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第13話:魔剣の勇者・Ⅰ

「エクスプロ―シヴッ!!」


言い切る前に操作に使っている右手を振り下ろし、鉄杭を飛ばす。


「パイル!」


鉄杭は目にもとまらぬ速度まで加速し、化け物を押し潰さんとする勢いで飛翔する。


『貴様っ、そんな隠し玉を!?』


城壁を破壊するほどのパワー。

これならいける!


ガアァァァンッッッッッ!!


と、凄まじい金属音が庭園に響く。


「・・・っ!」

『くっ・・・この力・・・やはり・・・!』


でも、その思惑は外れてしまった。

渾身の力で飛ばした鉄杭を、その化け物は受け止めている。

嘘でしょ!?


その衝撃で抜けそうになる腰を震え立たせてなんとか立ったまま、鉄杭に魔力を送り続ける。

本当はここからさらに爆破する魔法なんだけど、それを込める余裕は無いと判断してそのまま打ち込んだ。

でも受け止められちゃったし、やっぱり多少でも爆破用の魔力を込めておいた方が良かったかな・・・

後悔とか、ショックとか、いろんな感情が駆け巡る。


「・・・この・・・!」

『・・・貴様・・・!』


それでも私は全力で杭を押し続ける。

化け物も、両腕で杭を掴み、押し留めている。


このまま拮抗状態を維持出来れば・・・!

そう考えた矢先、


バキッ、と何かが砕ける音が響く。


見れば、飛ばした鉄杭に、化け物の爪が食い込み、ヒビが生まれている。

・・・ヤバっ。


当然、鉄杭が壊れれば、この拮抗体制は続けられない。

そうなれば、満身創痍の私たちなんて、簡単に蹴散らされてしまうだろう。

当然。その鉄の修復に割く精神的余裕もない。

でも、分かっていても鉄杭を飛ばす魔力を切ることは出来ない。


出来るのは、他の皆が回復するまで、これが持ちこたえてくれることを祈るだけ。


「・・・っ!」


「はぁ・・はぁ・・・ユイちゃん、それは・・・」


十字架を杖代わりにマリナさんが立ち上がる。


「役に・・・立てましたか・・・?」

「ええ、とっても。ユイちゃんのこれが無ければ今頃私は・・・」


いつになく、気力を失ってネガティブになっていそうなマリナさん。

とはいえ、今だってちょっとした延命にしかなってない絶望的な状況なのは変わらない。


「でも、これもぶっちゃけあんまり持ちそうに無いと言うか・・・」


もう私一人ではどうしようも無さそうな状況に、半ば半泣き状態で答える。

そうこう言っている間にも、鉄杭からは嫌ーな音が響いてくる。


「そうね・・・ユイちゃんが稼いでくれたこの時間、大切に使わないとっ」


マリナさんが苦い顔をしながら腕に力を込める。

しかし、握った十字架からはポツポツと、目で数えられる程の光の粒子しか出てこない。


「くっ・・・」


暮らしそうに歯噛みするマリナさん。

やっぱりマリナさんもギリギリの限界状態なんだ・・・

鉄杭と化け物に隠れて見えないけれど、きっとレイル君とレウン君も同じ状況なんだと思う。


でも、あの化け物は待ってはくれない。


『こんなもの・・・!』


化け物が呻いた瞬間、鉄杭の前半分が砕け散った。


「あっ!?」


鉄が砕けるってどういう事!?

見た事も無い異様な光景だけれど、ひるんでいる時間なんて無いし、残った後ろ半分を化け物に押しつける作業は何も変わらない。

ただただ、少しずつタイムリミットが迫って来るだけ。



半分砕かれてしまった鉄杭はさらに脆く、バキバキと不穏な音を立てる頻度が以前より高い。

八方塞がりとはまさにこの事。

ぶっちゃけ逃げたいけど、もう逃げても無駄な事なんて分かってる。


何が600倍の魔力だ。何が誰かを救う力だ。

相手が人間じゃないからと良いって、この世界に流れついてほんの何体目かの敵。

そんなのにさえ勝てない。


他の人にすごいとか、異常だとか、持て囃されてたけど、やっぱり上には上が居るんだって。

当然だよね。

自分への傲りと失望で視界が歪んでくる。

放出される魔力量はあんまり変わってないけど、これも限界かもしれない。


ごめんねリズちゃん。

とっておきの切り札だと思ったのに、ヒーローにはなれなかったよ。

でもこれで同じ場所に・・・


ああいや、魔女は人間の死と違うだっけ?


