第15話:アウフタクトの日常・Ⅲ
「サンダー・・・・・・スパークッッ!!」
右手を推し出すように雷を撃ち放つ。
瞬間、暴風、閃光、轟音のセットが襲い掛かるけれど、感電した時のような痛みはない。
これを撃つとどうしても知覚が全部塗りつぶされてしまうので状況確認が遅くなるのが難点で、
実際に効いたのかどうかを確認するのが遅くなってしまう。
暫くして目と耳が慣れて来ると、そこには、一匹の巨大なカニが微動だにせずひっくり返っている。
「・・・これは、やったのか?」
「動いては居ないわね」
恐る恐る近寄って様子を確認しようとしている二人の後をそろりそろりとついて行くと、
微かに、焼いた海産物特有の潮の香ばしい香りが漂ってくる。
見た目こそまだ岩の塊だけれど、中身はこんがりと焼けているのだと思う。
・・・作戦は成功、といっていいのだろうか?
フウオウワシの時もそうなんだけど、倒したかどうかを美味しい臭いで判断するの、
・・・何かやだなぁ、食いしん坊みたいで。
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「乾杯ーー!」
蟹を食べると人は無口になる、と言われている。
でもそれは、蟹の殻を剥いたり、骨を抜き取ったりという作業に集中するからという側面もあるので、
ぶっちゃけ殻や骨がある状態では提供できないお化け蟹の前では例外だ。
目の目にはたくさんのカニ料理が並ぶ。
残念ながら私が大出力の電熱調理をしてしまったので、加熱されていない生の部位は少ないみたいだけど、実際に狩って来た私たちの役得として、テーブルに並んでいる。
そんな卓を囲んで、3人でほぼ同時に陶器のコップを軽くぶつけ合う。
中身は皆ジュースとかサイダーとか。
ストラド自治区と違ってここオルケス王国は、未成年はアルコール禁止だ。
ダイオウガニを倒し、無事にギルドに戻って来た私達は早速カニパーティが開かれていた。
それも、ギルド全員にも振る舞う形。
フウオウワシの時もそうだけど、流石に食べきれない量の物を持ち帰った時はこうなるらしい。
「いやー、久々の大物だったな!」
カイン君が、まるでステーキか何かみたいなサイズの蟹の脚をかじりながら、満足そうに言う。
「あのサイズ、本当なら私達子供で何とかするアレじゃないわよ?」
「・・・なんか最近身の危険を感じる戦いが多くて胃が痛いよ」
「まあ、その力をみすみす見逃す奴なんて居ないわよね」
「本当にそうなの!この前もめっちゃくちゃに強い奴が居てね・・・」
こちらもこちらで、おしゃれに蒸し焼きに調理されたカニ料理を頬張りながら雑談に勤しんでいた。
ストラド自治区での話を、ギリギリ身バレしない程度にぼかして話す。
マリナさんとかが一緒に居るとはいえ、命の危険を感じる場面なんて山ほどあった。
いくら常人の何百倍って魔力を持ってても、知識や経験、メンタリティは一般的な女子高生なんだから荷が重く無い訳が無い。
あれを乗り切っただけでもベッタベタに甘やかしてほしいくらいだ。
実際マリナさんには甘やかせてもらってるのでメンタルは保たれてるけども!
