第11話:残されたもの・Ⅰ
「・・・んん・・・」
耳に、ちゃぷちゃぷと小さな水音や、木の葉の擦れる音、
小鳥の鳴き声のようなものが聞こえて来る。
・・・朝だ。
ぼんやりする頭のまま目を開けると、
茶色の大地と燃え尽きて炭になっているたき火が見える。
・・・あぁそうだ。野宿だった。
背中に堅い砂の感覚を覚えながら、体を起こす・・・前に、
掛布団代わりにしている大きな布を体に巻き付けた。
何故なら今の私は下着姿だから!
流石にあの恰好のまま寝てたら魔力が貯まって寝てなんて居られないからね。
それに、寝る為に別の何かに着替えるって言うのもちょっと男子の目があるし、
だったら、ただ上着を脱ぐだけで、大きい掛布団で体を覆い隠して寝るのが一番だよね。
という結論の元だった。
・・・んだけど、
「二人とも、おはよう」
「あ、ああ、ユイさん、おはよう」
「お、お、おはようございます・・・」
なんか男子2人の反応がよそよそしい。
目、合わせてこようとしないし。
「あら、ユイちゃんおはよう」
「マリナさんおはようございます」
マリナさんは普通に接してくれる。
「あの・・・男子勢がぎこちないんですけど・・・」
「あー・・・あんまり気にしない方が良いわよ。うん」
急にマリナさんもよそよそしくなる。
・・・これは・・・やらかしたかな?
サーっと顔が青ざめていくのを感じるし、スーッと目が覚めていくのを感じる。
「もしかして・・・寝相、悪かったりしてました・・・?」
「世の中には、知らない方が良い事もあるわよ」
「それ絶対見られてますよね!」
・・・とにかく、
さっさと着替えてしまおう。
また変なハプニング起こさないためにも。
着替えた後は朝食になった。
村でもらった干し肉にちょっとした調味料で味付けして、パンで挟む。
野宿の食事としては相当いい感じの食事だったんじゃないかな?
朝食が終われば、荷造りをして、モールへと出発することになる。
その間に、ちょっと追及してみる。
「ねぇ、見たよね?」
「「・・・」」
男子たちは此方から視線を逸らしながら黙っている。
「その、言ってくれないとむしろ恥ずかしいというか、なんというか・・・」
下着云々もそうだけど、寝相の悪い寝姿って部分も相当に来るものがある。
精々掛布団を引っぺがすくらいならまぁ、あれだけど、その上で大股開きで寝てたなんてなったらもう救いが無い。
穴が無くても掘って入るレベル。
「怒らないから、ね?ね?」
「・・・すまん・・・ちょっとだけ、見えた」
「・・・ごめんなさい」
追及の末やっとこさ二人が白状した。
「ほらやっぱり!」
「ああいや、悪気があった訳じゃないんだ!偶然だから!」
「故意でも偶然でも、結果は一緒だよ・・・」
「そ、そうだな・・・すまん」
といいつつも、私の目は見てこようとはしない。
いや恥ずかしいのは私の方だからね!?
「で、ちょっと聞きたいんだけど・・・もう見ちゃったのは仕方ないとして、その・・・」
・・・これ聞くのも相当恥ずかしいな・・・
「その・・・変なポーズで寝てたとか・・・そう言うのじゃ・・・無いよね・・・?」
「それは大丈夫!」
「ふ、布団ははだけてたけど、寝方は普通だったよ!!」
「そ、そう・・・」
すんごい速答だったのが気になるけど、まぁ、それならいいか。良くはないけど。
「じゃあ、デコピンで許してあげる」
「ば、罰は受けるんですね・・・」
「無罪じゃないからね」
「不可抗力なんだけどなぁ」
「・・・」
それを言われると何も言えない。
「と、とにかく、デコピン!」
とはいえ、罪悪感はあるのか、二人ともちゃんと従ってくれて、膝立ちの状態で私の前に額をだして並ん
でいる。
目を閉じて並んでいる二人に、左右の手でデコピンの構えを取る。
デコピンなんてちょっと痛いくらいの罰ゲームだけど筋力の無い私がやると更に威力が小さい。
だから、
指先に、ほんのちょっとだけ雷を纏わせてみた。
名付けてビリビリデコピン。
・・・えいっ
「っつあった!?」
「痛いっ!え?」
ビリビリデコピンを喰らった二人はビクンとのけ反って呻いている。
「なんかやったろ!?凄い痛かったぞ?」
「な、何の事やら・・・?」
しらばっくれる私。
罰ゲームだし、いいよね。
「ちょっとー?そこの3人、バカな事やってないで早く出発するわよ?」
そんな事をしてたら、マリナさんに窘められた。
「ば、バカな事って・・・!」
重要な事だから!
