第16話:闇に墜ちる町・Ⅰ
「街中にバグが湧いてる!」
必死の形相で飛び込んできたカレンさんは、扉を開けるなりそう叫んだ。
「なんですって!?」
そんな訴えに、マリナさんもガタンと椅子を倒しかねない勢いで立ち上がる。
バグはこの世界でどこからともなく現れる、謎の黒いモヤモヤの生き物・・・なのかも微妙な奴。
人間に対して敵対してて、退魔石の青い光が嫌いなのか、そこには寄ってこない。
だから、こういう村とか町とか人が集まる場所には大抵退魔石があるものだけど・・・
「ば、バグって確か・・・」
「街中は退魔石の包囲があるから安全なはず・・・!」
私とマリナさんは同じ結論に至る。
それは当然の話、ローチェ村でも、ストラド自治区でも、勿論ここでも退魔石は腐るほど見て来た。
しかし、それを聞いたカレンさんは、
「何故か分からないけど、町中の退魔石の光が消えてるんだ・・・!」
「「えぇ!?」」
------------------------------
教会の講堂には、既に何人かの人が避難してきていた。
中には傷を負っている人も居る。
「退魔石は振動には弱いけど、街中のそれは揺れるような構造はしていないし・・・」
マリナさんは、難しい顔をしながら避難者の応急処置をしている。
怪我としては、小動物系の生物に付けられた引っ掻き傷のように見える。
カレンさんは今教会の入り口の方で避難誘導中。
どうやら教会にはアウフタクトが用意したものとは別に、教会自身が提供した退魔石があるらしく、
そちらは無事で、今唯一の安全地帯がこの教会になっているらしい。
「何故こんなことが起きているのかしら・・・」
私も桶に水を貼って、それを持ってくる。
ストラド自治区でやっていた事が生きている。
それはともかくとして、マリナさんが呟いた発言に私も同調する。
「退魔石って力が弱まる事なんてあるんですか?」
「一応、振動には弱いけれど町の退魔石はしっかり固定されているはず」
「じゃあ何で・・・」
「原因は分からない。でももしかしたら、悪意を持った存在による人為的行為の可能性はあるわ」
「そんな・・・!」
「あくまで可能性だけどね。今は、それを確かめないと」
マリナさんは怪我人の処置を終えると、そのまま私たちの居住区域の方へ向かおうとする。
「マリナさん、どこに行くんですか?」
私が呼び止めると、マリナさんは此方を振り返る事は無く、後ろを向いたまま答えた。
「当然、ギルドに向かうわわよ」
「・・・っ」
マリナさんはごく当たりまえに、当然の仕事とでも言うように言い放つ。
・・・あぁ、またこの人は無茶しようとしてる!
「・・・マリナさん!」
だから、私はさらに強くマリナさんを呼び止める。
「今回は、私が行きます!マリナさんは休んでて下さい!」
「・・・でも、」
「もうっ、ついさっき話したばっかりじゃないですか!今のマリナさんは連日のお仕事で疲れてて危ないって!」
「・・・」
「私だって、あのレジスタンス反抗作戦を乗り切ってるんですし、それにもうここで仲間だって出来ました!だから、」
「・・・わかったわ」
今の今までずっと背面を向いていたマリナさんは、ようやくこちらに向き直る。
「ユイちゃんがそこまで言うなら、今回は任せましょう」
マリナさんは、優しさと決意が入り混じる、何とも言えない表情をしている。
そして、多分私もそんな感じの表情なんだと思う。
マリナさんはそんな表情のまま、私の方へと数歩近寄って来てから1本指を立てて、
「でも一つ約束、絶対に、死なない事」
と、力強く言う。
「・・・分かってます。絶対に、死にません」
当然、私もそれには念押しする位強く答えなければならない。
マリナさんを守って私が死んだのでは、それこそ発言のブーメランになってしまう。
「危ない時は教会に帰ってくるのよ」
「はいっ」
マリナさんの目をしっかりと見つめながら元気よく返事をして、
協会の出入り口に向けて一歩踏み出す。
講堂のベンチには沢山の人々がいて、入り口からはカレンさんに誘導されてきた避難者が入ってくる。
そんな人の流れに逆らうように、その足で教会を飛び出した。
教会を出た途端、入り口付近で避難誘導をしているカレンさんに鉢合わせる。
「ちょ、ユイさん!どこ行くの!?」
「ちょっとギルドの方、行ってきます!」
「ギルド?・・・この一件、何とかする気?」
「・・・そう言う事です」
「マリナさんは?」
「今回は、休んでもらいました」
そう答えると、カレンさんは一瞬で今までのやり取りを察したようで。
「あぁわかった。ちゃんと伝わったようだね。んじゃあ、ユイさんに聖なるご加護を!」
「・・・カレンさんもね!」
カレンさんが親指を突き上げる、いいね的なジェスチャーをしてくるので、
私もそれをし返す。
・・・加護がどうこう言うなら、仕草それじゃ無くない?
