第2話:異変・Ⅲ
「へぇ・・・そんな事があったの・・・」
「はい。死ぬかと思いました」
朝起きて、朝食を終えた後、朝の片づけを手伝いながら、マリナさんに一連の症状を相談した。
朝、私に起きた異常は、間違いなく命に係わる。
そう感じさせるのには十分だった。
体内で熱が暴れて、本当に死にそうになった。
「うーん・・・大変ねぇ・・・今は大丈夫?」
「今はそんなでもないですけど・・・いつもよりは体温が高い気もします」
「そう・・・そんな症状聞いたこと無いし、病院行きましょうか」
「はい・・・ごめんなさい」
「いいのよ、気にしないで」
マリアさんは家事も終わらぬうちに私を病院につれていってくれた。
そうこうしているうちにも、私の体温は少し上がっている気がする。
病院は、家の作りこそ見慣れない感じだったけど、内装は受付カウンターと待ち合わせのソファ、
そして、なぜか病院にありがちな観葉植物。レイアウトそのものは私の知る病院のそれだ。
そしてそれは診察室でも同じで、
いろんな書類が並べられている机と、二つの椅子。
そして、低いベッド。
見慣れた光景には、想像以上の安心感が持てる。
お医者さんも白衣だしね。
「って言うことがあったらしいの」
「はい。今もちょっと暑いです。」
「なるほどね・・・」
お医者さんはまた何かつぶやいて、淡く灰色に光っているメガネを手にした。
眼鏡の蔓には、魔方陣のようなものが浮かんでいる。また魔法の道具かな?
お医者さんは私の顔を、眼鏡をかけて覗き込む。
「どれどれ・・・え?・・・何・・・これ・・・?」
「えっ、ちょ、ちょっと、何ですか!?」
尋常じゃない反応のお医者さん。
何を見たの!?
「あ、いやごめんなさいね取り乱しちゃって」
「その・・・何が見えたんですか?」
「そうね。嘘ついてもしかたないし、はっきり告げるわ」
・・・ドキドキと心臓の鼓動が聞こえる。
・・・・・私は、何を患ってしまったの・・・?
前にこんな映画を見た事ある。
自分たちの世界にやって来た宇宙人が、
大暴れしてたら、ウイルスにかかって死んでしまう話。
でもそのウイルスは、その世界では別に危険でもなんでもないちょっとした風邪菌レベルだった。でも宇宙人はその対策を持ってなかったから、重症化して死んでしまったってオチだった。
もしかして私も・・・・?
「あなたの体には、"あり得ない程の魔力が貯まっている"わ」
「・・・・・・・・・え?」
え?魔力?
えっと・・・魔力って・・・なんだろう?
貯まるものなの?
「詳しい数値は分からないけど、常人の十倍、二十倍なんて量じゃないわね」
「・・・つまり・・・どういうことなんですか・・・?」
「人が貯められる量をはるかに超える魔力が体内に蓄積して、全身が悲鳴を上げているのよ。あなた」
「それ・・・なんとかなるんですか・・・?」
魔力がどうとか言われると、私はサッパリだ。
でもそれが体に溜まり過ぎて、あの猛烈な熱になっていたという事は理解できた。
「見た事無いケースなのよね・・・原因も、原理も、解決法も、はっきりしていないわ」
「え・・・」
毎日あんな灼けるような思いしなきゃいけないの・・・?
