第11話:残されたもの・幕間
作戦決行まであと2日に迫った夜。
昨日と同じように個人スペースで寝ていると、
ギシ、ギシ、と木材が軋む音がする。
「・・・ん」
起きてしまったので、その音を聞いていると、隣で誰かが歩いている音のようだ。
方向的には壁の向こう。
テラスの方だ。
このまま寝ようにも、なんか気になって仕方がないので、興味本位でテラスに出てみる事にした。
まぁ、テラスといっても、屋根裏部屋の屋根の一部が崩落して空が見えてるだけなんだけどね。
恐る恐るテラスに続く仮設ドアを開けると、そこには見慣れたシルエットが月に照らされている。
「・・・レウン君・・・」
レウン君は剣を床に置いて、テラスの床に座っていた。
いつもの軽鎧でもない、部屋着っぽい服。
「・・・あ、レイフィールさ・・・んん!?」
振り向いたレウン君は、思いっきり狼狽しながらこっちを指さしてくる。
「・・・いや、ちょっと音がしたからさ・・・」
「・・・そ、そうじゃなくって・・・!」
「ん?」
「その・・・ふ、、服っ」
「・・・あっ」
私寝間着のままじゃん。
例の透け感のあるキャミソール。
「・・・も、もういいや。隣いい?」
「え"、い、いいですけど・・・」
半ばヤケクソ気味に、レウン君の隣に座った。
なんかもう、この手のハプニング慣れちゃったよ。
「で、レウン君はなんでこんなとこに居たの」
時間的には深夜。
この町は日没と共に消灯令が出て、日が落ちれば町は真っ暗になる。
当然それは圧政によるもので、人の生活を窮屈にするものでしかない。
「・・・なんか、寝られなくて」
レウン君は、満点の星空を見上げながら、ぼそりと呟いた。
・・・明かりの無い星空は、こんなに綺麗なんだなぁ・・・
「ま、緊張、するよね」
私も、レウン君に倣って、テラスで横になった。
床が堅い。
「明後日の作戦が上手くいくかどうかで、みんなの命がかかってるとか、思い出すだけで吐きそうになるよ」
「ちょっと・・・そんなこと言ったら私もなんか胃が痛くなって来ちゃうじゃん」
「ご、ごめん・・・」
緊張感の無い、というか緊張しすぎて一周回っておかしくなってる作戦の最重要キーパーソン二人。
だってねぇ、そんな沢山の人の命がかかってる作戦なんて、主要人物どころか脇役として参加したことすらないよ普通!
それがいきなりこれだもん。
「作戦に自信ある?・・・なんて言っても、普通ないよね」
言葉では帰ってこないけど、しっかりとした頷きが月に照らされて見える。
「そうだなぁー・・・なんか、不安な事とか、ある?」
「不安な事・・・」
「私はあるよ。この作戦、私が壁をぶっ壊して、その後剣に魔力を注ぐでしょ?あれ、魔力足りるのかな、って、思っちゃう」
大出力の魔法をぶっ放すのは何度もあるけど、なんだかんだ連発したことは無い。
今の所、出そうと思えばいくらでも出せそうな感じはあるけど、いつどこでぱったり尽きてしうか、わかったものじゃない。
「あぁ・・・それは怖いね」
「でしょう?私も、この魔力の限界、知らないもん」
「でも、ユイさんなら、大丈夫な気がしてくる」
「本当?」
「うん。今だって、ヒリヒリ来るほど魔力感じるし」
「え、そうなの、ごめん」
思わずレウン君から少し距離を取った。
そんなになってたなんて・・・
もしかして私って魔力的には静電気ボールとか、ドライアイスとか、そんな風になってたのかな?
「でも、なんかそれ聞いたら、何とかなりそうな気がしてきた」
人差し指を夜空に突きだし手銃の形を取って、バーン、と撃つフリをしながら、水を飛ばす。
そしてそれは、放物線を描いて、レウン君の顔面に・・・
「ぁっぷ!?」
私の顔面に当たった。
あれぇ!?ちょっとレウン君の方向けたんだけどなぁ?
風か?風が原因なのか?
「ふふふ、あははははっ」
「ちょ、笑わないでよ!?」
「だって、あははっ」
レウン君に思いっきり笑われて、ちょっと不機嫌になる。
自業自得なんだけどさ!
