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第15話:アウフタクトの日常・Ⅳ

数日後。


相変わらず平穏なアウフタクトで私はのんびりと過ごしていた。

ギルドの依頼も、物騒な物はあまりなく、あったとしても私たちのような子供が受け得られるものでもない依頼ばかり。


町のおばあちゃんのお手伝いとか、簡単な店番とか、

そう言う平和なお仕事がメインになっていた。


・・・そう。

こういうのでいいんだよね。

青空のもとで、流れる雲を見る余裕のある毎日。



そこで稼いだお金で、夏用のお洒落なサンダルも買ったし、足が蒸れる事も無い。



一応、遠隔起動魔法の練習はしてはいるんだけど、必要なのはこれの練習と言うより、

体外に出て行ったエーテルを感じ取る練習だなぁ、と常々思う。



そんなこんなで、今日は公園でのんびりしてきた。

アウフタクトの中心部から少し北に行ったところにある、町の中でも緑が多い所で、花畑や噴水が整備された自然公園。

私と同じように、くつろいでいる町人や冒険者、歌の練習をしている人、広場で遊んでいる子供たち、


鳩・・・とはちょっと違う鳥に餌をやっているおじいちゃん。


大体、公園の利用方法は私の世界と一緒だ。

元々お散歩を趣味としていた私にとっては、比較的よく見る光景に安心感を覚える。

というか、その公園からはアウフタクト町庁舎のガラス張りの高い建物が見えるので、そこだけ切り取るともう本当に私の元の世界の光景まんまだった。




・・・とまあ、そんな感じのスローライフを送っていた。

朝起きて昼は勉強か外出、暗くなって来たら帰る。

夏休みの学生だね。

一応、立場的には高2だし、時期的には月とかでしょ?多分。

じゃあ何の問題も無い。


そして例によって日が落ちてきたので教会に帰ると、珍しくマリナさんがリビングの椅子に座ってゆっくりとしていた。


「あら、おかえりユイちゃん」

「あ、マリナさん、やる事が終わったんですね?」

「そうね。一通り溜まってたお仕事は終わらせたから、これからはいつも通りに過ごせるわ」


連日せわしなく動いてたマリナさんの身体からは、流石に疲れが見える。

久しぶりにこうしてゆっくりと出来る時間なので、どうせならとマリナさんが座るテーブルの対面へと座る。


「あそうだ、ココア入れて来てあげようかしら」

「いやいやいや、それくらいは自分で入れますって。マリナさんはゆっくりしててください」

「え?でもユイちゃん給湯装置は・・・」

「な、何とかします、何とか・・・」


本当に何とかした。


具体的には、水を注いだマグカップを両手で掴んで、その間に雷を流した。

電熱調理と言うやつだ。


・・・多分、理科的考えだと、水素と酸素も一緒に出てきた気もするけど、その辺は気にしない。


それでもちょっとぬるいので、火と言う存在の偉大さを思い知らされる。



テーブルに付くと、私は2人分作ったココアのうち、熱い方をマリナさんの所に置く。


「あら、本当に出来たの?」

「まあ、なんとか」


力技にも程があるけれど、何とかごり押しで実現したのは否めない。

もっとスマートにやりたい気持ちはあるなぁ。


言うだけならタダ。


マリナさんは、目の前に置かれたココアを飲んで、

うん、美味しい。

と一言。


それだけでも作った甲斐はある。

今までは何かして貰うばかりだったもんね。


「ユイちゃん、ありがとう」

「いえ、少しずつ自分で出来る事はやっていかないとなぁ、って、思っただけです」

「ふふ、だったら今夜の晩御飯のお肉はユイちゃんに焼いて貰おうかしら」

「か、雷でですか?」

「うん。その方がなんだか満遍なく熱が回りそうだし」


まぁ・・・言われてみればそんな気もするけれど・・・

実際、フウオウワシとダイオウガニは雷でいい感じに焼けてた。


それにこれもお手伝い。

やれることはやっておかねば!



