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第17話:漆黒の獅子・Ⅱ

「・・・あっ・・・!」


脇腹に鋭い痛みを感じたのもつかの間、私はそのままバランスを崩して地面に倒れ込む。

ドサリと重い音を立てながらお尻から着地した直後、


倒れ込む一瞬だけ忘れていた脇腹の痛みが、今度は脳に直接突き刺さるような鋭い痛みと、脇腹周辺を延々駆け巡るような鈍い痛みの両方が同時に襲い掛かる。


「っ・・・あああぁ!!」

「ユイ!!」


痛い!痛い!痛い!


誰かの声がする。


けれど、脳内は痛いという感情に全て支配され、

それ以外の事に割くキャパシティは残ってはいなかった。


痛みで押さえた手がべちゃりと粘性のある水分に満ちた音を立てる。

目がかすんで、そこがどうなっているのかは分からないけれど、どう考えても良い状態では無い。


「・・・だい・・・か?・・・イ・・・!」

「うぅぅぅぁぁぁああ・・・」


霞みゆく視界の先では、バリバリと雷光が激しく瞬いているし、

床はビショビショ、一部は凍ってる。


私の魔法が暴発している。



それでも激痛なのは変わらず、痛みに耐えかねて転げ回ろうとする体を、誰かに押さえつけられているのだけはなんとなくわかるけど、

私にはどうすることも出来ずただ痛みのあまりうめき声をあげることくらいしかできない。



「う、うぅ・・・」


人間の本能か、増し続ける痛みに脳がマヒしてしまったのか、

体は動かず、目も耳も正常に動作してない。

そのおかげで痛みは引いて・・・いいや、無理やり押さえつけられて幾分か物事を考える余裕が出来る。



多分あの時、私が張ってたバリアを迂回するように、地面の下を通るようにライオンのたてがみ攻撃が行われていた。

そして私はそれをよけきれず、脇腹を直撃した。

あとはご覧の通り。もしかしたら腰が半分無くなってるのかもしれない。

言葉にすれば一瞬だが、状態は深刻だ。



脇腹を中心に力が抜けていく。

力と言うか、命そのものみたいな・・・



・・・



脳内に様々な物が思い出されていく。


視覚も聴覚も触覚も無く、

ただただ記憶と思考の海に沈んでいく。


それは、この世界に来る前の両親の事、妹の事、友人の事、学校の事・・・

こちらの世界に来てから久しく見ていない顔が、景色が、浮かんでは消えていく。

元記憶喪失経験者の私としては、こうして記憶に残っているだけでも、来るものがある。


そして、この世界に来てから出会った人の事・・・

自警団の皆、ストラド自治区レジスタンスの面々、初めての友達であるリズちゃん。

こちらは、何故か時系列が逆回しでフラッシュバックしてくる。

そして、この世界で最初に出会った、マリナさん・・・



・・・


・・・!



・・・ダメだ!


こんなところで死ぬわけにはいかない!

だってマリナさんと約束したんだから!


絶対に生きて帰るって!


痛い、熱い、痛い、寒い、痛い


体は目まぐるしく変調をきたし、本当にそうなっているのかも私にはよくわからない。


もうとっくに体の感覚はおかしくなっている。

もう、元には戻れないかもしれない。

それでもせめて、この場は生き残る・・・!


