第12話:いざ反抗作戦!・Ⅱ
城壁に空いた穴に、私達4人は走って向かう。
「ユイちゃん、大丈夫?」
そこをマリナさんが心配して声をかけてくれる。
「は、はい。少しくらいなら走れますよ・・・!」
多分、魔力の消耗を心配してくれたのかもしれないけど、魔力は全然尽きる気配はない。
ウォーターサーバからコップ1杯の水を注いだ位、尽きる気配はない。
でも逆に私は体力は底辺なので、今こうして全力で走っている方がキツかったり。
向かう最中、レイル君が私の方を見て、引きつった顔をしながら一言言ってくる。
「なあユイさん」
「ん、何?」
「その魔法・・・間違っても俺に向かって撃たないでくれよ?」
「う、撃たないよ・・・」
私を何だと思ってんの・・・
そりゃあまぁ、まだ未熟だから余波で被害は出るかもだけど・・・
あ、いや、それがダメなのか。
ともかく、
そうして強引にストラディウムに突入した私達の前に広がるのは、庭園のような場所だった。
「ここはどこだ?」
「城の庭・・・?」
辺りには、あまり整えられていない草木や、やや濁っている池と、そこに悲しく噴き出す噴水、
なんというか、管理者が居なくなった悲しい庭園といった感じだった。
「大方、景観に興味を無くし、管理を怠った、といった所でしょうね」
お世辞にも綺麗とは言えない景色に、一行は微妙な顔をする。
けれど、そこに騎士の姿は見えない。
「・・・にしても、静かだな・・・」
「ここ、敵の本拠地の筈、ですよね・・・?」
実際、目の前に見えるのは巨大な城。
一般的な家にはあり得ないような大きな壁や窓が見える。
「・・・まさかもぬけの殻、って訳じゃないよな・・・」
「城の奥から魔力は感じるわ」
「じゃあ、陽動が上手くいってるとか・・・?」
「ど、どうなんでしょう?」
あまりに静かすぎて、そう言う作戦だったのにも関わらず不安に駆られる一行。
走るのも忘れ、庭園の真ん中で転がっている鉄杭の近くまで歩いて居た時、
ォォォォン・・・
と、小さな地響きのようなものが遠くから聞こえる。
「こ、この音は・・・?」
思わず重心を落として身構えてしまう。
「恐らく、レジスタンスの戦闘の音ね」
「そ、そっちか・・・」
冷静なマリナさんの分析に胸を撫で下ろす私とは、対照的に、
レイル君は厳しい顔をしてこっちを向いてきた。
「そうだった。俺らはレジスタンスの為にも戦ってるんだ。こんなところで不安がってる暇はねぇな!」
「そ、そうですね!」
あ、そうだった。
この作戦は、私たちがメインというだけで、私達以外にも戦ってる人が居るんだったね!
じゃあ、こんなところでモタモタしてるわけには、行かないよね。
「そうね、とりあえず、この城の最奥部を目指して突き進むわよ!」
「分かりました!」
一行、再度気合いを入れなおし、作戦を再開する。
「もし、この静かさが罠だったらどうします?」
「そん時は罠ごとぶっ飛ばすしかないだろ、レウンとユイさんがな!」
「レイル君も戦えるでしょ!?」
「冗談はともかく、相手が魔族なら私がなんとかするわ」
だた、ちょっと気合いというか、別の物も一緒に戻って来た気がする・・・
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「エクスプローシヴ・パイル!!」
二度目の杭打ち。
さっき城壁に打ち込んだ杭を再利用して、今度は城の壁に穴を開ける。
「バリアーーッ!!」
追加の穴あけも欠かせない。
ただ、やっぱり急造じゃ無理があったか、2回目の穴開けを終えた鉄杭は、バキバキに歪んでいて、3回目は難しそうな感じだった。
なので、それは庭園の方に投げて捨てておいた。
「ホント、恐ろしいよこの威力・・・」
レイル君はまだ戦慄してる。
だから、同士討ちはしないって。
「今はこのパワーに助けられてるんだから、滅多なことは言わないの」
「は、はぁい」
助けてくれるのはいつもマリナさん。
そして一行は庭園から城内に侵入する。
城内は、赤いカーペットや、炎では無い何かが灯る燭台、整えられた高級感のある壁紙にシャンデリア。
どこもかしこも、一般的な人が想像する、ファンタジーなお城といった様相だった。
しかし、城内も庭園と同じように、騎士も、それ以外の人の気配も全くない。
「やっぱり人気が全く無いな」
「じゃあ、やっぱり罠・・・?」
さっき入れなおした気合いが急速に失われていく中、マリナさんだけは厳しい表情で周囲を注意深く見ている。
