第16話:闇に墜ちる町・Ⅲ
「と、とりあえずここ離れよう!!」
「そ、そうだな!」
トカゲを倒して一息、とはいかず、とりあえず私が放った氷の空間の外には出なければいけない。
なんといっても寒いから。
冷蔵庫の中のような底冷えするような冷気の空間に、この恰好では長時間は居られない。
結局20メートル程走って、その空間を脱出した。
「外から見ると寒そうだなぁ」
「っていうか実際寒かったじゃない」
振り返ると、明らかにそこだけ水色のドームが出来上がっている。
この緊急事態下だと、安全地帯だと思って間違ってはいる人居そうだし、早く消えてくれないかなぁ。
そんな冷蔵庫ドームを見ながら、カイン君が呟く。
「で、次は何するんだっけ」
「もう一つ、別の場所の退魔石を見に行きたいのよ」
「そうだったそうだった。この騒ぎをバグが聞きつけないうちに、ささっと移動すっか」
「そ、そうだね・・・」
他のバグが聞きつける、と聞くと急に早く移動したくなる。
なんだかんだ雷を打ちまくっていたので、結構な騒音出してたと思うし、なによりこのドームは目立つ。
そう思いながら私達3人は、小走りでその場を後にした。
小走りなのは、私が単純に長時間走れないから。
しかしというか、案の定というか、町は既にバグまみれ。
その全てから隠れて進むなんてことは不可能で、どうしても移動中、小型のバグ達にみつかってしまった。
「どうする?これくらいのザコならなんとかなるけど」
カイン君が剣を引き抜き構えながら聞いてくる。
確かに、今目の前に居るのはネズミ型のバグ。
私が一番最初に出会ったタイプで、小柄で、あのトカゲ程素早くは無い。
多分私でも蹴散らせそうな奴らだ。
しかし、それに対してレナール先輩はというと、
「倒してもキリがないわ。足止め程度にしておきましょう」
と、狭い路地を指さしながら冷静に声を上げる。
「りょーかい!」
「わ、わかりましたっ!」
私含む2人もそれに従い、見つかったバグ達を無視して狭い路地に逃げ込む。
すると当然、小柄なバグ達はそれを追いかけて来る。
逃げ込んだ路地は元々の狭さもそうだけど、何かのパイプが付きだしていたり、
特わからない箱が放置されていたりと、見た目以上に狭い。
というか汚い。
本物の鼠が出てきそうな路地だ。
それに加えて、私は脚が遅いし体力も無く、対するバグは小柄と言えどベースはネズミ。
さっきトカゲ程じゃないとか言った身で言うのもアレだけどあっちの方が断然早い。
走って逃げきれるものでもない。
だんだんと距離を詰められながらも、はあはあと荒い息を吐き路地を必死で走っていると、前を走っていたレナール先輩が突然振り返り足を止める。
私はなんとか体を捻って止まった先輩を避けようとして、ギリギリ衣服が擦れ合うくらいのポジション
ですれ違う事には成功した。
けれど、何故先輩が立ち止まったのか気になって、私も足を止めて振り返る。
そしてカイン君も私と同じことをしていた。
振り返って見た先輩は、右腕のブレスレットを禍々しい紫色に輝かせていた。
「呪詛縛式っ・蜘蛛糸!!」
レナール先輩の叫びと、ブレスレットの耀きと同時に、狭い路地いっぱいに紫のワイヤーが所狭しと駆け巡る。
比較的広めだったトカゲバグとの戦いの時と同じ魔法だろうけど、密度は段違いだった。
追って来たバグ達は、次々とその糸に絡めとられていって、身動きが取れなくなっていく。
さながら、蜘蛛の巣に引っかかったカナブンのようだ。
・・・つまり、ぶっちゃけ気持ち悪かった。
「さ、これで足止めは出来たわ」
もがいているネズミバグ達を冷ややかな目で一瞥した先輩は、そのままくるりとこちらを向いた。
「こいつらなら早々破られることは無いけれど、早めに移動した方が良いわね」
「あぁ、そうだな」
カイン君も、バグ達が動けない事をちゃんと確認してから、静かに慎重に路地を進みだす。
ここからは、早く走るよりも見つからないように移動することを優先する用だ。
体力的にも私はその方が嬉しい。
慎重に何度か曲がったりしながら路地を出ると、今度は広めの道に出た。
基本的にアウフタクトの中心部はみんなこんな感じだ。
幅広い街道に面した大き目の建物の間に、細い路地が通っている。
街道に出ると、ほんのすぐ傍に、機能停止した退魔石の灯篭が置いてある。
中々街道に出なかった理由はこれだったんだ。
「よし、場所はぴったりだな」
カイン君は、影で軽くガッツポーズしている。
幸いまだ私達はバグに見つかっていない、というか。
この街道の辺りでは、他の冒険者が避難誘導でもしているのか、街道の端で鎧を着こんだ人とそれなりの大きさのバグが戦っているのが見える。
「あ、あれに加勢した方がいいのかな・・・」
「あれくらいなら一人でも倒せるはずよ」
先輩は割とストイックな事を言っている。
確かに、遠目で様子を見ればバグの攻撃はしっかりと盾で防いで、確実に攻撃を当ててるようには見えてはいる。
・・・うーん。
だ、大丈夫だって言うんなら、大丈夫なのかな・・・?
