第14話:勝ち取った平和・Ⅲ
戦勝会の後、町の宿屋を急遽使えるようにしてもらい、モールに家の無い私たちはそこで泊まる事になった。
久々のふかふかのベッドと、今日一日の激闘による肉体と精神の疲労によって、
私は馬車で寝たにも関わらず、風情も会話も無く、一瞬で落ちてしまったのだった。
そして翌日・・・
私は思いっきり筋肉痛に痛まされ、
それをマリナさんに癒されるのだった。
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私自身と共に、平和を取り戻したストラド自治区も平穏とは言えなかった。
というのも、今までのあれこれで壊された建造物とか、禁止されたものとか、居なくなってしまった人とか、そう言うのが各地にありまくるせいで、その復旧をしなければならないのだけれど、各地のレジスタンスも人数が少なく、結構手一杯なのだ。
・・・あの大作戦の翌日だというのに、皆激務だ。
当然、腕を失う大怪我を負ったアリッサさんは病院に居るけれど。
一応アンダリスさんからは、
「あんたらはこの自治区の人間じゃないからな、復興を手伝ってほしい、とはいえねぇ」
なんて言われたけれど、
だからといって流石にのんびりしている訳にも行かず、ストラディウム城の調査の拠点となる城門付近の広場に設営した臨時拠点で待機していた。
今、城の詳細がどうなっているのかは誰にもわかっていない。
もしかしたら生存者、あるいは敵対する何かがいるかも、
そういう可能性を鑑みて、広場には物資を保管するテント、作戦会議が行えそうなテーブルがあるテント、臨時病院的な扱いが出来る沢山の仮説ベッドが並ぶテント等が張られている。
テントと言ってもキャンプ用のやつじゃ無くて、運動会で委員会席を設営するときに使う奴みたいな感じ。
そこには今、お城の地下牢で発見された生存者たちが運び込まれている。
誰もが痩せ細り弱っていて、まともな服も与えられず、首や手首などに重そうな枷のようなものを嵌められた状態で運ばれてきた。
ハッキリ言って、私は最初それを見た時目を逸らしてしまった。
「・・・生存者の人たち、大丈夫でしょうか・・・?」
まだ微妙に筋肉痛の抜けきっていない私は余った病院のベッドに腰かけ金属製の器に魔法で水を汲みながら、タオルの仕分け作業をしているマリナさんに聞いてみる。
直接の治療は本家のお医者さんに任せて、私はお手伝いだ。
「応急処置はしたから、大事には至らないとは思うわ・・・」
「なら、良かったです」
マリナさんも、ベッドの上で呻いている生存者の人たちを方を見ながら、神妙に答える。
マリナさんは回復魔法が使えるので、現場の最前線で戦ってた。
これ以上、犠牲者は増やしたくないもんね。
一応、容体は安定しているようなので、もう一つ気になる事を聞いてみる。
「・・・それにしても、ヴェルス侯爵って、何だったんでしょう・・・」
「どうかしらね・・・あいつに関しては、分からない事が多すぎるもの」
「あいつ?」
「ヴェルス侯爵の事」
やっぱりマリナさんも少し怒っている。
そりゃあまぁ、私がブチ切れるほどの圧倒的なクズだったし、私も思い出すだけでイライラしだすからしょうがない。
「結局、何故生命の大樹ユグドラシルが実在したのか、それと融合して何がしたかったのか、何もわからず仕舞いだったから、謎が残っているのよね・・・」
そんな事を言いながら、マリナさんは水が満ちた器を火にかける。
何がしたかったのか、どうあがいても胸糞悪い話な気しかしない。
「何か元の世界に戻るヒントがある事を祈りましょ」
「そうですね・・・」
気分転換にテントから出て、城を見る。
開かれた城門から見えるストラディウム城は、城の天辺が一切合切無くなっていて、ちょっと不格好になってしまっている。
そこに所狭しと這いまわっていた蔦は、その一本すら見えない。
「・・・帰れるといいなぁ」
そんな事をつぶやきながら見る青空は、元の世界の青空となんら変わらない、
青と水色を混ぜたような空に、千切った綿のような雲がゆったりと流れている。
