第14話:勝ち取った平和・Ⅰ
全てが終わった城を歩く。
最早人の気配も、騎士の気配もしないとっても静かな空間。
「しっかし、何だったんだアイツの目的は・・・」
「そう言うのは、あまり深追いしない方が良いわよ。大人からのアドバイスね」
「な、何があったんでしょう・・・」
「怖っ・・・考えないでおこう」
・・・とはいかなかった。
完全に雑談タイム。
行きは裏口から壁をぶち抜いて侵入したけれど、帰りは堂々と正門から出る事が出来る。
元凶であるヴェルス侯爵と戦った、屋外と化したホールを後にして、
上級魔族と戦った、跡形も無い庭園を抜け、
大量の騎士と戦った、殺風景になった食堂を抜け、
そして、城の玄関口となる綺麗に形を保った講堂に出る。
豪華過ぎてどこが光源なのかよく分からないシャンデリア。
壁に並ぶ美しい風景画。中にはアウフタクトの街並みもある。
金の装飾が施されたふかふかで分厚いレッドカーペット。
どれもこれも最高級品な感じで、そこをゆっくりと歩く私はお姫様気分になれる。
「こう見ると、このお城もかなり豪華ですよね」
「オルケス王国に接収される前は、ちゃんとした王国だったらしいわよ」
「へぇ・・・じゃあ、王様とかも居たんでしょうかね?」
「自治区として独立した後は、王家の血を引くものが政治を執ったって噂だったのよ」
「そうだったんですねー」
マリナさんから豆知識を貰いながらレッドカーペットを歩いていると、
バァン!!
と、爆発音のような音を立てながら、正面の扉が勢いよく開かれる。
「ひぃっ!?」
誰も居ない筈の場所で急に扉が!
しかもそんな勢いよく開けるようなサイズのじゃない、電車が入れそうなくらい大きい扉が勢いよく開かれたもんだから、思わず悲鳴を上げてしまう。
「誰だ!」
「何者!?」
マリナさんやレイル君は、ビビるというよりも、警戒を露わにしている。
しかし、その扉の先に居たのは、
「・・・あれ、皆さん、何故ここに?」
「あ、あぁ、何だ、お前たちか」
扉の先に居たのは、モールのレジスタンスの面々。
アンダリスさんやアリッサさん、イルフリードさん達といった見知ったメンツの他にも、見たこと無い人が大勢居る。
これが前に言っていた、もう一つのレジスタンスの人かな・・・?
皆、バーで見た時とは違う、本気そうな装備で固めているが、一様にボロボロだ。
・・・私も人の事言えないくらい傷だらけだけどね。
「お前たち、無事だったか!?」
私達の姿を見たアンダリスさんは、持っていた斧を引きずりながら近づいてくる。
カーペット切れてるけど良いのかな・・・
「作戦の最中、いきなり城の方からデカイ光の柱が伸びて、その後城の天辺が崩壊し始めたから様子を見に来たんだ」
「あ、あぁー・・・なるほどね・・・」
レウン君と私、一瞬目を合わせてから、お互い別々の方向に目を逸らす。
「その少し前には雷が落ちる音も聞こえたし、相当な激戦だったんだろう?」
「そ、そうですね・・・」
激選ではあった。激戦だったよ?うん。
・・・その音とか光とか、全部私達側がやった事だけど!!
「そういや崩れた城から気が見えたな。あれは何だったんだ?」
「それらは追々お話しますわ。とりあえず、こちらの作戦方向を・・・」
ちょっとなんて言葉をかければいいか分からない私に代わって、マリナさんがこの場を取り持つ。
作戦報告という言葉を発した瞬間、数十人の集団が一斉に静まり返る。
「結論から言うと、本作作戦は成功。ヴェルス侯爵は無事討たれました」
瞬間、
「「「うぉぉぉおおおお!!」」
と、サッカーで選手がゴールを決めたような歓声が上がる。
老若男女問わず、全員が飛び跳ねる勢いで喜んでいる。
・・・その歓声が私たちに向けられてると思うとなんかこう、恥ずかしいなあ。
しかし、マリナさんはその歓声を手で制し、話を続ける。
「ただし、ヴェルス侯爵は人間を止め、変容していたため死体の回収は叶いませんでした。また、その変容に巻き込まれ、城内の人はほとんど犠牲になっているようです」
その言葉に、一同は黙ってしまう。
「あまり勝利に水を差したくはありませんでしたが、一応、事実として報告しておきます」
「・・・ああ、その方がありがたい」
マリナさんは報告をしつつ、胸元で十字を切る。
それに合わせて、アンダリスさんも軽く祈りるポーズをしていたり、
イルフリードさんが続いて十字を切ったりしている。
「とはいえ、勝利は成されました。これ以上の犠牲は出ないでしょう」
「そうだな。今は勝利を祝う事にしよう」
