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第18話:青い夜明け・Ⅲ

翌日。



「まさか私も入院することになるなんてね・・・」


隣のベッドで、マリナさんが苦笑いを浮かべている。


結局あの後、マリナさんもまた無理がたたったとのことで、入院することになったのだった。

またしても教会をカレンさん一人に任せる事になったけど、カレンさんは休む時はちゃんと休むタイプだし大丈夫かな。


マリナさんの症状は過労と睡眠不足なので、普通のパジャマみたいな入院着。

一方の私は、まだ傷口を捻ったり押したりすると痛みが発生し、完治しきっていないので経過観察が必要らしく、横が開いた入院着。

女医さん曰くこれは手術用なのだそう。


病室は空調なのか魔法なのか、暑くなり始めた最近の気候と打って変わって、比較的涼しげな気温。

ちょうど、病院の薄い布団に入っているといい感じの温度に調整されているのかもしれない。


そんな空間。少し暇を持て余した私はマリナさんの会話に乗っていた。


「あんなに無理はしないでって言ったのに・・・」

「どちらかが死にそうなときは、2人で傷を負おうって言ったのはユイちゃんよ?どちらも命に別条の無い入院なら、それでいいじゃない」


「・・・そんな屁理屈を・・・」


やっぱりまだマリナさんはちょっと言動が退行してる。

普段はそんな事言わないもん。



「とにかく、マリナさんは寝た方が良いです。お医者さんもそう言ってましたし」


私がそう提案するとマリナさんは、


「そうね。そうさせてもらうわ」


そう言うなり、マリナさんはもぞもぞと布団の中に潜り込むようにして眠り始めた。

綺麗な金髪が枕の端っこから飛び出ている。


とりあえず私もひと眠りしようかな、と横になった所で、



「レイフィールさんいる?」


と勢いよくカーテンを開けられる。


「「はい」」


レイフィール姓は私もマリナさんもそうなので、2人して返事をしてしまった。


開けられたカーテンの先に立っていたのはレナール先輩だった。

外は前以上に暑いのか、黒のゴシックドレスである事は変わらないけれど、袖がノースリーブになっている。


「あっ、先輩」

「よかった、目を覚ましたのね!」


先輩は私の先輩呼びにも蕩けること無く、速足で私の元にやって来る。

一方でマリナさんは自分が呼ばれたのではないと悟って、再度布団に潜り込んでいった。


「どう、どこか痛むところとか無い?後遺症は?」

「え、えっと、流石に捻ったりするとまだ痛いけど、後遺症みたいなのは、今の所は・・・」

「あぁ、良かった。治癒薬を使ったとはいえ中々に無理をさせてしまったから、心配だったのよ」


先輩は手にしたバッグから、いくつかの果物を取り出して私のベッド脇の棚に並べていく。

この世界もお見舞いの定番は果物なのかな。

とはいえ、見た目は亀の甲羅のような固そうなものとか、スイカみたいな柄のリンゴっぽいものとか、

見た事の無い果物だらけだけど・・・


そんな果物を並べ終えると、先輩はベッドを半周し、左脇腹、傷のある方へと向かい。

女医さん同様に手術着の紐を勝手に解いて布ペロンとめくり上げた。


「ちょ!これ1枚着てるだけなんだから気を付けて!!」

「そこまでめくらないから平気よ。今日はカインも居ないし」

「そういう問題じゃあ・・・」


しかし私の懇願も意味なく、割と大胆にめくられたまま先輩は傷跡を観察している。


「ふむ、思ったより治りは早いんじゃない?良い回復魔法の使い手が居るわね」

「まあね」


今横で寝てるけど。


「いやね。私がここまで心配してるのには理由はあるのよ。なんだかんだでユイさんにかけたあれは呪いだから、何か良くない影響は出てないかと」

「・・・呪い?」


途端、後ろから低い、冷気でも纏っているのかと言う声がする。


「今、ユイちゃんにかけたのは呪いとか言わなかった?」


声の主は明らかにマリナさんなのだけれど、

背後から聞くだけでも迫力が凄い。

先輩の表情も固まっているので、恐る恐る振り返ると、


マリナさんが布団から頭半分だけ出してこちらを見ている。

その上で目はやや虚ろで隈だらけ。

誰がどう見ても、ホラー演出か何かだった。

寝惚けてるのかマジなのか分からないけど、怖いよ!?


「ユイちゃんに悪い事する子は許さないわよ?」

「あっ!シスター・レイフィールさん!いえですね、これは決して悪い事では無く・・・」


あからさまに狼狽えているレナール先輩は、なんというか物珍しい感じがある。


「とはいえですね、決して安全が全て保証されているかと言うと、」

「あ、あのね!」


でもそれを眺めてる場合じゃなさそう!