「・・・ランプが付いているという事は、完全に放棄されたという訳では無い筈よ。それに、カーペット
にはうっすらと土と砂の汚れが見える」
「それ、今私がぶっ壊した瓦礫とかじゃ・・・無いですよね・・・?」
「いいえ、私の魔法の分析が正しいなら、これは2~3日前の物だと思うわ」
「じゃあ、ここはまだ使われてるって事でいいんだな」
「ええ。そうなるわ」
マリナさんの十字架からは、小さな光の粒子が漏れ出していて、それが周囲一帯に蛍のように飛び交っている。
そう言えば、その光って周囲の状況を探るのにも使えたよね。
私がこの世界に来たばかりの時も、痕跡を探してくれたのはこの光だった。
「とはいえ、これが罠である可能性は0ではないから、気を付けて進むのは変わらないわ」
「わっ、わかりました・・・」
真剣な目をしたマリナさんの様子を見れば、それが嘘とか、冗談でない事は明らかで、
結構強引に突き進んでいる私達も一層気が引き締まる。
「とりあえず、最上階を目指せばいいんだな?」
一行は、ひし形のフォーメーションを取りながら、周囲を警戒して進む。
角に待ち伏せされていないかとか、壁に怪しい何かは無いかとか。
そんな、掛け軸の裏に隠し通路があるみたいな忍者屋敷的な仕掛けは無い気がするけど、
多分、私の常識なんてこの世界には通用しないだろうし、注意深く見ていくしかない。
・・・そしてついに、
「あっ。上に上がる階段ですよっ!」
「よしでかした!」
一行は、上の階へと昇る階段を見つけた。
見つけたというか、普通にそこにあった、位の大きな階段だけど。
皆で武器やら拳やらを握りしめながらゆっくりと登っていくと、目の前には大きな扉が待っていた。
「う、うわぁ、見るからに怪しい・・・」
「階段の上にドア一個だけって、普通あり得ないよな」
門みたいな大きさの巨大な両開きドアを前に、皆で立ち止まってしまう。
階段を上った先は、ちょっとの踊り場スペース以外にはこれしか無かった。
それはもう、完全に王座の間とか、ラスボスの扉とか、そういうものに感じる。
「奇襲の可能性も考えて、慎重に乗り込むしかないわね」
マリナさんの先導のもと、私たちは扉に手を掛け、ゆっくりと扉を開ける。
実際は、左右それぞれ二人がかりでもゆっくりと開ける事しか出来ない程重い扉だった。
しかし、そこに待ち受けていたのは、
「・・・食堂?」
「やけにボロボロですね・・・」
「うーん、何か植物の浸食を受けたようにも見えるわね」
「また不自然なほど人気が無いな」
4人の感想はどれも当たっている。
扉の先は、光沢のあるテーブルクロスの敷かれた長テーブルにところどころフォークやスプーン、ワイン
グラスなどが散らばっている空間だった。
しかし、そこが最近まで使われていた感じは全くなく、
割れたお皿や、埃の浮いた銀皿もそのまま。
生活感は全くないし、何よりも、
天上から生えて、壁や床を這う大量の、木の根のようなものや、蔓植物がより一層の廃墟感を醸し出している。
「どうしてこんなところに植物が・・・?」
「一応、城内の中心に庭園や温室を作るのは、それほど珍しいものではないけれど・・・」
そうはいうものの、やっぱりマリナさんも不思議には思っているらしく、地を這う蔓を手に取って、まじまじと見つめている。
「だからって、こんな下の階を滅茶苦茶にする庭園なんて聞いた事無いぞ」
「ええ、そうなのよね」
レイル君とマリナさんが、植物の違和感について話していたその時、ピリッと肌に何か刺さるような感じの寒気を感じた。
まるで、冬に屋内から屋外へ出た時みたいな。
「・・・?」
当然、屋外に出たわけでもないし、魔力を貯めこんだ訳でも、一気に解き放った訳でもない。
じゃあ、今のはいったい?
と、思うよりも先に、マリナさんが叫ぶ。
「皆集まって!何か来るわ!」
「えっ!?」
突然そんな事を言われて、気が動転しながらも、反射的にマリナさんの近くへと移動する。
レイル君とレウン君も、マリナさんの周りに駆け寄って来て、お互いを背にしながら、周囲を警戒する体
制に入った。
まさか、本当に前に練習していたこの陣形を取る事になるなんて・・・
そしてそれもつかの間、食堂の床の至る所に、沢山の紫色の魔方陣のようなものが出現し、
そこから大量の、黒か紫の光と煙のようなものが立ち上る。
「ちょ、え・・・っ?これ何!?」
みるみるうちに煙は部屋中に立ち上り、食堂はどんどん暗くなっていく。
「これ、撤退した方が良いんじゃねぇか!?」
レイル君が言う。
私もそれに賛成!逃げよう!