嫌だよそんなの・・・毎朝あれは堪える。
「体内に魔力が貯まり過ぎてるって事は、多分溜まってる魔力を解放すればいいとは思うのよ。きっと」
お医者さんは腕を組み考える。
その間にも体温がまた少し上がっている気がして、蒸し暑くなってくる。
首元の隙間をパタパタして、少しでも熱を和らげようとする。
「うーん・・・あ、ちょっとユイさん。ちょっとそこで横になってくれる?」
「え?あ、はい」
お医者さんが指さした先にあるベッドに横になった。
「・・・あ、・・・お?・・・もしかして・・・?」
「あ、あの・・・何してるんですか?」
お医者さんは私の服の裾を持ってめくったり戻したりしている。
傍からみると変な事しかしてない。
私もお腹を出されたり隠されたり、ちょっと恥ずかしい。
「あー、ちょっと仮説をテストしてたのよ」
「?」
「でも大当たりね」
「何がですか?」
「やっぱり、貴女は感応器から勝手に魔力を放出してるわ」
「か、かんのう・・・き・・・?」
聞いたことのない名前だ。
「あ、知らない?本当に魔法について何にも知らないのね。感応器ってのは、魔法を使うための器官の事よ」
「詳しいことは後でちゃんと教えてあげるわ」
お医者さんとマリナさんが立て続けに言ってくる。
あんまり理解はできなかったけど、
感応器っていうのは、魔法を使うのに必要な器官らしい。
・・・私魔法の無い世界出身だけど、あるんだ、そんなもの。
まぁ、後で教えてくれるらしいし、その時に聞こう。
「とりあえず、原因はわからないけど、溜め込み過ぎた魔力は、感応器から放出されているようね」
「だから、応急措置ではあるけれど、感応器を外気に触れさせておけば一応はなんとかなる可能性はあるわね」
「あの・・・その感応器って、どこにあるんですか?」
外気に触れさせるって言われても、それがどこにあるのかわからなきゃ出しようがない。
・・・変な所じゃなきゃいいんだけど・・・
「感応器の場所?それは人それぞれよ」
マリナさんが説明してくれる
「基本的には頭と胸。つまり、命を表す、頭と心臓の所には誰でも持っているんだけど、そこ以外にも人それぞれ感応器はあるのよ」
・・・頭と胸かぁ・・・胸はともかく、頭はずっと出してるから大丈夫だね。
「感応器はいわば魔力の呼吸を行う部位で、出してると魔法を効率よく使えるの。私の修道服の胸が空いてるのはその為ね」
とマリナさん。
つまり、魔法を使うために胸の部位を開けてたって事だったのね・・・コスプレチックとか思っててごめんなさい。
「とりあえずこれから貴女の感応器の位置を特定するわ」
「特定が終わったら、どうなりますか?」
「各部位の密度を測定したあと、どこをどれだけ露出させれば安全な状態でいられるかを調査します」
「しばらくは魔力が駄々漏れになっちゃうけど、貴女の安全の方が最優先ね」
「はい。おねがいします」
感応器の測定は、服を脱いでベッドに横になり、感応器に反応して光るらしい石を押し当てて調べるというものだった。
下着姿で石で全身を撫で回されるのは、恥ずかしかったし、
とにかくくすぐったい。
脇腹とか内腿とかを調べてるときは、何度も身悶えして、何度も怒られた。
恥ずかしさとくすぐったさで息も絶え絶えになってしまった頃、
お医者さんが告げる。
「よし、全身の感応器の位置測定が終わったわ」
お医者さんは、カルテを手に、淡々と告げる。
「さて、肝心の位置と数の話だけども、」
「はい」
「貴女の場合、頭と胸は勿論、背中、二の腕、下腹部、腰、内腿、外腿、手の平辺りにも感応器が確認できたわ」
「はぁ」
えっと、背中、二の腕、下腹部・・・もう胴体付近全般感応器だらけ?
「いっぱいあるわねー」
「は、はぁ・・・」
呑気にマリナさんは言ってるけど、
つまり、これは良い事なの?悪い事なの?
・・・っていうか、胸に背中に下腹部にって・・・私の肺とか胃とかはどうなってるの・・・?
その後も様々な測定が行われた。
基本的に私は立っているか寝ているかだけしていたので、何をしていたのかはよくわからなかった。
でも、魔法関連だと思うので、何をしているのか聞かされててもきっとわからなかったと思う。
測定が終わっても、結果まではある程度時間がかかるらしく、
結果が出るまでは、待合室でマリナさんと待っていた。
「感応器を外気に触れさせるって・・・内腿とかもですか・・・?」
「そうねぇ・・・場合によっては」
「そんなぁ・・・」
恥ずかしいですよ・・・
「そんなに悲観することは無いわ。外気に触れさせるって言うのは、別に外から丸見えにするって話じゃないから」
「そ、そうなんですか・・・?」
「ええ、要は通気性を確保すればいいの。だから、例えば内腿なら、別にスカートを穿いてもいいのよ」
「あ・・・そうなんですか・・・?」
「もちろん、穿かない方がベストよ?」
「それは流石に・・・」
私の理性が許さないです。
「さて、細部測定の結果が出たわ」
しばらく待っていると、お医者さんに呼ばれ、診察室に入る。
お医者さんは私をしっかりと見据え、真剣なトーンでしゃべり出す。
「貴女にとって、かなり衝撃的な結果が出たわ」
「・・・え?」
衝撃的・・・・?いったい何が・・・・?