私自身が割って入ってでもなんとかこの場は収めたい。


「レナールさんが使ってくれたのは痛み止めの呪いだから!」

「痛み止め?」

「そ、そう!傷を負ったとき滅茶苦茶痛くて死にそうだったから、その為にやってくれたの!」


実際は痛みだけじゃ無くて恐怖感とか、嫌悪感とか、諸々全部吹っ飛んでしまう代物ではあったけれど、別に間違ったことは言って無い筈。


「ユイさんの追う通りです。呪いの詳細としては痛み等の負の感情を抑え込む以外に効果は無いものでして、」

「まあ、それならいいわ」


マリナさんは納得したのか、オーラすら見えそうなほどの迫力はどんどん萎んでいき、

最終的には半分覗かせていた顔も布団の中に潜っていってしまった。


「・・・ねぇ、あれ、シスター・レイフィールさんよね?」

「うん」

「普段、あんなだったかしら?」

「今のマリナさん、疲れてるから・・・」


残された私とレナール先輩は、少し背筋を伸ばしたまま会話を続けていた。




そしてその後、レナール先輩から、あの事件の後の町の様子を聞いていた。

退魔石が戻った後は町中のバグが逃げるようにして一斉に消滅したこと。

それでも、町の住民や町々には少なからず被害は出てしまったこと。

そして、その犠牲者を弔う催しを考えているが、それはマリナさんが戻り次第だとカレンさんが言っていた事。


町は所々破壊されていて、現在はその復旧作業が行われているという事。

町に出没した火事場泥棒は粗方捕らえられたという事。

町の中央を通る川の下流では濁流被害が起きていること・・・これ私じゃん。

町の一角に謎の氷雪地帯が出現していること・・・これも私じゃん。

町の退魔石の灯篭が破壊されている事・・・これも聞き覚えが、っていうか見覚えが・・・

また別の一角は、土地が陥没したようになっていること。これは知らない。


「ま、大抵の被害はバグのせいにされてるからあなたは気にする必要は無いわ」

「よ、よかった、でいいのかな?」

「ええ、あなたも賠償とかしたくないでしょ?」

「うん・・・」


若干窓の方に目を逸らしながら頷く。

賠償って、怖いもんね。

と、脳裏にはクシャミで破壊した孤児院の壁がちらつく。


まあそこまで露骨な態度でいるのもアレなので視線を戻すと、


「全く・・本当に恐ろしい力よ、貴方の力は」


先輩は、スッと目を細めながら私の方を見る。


「あなたが本当に本気を出せば今回の事変の非じゃあ無い被害を出せる」

「・・・だ、出さないよ多分・・・」

「現に濁流被害出してるじゃない」

「うっ・・・」


それは不可抗力というかなんというか・・・

まあ、そんなの言い訳に過ぎない。

苦い顔をしている私をよそに、先輩は少し悲し気な顔をしながら続ける。


「そう言うの、経験があるのよ。私じゃない。エルドレッド家の話だけど」

「えっ」

「人を呪い、知らず知らずのうちに破滅に追いやるエルドレッド家の呪術は、時として洒落にならない被害を与えるの。たとえそれが故意にやったものでなくともね」

「・・・」


ゴクリ、と唾をのみ込む。

病室の空気はまた一層冷たく、初夏の雰囲気など微塵も感じない。


「わざとじゃない、そんなつもりはない、そんな言い訳は絶対に持たざる者には通用しないわ。けれど、そう言うトラブルは持つ者にとって必ず降りかかる」


先輩は首に下げたペンダントを握りしめるようにつぶやいている。

間違いなく何かあった雰囲気だけれど、聞く勇気なんて無かった。


「そうなれば、私達に出来る事なんて何も無いわ。抵抗は更なる疑心を生む。本質的に、力ある物はその力を失った時、持たざる者よりも弱い存在になるのだから」

「・・・」

「私たちに出来るのは、そうなるまでに周りの人から信頼を勝ち取っておく事だけ。地味だけど大切な事よ」

「・・・」


何か言葉を返そうと思ったけれど、何も出てこない。


しかし、


「・・・って、怪我して入院してる相手にする話じゃ無かったわよね」


そう言って、先輩は話題を中断して、部屋のカーテンと窓を開けた。

午前中の日は高く陽光が直接入って来る事は無かったけれど、それでも初夏の陽気は入り込んでくる。


「そんなこと無いよ。何だろう・・・さっきの、凄い刺さった気がする」

「そう?じゃあ、気分転換にここから外でも見てみる?破壊された中央公園の補修作業が遠目で見られるわよ」


それは気分転換になるのだろうか?