「あと、我々の侵攻ルートはシンプルで、城全体を捜索した訳ではありません。一応、早めに全域を調査しておいた方が良いかもしれませんね」
「分かった。それは手配しておく」
喜びと悲しみが入り混じる不思議な空気感の中でも、やるべきことは進んでいく。
これがプロなんだろうか。
「作戦報告ご苦労だった。次は此方の番だな」
今度は、陽動作戦を行っていたアンダリスさん達の作戦報告が始める。
「俺らと別動隊はもう合流し報告を終えてるから、統合して話すぞ」
「わかりました」
アンダリスさんは、ちらりと後方を見つつ、報告を始めた。
「こちらの作戦は陽動だから、作戦の成否は、そちらが作戦を完遂させた時点で成功と言っていいだろう。見たところ、犠牲は出ていないようだしな」
「ええ、直接の犠牲はありませんでした」
実際、騎士と出会ったのは食堂の時だけだったね。
「あとは状況報告だが、城の天井が崩壊してしばらく経った後、騎士たちが一斉に無力化された。それこそ、反故の宣誓を受けた時のようにな」
「・・・やはり、元凶を倒せば契約で保っていた関係が途切れた、という事でしょうか」
「かもな。その現象は自治区全体で起きているようで、今は家に閉じこもっていた住人も皆、何が起きたのかと外に出てきている状態だ」
「住民たちへの説明は?」
「いいや、まだだ。色々と整理したい情報が多いからな。確度の低い情報を流したくはない」
「・・・今はそれが妥当でしょうね」
「とはいえ、無駄に憶測が出回るのも避けたい。ここで情報を纏めて早めに拡散しておきたいか」
凄い。
作戦終わりました!お疲れさま!
って感じじゃなくて、ちゃんと今後の事とか、起きた事実への見解とか、レベルの高い報告が続く。
「次に、犠牲報告だが・・・」
「・・・」
「犠牲者は2名。Cチームのやつだ」
「そう・・・ですか・・・」
やはり、犠牲の話になると重くなる。
そればかりはどうしようもない。
名前も知らない人ではあるけれど、手を合わせて黙祷を捧げる。
「状況は割愛するが、勇敢に戦ったことは事実だ。それだけは忘れないでくれよ」
「ええ、勿論。早めにモールの教会を復興させましょう」
「墓場だけでも、今日明日で何とかしたいところだな」
「聖堂教会に所属するものとしては、弔うために講堂の十字架も何とかしておきたい所です」
・・・あれ、その十字架って私は吹っ飛ばしたやつじゃ・・・
ちゃんと直そう。
「その辺は俺は詳しくは無いからな。プロにお任せするぜ」
「・・・任されました。して、Bチームの方は?」
そんなマリナさんの質問には、アンダリスさんでは無く、バークレイさんとアリッサさんが前に出てきた。
バークレイさんは、いかにも貴族!みたいな豪華なコートをしていて、
アリッサさんは、なんか、ちょっと和風っぽい格好。上にコートを羽織ってるけど。
「Bチームは、直接の犠牲者は出なかった。ただ、無傷とはいかなかった」
バークレイさんがそう言いながら、隣のアリッサんさんが羽織っていたコートを脱ぎ捨てる。
・・・っ!?
「あ、アリッサさん・・・それ・・・」
「あははは・・・やられちまったよ」
軽く笑うアリッサだんだけど、その左腕は、二の腕辺りから先がバッサリ無くなっていて、傷口が凍り付いてしまっている。
「装備とか、生傷とか、細かい被害は当然あるが、不可逆な被害はこれくらいか」
「そんな・・・アリッサさん・・・」
見知った人がこんなことになってしまったと知ると、思った以上にショックだ。
「なあに、この剣を振るべき敵はアンタらが倒してくれたんだろ?平和になったんなら片手だって生きていけるさ!なんなら、隻腕の女剣士、ってなんかカッコ良さそうだし?」
この状況でケラケラと笑うアリッサさん。
確かに気分は軽くなるけど、腕一本失ってそこまで笑えるのは・・・なんだろう?
「これに関してはアタシのせいだから、皆が気に病む必要は無いよ。片手でも酒は飲めるしな!」
「両手失ってたらどうするつもりだったんだよ・・・」
「酒樽に顔突っ込む。前々からやりたいと思ってたし」
ははははは!と周囲から笑いが巻き起こる。
え、良いのこの空気感!?
「この調子なら、平気そうね」
「い、いいんでしょうか・・・?」
「本人がそう言ってる以上、私たちに出来る事は何もないわ。必要以上に心配かけるのも悪手だもの」
「え、えええ・・・?」
「もし無理をしているのなら、その時は話を聞くけど」
さっきからテンションが乱高下。
全くついて行けない。
その・・・これは、作戦成功で、見事勝利!で、いいんだよね??