「まず、貴女の魔力蓄積量と、生成量だけど、16~7歳女性平均の、約600倍。そんな数値が出たわ」
「ろ・・・ぴゃく・・・?・・・・・・ろっぴゃ・・・く?」
600倍?600倍って、どのくらい?
「あり得ないでしょう?そう思うでしょう?事実なのよ。私だっておかしいと思った。測定器の故障だと思った。だから、機器を変えて、方法を変えて、何回かやったのよ。全部600倍だったわ」
「ろ、600倍・・・」
平均の600倍なんてもう想像もできない。
「この結果から、私が立てた仮説は・・・」
「・・・・・・」
「貴女の感応器は、暴走状態にある、と思うわ」
「暴走・・・ですか・・・」
身体の一部の機能が暴走してるって、嫌だなぁ・・・
暴走って、良い事じゃないし、健康に絶対悪い。
「暴走している原因ってなんですか?」
「普通わけもなく暴走する筈はないのだけどねぇ・・・何かきっかけがあるはず」
「きっかけですか・・・」
「まぁそれが分からないから、今こんなに悩んでいるのだけれど・・・」
「分からない・・・って事は、解決法も・・・?」
「ええ、現時点ではね」
「そ、そうですか・・・」
解決法が分からない・・・不治の病・・・?
「後は、暴走による体への負担はどうなるのかしら」
マリナさんが聞いてくれたけど、それはすごく気になる。
体の器官が全力を越えて動き続けてるなんて、いつ器官が限界を迎えて壊れてしまうとも限らない。
「まだ調査期間が足りないから何とも言えないけれど、全くの無問題、とは言えないだろうね。負担の無い暴走なんて存在しないといってもいい」
「早死にとかしちゃうんでしょうか・・・」
「可能性はある。だから、もしまた体に異変がおきたりしたら、我慢や遠慮せず、いつでもまた来てちょうだいね」
「はい。わかりました」
「そうでなくとも、定期検診に来てほしくはあるわ」
「はい」
「ここでわからない事も、王都ならわかる可能性もあるから、可能ならそちらを利用してみるのも手ね」
「王都・・・ですか」
何回か聞いた単語だけど、よくはしらない。まぁ首都みたいなものかな。
「そうね。ユイちゃんの最終目的も王都にあるし、いずれは利用することになると思うわ。だから、そこらへんもちゃんと勉強しましょうね」
「・・・はい」
やっぱり、これから勉強していかないとダメなのかぁ・・・
ゼロからの勉強は慣れてるけど、大変なのも知ってるから、今から多少憂鬱だ。
「さて、あとは今後のユイさんの行動だけれど・・・」
「はい」
私が魔力を暴走させてるというのはわかったけれど、
それで私は今後どういう対策をとればいいのかは全く分からない。
「今後貴方はできるだけ薄着で生活することを推奨するわ」
「・・・それはどのくらい・・・?」
「多ければ多いほど安全性は高まるけど、それは流石に恥ずかしいでしょう?」
「そ、そうですね・・・」
「だから、真夏の私服程度でいいと思うわ」
「わかりました」
まぁ・・・そのくらいなら・・・
私の普段の真夏の私服ってそこそこの丈のスカートとTシャツとか、そんな感じだけど、
内腿とか下腹部をさらけ出す必要が無いのはとてもありがたい
帰り道、
とぼとぼと歩く私に、マリナさんが言ってくれた。
「ユイちゃん・・・あなたの身に起きたことは、かなり過酷な事だって、私はわかってるわ」
「・・・マリナさん・・・」
「だから、私はあなたを全力で助けてあげる。それこそ、大切な娘のようにね?」
「・・・ありがとうございます・・・」
マリナさんは、時折お母さんみたいな優しさを見せてくれる。
それが私にとって、嬉しくもあり、ありがたくもあり、
本当のお母さんを思い出して、悲しくもなってしまうのだった。