第13話:魔剣の勇者・Ⅳ
「喰らえぇぇぇ!!」
レウン君の渾身の一撃は、燃え盛るホールごと薙ぎ払い、大樹の幹に喰らい付く。
『その力・・・!』
「くっ・・・!固い!」
木に斧を叩き込んだ時のように、幹には少しだけ光の柱が食い込んでいる。
バッサリと一閃!とまでは行かなかったけれど、
相手の凶悪な再生速度に押し戻されるようなことは無く、拮抗している。
「一発で切れるとは思ってなかったけど、想像以上かも・・・」
レウンは、一度剣を引き抜き、再度剣を振るう。
その剣は寸分違わずさっき撃ちこんだ場所に命中し、より深く食い込んだ。
それを二度、三度、的確に打ちこみ、傷を広げていく。
・・・これが木こりの本気・・・!
それはそれとして、尋常ではない大きさの剣を何度も何度も振るうせいで、ホールがどんどん輪切りにされて、崩落しまくっているので、ガンガンに魔力を吸われながらも私は頭上にバリアを張らざるを得ない状況になっている。
もう天井は無くなって、青空が広がっている。
『・・・させてなる物か・・・!』
それでもまだ1割も達していない時、今度はあちらが動く。
今までホールの壁にある枝から生やしていた花が、幹に直接生えてきた。
しかも、そのサイズはあまりにも大きく、元々の木が大きすぎて遠近感が狂う中でも明らかに巨大に見える。
『これで、もろとも終わりにしてやる・・・!』
花からはレウン君が持つ結束の剣に負けない程の光量の光が集まっている。
「嘘だろ・・・なんつう魔力だ・・・!」
「あんな力・・・一体どこから!?」
マリナさんとレイル君が戦慄してる。
他の人の魔力を感じ取る能力はまだない私でも、あれはヤバイ、と感じるので多分本当にやばいんだと思う。
実際、あの光量は間違いなく必殺技の領域、というかさっき戦った化け物以上の力を感じる。
『お前たちが屋根を壊してくれたおかげで、やっと本気を出せる!』
ヴェルスの木は、太陽光を浴びて、枝葉が青々と輝き始める。
『人から養分を吸っただけは魔力への変換が遅くてなぁ・・・やはりこいつは植物、陽光が必要というわけだ、はははははは!』
「くそっ!嵌められたのか!?」
高らかに笑うその大樹は、確かに今までより元気に見える。
もうホールはホールの役割を果しておらず、天井はや、高い位置の壁は全て崩れ去り、ホールの端の方にに瓦礫として積まれている。
多分、バリア展開して無かったら落下物でみんな死んでたと思う。
『その剣だって、正体は知っているとも、どうやって4人でその力を出しているのかは知らんが、大方背後に仲間でも居るんだろう?』
メキメキと音を立てながら、幹に生える人型のそれがせり出してくる。
表情はあまり分からないけれど、こちらを指さしながらケラケラと笑うその動きは、絶対に私達をバカにしてる。
『この城に住まう配下300人!その全てを吸収したこの私は無敵だ!』
300・・・それだけの人が犠牲に!
でも、
木々をざわめきつかせながら大げさに笑う大樹に、怒りがこみあげて来る。
『その剣の伝承は知っているとも、所詮200人程度の魔力で限界を迎えるとな!』
「知ってる、だとっ!?」
『貴様らレジスタンスが陰で活動しているのも知っているとも!さあ、200人の命を棒に振る感触はどうだ?名も知らぬ勇者よ?ああいや、最早ただの人殺しか!?』
「どこまでも下衆に堕ちたわね・・・!」
邪悪な笑みを浮かべる大樹・・・いや実際に表情が変わってる訳じゃないけど、絶対にそういう顔をしてる。
私も、マリナさんも、全員が嫌悪感丸出しの顔で睨み付ける。
『全く、余計な事でこの私が吸うはずだった魔力を無駄にしおって・・・』
もう、我慢ならなかった。
『お前たちも、この国の全ての人間も、さっさと死んで養分になれ』
「あーっ、もう、酷すぎる!!」
嫌とか気持ち悪いとか、そう言う感情はとっくに突き抜けて、
アイツにある思いはたった一つ。
・・・絶対に、
何があっても、
コイツだけは、ぶっ飛ばす。
『あ?』
「命が無駄だとかなんとか酷い事ばっかり言って!!」
相変わらず魔力は吸われまくっているけど、それ以上に体の底から湧き上がる魔力を感じる。
怒りや失望、そんな強い感情に連動して、体内で引っかかっていた何かが外れるように、魔力の流れが急激に増している。
不可視と言われてた魔力が、あまりの濃度に周囲の景色を揺らがせる。
「命なんて、一個も無駄になってないよ!全部私が賄ってるから!」
『お前、何を言ってる?』
「今から、見せてあげるよ、私の本気・・・レウン君、覚悟してて!!」
「え?あ、はい!わ、わかりました!」
レウン君の返事を待たず、湧き上がる力の全てを結束の剣に叩き込んだ。
相手が300人分の命?
だったらこっちは600倍で潰してやる!!