「正直平穏に過ごしたい・・・」
「言わんとしていることは分かるけど、そうも言ってられない現実があるのよねぇ」
「そうそう、この町も一歩外に出ればバグが出るし、フウオウワシとか、ダイオウガニとか獰猛な獣も多いからなぁ、強い奴ってのはいっつも人手が足りてないんだ」
「うへぇー・・・」
最終的には元の世界に帰ったり、リズちゃんを復活させたりと色んな知識を得たいので冒険もやぶさかじゃないとは思うのだけれど、これだけ高密度なのは勘弁である。
のんびりと心と体を落ち着かせる時間だって必要だ。
「とはいえそうやってあんまり戦いたくない!って言ってる奴を無理やり連れだすのは自警団リーダーの俺としてもあんまり褒められた事じゃないな」
「あら、ようやく学習したの?私は無理やり連れてく癖に」
「おまえはなんだかんだ付いてこれるし」
「知ってる?年下にそう言う事言うの、王都では何とかハラスメントって言うらしいわよ?」
「パワハラ・・・?」
「確かそんな感じだったかしら?ユイさんも知ってるのね」
「あ、いや、私のせか・・・わ、私の所でもそういう言葉あったからね」
私自身が受けたわけじゃないけれど、そういう相談は生徒会にきてた事はある。
良くも悪くも部活動は縦社会だ。
「ふーん・・・教会も一枚岩じゃないのね」
「あ、ちがっ、教会の話じゃ無くて、えーっと・・・わ、私の故郷の話!教会の人は皆優しいよ!」
この誤解は絶対に解いておかねばならない。
「ならいいんだけどな。・・・しかし、そうだなぁ」
カイン君は、フォークにカニ肉を刺したまま何か考えている。
「そうなると・・・次の仕事はあれか、町のネコ探しとかにするか?」
「誘うのは止めないんだ・・・」
ネコ探しくらい平和なら別にいいけども。
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実質の打ち上げパーティとなった3人の話題は、各々の得意分野の話になっていた。
「先輩の得意分野は呪いでしたよね!」
「そうよっ」
「呪いって、どういうものなんです?」
私の認識でも、呪いってかなりぼんやりしたものだ。
映画とかマンガではたまに出て来るけれど、どれもなんというか、大抵は原理は分からないけど負のエネルギーの力で良くない事が起きるヤツ、という扱いでしかない。
でも、この世界はそのよくわからない事に魔法と言う名前が付いていて、原理がある。
「そうね・・・簡単に説明すると・・・」
レナール先輩は、私の頭の少し上あたりを見ながら話し出す。
何か考えながら話している人は大体こんな感じだ。
「エーテルに思念を載せて、古くから伝わっている呪法に沿った動きをさせる魔法・・・かしら?」
「じゅほう?」
「魔方陣とか呪文とかと一緒よ、エーテルの動きに規則性を持たせるために定義した文章の事」
「あー・・・それかぁ」
そう説明されて理解できる辺り、やっぱり私も少しづつではあるけれど魔法の知識が付いて来てると実感する。
「そう、で、その呪法には私エルドレッド家に代々伝わってる奴があって、それ人の心身を支配する打とか、幻覚を見せるだとか、そういう物々しいものばっかだから、古代の黒魔術に倣って呪いって呼んでるのよ」
「や、やっぱり代々伝わってる奴とかあるんだね・・・」
私の学校にも、代々受け継がれてきた武術を継いでいる姉妹とか居たけど、
やっぱりここでもそう言うのはあるみたいだ。魔法で。
そう思って改めてレナール先輩を見ると、その艶やかで漆黒の髪とか、闇を閉じ込めたような紫色の瞳とか、
なんか呪いと言う単語に似合う外見をしている。
・・・いやこれすっごい偏見だけども。
「因みにこういう事も出来るわよ」
私がレナール先輩をじっと見つめていると、先輩は魔力によって紫色に光っている手をさらりと振った。
すると、
「ん?それっ・・・・・・・・・」
・・・!?
言い切る途中で、声が掠れるようにして消えてしまった。
声を出すように息も吐いてるし、舌も動いているけれど、声帯が動かない。
「どう?声を奪う呪い」
「・・・!・・・これ!・・・あ、治った」
突然の事でパニくったのもそうだし、昔病院で目覚めた時に、喉が麻痺して声が全然出せなかった時の事を思いだして寒気も走る。
「こ、怖かった・・・」
「あぁ。ごめんね?こういうのはいきなりやった方がウケがいいのよ」
「な?こいつ物騒だろ?」
まだ心拍数が上がったままの私に、耳打ちでもするかのようにカイン君が話しかけて来る。
まあ、物騒というかなんというか・・・事前説明は確かに少ない。
先輩呼びしてる時は先輩モードなのか丁寧に説明してくれるんだけどね。
「あ、そう言えばカイン君の得意分野とかは私知らないなー」
「俺か?」
「うん」
先輩のあれこれも気になりはするけれど、実際の所私はカイン君の事を何も知らない。
精々名前と自警団のリーダーであることくらいだ。
「俺の得意分野か、やっぱ剣かな。ガキの時からずっと振って来たし」
カイン君はテーブルの少し離れたところに居る私にも見えるように、金属と皮で出来たシンプルな鞘を見せて来た。
この世界に来てから、ちょいちょい剣を目にする機会はあるけれど、カイン君の剣は、結束の剣の様に光り輝くわけでもなく、黒騎士の剣のように大きく禍々しい訳でもない、シンプルで武骨で、程よいサイズの剣だ。
だけど、剣に付いていた小さい傷とか、持ち手に巻かれた皮や布の使い込みなんかを見ると、カイン君がずっと長い間使っている剣なんだろうなぁ、と思わせる。
・・・まぁ、私が思い切り雷をブチ当てたせいで、その剣の刃にはなんか変な焼き入れ模様が入っちゃってて絶賛凄い申し訳ないんだけれども・・・!