「こっちはこっちで調査をしないと」
「あ、そ、そうだね」
若干まだあちらが気にならなくも無いけれど、
本来の目的を見失う訳にはいかない。
カイン君と協力して、退魔石の調査をするレナール先輩が襲われないよう、
背中合わせで周囲を警戒する。
カイン君は街道側。私はさっき通って来た路地側だ。
最悪さっきのネズミがあの糸を抜けて来るかもしれない。
路地の奥の方まで神経を集中させて目を凝らしておこう。
一方で耳の神経はレナール先輩に向いている。
さっきから、
「うーん、やはりここも同じ感じね・・・」
とか
「・・・でもやっぱり何か違和感が・・・」
とか、
「いえ、でもまさかそんな・・・!?」
とかそんな事をつぶやいている。
そりゃあ気になるでしょう?
暫く背後でそんな独り言を聞き耳立てながら路地を見張っていたが、結局あのネズミたちが来ることは無く、先輩の調査は終わった。
灯篭の前で、3人身を屈めながら報告タイムに入る。
そこで先輩は、ふうと小さくため息を吐くなり私たちの方を向いていきなり言い放った。
「・・・おかしいわ」
「おかしいって、何が」
「そりゃ退魔石がよ」
「おかしいのは分かるって、動いてないんだから」
「あーだから、そう言うんじゃないのよ」
ヤレヤレと、肩を竦めるような仕草をしながら、レナール先輩は説明を続ける。
「元を絶たれてる波長が全く一緒なのよ」
「そりゃあ、同じ魔法だからじゃないのか?」
「仮に全く同一の魔法だったとしても、全く同じタイミングで同時にかけないとこうはならないわよ。
人のエーテル放出は常にバラバラなんだから」
「んー、よく解んねぇな」
「私も・・・」
ダメだ、私の理解力が足手まといにしかならない!!