と便乗しようとしたら、
「ユイちゃん、バリア張って!」
とマリナさんに言われて、
「えっ、あ、は、はい!!」
もう答えてんのかどうなのか分からない返答をしながら、私達4人を囲むように、咄嗟に金属性のバリア魔法を張った。
周囲に、薄灰色の幕がシャボン玉のように生成されて、球体の中に4人収まるのと、
食堂に広がった紫の煙が爆発し、辺り一帯を吹き飛ばすのは、ほぼ同時だった。
「っ!」「くっ」「ひゃああぁぁ!?」「うわぁぁぁ!」
4者4様の声か悲鳴を上げる。
バリアの外は、風なのか魔法なのか、よくわからない紫色の衝撃に覆われて外の様子はよく解らない。
けれど、バリアがまるで台風の時の雨戸のような音を立てて不安を煽る。
これを出しているのが私という事実が、余計に不安になる。
そんな紫色の嵐が収まった先にあったものは・・・
「・・・黒騎士・・・!」
「やはり、待ち伏せしていたようね」
食堂の真ん中にいた私達を取り囲むように、えーっと・・・、少なくとも10体以上の騎士が例の大剣を
構え立っている。
逆に今まであったはずのテーブルや食器などは、跡形も無く破壊され、ただのだだっ広い空間に変貌していた。
『我らの暗黒波を凌ぎ切るとは・・・』
『流石、我らが主の根城に忍び込む蛮勇さというわけか』
『人間も見捨てたものでは無いな』
やっぱり、感情の感じない、腹に直接響くようなどす黒い声。
これだけで、やっぱり凄まじい恐怖を感じる。
「相変わらずまどろっこしい喋り方しやがって!ポエムとか得意なタイプか?」
それに対して、レイル君は威勢よく見も蓋も無い事を言いながら煽る。
そう、前回の通りにはいかない。
今の私達には騎士に対する対抗策があるのだから。
「皆、作戦通りに動くわよ!」
「「「はい!」」」
十字架を構え、そこから光の球を噴き出すマリナさんの掛け声と共に、他の3人も動き出す。
まずは私。
他の3人が、サングラスのようなものをかけたのを確認してから、開幕で強烈な光を生み出す。
一切の混じりけのない、純粋な光の魔力。
それを両手のみならず、脚や、お腹、背中等、全身から溢れる魔力を全部光に変える勢いで魔力を放出する。
咄嗟の細かい制御は苦手だけど、ただ沢山の魔力を垂れ流すなら朝飯前。
『ぐっ・・・!』
『ひ、光だと!?』
『奴ら、我らの弱点を!?』
『な、何も見えん!』
最早光が強すぎて私は何にも見えないけれど、他の三人はグラサンのおかげで、騎士のシルエット位は見えてる筈。
それを信じて光を生み続ける。
「ユイちゃんいい感じ!このまま頼むわね!」
「これ・・・直で見たら失明しそうですよね・・・」
その次はマリナさん。
この光に紛れて、周囲の騎士に対して、十字架から生み出される光の剣でダメージを与えつつ、足止めを行う。
「魔を絶つ光の刃よ!閃け!」
『がっ・・・』
『小癪な・・・的確に弱点を!』
声と、何かが何かにぶつかる金属音のようなものしか聞こえないけど、効いてはいるようだ。
いっつも思うけど、あの光の剣で戦うマリナさんのスタイル、カッコいいよね。
「さあ、二人とも、とどめを刺すのよ!」
「OK!」「は、はい!」
最後はユーリト兄弟。
二人は、例の反故の宣誓を持っている。
だから、足止めした騎士に対して、
「現世に降り立つ魔族に告げる!」
「この契約の破棄を宣言します!」
「「魔界に還れ!!」」
そう、宣言すればいい。
それだけで、
『貴様、それは・・・!』
『力が、無くなっていく!』
強烈な光の中でも分かる。
辺りに居た騎士たちが、二人の掛け声に反応するように、黒い煙になって消えていくのが。
効果範囲はあんまり広くないので、兄弟は協力して順番に取り囲む騎士を消していき、
その間の時間稼ぎを、私とマリナさんが行っている。
そして、兄弟の掛け声と、騎士の呻きを何度も聞き、辺りは静かになった。
「お、終わりましたか・・・?」
強烈な対魔族用の照明器具と化していた私も、魔力の放出を止めて元に戻る。
視界を覆っていた光が消え、食堂の様子が明らかになる。
