第2話:異変・Ⅱ
「来ちゃったわね・・・」
真剣なマリナさんの声に、私の身体も、引き締まる。
辺りを見渡すと、あまりにも不自然な影があった。
黒い煙を纏いながら、うぞうぞと蠢いている。
「ひぃっ!」
私は思わず悲鳴を上げる。
それに反応して、マリナさんが強く私を抱きしめてくれる。
真っ黒な煙を纏った、なんかの生き物・・・?
よく見ると、4つの脚を持つ、動物のような形をしているように見える
・・・これが・・・化け物・・・!
黒い煙を纏った真っ黒な化け物は、煙の中からでもはっきりとわかる赤く輝く目でこちらを睨んできている。
友好的・・・ではないよね。
「ユイちゃんはじっとしててね」
「・・・はい」
マリナさんに抱かれたまま、私は答える。
「・・・聖なる光を、解放します。神の剣よ、瞬きなさい!」
マリナさんの掛け声と共に、抱えていた十字架から光の粒子が溢れだす。
それはマリナさんと私の周りを美しく取り囲む。
「わぁ・・・」
さっきも見てたけど、これ、やっぱりキレイだなぁ・・・
なんて言ってる場合じゃない。
相手もそれを見て、一斉に襲い掛かってくる。
生き物のような見た目なのに、一切鳴き声のようなものが無いのがとても不気味だ。
「剣よ、悪しきものを討ち、滅せよ」
光は、マリナさんの命令に従い、何か所かに集合して、計4本の剣の形をとった。
それはなんていうかファンタジー感が満載で、とっても不思議だ。
そしてそれは、空中を漂ったまま、真っ直ぐに襲い掛かってくる化け物へと殺到してゆく。
光の剣は正面衝突するようにそのまま化け物を貫くと、
「消えなさい」
と、冷たいマリナさんの声と共に光は弾け飛び、化け物ごとバラバラに吹き飛ばす。
「うわっ」
普通ならとってもグロテスクな光景なんだろうなぁ、と思う。
相手が無機質な黒い塊なのが、それをだいぶ軽減させてくれる。
マリナさんは、そんな化け物に一切狼狽えることなく、冷静に戦う。
一発で化け物を退治していく姿が、すごく頼もしく見えた。
私を抱き寄せたまま、マリナさんは、真剣なまなざしで、化け物を睨み、剣を振るう。
私はマリナさんの腕の中で、ただそれを茫然と見ているしかない。
「あと一匹ね」
目の前に見える化け物に対して、マリナさんも光の剣を4本あった物を1本に纏めて、迎え撃つ。
その剣は化け物に喰らい付くと、光を強め、化け物を・・・切り裂く。
化け物は、そのまま真っ二つになり、煙となって消えてゆく。
・・・助かったの・・・かな・・・?
安堵と共に、私はちょっと右に視線を向けると、そこには、もう一匹。
今にも私たちに襲い掛かろうとしている化け物が・・・
っえ!?
「マリナさん!右にも!」
とっさに私は叫ぶ。
「えっ?嘘っ!」
一瞬今までの冷静さが崩れたマリナさんは十字架を抱えなおして、そちらへ向き直ろうとするが、
相手は既にとびかかって来ている。
・・・間に合わない!?
「やめてぇっ!」
目を瞑り、右腕で体をかばいながら、思わず声が出る。
とともに、何かゴワァッ!という強風が吹いたような音が響く。
「・・・?」
・・・来ない?
そっと目を開けると、その化け物は地面に転がっていた。
訳が分からないままそれを見ていると、その化け物は、上から襲いかかって来た光の剣に貫かれて消滅した。
さっきまで飛び掛かって来てたのに・・・どうして・・・?
「・・・ユイちゃん、大丈夫?」
全ての化け物を退治し、静かになった平原で、マリナさんが私の身を案じてくれる。
「はい・・・大丈夫です」
「今の・・・ユイちゃんがやったの・・・?」
「えっと・・・何をですか?」
私・・・何かした?
「・・・まぁ、いいわ、今はまた襲われないように、早めに帰りましょうか」
「はい」
そうして、私たちは平原を後にして、アウフタクトの町に帰る事にした。
私が何かしたのかはわからないまま、マリナさんの後ろを付いて歩く。
・・・私・・・何もしてないと思うよ・・・・・・?
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「さっきのあれは・・・なんだったんですか?」
歩きながら、さっき見た化け物について聞いてみた
「あれが、全人間の敵、"バグ"よ」
「バグ?」
「そう、どこから生まれてるのかもわからないし、人間だけを狙ってくる・・・よくわからないのよね」
「分からないんですか?」
「ええ、とある国のお話では悪夢ナイトメアの眷属とか言われてるけど、悪夢ナイトメア自体がおとぎ話の存在だし、具体的な正体は何もつかめて無いのよ・・・」
「・・・へぇ・・・」
ナイトメアって・・・悪夢の事じゃなかったっけ・・・?