「えーっと、もう仮説から言っちゃっていいかしら!?」
「う、うん・・・いいと思う」
多分途中の理論とかはわからないと思うし。
先輩は、一瞬のあきれ顔の後に、私達二人を見つつ背後の灯篭を指さして言う。
「この二つの封印は全く同じ魔法。つまり、この町の退魔石を丸ごと封印した元凶がどこかにあるかもしれない、という事よ」
「元凶が・・・?」
「そう。アウフタクト中の退魔石を丸ごと封印できる強力な魔法がね・・・ただ、そんなものがあるなら私はとっくに感知できてる筈なのよね」
「多分、この町にエルドレッド家以上の呪いのスペシャリストは居ないよな」
「ええ、だけど人にばれないでかつこんな大規模な呪いや封印なんて・・・」
先輩は、路地の謎の木箱に腰かけながら、腕と足を組んで難しい顔で唸っている。
カイン君はどうかは知らないけど、少なくとも私は何の力にもなれない。
呪いだの封印だのなんて、専門外にも程がある。
「なあユイ」
「うん?」
どうすることも出来ずただ棒立ちしていたら、ふと脇腹を突っつかれる。
当然その正体はカイン君だ。
「教会の所の退魔石は生きてたんだよな?」
「え、うん。そうだよ。理由はわからないけど・・・」
町中の退魔石が動かなくなった時も、教会の講堂にある退魔石は青々と光ってた。
「そっか。んで、ギルドんとこでも見たけど、携帯退魔石も生きてると・・・なんで町の灯篭の退魔石だけ死んでるんだろうな」
「何でだろうね・・・」
どういう理屈なのか全くわからないので、本当に中身の無い会話しか出来ない。
そうしている間にも、どこか遠くで人の悲鳴のようなものが聞こえて胸が痛い。
「ねえ」
その時、さっきまで項垂れるように考え込んでいたレナール先輩がいきなり私達に声をかけて来た。
「ちょっと確かめたい事があるんだけど」
「あぁ、いいぜ」
「わかった」
2人が答えるなり先輩はすっくと立ちあがり、早いペースで灯篭の方へと歩いていく。
灯篭の目の前まで来ると、先輩は私を見つめていきなり言い放った。
「カイン、ユイさん、2人にお願いがあるの」
「うん」
「あぁ」
「この灯篭、ぶっ壊してくれないかしら」
・・・ん?
今何と?
「え?」
「外からじゃ無くて、中身ごと見られれば何か分かると思うのよ」
「いやいやいや、良いの!?そんな事して!?」
「動いてない退魔石の灯篭なんてただのオブジェよ。それに、今ならバグに壊されたとかいくらでも良い訳は効くわ」
「中々強引な理論だな・・・」
そんなトンデモアイデアを出してきた先輩は、まっすぐ私達を見ている。
撤回する気はさらさら無さそうだ。
そんな先輩を前にして、カイン君と2人顔を見合わせる。
これ、やらないと始まらない奴だろうか・・・
教会の十字架と言い、城の壁と言い、これと言い、なんというか大事な物をぶっ壊す機会多くないかなぁ。
私こんな罰当たりな事ばっかしてて大丈夫?
「ほ、本当に壊していいんだよね??ね??」
あまりにも不安なので再三確認を取る。
「いいわよ」
「そ、そうか・・・」
良かった、カイン君もそんなに乗り気じゃない。
私の感性は間違ってなかったんだね。
「で、ユイ。これをぶっ壊す話だが、」
「えっ、私に振るの!?」
が、結局は壊す方向で話を進めようとしているようだ
「そりゃあまぁ、今はあいつしか頼みの綱が無いからなぁ」
「そ、そうなんだけどさ・・・」
「ここで迂回してたって犠牲者が増えるだけだぞ」
「・・・うぅっ」
そう言われるとマジで弱い。
人を天秤にかけるのはズルイって!
「わ、わかったよ・・・!何すればいいの!?」
公共物一個で人が救えるんならやるしかないじゃん!
もうっ!
半ばヤケクソ気味に答えると、カイン君は手のひらを反すように明るく言った。
「そうだなぁ、ハンマーでも錬成してくれれば俺が振るうぞ」
「ハンマー?」
「あぁ、金属性の魔法、使えるだろ?」
「・・・使える」
「おっけ、じゃあ、いい感じなのを頼むぜ!」
「んー・・・わかった」
また物騒な物を作る事になるなぁ。
ところで私、ハンマーなんて持ったこと無いよ?
なんなら金槌も。
形は分かるけど、重さは全然わかんない。
・・・まぁ、なるようになるか!!
右腕をすっと前に出して、手は何かを握ってそうな感じの開き具合にする。
そんな中途半端に隙間の空いた手の中に、棒を通すように魔力を集める。
金属性特有の灰色に輝く魔力が手の中でスティック状に形作られていくのをこの目で見てから、
それを地面の方へと伸ばし、光の棒を作って行く。
因みにまだエーテルの段階なので重さは感じない。
金属の錬成は最後にポンッ、と出来上がるので、結構その瞬間は好きだったりする。
棒が十分伸びたら、今度は頭の部分を作っていく。
形は・・・シンプルに長方形でいいか。
大きさはどれくらいが良いのかな?