その剣のキャパは200人って話だったけど、無理やり600人分で動け!!
魔力を送るのに邪魔になるケープとスカートを脱ぎ捨てて、露出した肌面積全てから怒りの魔力を剣にぶつける。
魔力を吸う剣は逆に想定外の魔力を流し込まれ、バリバリと閃光が激しく瞬いている。
「え、ちょ、何これ!?」
「ゆ、ユイちゃん!?どうしたの?」
「おいおいおい!何が起きてんだよこれ!?」
皆の声が聞こえる。
レウン君の持っていた結束の剣は、もう光の柱などでは無かった。
白く、長く伸びる光の柱だったそれは、青白い冷徹な溢れる色に変貌し、柱だった形は途中で幅広の円月状の膨らみが出来ている。
・・・そう、
その形は紛れも無い、"斧"そのもの。
『まて、その力・・・その魔力・・・聞いてないぞ!?』
突然膨れ上がったその魔力に、大樹が焦り始める。
もう嫌だ、すべて終わりにしてやる。
「私だって分からないよ!!」
『だがそんな力、剣が持たない筈だ・・・!』
「それでもっ・・・!あなたを倒せるんなら!」
あまりにも、あまりにもクズが過ぎて、もう、見て居られなかった。
一呼吸おいて、
「レウン君、やっちゃって」
最早逆にちょっと落ち着いてきた私は、静かにレウン君に告げる。
・・・つもりだったけど、思ったよりドスが効いた声になった。
「は、はい、行きます!」
レウン君が斧を構える。
剣だった時よりも、数段洗練されたフォームに見える。
「これで・・・終わりにします・・・!」
渾身のフルスイング。
それは、やはり的確に幹の傷ついた部分を捉え、
その勢いはとどまることなく、
さっきまで嘲笑ったり、焦ったりしていた人型の部位を、
膨大なエネルギーを貯めていた巨大な花弁を、
幹の中心を、
全てを一気に振り抜いて、
大樹は、真っ二つになった。
巨大な大樹が、裂かれた断面から自重によって、ずれ、崩れてゆく。
『が・・・力・・・力が、枯れていく・・・!?』
裂かれ、上半身に見える部位だけが地面に落下し、それが呻き始める。
『死ぬのか・・・終わるのか・・・?』
そんなうめき声と共に、周囲を覆い尽くしていた大樹が、定点カメラの早回しでも見ているかのように急速な勢いで枯れていく。
床や壁を這う根や蔦はみるみるうちに細く短くなっていき、元々の石畳や壁が見えて来る。
空を覆う葉は、冬がやって来たように茶色くボロボロの葉が降り注ぎ、地面に到達する前に朽ちて消える。
幹も、しわがれた老人のように細く痩せていき、猛烈な勢いで朽ち、割れ、腐っていく。
『わ・・・私の・・・や・・・ぼ・・・』
木でできたゾンビのように呻く人型の何かは、それだけを残し、力なく地に伏して、大樹と同じように朽ちて消えた。
もうそこには、葉の1枚すら、何も残っていない。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
我に返ると突然どっと疲労が襲い掛かる。
本当に、この力は何なんだろう。
激情に任せてこんな事をしてしまったけれど、私の身体は大丈夫なんだろうか・・・
滅茶苦茶な事をしでかした自分の体を見て、はぁとため息を吐く。
・・・って言うか何で私スカートか脱いでんの!?
そばに落ちていたスカートを拾っていそいそと履いていると、
「ユイちゃん!大丈夫!?」
「あ、マリナさ・・・ん!?」
マリナさんが駆け寄って来て、
その勢いのまま強烈に抱きしめられる。
「良かった、ちょっと正気を失っているように見えたから・・・」
「あ、あながち間違っても無さそうな感じが・・・」
「とにかく、今は大丈夫なのね!?」
「は、はい!今は正気ですから!!」
何とか弁明して解放してもらった。
まだケープ着なおせてないんだから・・・!
「それにしても、やっぱりユイちゃんの力は、本当になんというか・・・恐ろしくなるわね」
「私もそんな感じです・・・」
壁も、屋根も、大樹も、何もなくなってしまったホールを眺めながら、
そんな中身の無い感想を言い合う。
実際にやったのはレウン君だけど、そのパワーの源は私だしね。
やろうと思えば、私単体でもこれくらいできるのかもしれない。
もうそれは人じゃ無くて兵器だよ。
感情が高まりきって激情に任せてやけっぱちになってしまう癖と、
大量破壊兵器かくやという魔力。
絶対に合わさってはいけない要素が混在している私の内面に、恐怖すら覚える。
いつか、とんでもない事をやらかしてしまうのではないかと。
そんながらんどうなホールをウロウロと歩きながら、レイル君が呟く。
「一応・・・倒したって事で、いいんだよな?」
「ええ、もうこの辺りには魔力は感じないわね」
マリナさんも、周囲を見渡しつつ辺りを確認している。
そして、その先には、全てに決着をつけた勇者、レウン君がただ立ち尽くしていた。
「・・・お、終わった・・・?」
脱力した感じで突っ立っているレウン君。
それは、仕事の終えたきこりよりも、戦いを終えた勇者の表情だった。
「ああ、よくやったな、レウン!」
「あ、お兄ちゃん」
レイル君がレウン君の肩をポンと叩く。
「色々とイレギュラーはあったけど、作戦は成功ね!」
そこにマリナさんも合流する。
あ、ちょっと待って!?