「っつ・・・ああああああ!」


霞む目を気負いと根性で見開く。

同時に、麻痺させられていた脇腹の痛みがズキリと帰って来る。

視界の先には、必死そうな顔のレナール先輩。


そして、その奥には巨大で真っ黒な化け物と、それに立ち向かう2人の姿がぼんやりと見える。

私自身の意識レベルが下がっていたからか、魔法の暴発はいつの間にか収まっていた。


「・・・ちょっと!聞こえる!?」


「っつう・・・!き、聞こえてる・・・!」


下手に身を起こそうとすると気絶するレベルの激痛が走るので、寝たまま先輩の呼びかけに答える。

凝視できるほど首を動かす余裕は無い為傷口をまじまじと見る事は出来ないが、それでも視界の端っこは真っ赤に染まっていて、白かった衣服が、エグイ色になっている。


「・・・!よかった!意識はあるのね!」


「い、一応は・・・」


何とか意識は保ったものの、これで何かが出来るかと言われたら何もない。

意識的に魔法を使うのにも、いつも多少腹筋に力を入れているので多分今は難しい。


「エルドレッド家謹製の治癒薬を使うわよ!いいわね!」

「え、ちょ」


普段より思考力が落ちている中、先輩は何かをしようとしてきている気がする。


「ちょっと沁みるわよ」

「え?・・・・・・ああああぁぁぁぁぁああ!?」


脇腹に何か液体のようなものがかけられて、それが凄まじい激痛を生み出す。


「うあぁぁぁぁああああああ!!」

「だ、大丈夫!治癒薬よ!」


そんな事言われても!!

何かトゲトゲなものを直接体内にぶち込まれた上に中で暴れ回っているような激痛が駆け巡り、

自分の意思とは関係なく体が跳ねる。


自由に動く両手は思わず脇腹へと向かい、ぶちゃりと嫌な音を立てた。


「ちょ!危なっ!」


意識を保つようになってある程度収まったはずの魔法の暴発が再発して、激しい雷光と閃光に包まれる私。

凍り付いた地面にその光が反射してキラキラと輝いている。


「うぐ・・・ーーーー!!」


必死に悲鳴をかみ殺すようにして、なるべく痛みに耐えていたら、


「オオオオォォォン!」


とけたたましい咆哮と共に、さっきまで向こうで戦っていたライオンが、私の目の前まで飛んできて、


「きゃあっ!」


その勢いでレナール先輩が弾き飛ばされる。


「レナール!!ユイ!!」


カイン君が必死に叫ぶものの、目の前に居るのは、一切動けない私のみ。

ライオンは、そんな私を見るなり、その大きな口を開ける。


「だ、ダメ!!」


先輩が叫ぶが、当然ライオンは止まらない。

おおよそ生物らしくない真っ赤に光る口内は、喉のようなものは存在しない。

ただ、口っぽい物を再現しただけのようにも見える。


魔法の暴発によって光り輝く私の体は、ライオンの口に飲み込まれ・・・


・・・る訳にはいかない!!



まだ激痛冷めやらぬ中、私は全力で全身から雷の魔力を引き出す。

今も軽く雷が出てるので、それを増幅するように。


「う"あ"あ"ああああ!!」


当然そんな事をすれば、脇腹の傷は開き、さらなる激痛を生み出す。


でも、


喰われて死ぬよりマシだって!!



ビシャァァァァンッ!


咆哮にも負けない轟音が響き渡り、光り輝いていた私の体は、破壊力を伴う雷の光へと変わっていた。


「グオオオオォ!?」


口内に直接雷を叩き込まれ、ライオンは驚いたかのような声を上げながら、勢いよく飛び退いた。

同時に、私も力を使い果たし、だらりと両手を地面に叩きつけた。

血と水の混じった氷がパキリと音を立てる。


「あぐ・・・はぁ・・・っ、はぁ・・・!」


引き裂かれるような痛みが続き、荒い息を吐く。

失血と、痛みで暴れ回った結果、だいぶ体力を消耗している。

そのせいもあって、全力とは程遠い雷ではあったけれど、流石に口の中に叩き込めば無視は出来ないようだ。


「へ、平気なのか・・・!」

「あっちは封印魔導士に任せておけ。今は俺たちでこいつを食い止めておくんだ!」



完全に倒れて上を見てしまっているため姿は確認できないが、カイン君とアコニタムさんがライオンの気を引くために何か派手に魔法を使っている音が聞こえる。

・・・私なんかの為に・・・!