その後、私はマリナさんや、町のお医者さん達と協力し、救急救命が必要な人が来た時に備えてお湯やら包帯やら毛布やらを用意していると、
「おぉーい」
城門の方から声が聞こえて、バラバラと数人の足音が聞こえて来る。
・・・調査隊が帰って来たかな。
と、思って城門の方を見ると、
バークレイさんとイルフリードさんが城から戻ってくる。
城の調査隊のひとつ。
遠めに見ても、何か沢山の本や紙を抱えているように見える。
そして、その予想は的中で、
私たちの元にやって来た二人は、本当に沢山の紙束を持っている。
「中々興味深い書類を発見した。今、時間あるか?」
表紙に何も書かれていない謎の本を見せつけながらイルフリードさんが言う。
それを聞いて、マリナさんは医療テントの方を少し見て、様子を確認してから答えた。
「・・・そうね。生存者の状態は安定してるし、時間はありそうね」
「わかった。じゃあ、そこのテントで話そう」
イルフリードさんは、作戦会議用テーブルのあるテントを差すので、私もそこに付いていく事にした。
「・・・さて、」
テーブルの上には、沢山の本や紙束が並べられている。
それら眺めながら、イルフリードさんが口を開いた。
「これらは、城の隠し扉の奥にあった書斎で見つけた物だ」
「隠し扉・・・」
いかにもな単語に、ついつい紙束を見てしまう。
ちらっとだけれど、"ユグドラシル研究資料"などと書いてあった。
「ヴェルス家はここストラド自治区が独立する前から存在する盟家だ。恐らく、この隠し書斎は築城時から革新的に作っていたんだろうな」
「そんな歴史のある盟家がなぜ・・・」
「資料の数、古さから考えると、むしろ悲願を成し遂げる為に長い歴史が生まれた、といった方が正しいのかもしれない」
「大樹ユグドラシルとの融合が悲願だと?」
「・・・それに付いては、資料を見てもらいたい」
マリナさんと、イルフリードさんの議論が白熱していく中、一同は一冊の本に目を落とす。
なにやら豪華な家紋のようなものが表紙にある重厚な本だ。
「これは、ヴェルス家の紋章。おそらく一家に伝わる秘文書のようなものだろう」
そう言いながら、今度はバークレイさんが本をパラパラとめくり出し、とあるページを見せる。
「このページは、初代ヴェルス侯爵の目指した魔術の最奥について書かれている」
バークレイはさらにそのページの一文を指さし続けた。
「初代侯爵は、究極の身体強化魔法による、最強の個、を目指していたらしい」
「最強の個・・・」
「ああ、この本によると、最期は負荷に耐えきれず爆散したらしいが・・・」
「ば、爆散・・・」
なんか嫌な事聞いた・・・
「二代目ヴェルス侯爵は動物保護を積極的に行っていた人物と言われてはいたが、どうもこの本の記述では、その裏で合成獣・・・キメラの作成実験を行っていたらしい」
「え、えぇぇ?」
「そうした歴代の活動を鑑みると、ヴェルス家は歴代で強い生物、に執着していることが伺えるんだ」
バークレイさんがバラバラと提示してくる何枚かの資料には、毎度"最強"だの、"強化体"だの、"合成真人"だの、物騒な単語ばかり見える。
「・・・とんでもない一家ね」
「ですね・・・」
マリナさんも私もドン引き。
しっかりと読んだわけじゃあないけれど、資料にはどれもこれも人権を無視したような非道な事が書かれていたりする。
写真とか無くて良かった、って思うほどに。
「それを踏まえてこれを見て欲しい」
そんな中、バークレイさんはある紙束を差し出してきた。
「これは、書斎の一番目立つ場所に置いてあった、生命の大樹ユグドラシルに関する研究に関する研究資料だ」
・・・
~研究レポート1~
究極の生命体となるために必要な物は、莫大な魔力と生命力だ。
それも、1個人で成し遂げられる量では無く大量の人間そのものを素材とする禁忌魔法級の魔力。
だが、異なる人の魔力をいくら集めても、利用などできやしない。
だから私はある概念に注目した。生命の大樹ユグドラシル。
あらゆる生命の死と再生を司り、死者のエネルギーを吸収し、それを新たな生命に還元する機構。