ケープを止める鎖がまだ全部止まってないけど、あの輪に入れないのは悲しいので、急いで駆けていく。
「はぁ・・・はぁ・・・待って、私も入れて・・・!」
「そんな走ってこなくたっていいのに・・・」
まだ疲労感が抜けてない状態で走ったので息切れがヤバイ。
そうまでして走ったのにレイル君に窘められてしまった。
「この作戦の主役はレウンとユイさんだからな、置いてくなんてことはしねぇよ」
「え、あ、そ、そうなんだ・・・」
主役・・・主役かなぁ?
今回の作戦、騎士は兄弟のペンダントだし、化け物と大樹はレウン君だし、割と今回の私サポートの比率の方が多くなかった?
・・・なんて水を差すのはやめておこう。
「とにかく、やったねレウン君!」
今回は素直に勝利を喜ぼう!
「そ、そうですね!!」
流石にレウン君も、ニコリと笑う。
ほら、やっぱり笑うと可愛いじゃん。
「それもこれも、あの結束の剣の・・・」
そう言いながら視線を下に落として気が付く。
レウン君の持っていた結束の剣は、刀身が砕け、そのほとんどが無くなっていた。
「あっ・・・」
「流石に、あの魔力には耐えられなかったみたいです・・・切った瞬間に、バリーン、って・・・」
「げっ・・・ご、ごめんなさい・・・」
どうしよう・・・伝説の剣、壊しちゃったよ・・・
村の人とか、レジスタンスの人とか怒るかな・・・
「でも、そのおかげでアレを打ち破れた訳だし、ユイちゃんの判断は間違っては無かったと思うわ」
「ま、マリナさん・・・!」
「状況の説明は私がするし、責任も私が持つわ」
母親のような微笑みを見せるマリナさん。
そんなマリナさんを見ている横で、折れた剣を見ながらレイル君がぼそりと呟く。
「折れはしちまったし、実は呪いの剣かもしれないが、その剣のお陰で勝てたんだ。感謝くらいはしとこうぜ」
「・・・確かにそうだね」
その能力はともかく、実際に限界を超えて頑張ってくれたのは事実。
もし、この剣に意識があったとしたら、この戦い、唯一の犠牲者なのかな・・・って、考えちゃう。
「「「・・・ありがとう」」」
刀身の無い、柄だけになってしまった剣を皆で囲み、感謝の意を伝える。
もう、能力は完全に失われてしまったのかぼんやりとした光すら発しない。
・・・なんだか、本当に死んでしまったみたい。
一通りの感謝を伝えた後、レウン君がその剣を鞘に戻そうとして、
刀身が無いので鞘で固定出来ない事に気が付いて、丁寧に布を巻いた後、手持ちの袋に入れる。
「そう言えば・・・」
そんな作業をしている最中、レウン君がふと声を上げる。
「ヴェルス侯爵を倒したら、騎士はどうなるんだろう?」
「あ、どうなんだろ」
元凶は倒したけど、この作戦は他のレジスタンスの皆も頑張ってる作戦だ。
あっちが騎士を担当してくれているからこそ、こっちは作業に集中できる。
つまり、もし騎士がそのままならあっちはまだ戦い続けているという事に・・・?
「基本的には契約者が死ねばそこで契約は破棄されるわ。そうなれば、残っている騎士は皆帰還すると思っていいわね」
「そっか・・よかった・・・」
思わず安堵の息を吐く。
これで、この自治区には平和が訪れたって事だもんね。
「んじゃあ、帰ろうぜ。もう俺らがここに居る理由は無いよ」
レイル君が、手にしていた銃を腰にしまいつつ、足元に転がっていた屋根の欠片を蹴飛ばした。
「これから後始末とか大変そうではあるけれど、それは私達でどうこう出来る問題でもないし、まずはレジスタンスの皆と合流するのが先かしらね」
「皆さん・・・無事でしょうか・・・」
「大丈夫だろ、俺らより場数踏んでる人達ばっかだぞ」
皆が駄弁りながら、ホールを後にしようと歩き出す。
その隙を見て、私はこっそりとスカートのポケットから魔女結晶を取り出した。
・・・どうかな、リズちゃん。
私の魔力の使い方、これで合ってるよね・・・?
この力は、誰かを救うために。ってね。
勿論、結晶は何も返さない。
でもそれでいいい。
これは私の自己満足みたいなものだ。
「ユイちゃーん?何してるの?帰るわよ?」
背後、それなりに遠い位置でマリナさんが呼んでる。
「あ、はーい!今行きます!」
元気よく返事をして、振り返りつつ魔女結晶をポケットにしまう。
まあ、魔女の事情を知ってるマリナさんには見られてもいいんだけど、
これは、二人だけの秘密にしておきたいからね。