サハラ砂漠も似たような感じだし、そんなもんなのかな・・・
「あれも、突然どこからともなく現れるから、あれの正体を掴めば、元の世界に戻るヒントになるかもね」
「はい・・・って、いうか、マリナさん強いですね・・・」
化け物・・えと・・・バグを全部一撃で倒してたし、
光の粒子を自在に操って戦う姿は、とても優雅で格好良かった。
「私?私は回復魔法が得意ってだけで、戦いはそこまででもないわよ。この天の十字架のお陰よ」
「天の十字架?」
マリナさんが持ってるその大きな十字架、そんな名前なんだ。
「そうよ。この魔道具は、教会から貸与されてる上級の魔道具で、光の粒子で、周囲を探査したり、剣の形にして攻撃したり、他にも色々便利な魔道具なのよ」
「へぇ・・・」
「私自身は戦いはそこまで得意じゃないのよ。ほとんどこれに依存してるわ」
「でも、これを使ってて強いんなら、それでいいんじゃないですか?」
「さっきも言ったけど、あれは借り物だから、壊したりしたら大変だから、そう易々とは使えないのよね」
「あ、そっか・・・」
借り物かぁ・・・確かに壊しちゃダメだよね。
無事にアウフタクトの門をくぐり、ほっと一息つく。
「ふぅ、無事に帰ってこれたわね」
「はい・・・」
「さて、・・・これからどうしようかしら」
二人で歩きながら、のんびりと歩く。
「・・・?」
「調査の結果、決定的な証拠は見つからなかったけれど、ある程度ヒントになりそうなものはあったわね」
「・・・そ、そうですね・・・」
でもぶっちゃけよくわかってないです。
「どうする?やっぱり、元の世界に戻りたい?」
「・・・はい。やっぱり・・・私も会いたいです。お母さんに、お父さんに、鈴に・・・」
あれが手掛かりになったかは分からないけど、
私の目標は変わらない。
なんとしてでも、元の世界に帰る。
「そうね、やっぱりそうよね」
「そのためには・・・私は、何をすればいいでしょうか」
そのためには・・・嘆いている時間なんて、無い。
「そうはいったものの、具体的に何をすればいいのかは、正直私も見当つかないんだけどね・・・」
「そ、そうですか・・・」
「でも、まずはやっぱり魔法について勉強することが一番じゃないかしら」
「魔法ですか」
「ええ、前に言ったけど、魔法は空間に穴を開けて、別世界につなぐ技術を研究中なの。きっと、それがヒントになると思うわ」
「なるほど・・・」
「だから、最終的には、貴女自身がその技術を身に着ける必要があると思うの」
「・・・」
「それに、今日見てきた、もう一つの空間に穴を開ける方法、それを見つけるにも、既存の魔法知識は必要だと思うしね」
「・・・はぁ」
「そのために、魔法、勉強しましょう?私が一から教えてあげるから」
「はい。お願いします」
魔法を勉強して、会得して、元の世界と繋がる力を得る。
それが私の新しい目標かぁ。
大変そうだなぁ・・・
さっきのお話も、途中からよくわかんなくなったし・・・
「後はー・・・そうね」
「まだあるんですか?」
「それまではこっちで暮らすことになるんだし、こっちの世界の事、もっと勉強しないとね」
「あ・・・そ、そうですね・・・」
地理とか、世界情勢とか・・・たしかに必要だよね。
すぐに帰れないのなら、知っておかなきゃね。
「じゃあ手始めに市場に寄ってから帰りましょう?この町の名物よ」
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「さぁ、ここがアウフタクト一番の市場、港湾都市だから海産物がメインね」
連れてこられた場所は、ほんのり潮の香りが漂ってくる、大きな市場だった。
沢山の出店が並び、魚、肉、野菜、様々な食べ物が並んでいる。
マリナさんの言う通り、魚を扱っている店が多いようだ。
どの店の値札にも、なんとか"ゴルト"と書かれている。
・・・円じゃないんだ・・・
持ってきた2500円ちょっとのお金は使えないのかぁ。
「やあマリナさん。見ない子を連れてるね」
「昨日やって来た子よ。仲良くしてあげてね」
「どうも、ユイです。よろしくおねがいします」
「よろしくな!お嬢ちゃん」
訪れた魚店には、見たことある魚、無い魚、いろいろな物が並んでいる。
「あ、これ、見たことありますカレイですよね」
「お、よくわかったな。ヒラメとの区別がつかない人が多いんだよなぁ」
そこはこの世界でも一緒なんだね。
「あ、ユイちゃんユイちゃん」
マリナさんが呼んでる。
「はい、何でしょう」
「これがセモン魚よ?」