そこの公園の破壊ってライオンと私たちがやったことだよね??

先輩は、自身の髪の毛をクルクル弄りながら言ってくる。


「・・・止めとく。まだ動くと痛いし」

「そう?・・・あー、あの杭結構深く刺さってるようね。中々抜けないみたい」


・・・先輩、私が今動けないのを良い事に気になる事言ってくる!!

窓の外を眺めているので表情は分からないけれど、ニヤニヤしているに違いない。

先輩は窓から上半身を乗り出して腰をリズミカルに振りながら楽し気に見ていたけれど、ふとそれを中断して私の元に向き直った。


「ところでさ、あの金属の杭、なんか変な形してたんだけど、あれ何?」

「変な形?」


そんな形に作ったっけ?

まあ、焦ってたからとにかく大き目で細長い杭!ってイメージだけで作ったから雑念が入り込んでる可能性はあるけども。


「なんか、ところどころに出っ張りはあるし、末端はなんか四角い枝みたいなのが生えてたわよ」

「四角い枝・・・?」

「あ、そうそう、こんな感じかしら」


先輩は、いつもの紫色の魔力を生み出して、それを無数の小さな杭に変える。

そして一本の大き目の杭を中心に小さな杭を組み立てるように刺していく。

そして出来上がったものはどう見ても・・・


「・・・電柱だ・・・」


細長い本体と、その途中に刺された小さな杭、多分あの電気業者の人が昇るやつ。

そして、末端の梁のようなやつ。

どこからどう見ても電柱だった。


「デンチュウって何?」

「あっ・・・」


完全に失言だった。

そしてこの世界には電柱なんて無いからその正体を聞かれるじゃん。


「えーっと、私の・・・故郷の、魔力伝導棒・・・的な?」


・・・ごまかせただろうか・・・

というかこの世界での私の来歴ってどうなってたんだっけなぁ。


「ふーん。貴女の所の故郷、随分とでっかい伝導棒使ってるのね」


ちゃんとごまかせたのか、それとも元々そんなに興味は無かったのか、

先輩はそこは掘り下げて来たりはせず、

それだけ言って手元の杭を粉々に砕いた。


砕けた杭は重力に従わず、ふわふわと空中を漂いながら消えていく。


一通りの杭が消え去った辺りで、丁寧に窓を閉め、

帰りの支度をはじめ出す。


「あれ、もう帰っちゃうの?」


正直暇なので話し相手としてはもう少し居て欲しかった私は、引き留め的な意味で

聞いてみる。

でも先輩はその支度の手を止めないまま、


「そうね。実はこの後カインとお仕事の予定があるのよ」

「あぁー、お仕事かぁ。じゃあ仕方ないね」


何か予定が入っているのなら引き留めるのは逆に失礼だ。

特にカイン君はそのお仕事で生計を立ててるらしいので邪魔は出来ない。


「先に目覚めてるって知ってたら後に予定なんて入れてなかったのだけどね」

「でも、連絡手段なんて無いもんね」


スマホのような簡易連絡手段はこの世界には存在しない。

っていうか電気も無いから充電も出来ない。

通話は最悪出来なくていいからカメラ撮影位はしたいんだけど。


「ま、またいつか暇が出来たら今度はカインも連れて来るわ」


そう言いながら先輩は荷物をまとめ上げ、ドレスの着こなしを整える。

そして去り際に一言。


「といってもまあ、その様子だとあなたの方が先に退院しそうだけど」


と言ってカーテンを開けて出て行った。

レナール先輩は、言動こそぶっきらぼうな節はあるけれど、やっぱり根は優しいし面倒見は良いのだ。

妹はこういうの、ツンデレって言ってたっけ。




また病室には静寂が帰って来る。

聞こえるのは、窓越しのわずかな街の喧騒と、マリナさんの小さな寝息。

あとはこれまた壁を挟んで聞こえる、他の病室の患者の声位かな。


何れにしても大した音では無くのんびりとした初夏の病室を感じさせる。

私が元の世界で入院してた時もこんな感じだったなぁ、等と思いながら、私は先輩が置いて行った果物を一つ手に取る。

それはミニメロンとでも言えるような代物で、茶色がかった薄緑をベースに、私の知っているメロンよりはやや整ったベージュの格子が這っている、リンゴサイズの果物。

知らない赤いツブツブは見えるけど、流石にこれはメロンでしょ!


そう思いながら、果物が並ぶ中に置いてあったマリナさん私物のナイフを手に取って、メロンに刃を入れた。






・・・そして、やっぱり知らない果物は先に味とか触感をちゃんと聞いておこうと強く決意したのはまた別の話である。

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