結局、元の世界にも帰れなかったし、お母さん、お父さん、妹の鈴にも会えずじまい。


・・・惜しいなぁ。


・・・嫌だなぁ。


・・・もう一度、会いたかったなぁ。


「ユイさん!!」


・・・っ!?

突然名前を呼ばれて我に返る。


まばたきを数回繰り返して、ぼやける視界を元に戻す。

目の前の状況はたいして変わってない。


崩れ去った庭園と、その真ん中に居る、鉄杭を受け止める化け物。

心配そうな顔で私を見つめるマリナさんと・・・

あ、一つだけ違うものがある。


「こ、これって・・・!」


マリナさんの横には、レウン君とレイル君が立っている。

そして、そのレウン君が持つ結束の剣。

それが、今まで見た事の無いほど眩く輝いている。


「もしかして、覚醒したのかしら!」

「そ、そうなんでしょうか!?」


皆ヘロヘロな感じだけど、それでも何とか立って剣を見つめている。

そっか、その剣、目覚めたのかな・・・?

悪を討つ光の剣・・・


もしかして、ワンチャンある・・・?


藁をも縋る状況に、文字通り光が灯った気がした。


「ユイさん、この剣に魔力を送るんだ!」


レイル君が叫ぶ。

あれ、その剣勝手に吸うんじゃなかったっけ・・・?

とも思ったけど、


『・・・その剣、まさか・・・っ!!』


あんまり時間は残っていないし、

化け物もその剣を知ってそうな感じだし、

何も言わず、両方とも鉄杭に向けていた腕のうち、右手を剣の方向に向けた。

その分鉄杭に割く魔力が減ってしまうけど、もうつべこべ言ってられない!!


『こんなもの!?』


化け物は、勢いの弱まった鉄杭を鷲掴みにする。

あっ、これはマズイ!?


「レウン君!早く!」


剣はその光をさらに増し、長さ5メートルほどの光の剣と化している。

これを直撃させればワンチャンあるかもしれないけど・・・


『ふぅん!!』


バキィッ・・・ッ!!


しかし、レウン君が化け物に駆け寄ってその剣を振るう前に、鉄杭は粉々になってしまった。

鉄杭に流した魔力が、空しく空を切っていくのが分かる。


目の前で飛び散る鉄の破片と、それによってフリーになる化け物の両腕。

これは、あとワンテンポ足りない?


最後の希望が断たれそうになったその時、


レイル君とふと目が合った。

レイル君は、まだ諦めていない。

銃口を化け物に向けているし、もう片方の腕は、頭にかかっているサングラスに手を掛けている。


そして、同時に少し前の時間稼ぎを思い出した。

私がこの鉄杭を叩きつける時に使ったあの粘着弾。


普通に使ったら二度目は効かなそうだけど・・・っ!!