マリナさんのお願いは快諾し、夕飯の準備の時間まではリビングでのんびりしておくことにした。

もう日暮れだし、多分もうすぐその時は来るだろうしね。








そして夕飯の準備の時間、

手渡されたのは一羽の鶏肉だった。

本当に1羽。

あのクリスマスとかのイラストでしか見ないような、胴体と手羽先と足が全部まだくっついてる状態のアレ。

アレを手渡されて焼く事になった。


アレを鷲掴みにしてバリバリと電流を流しながら、少しずつピンクの肉が茶色く染まっていく光景は、間違いなく私の短い人生のシュールランキング上位に入ったに違いない。


その途中で垂れて来た脂が手に触れて肉を投げそうになったり、

少しずつ鶏肉が焼けて美味しそうな匂いが漂って来て口内に唾液が満ちて来るのも、シュールさの加点要素。




とはいえ結果としては、調理は成功だった。

火が芯まで通りにくい塊の肉の状態でも、奥まで加熱されていてかつ、表面の焦げも少ないし、

本来このサイズの肉を加熱するのに使われる蒸し焼きや低温加熱程時間もかかってない。

間違いなく使った魔力量に対するコスパは悪いだろうけど、私にとっては魔力のコストなんて無いに等しいのでほぼ無問題。


肉汁や油もだいぶ閉じ込められて、

ほろほろの柔らかい鶏肉をナイフで切ると、そこから肉汁があふれ出す、テレビでよく見る高級肉料理のビジュアルを目の当たりにすることが出来た。



次やるときがあるとしたら、今度は表面は少し放電多めで焼き色を付けて、パリパリ感を演出するのも良かったかなぁ、なんて思う余裕もある。


戦いよりも、こういう風に魔法を使う方がよっぽど有意義だ。






ケリー君やアンナちゃんも大興奮の鶏料理を堪能したその夜更け。

夕飯の片づけも終え、静かな夜の時間を楽しむ時間がやって来た。


昼の明るい室内もいいけど、

夜の照明に照らされた温かい室内もこれはこれで良いものだ。


外からは、子供たちのワーキャー言う声が聞こえて来る。

どうせまた教会裏の墓地で肝試ししている子たちだろう。

所謂近所の悪ガキで、マリナさんが声をかければ一発で退散するが、最近はその場は退散するけれどまたすぐに来てしまう。

困ったものだけど、強制的な手は出せないとマリナさんも頭を抱えていた。




一方の健全な教会の子たちは明日に備えて寝ている。

そして、ちょっとしたゲンコツ位は普通に出来るカレンさんが悪ガキへの対処に赴いているので、リビングには私とマリナさんしかいない。


マリナさんが温かいチェラ菜入りの紅茶を淹れているのを見ながら、

私は魔導冷蔵庫の中にある壺プリンを取り出し、テーブルに置く。

この世界にもプリンはあるんだな、という気持ちと、流石にプラスチック容器は無いのか、という気持ちが共存する。


「ユイちゃん。それ底の栓を抜くとプルンとお皿に出すことが出来るわよ?」

「あ、そうなんですか?」


どうやら、壺でもプッチン機能はあるようだ。

皆好きなのかな・・・?



マリナさんも紅茶を淹れ終わり、テーブルに持ってくる。

プリンも紅茶も2つ分。

私とマリナさんの分。

カレンさんが帰って来たらカレンさんの分も出そうね。





そろそろ熱い飲み物から冷たい飲み物へ以降する時期が来たかな?