浜で謝った時は、
「良いっていいって、別に折れたわけじゃ無いしな!」
とか言ってくれてはいたけれど、それで、はいわかりました!と割り切れる性格でもない。
個人的なわがままだったとしても、どこかで埋め合わせは必要だろう。
「あああと、剣って言ってもただの剣じゃないぞ!オーレン流剣術だ!」
「お・・・おーれん・・・何?」
しかも、得意げに言ってきた単語が理解できていない。
私ってばなんて奴!
でも本当に聞いた事が無いんだもん!
「オーレン流剣術。ここアウフタクト出身の凄い冒険者オーレンが編み出した剣術だよ。なんでも、己の強さを極める為に龍族の住処まで行ったって話だぜ?」
「へぇ、そんな剣術があるんだ」
「彼が人に剣を教えてた時期って凄く短いから、この剣術を習得してる人ってあまり多くないのよね」
レナール先輩も当たり前のように言ってくるので、この辺りでは結構な有名人なのだろうか。
私はこの世界に来てからまだ日が浅いので、色々と世間知らずなのは否めないが、
それでもこの世界の事を知ろうと、教会の本棚にあった幼児向けの絵本などはたまに見ている。
ああいうのは本当に誰でも知ってるような"当たり前"を教えてくれるから意外とありがたい。
けれど、そこにオーレンと言う名は無かった。だとすると最近の人なのかな?
一応絵本には、龍族の話はあって、
"この世でもっとも大きく、賢く、強いドラゴン達"と書かれていたので、
それに挑みに行ったというのはまぁ多分相当な事なんだとは思う。
話を聞きながらそんな事を頭の片隅で思い浮かべていたら、
いつの間にかカイン君のテンションが一回り上がっている。
「んでな、オーレン流の一番の特徴は身体強化はそこそこに、戦闘用魔法と剣術の融合で、」
饒舌に専門用語を連発しだすカイン君の話には、ぶっちゃけ付いていけていないが、
うんうんと頷いてみたり、そうなだぁ、と相槌を打ってみたりとキャバ嬢の基本みたいな話の聞き方をしていると、
以前の先輩の下りとは逆に、レナール先輩の方がこっそりと近寄って来て、多分私にしか聞こえないくらいの声量で呟く。
「あいつ、剣の話になるとうるさいでしょ?」
この二人、なんだかんだで息はぴったりの様だ。
腐れ縁とか、幼馴染とか、多分そんな関係なんだろう。
・・・元の世界にも居たなぁ。
こんな二人。
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ギルドでのパーティだか打ち上げだか宴会だかを終え、
そしてなんだかんだでまたあの二人とお仕事をする約束も取り付けてしまって、
数多のカニ料理でお腹を膨らませた夕暮れ時、私は教会へと帰って来た。
日が落ちかけて来ると町の様子は少し変わって来て、
ギルドの辺りは冒険帰りなのか、仕事終わりなのか、さらに人で賑わって来て、
逆に住宅地の方は人通りが少なくなり、各家庭から夕飯の香りが漂ってくる。
「ただいまー」
まだ教会の本体にはお祈りしている人も居るだろうし、孤児院に直接つながっている裏口のドアを開けた。
「あぁおかえり」
出迎えてくれたのは、ここアウフタクト教会のもう一人のシスター、カレンさんだった。
どうやら教会の寄付金の帳簿付けをしているようだ。テーブルにはいくつもの箱とお金が並んでいる。
「マリナさんは今懺悔室で話聞いてるよ」
カレンさんも、マリナさん程ではないにしろお世話になっている。
カレンさん自身は家事はあまり行わず、基本は教会の仕事中心なのだけれど、私も一応は教会所属の身。
時々教会のお掃除などに駆り出される時がある。