・・・とは、この場で言えるはずも無かった。
なんかこう、いい感じの空気感だったんだもの。
--------------------------------
町の中をひた走る。
退魔石の光が消えたとはいえ、街灯の明かりまでもが消えたわけではないので、町全体は明るい。
けれど、至る所から人の喧騒、時折悲鳴にも近い声が聞こえて来るあまり精神的によろしくない空間になり果てていた。
もうこの時点で平穏に暮らしたいという私の希望は完全に崩れ去っている。
ギルドに付けば、自警団が居る筈!
別にあの2人と示し合わせたわけじゃ無いけど、だいたいいつもあそこにいるし、何かあった時の集合場所はいつもあそこだ。
そう思いながら、私は決してタフとは言えない脚を進ませる。
教会を目指しているのか道は人の流れが出来ていて、行きたい方向とは逆に流れている。
そこを私はこの小柄な体を生かしてすり抜けて・・・と出来るほど身体能力が高い訳では無いので、道路の端っこ、人の波の弱い所を狙って小走りで抜けてゆく。
ある程度進んでいくと、教会から遠い為か逃げる人は大幅に減り、家屋に立てこもる人が増えて来る。
そうなれば道はフリーになるので、早くギルドにたどり着ける・・・と言う訳では無い。
何故なら私は体力が無いから。
正直割と息を切らしている状態だった。
まだ道のり的には3分の2行ったところ辺りなので、過酷ではないがすぐつける距離でもない。
そんな道を歩いたり走ったり止まったりして進み、あと角一つ曲がれば大通りに出ると言うところで、
「・・・あっ・・・!」
バグとバッタリと鉢合わせしてしまった。
街灯があるとはいえ夜、暗い路地に黒い靄を纏った体は非常に見えにくく、その姿はよく解らない。
けれど、赤く光る眼の数から考えるに、3匹ほどは居ると思う。
「・・・・・・!」
バグは何も鳴き声を発さないけれど、その目は間違いなく私を見ている気がする。
私はふぅと軽く息を吐いて心を一旦落ち着かせて、
右足を少し引いて半身になって構える。
サイズから考えれば、これくらいのサイズはきっと雑魚。
だったら私一人でもやれるはず・・・!
右手に雷の魔力を集め、手のひらがバリバリと帯電し始める。
大体ハンドボール位の大きさの雷球が出来上がり、それを解放して叩きつける!
となった丁度その時、
「ちょっと待て!!」
聞き慣れない男性の声が聞こえ、
それにビックリして手を止めている間に、
ボボボボン!!
と、目の前に立ちふさがっていたバグ達に炎の塊のようなものが降り注ぐ。
え、今、これ何が起こってるの?
