいつ見ても凄い見た目よね・・・」
マリナさんも、苦笑いみたいな表情をしながら人の輪に紛れている。
水槽に近寄ると、タコも私を視認したのか、足の一本を水槽に張り付けけて、沢山吸盤がギュウっと押し付けられる。
このサイズの吸盤ってそれだけで寿司ネタになりそう。
そしてそれを見た背後の人混みが、軽い悲鳴のようなざわめきに変わる。
この世界なんでタコそんな恐れられてんの・・・?