そう言う時に手伝ってくれるのだ。
カレンさんは、私が孤児院のリビングを抜けて2階へ上がろうとするのを引き留める世に手招きした。
「ユイさんまた外でやんちゃしてきたんじゃないの?」
「え?」
「こんな晴れた日に雷なんてなっちゃあ、誰だって察するよ」
「あ、あー・・・聞こえてましたか・・・」
ニヤニヤと悪戯気味に笑うカレンさんに思わずたじろいでしまう。
やっぱりサンダースパークはうるさいし眩しいしで、周囲にモロバレなのだ。
「まー意味も無くぶっ放すような子じゃないってのは知ってるし、何か理由はあったんでしょ?」
「ええ、その、ギルドのお仕事で砂浜のカニを駆除してました」
「そうかそうか、人の為に魔法を振るうんなら、それは大歓迎だね」
カレンさんは、テーブルに並ぶお金の入った箱を押しのけて、頬杖を突きながら話し出す。
「善行を積む事、人を救う事、それは聖堂教会において清く正しい事とされてるから、そう言う事をするのは素晴らしい事、でも、同時にこういう寓話も伝わってる」
カレンさんは、シスターらしくない態度と口調で、シスターらしい事を騙り出す。
内容は、ある所に一人の青年がいて、その青年は人助けが得意で、道行く先で困っている人を助け続け、いつしか町中の人に頼られる存在になった。
しかし、頼られれば頼られた分だけ助けていたら、自分の大切な人が助けを求めていることに気がつかず、大切な人を失ってしまう、というお話。
「だから、困っている人に手を差し伸べるのは良い事だ。けれど、自分が大切にしていることを見失うなよ?」
「・・・わかりました」
私は強く頷く。
誰かの為に動いた結果、自分が犠牲になっては元も子もないのだ。
「・・・って言う話を、あんたからマリナさんにしてくれないかなぁ、あたしが言っても聞きそうにないからなあの人ぉ・・・」
そんな事を思っていたら、突然カレンさんがテーブルに突っ伏してふにゃけた声に変わってしまう。
「あの人も大切な物の為に自分の命を差し出せる人だからなー、遺された人がどう思うかって言うのを考えて欲しんだよ」
「た、確かに・・・」
自治区の時もマリナさん、自分が犠牲になってでも私を生かす、とか言ってたもんなぁ・・・
「一応、伝えてみますね・・・!」
「頼んだよ。あたしもね、皆を失いたくはないんだよ」
そう言いながらカレンさんは、押しのけた箱を元に戻して帳簿付けの作業に戻った。
カレンさんもマリナさんの事大切に思ってるんだなぁ。
なんか、意外な一面を見た気がする。
そう思いながら、ちょっと喉が渇いたので、キッチンにある果物ジュースでも飲もうと思ってカレンさんの後ろを通ろうとしたとき、積まれた箱の裏にワインのビンが置いてあるのを見てしまった。
・・・カレンさん、酔ってた?
結論から言うと、その日はマリナさんにそのことを伝える事は出来なかった。
と言うのも、私達が魔女狩りの仕事からレジスタンス活動までの期間のお仕事が溜まっているためである。
実際カレンさんだけじゃ回し切れるものでも無し、帰って来てからという物、マリナさんはずっと忙しそうなのだ。
とはいえ、私が手伝おうにも、教会のお仕事は聖職者で無ければ認められない作業だらけで私が付け入る隙も無い。
家事だって、魔導具を使うものは私は出来ない。
まあ、暫くしていれば作業も落ち着くだろうし、その時にでも言えばいい。
そう思いながら、私はいつもの寝間着に着替え、柔らかい布団に入るのであった。
・・・やっぱり、外行きの寝間着も欲しいなぁ。
この格好のまま雑魚寝は流石に恥ずい。