その、吸収したエネルギーを使うことが出来れば、禁忌魔法級以上の力を得ることが出来る。
先代まではあらゆる生命の頂点に立つことを目的にしていたが、私は違う。
あらゆる生命の、原点に立つ存在になる。
「・・・やはり、あいつも究極の存在を目指し、その道具としてユグドラシルを利用したようだ」
「そうみたいね。生命のサイクルに干渉しようだなんて、冒涜にも程があるわ」
研究レポートかも見えるあいつの人間性に皆怒りを隠そうともしない。
さっきから、淹れていたコーヒーの減りが早い。
「さて、次はこれを見てくれ」
次に差し出されたのは、レポート2では無かった。もっと飛んだ数字の物。
~研究レポート15~
大樹ユグドラシルは架空の存在だ。正確に言えば、生命のサイクルという概念を抽象化したものに過ぎない。
故に私は、如何にしてそれを再現するかの研究を進めて居た。
その折に奴は現れた。魔族だ。
この世の忌み者、そんな扱いを受けている魔族だが、奴は私にある話を持ち掛けてきた。
"本物の大樹ユグドラシルが欲しくないか、と"
当然、俺は飛びついた。
やつは、契約完了だと言って我に種を渡してきた。それが、大樹ユグドラシルの種だった。
まさかこんなに簡単に計画が進むとは!
あとは、先々代が残した憑依一体化魔法で、ユグドラシルと一つになるだけだ!
「・・・そう言う事だったのね・・・」
マリナさんは、レポートを見ながら悔しそうな顔をしている。
でもこのレポート、色々おかしい所がある。
「・・・あれ、あの悪魔、契約なんかしてないって言ってませんでしたっけ・・・」
確かにそういってたはず。
でもここには、契約完了って・・・
「恐らく、私たちが邂逅した時にはもう、契約は終了していたのでしょうね。その証拠に、」
そう言いながらマリナさんはレポートの何か所かを指さす。
「1人称がバラバラでしょう?恐らく、このレポートを書いた段階でもう魔族に魂を売り渡していたんだわ」
「・・・そんな事が・・・」
「魔族が人に契約をするときに要求する代償は様々だけれど、魂を要求する場合、その人は狂気に堕ちる。元から色々と裏に抱えていた一家ではあるけれど、輪をかけておかしくなっていたのね」
早々にコーヒーを空にしたマリナさんが、大きな問題を見つけたサラリーマンのような表情をしながら頭を抱えている。
「今回も魔族による悪行・・・教会本部に差し出さなければいけない書類が増えたわ」
「お、お疲れさまです・・・」
私はそれしか言えない。
「既に元凶となった魔族は倒されているのが幸いかしら。とはいえ、ユグドラシルの種とはね・・・」
「この世に無いものすら持ってくる。魔族って言うのは一体どういう存在なんだか」
「魔族の正体は未だ知れない。私達人類に悪影響を与えるという事しかね」
マリナさんは深いため息を吐く。
・・・実感の籠った重いため息だ。
「世界跳躍のヒントは、得られず仕舞いね・・・」
「・・・残念ですね」
「さて、」
二人でため息を吐いた時、イルフリードさんが、1冊の本をどさりとテーブルに載せる。
「こっからはどちらかと言うとお嬢さん、君に用がある話だ」
「私?」
思わぬ言葉に、あざとく自分で自分を指さしてしまう。
「これは、何代か前のヴェルス侯爵が研究していた、魔力の暴走についての本だ」
「っ!!」
思わず乗り出す。
だってそれは、私の異常体質に関係ある事かもしれないのだから。
イルフリードさんは、持ってきた本のある1ページを開いてこちらに見せてきた。
「感応器を活性化させてエーテルの生成量を上げる魔法は、どこの国、組織でも研究してきたが、結果は芳しくは無かった」
本のページには、ビッシリと研究結果のようなものが書かれていて、
正直読む気が失せる密度だ。
「どれもこれも、得られるエーテル増加量に比べて肉体への負担が大きすぎたんだ」
「へぇ・・・」
体の負担・・・そう言えば前にそんな事言われた気がするけれど、自分の体は何ともない。
今はちょっと筋肉痛だけど・・・
「それでも、僅かな強化を求めて使う人は居たが、まあ主流にはなりえなかった。そこを何とかしようと侯爵は考えていたようだな」