痛みを堪えつつ、うっすらと見える星々を見ていた私の目の前に、レナール先輩が割って入って来る。


「・・・なんとか、なったようね」


私は、声を出すことなくこくりと頷いて返事をする。


「本当は今すぐ病院に運んであげたいけれど、そうも言ってられない状況なのよね」


私の顔を見ながら先輩があれこれと考えている。

・・・私は今どんな顔をしているのだろうか。


「というか、多分あなたの力が無いとこいつは撃退できないはず・・・そうね・・・」


一瞬の貯めの後、先輩がキリっと真剣な顔つきに変わって、私の目をしっかりと見据えた。


「・・・あと一回、あと一発だけでいいから、頑張れるかしら?私も全力でサポートするわ。お願い」


その目は、難しいお願いだと分かったうえで、

それでもそうするしかないというような表情だった。


けれど、それは私も同じこと。ここで頑張らなければ、私に待つ結末は変わらない。

ここでただ寝転がっていたら、多分またあのライオンに喰われて終わりだろう。

絶対に生きて帰ると約束した以上は、ここでどんな苦痛を背負おうとも、マリナさんに会うまでは、死ぬわけにはいかないのだ。


「・・・わかった」


私は、ゆっくりと、でも力強くうなずいて、両腕に力を込めてその身を起こそうとする。


「あっ・・・痛たたたっ!!!」


しかし、腹筋に軽く力を入れた瞬間、気が遠くなりそうな程の痛みが走り、思わず手の力が抜けて、再度地面に寝転がってしまう。

私の固い意思とは裏腹に、体や脳は動いてくれない。


「うーん、あまり褒められた方法じゃないけれど、仕方ないわね」


それを見ていたレナール先輩は、ブレスレットを光らせて、何かの魔法を使おうとしていた。


「・・・呪詛絶式(じゅそぜつしき)死地蒙昧(しちもうまい)


先輩がそう唱えると同時に、私の胸に紫色の太目の針が突き刺さった。


「う"っ」


思わず呻いてしまったが、よくよく思い返すと特に痛みは無い。

それどころか、さっきまであった脇腹の痛みすら引いて来て、寧ろ清々しい気分さえしてくる。

今なら、普通に起き上がる事も出来そうだ。


「・・・あれ?」

「とりあえず、一時的に痛みとか苦しみとか恐れとか、その辺を封印したわ」

「あ、ありがとう・・・」


あの・・・その詠唱、呪いの一種では?