って言おうと思ったけど、デコピンの下りは確かにバカな事だったなぁ・・・
まぁでも、出立の準備をしないといけないのも事実。さっさと自分の荷物を纏める作業に入ろう。
そう思いながら何の気なしにしたレウン君の剣は、心なしかほんのり輝いているように見えた。
多分朝日と水面のせいだけど。
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「さて、ここがモールだ」
やっぱり旅路は穏やかで、騎士に出あう事は無かった。
地形は全然穏やかじゃ無かったけどね!
「はぁ・・・はぁ・・・」
私だけが息を切らしている中、
私達一行の目の前には、高い城壁のようなものが立ちはだかっていた。
「この壁の向こうがモールなわけだけど、ここから俺たちは抜け道を使う」
レイル君がパンパンと軽くたたいているその壁は、大きな白い石がレンガのように積まれている高い壁で、
当然私なんかでは登れそうにはない代物だった。
ここは抜け道があってよかったと考える事にしよう。
「これから俺たちはこの壁を上る」なんて言いだしたらたまったものじゃない。
「抜け道って言うのは、地下水路だ」
・・・どっちもどっちだったような気はしないでもない。
「ちょっとぬめってるから、足元気を付けろよ」
「あー・・・やっぱりそう言う水路なんだ・・・」
「多少は我慢しないとダメよ」
とはいうものの・・・
「ねぇ、これ何の水路!?下水・・・じゃないよね・・・?」
侵入した水路は、苔むしたトンネルようになっていて、真ん中を流れる水と、その両脇にあって無いような通路があるだけの、シンプルな水路だった。
とても、生活用水を流している清潔さじゃない。
「オルケス王国の水道設備は、基本下水しかないわよ」
「えぇぇ!?」
「だって、水は魔導具から出せるもの」
「あっ・・・そ、そっか・・・」
「っても、下水をそのまま町の外に垂れ流すほど馬鹿じゃないし、ここを流れてるのは浄化された水だぞ」
「・・・」
そう言われても、やっぱりもと下水という事実は変わらないし、偏見も消えない。
っていうか、若干の変なにおいは残ってるkらね!?
ここ出たら香水としても使える、例の化粧水振り撒いておこう。
そう思いなら水路を滑り落ちないように慎重に進んでいくと、
とんでもない難関にぶち当たる。
「こっから先、一旦通路が無くなるから中入るぞ」
「はぁ!?」
思わず、ここが町の地下だという事も忘れ声を上げてしまった。
道が無くなる!?
レイル君の言葉が信用できず、光魔法を起動して、先を照らしてみた。
「・・・うそぉ」
本当に、道は無かった。
そこは水路の合流地点。T字路になっていて、元々は橋とかあったのかもしれないけど、今はそんなものどこにもない。
「多少濡れるがまぁ、仕方ない。ジャンプで越せる距離でもないしな」
「ユイさん、ブーツとかは脱いでおいた方が良いよ」
「そ、そうだけどさぁ・・・?」
履きものを脱ぐって事は裸足でしょ?
ブーツ越しにもヌメヌメが伝わってくるような所歩きたくないって言うか・・・
「うーん、耐水装備は持ってきてたかしら・・・」
マリナさんも、流石には裸足は嫌なのか、何かを探している。
「耐水装備って、何ですか?」
「えっとね、特殊任務用に用意された全身密着型の耐水素材で作られた服よ。水を一切通さないから、こういう場で役に立つのだけど・・・」
「わ、私の分とかは・・・?」
「残念、今回は持ってきてないわね」
ダメかぁ!
希望が断たれた感じ。
まぁ、どちらにしても私の分なんて無いんだろうけどさ!