「させないっ!!」


鉄杭が壊れ、使い道の無くなっていた左腕の魔力を光属性に切り替える。

あの時やった光の矢じゃない。あれは効かなかったし。

今回はとにかく広範囲にまき散らす目くらましの閃光。


周囲に一周だけ光る、視界全てを埋め尽くすほどの光。

光が苦手な魔族じゃなくても、目がくらむと思う。


『っ!』


当然、威力はゼロだけど、一周の視界妨害があれば、


「切り札は、一回限りじゃあないんでね!!」


その閃光に紛れるように発射した粘着弾。

一瞬動きを止めた化け物にそれは命中し、粘液をまき散らす。

あの時はほんの数秒でそれは吹き飛ばされたし、今回もきっとそう。


でも、その数秒が勝敗を分ける。


「でりゃあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


レウン君の渾身の一撃。

剣道部の先輩が言ってた、たしかあれは袈裟斬りというやつ。


『この・・・俺が・・・こんな奴らに!』


今まで、どんな攻撃も軽傷程度にしかならなかった化け物の体を、光の剣が綺麗に通り抜けて行くのを見た。

死と隣り合わせの限界状態。

それは、まるでスローモーションのように。


化け物を、真っ二つにしていった。




『ぐ・・・・・・ふ・・・』


一閃された化け物は膝から崩れ落ち、断ち切られた部分から、どろりと真っ黒い何かを垂れ流しながら断面が分かたれて地面に落ちる。

あの禍々しく光っていた瞳はもう光を失っているけれど、

正直見たい光景ではない。


でも、本当に倒せたのか、その行く末を確認するまで不安でしょうがなくて、目を逸らす事は出来なかった。


「・・・終わったわね」


真っ二つになった化け物の傍らに座り込んで、マリナさんがそれを注意深く観察している。

わ、私はその距離に近寄る勇気はないかなぁ・・・


でも、これで化け物は倒した。

そう思うと、全身から力がスッと抜けてしまって、私もベタンと尻を打ち付ける勢いで地面に座り込んだ。

視界の端でレイル君とレウン君も同じように崩れ落ちていくのが見える。


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・っつつ」


緊張とか、疲労とか、心労とか、色んなものがごちゃ混ぜになって、上手く呼吸が出来ず、

さっきまで気になっていなかった全身の擦り傷切り傷が急に痛んでくる。


「ユイちゃん大丈夫!?」


そんな私を見て、マリナさんが焦りながら走って来る。

手には緑色の光が灯っている。

回復魔法かな。


「わ、私は大丈夫ですから、多分あの二人の方を見てあげた方がいいかな・・・」


傷だらけの私としては是非ともその回復魔法の恩恵に与りたいところだけど、私より深刻な状況に陥ってるレイル君とレウン君の方が先かなって思う。


だってあの二人、あの後地面に突っ伏して動いてないし・・・


「そ、そうね・・・」


二人の状態を確認したマリナさんは、踵を返して二人の方へと走ってく。

それを見て、私は腰が抜けて立てないので、ハイハイの姿勢でそっちへと向かっていった。



「・・・どうですか?」


横たわる二人に回復魔法をかけているマリナさんに様子を聞く。

二人は動かない。


「呼吸はあるし、命に別状はない。多分、極度の疲労と緊張、魔力枯渇で気絶してるだけね」

「気絶は気絶で相当だと思いますけど・・・」


それとも、案外そうでも無いのかな・・・

そんな、ちょっと寝不足ね、位のニュアンスで言われても、って感じ。


「・・・って事は、ちょっと刺激を与えたら起きたりしますかね?」

「まぁ・・・確かにそうかもしれないけど、あんまりやめておいた方が良いと思うわ」

「で、ですよね」


ビリビリデコピンでもすれば起きるかと思ったけど、大人しく様子を見ておこう。


マリナさんの魔法で二人に緑色の光が降り注ぐのを眺めて数分後、


「ん・・・んん・・・」

「っ・・・あ・・・?」


もぞもぞと二人がほぼ同時に動き出し、ふらふらと寝起きな感じの動きをしながら身を起こす。


「あっ、起きたっ」


「お、俺は何を・・・ああいや、思い出した」


二日酔いみたいな顔をセリフを吐きながらレイル君は周囲を見渡して、化け物の亡骸を見て胸を撫で下ろす。


「そうか、やったのか」

「ええ。レウン君がね」


レイル君は、そのまま安堵の表情で地面にゴロンと寝転がってしまった。

一方のレウン君は、


「・・・ぼ、僕が・・・倒した?」


結束の剣をまじまじと見ながら、信じられないという顔をしている。

あの時眩く光り輝いていた剣は、役目を終えたとでも言うかのように静かに、弱い輝きに戻っている。


「・・・確かに、あの時この剣は凄い光ってた気がする・・・」

「そうだよ、止めを刺したのは、間違いなくレウン君だね」

「で、でも、皆の助けが無かったら」

「そう言う事は言いっこ無しよ。これは皆でつかんだ勝利。それでいいじゃない?」


ここまで来ても相変わらず自信なさげなレウン君を、マリナさんがいい感じの所に着地させる。

そう言うマリナさんは、二人が起きたのを確認し、回復魔法を私に当ててくれている。

全身がじんわりと温かくなり、傷がゆっくりと塞がっていく。