「ええ、とりあえずこの場は凌げたようね」
十字架を地面に置き、サングラスを外す仕草が妙に様になって売るマリナさんの周りには、
まるで抜け殻のようになっている騎士の鎧がバラバラに散らばっている。
「やっぱり、鎧は残るんですね・・・」
「そうね。この鎧はきっと魔族由来の物ではないのでしょう」
マリナさんが、鎧の手の部分を拾い上げて見つめている。
なんだか猟奇的なビジュアルに見える・・・
2メートルを優に超える騎士の鎧は、当然それと同じサイズなので、私達人間では到底着られない大きさ。
見た目の禍々しさも合わせて、元々この自治区にあった品・・・とは思えない。
「ま、これの出所も追々わかるだろ」
一方のレイル君は、転がった兜を蹴っ飛ばす。
空っぽの兜はうるさい音を立てながら転がり、別の鎧にぶつかって止まった。
「とりあえず先に進みましょう。ここに居ても良い事は無いわ」
「そ、そうですね・・・」
辺りを見渡しても、あるのはもう瓦礫と散らばる鎧、あとは、天井から生えた根っこくらいしか無くなってしまっている。
手がかりになりそうなものも無さそうだし、またいつ騎士が出て来るかもしれない。
それに、さっきの戦いで壁を覆っていた蔓植物が吹き飛ばされて、ドアが一つ隠されていたことに気が付く。
偶然隠れていたのか、意図的に隠されてたのかは分からないけど、先に進む道はあるという事。
「こ、ここからは、より一層、騎士に気を付けないとですね・・・」
レウン君の言う通り、騎士が襲い掛かって来る事が確定したので、今まで以上に警戒していかないといけない。
私も、いつでも光とバリアを出せるようにしながら先に進むことにした。
食堂のドアの先はまた廊下だった。
でも、今までの道とは違い、燭台の光は暗くて、壁もボロいし、天井や壁には根や蔦が這っている。
汚いというか、不気味というか、あんまり居心地のいい場所じゃない。
「圧政を敷いてる野郎だし、どんな生活してんのかと思ったが、こりゃなんだ?」
「なんか・・・地下牢みたいな雰囲気・・・」
「ヴェルス侯爵・・・一体何を考えているのかしら」
一同、疑問に思いながらも突き進む。
私も、てっきり贅沢の限りというか、自治区中の富をかき集めて毎日のように豪遊とかしてるのかな、とか思ってたんだけど、なんとなくそんな雰囲気は感じない。
レウン君が言う通り、階段を登って来たはずなのに、地下みたいな景観が続く。
薄暗い廊下や階段を進んで行くと、また大きな扉がある。
「また扉・・・」
「迷宮かよ全く・・・」
「ほぼ1本道だったけどね」
扉を開ける前に、各々装備や準備を整える。
両手にバリアの魔法を、それ以外の全身に光の魔法を貯める。
・・・なんかいよいよ人間止めてきてる気がするなぁ。
開幕の奇襲を警戒し、真ん中でいつでもバリアを出せるように待機しつつ、レイル君とレウン君が同時に
一気にドアを開け放つ。
兄弟の息の合った勢いのある扉開けの直後、明るい日差しが飛び込んでくる。
「うわっ、眩しっ」
「お、屋外!?」
今まで暗い道だったせいもあって、その眩しさに目がくらみ、手で視界を遮る。
そんな眩しい視界の端で外の様子を見る事が出来た。
外に広がるのは一面の緑。
まるでお庭のような・・・いいや違う、
庭園そのものだ。
「また庭園かしらね」
「じゃあ、あの嫌な感じの植物はここから来てるって訳か」
階下に広がる根や蔓。
その出所はここかもしれない。
けれど、
「でもこっちは、だいぶ綺麗ですね」
「ですね・・・かなり整えられています・・・」
壁をぶち抜いて突入した時の、外の庭園とは違って、こっちは綺麗に整備されている。
草木は整えられていて木々には小鳥が止まっていて、噴水の水も透き通っているし、そこの池には何か小さくて派手な色の魚も泳いでいる。
「・・・確かに下の階にあった根や蔓に似た植物は見当たらないわね」
「もう一個庭園があったりするんでしょうか?」
幾分か気持ちの良い場所ではあるけれど、もやもやとした疑問は膨れ上がるばかり。
こんなに綺麗な場所なのにスッキリしないのは初めて。