イルフリードさんが本のページを何頁かめくる。
そこには見たこと無い生き物の図式のようなものが描かれていた。
「そこで注目したのが魔法生物だったらしい」
「魔法生物・・・」
「肉体が魔力・・・エーテルやミストで形作られている生物の事よ。魔女はその仲間で、一般的に魔法や魔力の扱いは人間より優れているとされているわ」
マリナさんが補足を入れてくれる。
魔女・・・確かにリズちゃんの魔法は中々凄かった。
いろんな属性の魔法を次々と使いこなしていたよ。うん。
「侯爵は、人間の肉体を捨てて、魔力で補う研究をしていた。大方、肉体が無ければそもそも肉体にかかる負荷を踏み倒せると思ったんだろう」
「まぁ、理には適っているわね」
「とはいえ、結果は散々な物だ。レポートによると、実際に負荷を無視した魔力の大幅な上昇は行えたようだが、肉体が無いが故にその形を維持することが難しく、何かの拍子に魔法が暴発して体が霧散して消滅したらしい」
「うわっ・・・」
思わず引いた声を出してしまう。
「体が魔力で出来てるんだ。通常俺たちが行う、魔法の放出、という算段を無視してるんだから暴発なんて、まあ、起こるだろうさ」
「身に覚えがあります・・・」
くしゃみで氷を放って部屋の壁を粉砕した人間なんてそうはいないだろう。
「ただ、感応器暴走の負荷を魔法生物化で乗り越えるというのは、中々面白い着眼点だ」
・・・あれ、
「・・・もしかして、私って魔法生物だったりするんでしょうか・・・」
自分の手を見つめて、あまり信じられない仮説に行き着く。
見た目は普通の人間の手だけれど、それはリズちゃんもそうだったし・・・
そもそも私は普通の人間では無く、ある日突然この世界にやって来てしまった漂流者。
その隙に自分の体が魔力になってしまっていても驚かない。
あ、いや、流石に驚くけど、あり得ない話じゃないのかも。
自分で自分を信じ切れなくなって、思わずマリナさんの方を見てしまう。
「流石にそんな事は無いとは思うけれど・・・」
が、ちょっと歯切れの悪いマリナさん。
「でも、この過剰出力に納得の行く説明を付ける事はまだできないし、断定は出来ないわね・・・」
「そんなぁ!?」
ここにきて私人間じゃない説が出てきてしまって、益々私という存在が分からなくなって来てしまう。
「その本、貰えたりするかしら?」
「ん、あぁ、これはそっちにあった方が良いだろう」
そうしている間にも、何か向こうで取引がなされている。
「私は魔法の専門家でもないし、生物の専門家でもないから、その辺り、ちゃんと調べておかないとね」
「うっ・・・はい・・・」
うわか、なんかショックだなぁ・・・
まさかの疑惑にうなだれていると、イルフリードさんが、コンコンと机を小突いて呼んでいる。
顔を上げると、身を乗り出してきていて距離が近い。
「もしお嬢さんが人間でなかったとしても、きっとここの連中は除け者にしたりはしないさ。何せ、その力でこの自治区は救われたようなものだからな!」
「い、イルフリードさん・・・」
「そうそう。もしユイちゃんが人で無い存在だったとしても、私は対応は変えないわ」
「マリナさん・・・」
豪快に笑うイルフリードさんと、優しく笑うマリナさんを見ていると、それにつられて強引に私も元気になって行く・・・気がする。
「ま、その場合町の子供たちに"あなたの様になるにはどうしたらいいですか?"って言われた時に悩む事になるだろうけどな」
「あははは・・・それはまぁ、どっちにしろ困るというか・・・」
人間を辞めるか、魔力を暴走させるか、どっちにしろ言ったからといって何だというね。
んまぁたしかに、人間でなかったとしても、共生出来るのならそれでいいような気もする。
リズちゃんの様に。
「もし故郷で何か辛いことがあったら、いつでもストラド自治区に戻って来ればいいさ。少なくともレジスタンスの俺らは味方さ」
「ふふっ、心強いですわね」
「・・・ありがとうございます」
ただ、元の世界に戻る時には人間に戻ってて欲しいなぁ、とは思う。