「ところで、あの怪物、何だったんですか?」


回復魔法を浴びてゆっくりしていると、レウン君がマリナさんにそんな事を聞く。

そう言えばそれは私も気になる。


「・・・あれは上級魔族。騎士たちの上に居る存在よ」


マリナさんは、神妙な顔で続ける。


「本来はこんな人数で戦う相手じゃないのだけれど、ユイちゃんの魔力とレウン君のその剣、その力があれば、倒せるのね・・・」

「そ、そんな強敵だったんですね・・・」

「ええ、それこそ数十人規模で戦って、それでも数人犠牲者が出る、そんな相手よ」

「・・・怖っ・・・」

「だからこの勝利は誰のもの、とかじゃないわ。そもそも4人で倒せたことが奇跡みたいなものなの」


・・・そんな相手と戦ってたんだ・・・

そりゃあ、バリアも破られるよね。

トドメはレウン君とはいえ、私も頑張った方だと思うし、今はこの勝利に浸っていたいい気分だった。


達成感、青い空、回復魔法の温かい感触。

私は地面に座ったまま、このすがすがしい気分を味わって、


「でもこれで、この剣はちゃんと覚醒できることが分かったわ。ヴェルス侯爵も何とかなるかもしれないわね」


・・・空気が固まる。


「忘れてた」


寝転がっていたレイル君が、さっきまでとは打って変わって苦い顔で起きて来る。


「そうじゃん・・・これ、ラスボスじゃないじゃん・・・」

「ラスボス?」

「あ、えーっと、最後の敵って意味の言葉です」

「あぁ、ラスト、ボスの略かしら?」

「多分そうですね」


また現地語が出てしまったけど、もうそれくらい気が動転してたと思ってほしい。

あの化け物が強すぎて、もうあれで全てが終わったと思ってた。

そうじゃん、私たちが真に倒すべき敵は、これじゃない。


この先に居ると思われるヴェルス侯爵、どんな奴なのかは分からないけど、多分、この化け物より強いよね。


「うぇ・・・どうしよう」

「どうにもこうにも、やるしかないだろうな」

「だよねぇ・・・」


レイル君と私、二人して半分気力を失うように倒れこんだ。

もうこれ以上どうするって言うの!?

あの鉄杭は粉々になって霧散しちゃったし、あれをもう一個作るにはまた数時間かかるよ?


「剣が覚醒をなした以上、時間稼ぎは必要なさそうではあるわね」

「だからと言ってですね・・・」

「正直ぼく、もう体力が限界ですよ・・・」

「俺も。もう動ける気がしねぇ・・・」


それは私もそう。

心地いいとか言ってるけど、実の所体はバキバキで、今から走ったり跳んだりは無理。

魔力が何とかなったって、体が追い付かない。


「大丈夫、その為に秘密の薬があるわ」

「「「え?」」」


3人の疑問をよそに、マリナさんは懐をごそごそと漁り、小さな小瓶を4つ取り出した。

中身は抹茶とか、青汁とか、そんな色を色をしている。


「各種薬草を混ぜ込んだ飲料に回復魔法を混ぜ込んだ特性ドリンクね」

「うわっ」


満面の笑顔で取り出されても、色から想像される味に思わず後ずさる。

いやそれ、絶対・・・


「ちょっと、というか無茶苦茶に苦いけれど、回復効果は折り紙付きよ」

「ですよね・・・」


小瓶を受け取って蓋を開けると、中々な香りが鼻を突く。

これ、キツさを和らげる素材入れてないスムージーとか、その辺だな!?

健康の為に野菜スムージー作った事はあるけど、その時はバナナとかブルーベリーとか入れたよ?







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ええ、回復薬はとっても効きましたとも。


さっきまであれだけ軋んでた体が今はもう作戦開始時点くらいの軽さに戻った。

口の中以外は絶好調といっていいかな。

口の中以外は!!


うっかりもう一回記憶喪失になる所だったよ!!


「次作るときは、果物とか入れません?」

「えぇ?これ、教会秘伝の薬なのだけれど、アレンジしていいのかしら・・・?」

「じ、時代は創意工夫ですよ・・・ぇっふ!!」


喋るのもあんまり良くない気がした。



でも、これで皆の調子は元に戻った。

しばしの休憩のおかげか、あの回復薬のおかげか、私以外の3人もそこそこ魔力は回復したみたい。


「さて、そろそろ先に進みましょうか」


衣服を応急処置を終え、十字架を構え直したマリナさんが、

キリっと真面目な表情に変わる。


「ああ、そうだな。俺らが未来を作るんだ」

「お兄ちゃん、そ、それは言い過ぎじゃない?」

「実質そうだと思うぜ、ヴェルス侯爵を倒したら、そっからの歴史は俺らが作るんだからな」

「う、うわー、プレッシャーが・・・」

「ま、執政関係はバークレイさんが何とかしてくれんだろ」


二人は侯爵を倒した後の事を考えてる。

そっか、そうだよね。

私たちは多分、この戦いが終わったらアウフタクトに帰るけど、二人はそうじゃないもんね。


「この扉の先にヴェルス侯爵が居るとは限らない。でも、油断はダメよ」

「「「はいっ」」」


庭園にあるもう一つの扉。

それを開けるのを邪魔した化け物はもう居ない。


一行は、細心の注意を払いつつ、扉をゆっくりと開けた。

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