「やっぱり、レウン君の不安も暴露して!」
「えぇっ?そんな横暴な」
「私だって暴露したんだからさぁ」
「んー、わかったよ。笑わないでね?」
「笑わないよ」
人のお悩みにちゃんと真摯に向き合っていくのは、私の十八番的な所もある。
どんなショボい悩みでも聞くよ。
解決できるかは、分からないけどね。
「・・・この剣さ、敵と対峙した時に覚醒するって言ってたじゃん」
「そうだね」
「でもさ、いざ本番でちゃんと覚醒してくれるか、不安なんだよ・・・」
あ、これ結構重い悩みだ。
レウン君は、傍らにあった剣の鞘を引き抜き、刀身を露わにする。
剣はほのかに光っていて、暗闇においてもその姿が確認できる。
・・・ただまぁ、これならスマホのライト機能の方が明るいくらいかな。
「ほら、今も全然光ってないし」
「うーん、そうだね・・・」
「ぶっちゃけ、剣に選ばれたのも偶然か何かの間違いで、僕は勇者失格なんじゃないかって思うんだよね」
レウン君は力なく剣をゆらゆらと振るう。
その剣、結構切れ味いいからあんまり不安な動きしないでほしいんだけどね。
今の私に剣を遮れるような布は無いから。
「・・・やっぱ、もう一回確認しておきたいんだけどさ」
「な、何かな・・・?」
「やっぱりレウン君、私とかの事、仲間だと思ってないよね?」
「ええ?そ、そんな事は・・・」
「ああいや、逆かも、レウン君自身が私たちの仲間になるのは相応しくないって、思ってない?」
「っ!!」
レウン君の言葉がつまり、唾をのむ音が聞こえる。
ビンゴかな。
「なんとなく、そんな雰囲気を感じるんだよね」
「だ、だってさ・・・」
何か話しそうな雰囲気だったので、話すのを止めて聞く体勢に入る。
「僕、ただの木こりだった訳だよ?気も弱いし、だったら、やる気もあって、それでいて狩人をやってるお兄ちゃんの方が適正あると思うんだよ・・・だから、もしかしたら、この剣はお兄ちゃんと間違えたんじゃないの?って・・・」
「・・・そんな事は、無いんじゃない?」
「え?」
「その・・・これは私の故郷の話なんだけど」
っていうか、当然、私の元の世界の話ね。
「勇者の素質があるのは、勇気がある人とか、強い人じゃ無くて、心優しい人が勇者になる、って話が多いの」
元の世界の、しかも妹がやってたゲームの話。
「だから、そういう意味では、レウン君が勇者に選ばれるの、私、分かる気がするなぁ」
「こ、心優しい人・・・かぁ・・・」
「うん。あと、そういうお話だと大抵は、最初は軟弱でひ弱な主人公が、ラスボスの直前で本当の勇気を奮い立たせて、力を覚醒させる、みたいな話もよく聞くね」
「ラスボス?」
「あ・・・えっと・・・勇者が倒すべき敵の事で・・・今回は、ヴェルス侯爵、って事になるのかな」
危ない!
ゲーム用語出ちゃった・・・!
「そ、そっか・・・」
「それに、私だって色々上手くいくか不安な時は何度もあったよ」
それは、この世界に来てからもそうだし、来る前、高校生」としての私の時もそう。
「ぶっつけ本番だったり、私の能力でなんとかなるのか不安だったり・・・でも、その時には毎回、一緒にその問題に取り組んでくれる人が居て、それでなんとかなったりもしたんだよね」
それは両親だったり、妹だったり、先輩だったり、マリナさんだったり、リズちゃんだったりとバラバラだけれど、片時もその感謝を忘れた事は無い。、
「だから、レウン君ももしかしたら、本当に最後の最後で、主人公になれるかもね。その時は、思いっきり私を頼ってね。その、命を吸い取る剣が耐えられない程の魔力を送ってやるから。ね?」
「わ、わかった・・・ありがとう、ユイさん」
「その剣は"結束の剣"なんだから、その剣より強い結束、見せてあげようよ」
「う、うん!」
レウン君はちょっと元気になってくれたみたい。
多少、ドヤって大きく出てしまったのが吉と出た可能性はあるかな。
ただ、セリフはちょっとクサ過ぎたね。
ああ言った以上、本番では私もしっかり魔力出して行かないとね。
ホントのホントのフルパワーって、まだ出したこと無い気がするし。
ま、思わぬ所でお悩み相談も出来たし、明日に備えて寝ないとね。
「じゃあ、私はそろそろ寝るね」
「あっ、はい。おやすみなさい、ユイさん」
もそもそと身を起こして、天井に穴が開いただけのテラスを後にする。
レウン君は寝っ転がったままだけど、いつか戻るでしょ。
パスパスとスリッパの音を響かせながら、個室に繋がる屋根裏部屋のドアを開けると、
「あら、ユイちゃん」
「あ、マリナさん」
マリナさんとバッタリ。
「何、眠れないの?」
「あ、いえ、そうじゃ無くて・・・さっきテラスでレウン君が悩んでたので、その相談に乗ってたんです」
本当は私も悩みを打ち明けたりしてたんだけど、ちょっと強がってしまう。
「ふぅん、そうだったの。お悩みは解決できた?」
「ええまぁ、はい。多分大丈夫だと思います」
「それは良かった。ユイちゃんも、何か悩みがあったらちゃんと私に言うのよ。後回しにしていると、間違いなくロクな目に遭わないから」
「はい。肝に銘じておきます」
「うん、いいお返事ね。じゃあ、おやすみなさい、ユイちゃん」
「はい。マリナさんもおやすみなさい」
思わぬ出会いがしらだったけど、なんか幾分か気持ちが楽になった気がする。
明日、大出力の魔力の出し方でも聞いておこうかな。
「あ、あと、ユイちゃん?」
「は、はい!」
「いくら深夜だからって、その格好でうろつくのはあんまり良くないわよ?」
「き、肝に銘じておきます・・・」