なんて言うことは出来ず、両腕に力を入れて身を起こす。

痛みは無い。


そのまま四つん這いの姿勢を経由して起き上がる事が出来た。

・・・試しに傷口を見てみると・・・



・・・詳細は伏せるけど、見なきゃよかった。

多分、先輩にかけて貰った恐怖とかの封印が無かったら普通に吐いてると思う。


「封印したのは感情だけ、傷口は今は治癒薬の応急処置だけだから、無理はしちゃだめよ」

「わ、わかった」


そう言っている間にも、少し腰を捻った瞬間に傷口から血がゴバリと溢れ、地面にボタボタと落ちる。

・・・想像以上にエグい。

そして、そんな光景を見てもあまり感情が揺れないのは、先の呪いのせいだろうか。


とはいえ、これじゃあ思った以上に無理は出来ない。


「で、何をすればいいの?」


なるべく体を動かさないように、正面のライオンと戦っているカイン君とアコニタムさんの方を見ながら先輩に問いかける。


「弱点を見つけ次第、一番強力な一撃を撃ちこんで欲しいの」

「・・・一番強力」

「何か、今までで思い出せる中で良いのは無い?」


・・・思い当たるものはある。

勿論それは城の壁をぶっ壊したエクスプロシヴ・パイルの事だけども。

今回も、杭を小さくした簡易版を使った。


「・・・一応、あるよ?」

「じゃあ、それをお願い。どうするかは後で伝えるから、今は耐えてて!」


そう言いながらレナール先輩も、ライオンの元に走っていく。

私もそれを追いかけようとして一歩踏み出したとき、思ったより足上がらずよろめきかけて、

今の私は痛みは無くとも失血が中々酷く、思い通りには体が動かせない事を悟り動くのを止めた。


治癒薬のおかげか、下手に動かなければ出血はもうほとんどない。

じっとしておけば、最悪の事態は免れる・・・はず。




-------------------------------



レオンバグの動きは素早く、強烈で、変幻自在だ。


一発でも貰えば人の骨なんて簡単に砕けるような前足の一撃と、

ユイが貰った、脇腹をえぐり取る勢いの鬣攻撃が矢継ぎ早に飛んでくる。


強化魔法で肉体と精神を補強して見切りやすくなってるって言ったって、精神を張り詰めさせなければほんの油断が命取り。


それでも、アコニタムさんと俺でこのレオンバグの気を引いて、ユイが死なないようにしなければならない。

ユイは今腹をえぐられて、地面に伏してうめき声を上げながら悶えている。

とてもじゃあないが戦えないし、身を守る事も出来ない。




流水のような不可思議な動きの鬣を剣でいなし、そのまま一歩跳躍して右前脚を斬りつける。

今重心は右にあるから右足は手出しできない!


魔法によって炎を宿した剣の一撃は、モヤに覆われたレオンバグの前足を斬りつける感触がするが、これが致命傷でも何でもない事はもう重々分かってる。


斬りつけた後は、その勢いのまま右足に着地し、レオンバグが反応するよりも早く反転跳躍し近くから離脱しないと危ない。


1秒遅れれば、そこには振り上げられた前足か、はたまた鬣か、何方にせよ当たる訳にはいかない。


案の定、飛び退いた直後に、そこを鋭い爪を持った左足が振り抜かれる。

ブォン!

と風切り音すら聞こえるそれは、貰えば斬り裂かれた上で吹っ飛ばされるだろう。


しかし、そんな一撃の隙を突くように、反対側に陣取っているアコニタムさんの杖から炎の塊のようなものが生み出されて、

それが後ろ足を焼く尽くす。


こんなことが数度行われていたその時、

突然、


「ガオオオオオオォォォ!!」


とレオンバグが叫び、飛び掛かる直前のような姿勢を取る。

方向はユイとレナールが居る場所!

見れば、ユイが魔法を暴発させて光り輝いている。


「しまった!」


アコニタムさんが、さっき受けた鬣の攻撃を躱した際の建て直しをしながら、厳しい表情で呟く。

俺もマズイ、と思いつつ、こいつの飛び掛かりは俺にも止められない。


ドンッ


と地面を蹴って飛んでいくレオンバグの風圧に煽られている隙に、奴は既に2人の元へとたどり着いていた。

バグの影に隠れてユイの姿は見えず、レナールは飛ばされて尻もちをついている。


「レナール!!ユイ!!」


俺は必死に叫んだが、2人から反応は帰ってこず、バグの気も引けなかった。

俺は、守れなかったのか?


絶望のあまり手にした剣を取り落としてしまいそうになった時、


ドオオオオオンンン!!


と凄まじい音と、雷のような閃光がレオンバグの、そしてユイの辺りから迸る。

同時に、バグが怯んだかのように状態を起こし、そして後方跳びのように俺たちの方へと飛んで戻って来た。

その後には、未だ真っ赤な傷跡の目立つユイが横たわっている。

しかし、胸が上下していたり、口ではあはあと呼吸しているのを見る限り、まだ息はあるようだ。


「へ、平気なのか・・・!」

「あっちは封印魔導士に任せておけ。今は俺たちでこいつを食い止めておくんだ!」


そうだ。

ユイ達が無事である以上、俺らは今まで以上に奴を食い止めて、そして弱点を探らなければならない。



レンガを粉々に砕くほどの爪を躱し、レオンバグの様子を観察する。

赤々と光る眼は虹彩が無く生気は感じられない。

だが、しっかりと俺の方を見ていると本能で感じ取れる。


夜を圧縮したような真っ黒な体躯、そしてその闇に紛れる鬣による不意な奇襲。

公園は街頭で照らされてはいるものの、近くのいくつかはほかならぬレオンバグに破壊され、この暗闇では視認するのも難しい。


・・・待てよ。


こいつは最初照明として放ったユイの光に喰らい付いて破壊した。

そして、今回も魔法を暴発させて光を放ったユイに一直線に向かっていき攻撃しようとした。


・・・こいつは、光に弱いのか?

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