とりあえず10㎝×10㎝×20㎝位で作ってみよっと。
今定規を持っている訳では無いので、大体こんな感じだろう、という勘の大きさの四角いハンマーの頭が出来上がる。
最後に、このハンマー型に作ったエーテルを、魔法で金属に変えるっ!!
ゴンッ!!
瞬間、灰色の光が消え、そこには鈍い輝きを放つ金属の塊が生まれる。
本当は地面すれすれで作ったつもりだったけど、ちょっと見積もりが甘かったのかそれは手からすり抜けるような勢いで落下して、街路とぶつかって重々しい音を響かせた。
幸いハンマーは四角く作ったので、手持ちの棒を上にしたまま立っている。
「おぉー、流石だなぁ・・・って重っ!これ何の金属だ!?」
私と立ち位置を入れ替えるようにやってきたカイン君は、完成した金属100%の超純粋なハンマーを持ち上げようと棒を掴んで、そのまま固まってしまった。
「あれ・・・やり過ぎた・・・?」
「い、いや・・・ダイジョブだ・・・」
「あんまり大丈夫には見えないけど」
カイン君は、あからさまにハンマーを引きずって灯篭の前へと移動している。
明らかに重く作り過ぎた感がある。
一応、鉄のつもりで作ったんだけどね。
「ちょっと離れてろよ、危ないから」
よろよろと危うい足取りで灯篭の前に立ったカイン君は、片手でハンマーを支えつつ、
もう片方の腕で、私達に近寄らないよう手振りをしている。
「危ない?」
「多分あいつ、遠心力でハンマーぶん回す気ね」
「あっ、じゃあ取っ手に滑り止めでも付けといた方が良かったかな・・・」
「かもね」
数歩距離を取った場所で、先輩と一緒にカイン君の様子を見守る。
万一こっちに飛んできたときの為にバリアの準備はしておこう。
「じゃー、行くぞ!」
カイン君が掛け声と共に体を捻って、勢いよく体を回転させる。
ハンマーもそれに合わせてワンテンポ遅れて動き出し、あれだけ重そうだったハンマーがわずかに浮き上がる。
テレビで見た、ハンマー投げの動きそのものだ。
片足を軸に体を大きく反らして、上体とハンマーの重心バランスを調整しながら、
1回転、2回転と勢いを増して、
「そーーれっ!!」
勢いの増したハンマーの頭が灯篭の横っ腹に突っ込み、
ドゴォッ!
という石が砕け散る音とともに灯篭の柱が粉々に吹っ飛び、機能停止した退魔石が嵌っている灯篭の上の方が落ちて来て、落下の衝撃で外側が軽く砕けて粉が散ったりしてる。
ものの見事に灯篭はぶっ壊れてしまった。
「2人ともお疲れ様。これで調査が出来るわね」
レナール先輩は、灯篭が砕け散ったのを確認して、早速調査へと向かっていく。
「ふー、出来れば次はヘッドをもうちょっと軽くしてほしいかな」
「出来れば次なんて無い方が良いけどね・・・」
一方で、一仕事終えたと言わんばかりのカイン君は、先輩とすれ違うようにハンマーを引きずって私の目の前に置いた。
とりあえずこんなもん残ってたら即疑われるし、分解しておかなきゃ。
証拠隠滅、証拠隠滅・・・
魔法で作ったハンマーなので、作った本人である私なら元のエーテルに戻せる。
持ち手の先端の方から、金属の棒がもとの灰色の光へと変化して霧散していく。
やっぱり魔法って凄いインチキだと思うな。
こんな重い物を、その場で作ってその場で消せるの、便利過ぎじゃない?
キャンプとか手ぶらでも出来そう。
そうして消えゆくハンマーを眺めていると、灯篭の方から、
「嘘・・・!カイン!これ見て頂戴!」
「あ?・・・こ、これは・・・!」
「えぇ、もしかしたら謎が解明できるかもしれないわよ!」
なんて聞こえて来る。
待って!?
凄い気になるんだけど!
そんな私の思いとは裏腹に、ハンマーはゆっくりと消えていく。
金属性は他の魔法と比べて密度が高いのか、出すのも消えるのもゆっくりなんだよね・・・