等と思いながら紅茶を飲んでいると、

テーブルの端っこに置かれている小さい本棚に見覚えのある紙束があるのを見つけた。


それは自治区で貰った、人間の魔法生物化に関するレポート。

よく見ると、その隣には魔法生物に関する本もある。


「あ、これは・・・」

「一応ね、私の方でも魔法生物について調べてみたの」


私がそれに気が付いて視線を向けると、マリナさんが魔法生物の本を手に取って話し始めた。


「ユイちゃんが本当にそうなのか、もしそうだったらどうすべきなのか、大切な問題だものね」

「・・・」


緊張からか、無意識にゴクリと喉が鳴ってしまう。

ストラド自治区で見つけたレポート。

そこにあったのは人間を魔法生物化することで、魔力の増大に伴う肉体への負担を無くす技法。

それ自体はどうも失敗したらしいのでこちらでやる事は特にないんだけど、


気になるのはその、"魔力の増大と肉体の負担"って所で、

現実私は今常人の何百倍という半端ではない魔力を持っている。

けれど、だからと言って毎日体が痛いとか、そんな事は無い。

勿論、日々魔力を放出しないといけない欠点はあるけれど、それが出来て居れば特に問題は無いし、

別に燃費が悪い訳でもない。



言ってしまえば、普通の人間ではあり得ない事が起きている体、なわけで、

もしかしたら私はその、魔法生物化が起きた人間なんじゃないかという疑惑があるのだ。


「魔法・・・生物・・・」


無論、元の世界に居た時と比べて体に特に変化がある自覚は無い。

細身の、筋肉の少ない低身長ボディだ。

でも、魔法生物の一種である魔女と深い交流をしていた私は分かる。

外見では、人間と魔法生物の区別なんてつかない。


自らの細く白い手から、視線をマリナさんの方へと移すと、マリナさんは少し残念そうな顔をしている。


「一応調べてみたのだけれど、有力な情報は得られなかったわ。そもそも魔法生物について、私達はそんなに情報を得られていないの」

「・・・魔女もですか?」

「そうね。魔女にしても魔女結晶と読んでいる核に使い物を中心として、肉体をエーテルで構成する生物、という事しか物理的な解明は成されていないわ」

魔女含む魔法生物が、どうやって生まれるのか、どうやって増えるのか、それも分かっていないの。

と付け足しながら、残念そうな顔をしていたマリナさんは、

一呼吸おいてから、一変決意に満ちた顔に変わる。


「だから、来週辺りに王都オルケスタに言ってみようと思うの」

「王都?」


いきなりの宣言に思わずオウム返ししてしまう。


「そう。あそこには魔法研究の最大機関である魔導院があるし、魔法生物に関する知識だってきっと一番揃っているでしょうね」

「ちょ、ちょっと待ってください!王都って、かなり遠いって聞きましたよ!?」


ここアウフタクトは東西に長いオルケス王国のかなり西端辺りに位置していて、

逆に王都オルケスタはどちらかと言うと東寄りの立地。

地図で見れば、その距離はストラド自治区の比では無い。


「ええ、いざ行くとなれば数ヶ月以上ここを開ける事にはあるとは思うし道のりも楽ではないわね」


マリナさんは表情は変わらない。

心の中で決めた決意がそのまま表情に出ているようだ。


「でも、この前と違って先に教会のお仕事を纏めておけば大丈夫のはずよ」

「・・・マリナさん」


「大丈夫、ユイちゃんにそんな長距離の移動はさせないわ。・・・確かに、その場に居てくれれば専門家に話を聞くのは楽になるけれど・・・」


マリナさん、そう言う事じゃ無くて・・・

多分、少し前にカレンさんに言われたことを言うタイミングは今だろう。


「・・・マリナさん、マリナさんはもう少し自分を大切にすべきです」


そう、マリナさんの話を遮ってでも伝えると、マリナさんは少しきょとんとした表情をする。


「その、確かにマリナさんが私の為に色々動いてくれるのはありがたいんですけど、でも、それが原因でマリナさん自身が疲れたり傷つき過ぎてるんじゃあないかって・・・」

「・・・」


正直に思っていることを伝えたら、マリナさんは押し黙ってしまう。


「もし、何かの拍子にマリナさんが倒れちゃったりしたら、私、どうしていいか分かんないですよ・・・」

「ユイちゃん・・・」

「だから、そう言う事はもっとゆっくりでいいと思うんです。確かに、早く元の世界に帰れればそれはそれでいいんですけど・・・なんて言ったらいいんでしょう」


上手く言葉がまとまらない。

意味も無く手をジェスチャーのようにわたわたとさせながら何とか伝えようとする。


「その、こっちの世界の人たちも、もう私の中では大切な人になっちゃってて、それを犠牲にしてまでは帰りたくないというか・・・だから、マリナさんも本当に無理の無い範囲と言うか」

「そうだったのね」


今度はマリナさんに私の言葉が遮られる。


「ユイちゃんが私を大切な人だと思っててくれて嬉しいわ」


マリナさんは魔法生物の本を脇に置いて、紅茶を一口飲んだ。

私とは違ってとっても冷静。


「でもね、やっぱり私としては、ユイちゃん、引いては此処に居る皆は私が何としても守る対象なのよ。それは譲れない」

「・・・そこなんです。確かにマリナさん、私の事を守ってくれるのは凄いありがたいですし、滅茶苦茶助かってます・・・でも、」

「でも?」

「・・・仮にマリナさんが私の事を庇ってくれて、私が助かったとしても、そこに残ってるのはもう、元の私じゃ無くて、マリナさんっていう大切な人を失った私なんです。これはカレンさんも言ってた事なんですけど、"遺される方の気持ちも考えて欲しい"って」

「・・・遺される方・・・」

「はい。だからもし、そういう状況があったら、マリナさんが庇うんじゃ無くて、二人で受けて二人とも死なない程度に傷つく、位の方が私的にはありがたいです」

「なるほどね・・・」


マリナさんは、納得した素振りで、目を閉じながら頷いている。


「なんとか・・・伝わりましたか?」

「ええ、カレンが私の事を大切に思ってくれたのも分かったわ」


目を開けたマリナさんの表情には、決意の色はもう無く、

ただ、母親然とした優しい笑みだけが浮かんでいる。


「確かに私は、守るものとして独りよがりで居たかもしれないわね。これからは、私自身の事も大切にして生きようかしら」

「ぜひそうして下さい。私の為にも」

「ふふ、ユイちゃんの為、って言われると、ふいには出来ないわね」


私の為でなくても、自分の命は大切にして欲しいんだけどなぁ。

と、元の世界では私も生徒会役員として、若干自己犠牲気味だったことを思い出し、自分への教訓としてもしておこう。


そんな事を内心思いながら、少し常温に戻りつつあるプリンに手をかけたその時、



バァン!!


と激しく教会へ続く扉が開け放たれた。


その音に、マリナさんも私もビクリと反応し頭がハッと上がる。

危なかった、壺プリンをもう少し持ち上げていたら落として割ってしまうところだった。


扉の先に居たのは、カレンさんだった。

全身いつもの修道服ではあるけれど、帽子がずれていて、額に汗をかいている。

・・・結局あの悪ガキへの対処は出来たんだろうか?


なんてことが頭をよぎったが、カレンさんが発した言葉は、そんな想像を完全に裏切って来た。



「・・・町中にバグが湧いてる!!」

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