「あー、でもつまみ食べながら酒飲めないのは不便だなぁ・・・」
「だからってストローは使うなよ?」
まだお酒の話してるし。
そこを、何故かこんなところで緩んできてしまった空気を一気に引き締めるように、アンダリスが叫んだ。
「さて、こんなところで長話をするのもあれだ。とりあえず、全員、帰るぞ!凱旋だ!」
「「おぉーー!」」
と全員盛り上がる。
レイル君やレウン君も拳を振り上げてノッているので、私もちょっと便乗して少しだけ手を上げた。
「因みに、帰りは馬車を用意したから、歩く心配はないぞ!」
あ、それはありがたい。
元々体力が無い上に、今ちょっと消耗している私としては、とても嬉しい。
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「・・・起きてユイちゃん」
「・・・う。うん・・・?」
マリナさんに頬を突かれる。
「隠れ家のバーに付いたわよ」
「・・・え?」
あれ、ね、寝てた・・・?
気が付くと馬車は止まっていて、
外からはざわざわとした人の喧騒と、夕日の光が差し込んでくる。
「やっぱり相当疲れてたみたいね。馬車に揺られた瞬間、ころりだったわよ」
「そ、そうでしたか・・・」
は、恥ずかしっ
以前ローチェ村に向かう時に乗った馬車は揺れまくって睡眠どころでは無かったけれど、
今回の馬車はとても揺れが滑らかだった。
多分、そのせいで寝ちゃったんだと思う。
私、電車で寝ちゃうタイプだし。
「ま、それはレウン君とレイル君も一緒だったけど」
辺りを見るとレイル君とレウン君が、眠そうな目を擦りながら頭を振っている。
「あれだけの事があったのだから、当然よね」
マリナさんは、横に置いてあった十字架を抱え、それをどこか遠い目をしながら、馬車を降りようと起き上がる。
そうだよね。ほんの数時間前に、本当にギリギリの、下手をすれば死んでいた戦いをしてたんだよね。
・・・なんだか、一回寝たら実感無いなぁ・・・夢だったみたい。
そう思いながら視線を下に落とすと、私の服は所々血や土埃に汚れていたり、引き裂かれている。
やっぱり、夢じゃないね。
さ、私も馬車を降りよう。
「・・・うわっ」
馬車を降りると、場所は隠れ家となっていたバーのある通りだった。
しかし、その様子は大きく変わっている。
以前は、まあまあの人の通りだったのが、今はかなりの人数の人が居る。
ただ、勝利に喜んでいる、というよりは何が何だか分からない、といった様子だ。
「一応、ヴェルス侯爵を倒しこの自治区は平和になった、って事は伝えては居るのだけれど、すぐには居介しきれていないようね。でも、ほら」
馬車から出たばかりで、状態を把握しきっていない私に対して、マリナさんはどこかを指さしている。
「あそこに居た騎士、覚えてるでしょ?あれが突然朽ちて消えたことで、ある程度察する人も出て来てるみたい」
指さした先には、騎士の鎧のようなものが落ちている。
でも、何というか今まで見た物とも様子が違う気がする。
「どうもあの鎧、大樹ユグドラシルの蔦が使われていたらしいの。どうりであれだけのパワーがあるはずだわ」
「あれにも大樹要素あったんですか・・・」
着てみなくて良かった。
まあ、仮に使われてなくても、あんなの私には重すぎて使えないだろうけど。
「でも、大樹が朽ちた結果、鎧も形を保てず、バラバラに分解されたようね」
「あー、だからか!」
違和感の正体はそれだ。
確かによく見れば鎧は全部鎧の形を成して無くて、ただの金属パーツの塊に見える。
「なるほどな、じゃあレジスタンスの判断は間違ってなかったって事か」
「何が使われてるか分からないから使うのは止めようって、言ってたよね」
二人で話していると、レイル君とレウン君が馬車から出て来る。
「もし着てたら乗っ取られてたかもしれないな」
「こ、怖いこと言わないでよ・・・」
あの蔦に絡まれて身動き取れなかった事を思いだして、背筋が凍る。
「いいや、もしかしたら騎士の中身の魔族は実際に乗っ取られてたのかも」
「だからやめてって!!」
「はははは、冗談だって!」
全然冗談じゃないから!
そんなやり取りをしていたら、バーのあった建物の2回の窓が明るく光り、
「おーい、アンタらも早く上がってきな!!」
と、窓が開いてアリッサさんが乗り出してきて手を振ってる。
あ、あそこ立て付け板で光が漏れないようにしてたところだ。
もう、消灯令に従う必要は無いもんね。
「ヴェルス侯爵撃破の戦勝会、さっさと始めんぞー!!」
「あ、おい、あんまり乗り出すな!!」
もうなんかお酒入ってそうなアリッサさんの後ろからイルフリードさんがしがみついて、そのままバーの中へと消えて行った。
「私達もバーに急ぎましょうか」
「ですね・・・」
解放に浮かれているのか、戸惑っているのか、ざわめく町の人々を背に、そそくさとバーの中へと歩いていった。