「へー・・・これが・・・」
やっぱり見たこと無い魚だった。
これがあのシチューの中に入ってたんだ・・・
まぁ美味しかったし、体調も悪くないから普通の魚なんだろう。
「ん?お嬢さんセモン魚知らないんか」
「は、はい・・・いろいろあって・・・」
「ふーん・・・まぁここで暮らして行きゃあ自然と覚えるだろうよ」
「そうですね・・・あ、きれいな魚」
私はふと一匹の魚に目が留まった。
それは鮮やかな青緑色をしていて、エメラルドのような色をしていた。
「それはイラブチっていうんだ」
「これ、食べられるんですか?」
「おうよ。喰えるから売ってるんだ」
「そ、そうですね・・・」
やっぱり、不思議な世界だなぁ・・・
こんな熱帯魚みたいのも売ってるなんて・・・
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教会に帰って来た私たちは、今後の事について話し合っていた。
「とりあえず、ユイちゃんは明日からここで家事の手伝いをしながら、魔法の勉強をする。それでいいかしら?」
「はい」
これからやることは決まった。けど、まだ気になる事はいくつかある
「そういえば、前に市民登録がどうとかって言ってましたけど、私の戸籍ってどうなるんですか?」
「戸籍?それがなんなのかはよくわからないけど、基本的に市民登録は血縁者の存在が必要だから、貴女はしばらくは難民扱いになるわね」
「難民・・・」
「うん。ギルド登録して、いろいろお仕事をしていけば、役所から特例市民許可証が出て、市民登録が必要な各種機関が利用できるようになるはずよ」
「詳しいんですね」
「まぁね。今まで見てきた子たちもみんなこの道を通る事になるから。だから、貴女もそこまではいっしょに頑張っていこうね」
「はい」
まだまだ先は長そうだ。
でも・・・難民かぁ・・・なんか嫌だなぁ・・・
その日の夜。
開いている個室を、今日のうちにカレンさんが掃除してくれたらしく、
そこを私の部屋として使ってもいいと、そうマリナさんが言ってくれた。
とは言っても、その部屋は簡素なカーペットと、机、制服が入ったクローゼット、
そしてベッドくらいしかない。
ナイトランプが優しく部屋を照らしている。
しかし、
私は妙な火照りに悩まされていた。
まるで風邪をひいたような・・・。
一応マリナさんにそのことを伝えると、
「あら大変、お薬出しておかなきゃ」
「回復魔法って使えないですか?」
「あれは、傷とかには使えるけど、身体の中の事には効かないのよね」
「そうなんですか・・・」
と、薬をくれた。
回復魔法って風邪は治せないんだ・・・
とりあえずそれを飲んで床につく。
・・・・・・
・・・暑い・・・。
身体に熱が溜まってるような火照りを感じる。
うぅ・・・やっぱりちょっと辛い・・・
楽な体勢を探しベッドの上をゴロゴロと転がって理想の体勢をとろうともがく。
・・・・・・
・・・・・・うぅん・・・
・・・はぁ・・・・・・ふぅ・・・ん・・・
・・・・・・・・・寝苦しい・・・
だけど人間っていうのは結構慣れる生き物なもので、
なんだかんだで寝てしまうのだった。
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・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・!!!
「っっああぁぁぁ!」
叫びながら飛び起きる。
熱い!
暑いじゃなくて熱い!
体内で熱が暴れまわっている。
逃げ場を無くした熱が、唯一外気に触れている頭に向かって流れて飛び出していく感覚がある。
このままだと私、死ぬ?
だめだ、服なんて着てられない!
寝巻のワンピースの裾を掴んで一気に引き上げて服を脱ぎ、全身を外気に晒す。
そのまま寝巻をベッドの外へ放り投げ、素肌を晒す。
全身の熱が空気に触れた途端そこから飛び出していき、
蒸気が吹き荒れるかのように、熱量が逃げ出していく。
しばらくそのまま待っていると、私の身体は少しずつクールダウンしていく。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
荒い息を吐きながら、落ち着いていくのを待って、
今の状況を整理するが、
何が起きてるのかサッパリわからない。
昨日からずっと暑い。
そして今日、起きてからはもっと暑い。
服を脱いだらなんとか収まった。
こんなことしかわかってない。
とりあえず、マリナさんに聞いてみるしか無いかな・・・