炎に巻かれたバグは、もがく暇なく爆発し、その足の一本がこちらに飛んでくる。
「っとうわぁ!!」
急に飛んできたそれにビックリして思わずのけ反ってしまうが、何とか転倒は避けられた。
・・・今の、虫の脚に見えた気がする・・・
嫌な物を見たとげんなりしている私に、今度は目の前に黒い何かが降ってきた。
「・・・ひっ!」
「ああいやスマンスマン、何せ緊急事態なもんでね」
降って来たのは人間だった。
勿論、死体とかそういうのではなく、私の目の前に降って来た後綺麗に着地して、
余裕たっぷりに立ち上がった。
その人は、大体大学生か少し上位の青年で、白い髪を掻き上げた髪型と、季節はずれにも見える黒いロングコートが特徴的で、
その・・・なんというか原宿、池袋系のイケイケメンズファッション雑誌の人みたいな雰囲気がある。
正直私は苦手な部類だった。
「あっ、ありがとうございます・・・」
とはいえ、目の前のバグを一掃してくれたお礼は言わなくてならない。
私でもなんとかできたはずとはいえ、人助けをしてくれるタイプの人だって事は確実なのだから。
「そこの魔法使いの女の子、今何しようとしてた?」
青年は、まだ割と近いと思える距離感そのままに、屈んで私と目線を近づけるようにして話しかけてくる。
「え、いやその、さっきのバグを倒そうと・・・」
「それはいいけど、あんな出力で放ったら周りの民家もボロッボロになっちまうよ・・・」
「あ、そっか・・・」
ド正論。
城の壁に穴を開けられるような出力を木造の家が建つ箇所で撃つのはマズかったか。
「んまぁそれはどうでもいいや。それくらいの魔法が使えるって事は、逃げてきたわけじゃ無いよな」
「は、はい。これからギルドに行こうと思ってて・・・」
「やっぱりな。俺もギルドに用があるんだ、どうせなら一緒に行くか。固まって動いた方が安全だ」
本来なら知らない人に付いていくべきではないのだけれど、
今は、さっきみたいに町中にバグが出て来る緊急事態だし、言動を見るにこの人も冒険者だろう。
「わ、わかりました!」
なので今回だけはこの人と一緒に行く事にした。
なんだかんだで、一人は不安だったったし・・・
角を曲がって大通りに出ると、街頭に照らされた通りには、獲物を探して徘徊しているバグの姿や、既にバグと戦っている人の姿も見える。
「ご覧の通り、既に大通りも安全じゃない。町庁舎とギルドの辺りでギルドのメンツが固まって防衛網を敷いてる」
「・・・そんな・・・」
「とりあえずギルドまで急ぐぞ。何にせよ人手と情報が必要だ」
その人は、商店の前に停められているいる馬車の背後に身を隠すようにしながら大通りを抜けていく。
私もそれに付いていくようにして、バグの徘徊から身を隠していた。
当然、毎回スルー出来る訳では無く、見つかってしまう事もあったけれど、
その人も相当な魔法の使い手で、周囲に被害を及ぼすことなく粛々とバグを焼き尽くして行った。
一方の私も、家屋を破壊しないように気を付けてある程度出力を加減したうえでも、雷だと眩しい&うるさいで他のバグにバレてしまうので、
攻撃方法は専ら氷。
吹雪をぶつけて、氷の塊で叩きつける。
だから、半袖生足の今の恰好寒いのなんの!
とはいえその甲斐もあり、二人はギルドに到着することが出来た。
ギルドは、瓦礫や魔法で錬成したっぽいバリケードが展開されていて、至る所にマリナさんも持っていた携帯式の小型退魔石が設置されている。
何とか、ありあわせの物で安全地帯を作っているようだ。
「・・・誰か来たぞ!青年と・・・女の子・・・避難者か?」
「いや、恰好を見る限りあれは冒険者だな」
近寄って行くと、バリケードの上から、誰かがこちらを見ている。
まあ、二人ともどう見ても普通の町人の恰好じゃないよね。
バリケードの一か所が開かれ、二人は中に招き入れられた。
中に入るや否や、青年はさっきバリケードから顔を覗かせていた二人へと声をかけた。
「・・・状況は?」
「わからん。町中の退魔石が止まってる。なんとかここは俺たちの手持ちの退魔石で何とかしているが、町人全員をかくまえるスペースは無い」
「い、一応、教会の退魔石は生きていたので、そっちでも避難は行ってました」
補足情報と言うか、こちらも情報共有は惜しんではいられない。
報連相の大切さは生徒会で学んだ。
「教会か・・・わかった。貴重な情報、ありがとうな」
恐らく冒険者であろう、皮と金属の鎧を着たバリケードの人は、教会がある方角を見ながら言う。
「だが、どちらにしろ収容人数は多くない。このままだとじり貧だぞ」
「だから何とかして、俺らで何とかしなきゃならねぇ」
ギルド周辺の避難所も、やはり空気はピリピリとしている。
こんなところに私が居て良いのかという気持ちと、私の魔力が何かに役だてないかという気持ちが共存している。
ギルド前の道路は避難所になっていて、そこでたむろする人々や、怪我人とその治療をする人でごった返している。
少し前に見た光景だけれど、相変わらず慣れる気配はない。
「・・・目的地はギルドだったよな」
避難所の光景を茫然と眺めていたら、横からさっきの青年が声をかけて来た。
「あ、そ、そうでした!えっと、道中、ありがとうございました!」
「・・・気にすんな。有望な魔法使いを犬死にさせないのも俺の仕事だ」
深々と礼をして、ギルドへと急ぐ。
ゆ、有望な魔法使いかぁ・・・まだただ魔力が強いだけのド素人だけどそう言う事言われると緊張しちゃうよ。