でもやだなぁ・・・
水に入る前の、今の通路の部分も、苔と謎のヌメヌメで踏み心地は良くない。
ブーツでも嫌なのに、そこを裸足は流石に許容範囲外っていうか・・・
・・・何とか水に入らないで済めばいいんだけど・・・
・・・
・・・あ、そうだ。
「ねぇ」
「うん?」
「橋、橋かけよう!?」
「は?そりゃあまぁ、架けられるんなら楽だけどさ」
「多分私なら出来るから!」
「そ、それが出来るんならありがたいです・・・」
微妙にまだ信じてない二人を説得しながら、細い通路をしっちゃかめっちゃかになりながら私が先頭に移動する。
人一人ちょっとしか無いスペースで、落ちたら即水浸しの前後入れ替えってこんな緊張するもんだね・・・
なんとか背中に冷や汗を浮かべた状態で先頭にやって来た私は、目の前の通路をよく見て念じる。
「今この手に金の錬成の力を・・・!今欲しいのはぁー・・・」
錬成の魔法を使った、任意の形での金属発生。
少し前にリズちゃんのお墓を作った時の応用。
・・・っていうか、同じ事。
「今欲しいのは、鉄板!!」
長さ大体6メートル、幅1メートル、暑さ1センチくらいの鉄板をイメージして、目の前に出すようにm六を解き放った。
ガァン!!と、思わず耳をふさぎたくなるような金属音が鳴り響き、大きな鉄板は二本の通路を丁度繋ぐような位置に落ちた。
立派な、というとあれだけど、ちゃんと使えそうな鉄の橋だ。
「「おぉー」」
兄弟二人がパチパチと拍手をしている。
その後ろで、マリナさんも、うんうんと頷いてくれている。
「やったわね!」
「はい!」
なんだかうれしい。
「とはいえ、さっき大きな音を鳴らしちまったからな。急いで渡っといた方が良さそうだ」
「そ、そうだね・・・」
もう少し低い位置で出すべきだったかなぁ。
なんて思っても、もう後の祭り。
実はすぐ上に騎士が居ないとも限らない。
私達一行は早めにこの場を離れようと、そそくさと若干の速足でその場を抜けていったのだった。
「・・・」
「・・・誰も居ないな」
モール町内を流れる水路は、地下ではなく、ちょっとした小川のようになっている個所もあり、
そこの出入り口をふさぐ鉄柵をこっそりと外す。
仏は外れないようになってるけど、どうやらレウン君たちがこっそり細工してあるらしい。
「ここまで来れば安心だ。あとは普通の市民のように振る舞ってれば問題ないだろう」
「ふぅ、よかった」
狭い水路を抜けた私たちは、屈伸をしたり、伸びをしたり、縮こまった姿勢での移動で固まった筋肉をほぐしている。
身長が低く、そんな必要のない私は匂い消しに化粧師を振り撒きつつ、貯まった魔力を放出するために、服の裾をバタバタとはためかせる。
同時にそんな事をしたもんだから、辺りにはフローラルな香りが漂う。
「さて。レイル君、レウン君、ここモールには、レジスタンスの隠れ家があるって言ってったわよね」
暗い水路ではあまり気にならなかったけれど、スタイリッシュな恰好と大きな荷物で、綺麗な金髪を揺らしながら喋るマリナさんは、ただそれだけでだいぶ目立っている。
「ああ。つっても、あの騎士に勝てっこないからただ隠れて食料だの武器だのを貯めこんでるだけだけどな」
「それで十分。とりあえず、そこに向かいましょう」
普通の住民のように振る舞っていて場大丈夫、とはいえ水路の畔でたむろしているのは流石にまずいと、
まずは隠れ家に移動することになった。
「あ、そうだ。この町で他人同士が集団行動するのはちょっとまずいから、親子って設定で行くぞ」
「お、親子・・・」
「私が母親で、ユイちゃんたちが子供ね」
まぁ、私はマリナさんの事だいぶお母さん扱いしてしてるから良いけど、
顔つきとか髪色とかだいぶ違うけど、大丈夫なのかな・・・?
侯爵とその配下の騎士に制圧された交易都市、モール。
一体そこにはどのような三条が待ち受けているのか・
なんて仰々しい心持で足を進めていったものの、現れた光景は予想を裏切るものだった。
「なんというか・・・普通ですね」
アウフタクトの商店街の外れのような、木造の質素な個人商店が立ち並ぶストリートに良く似ている。
たまに、いくつかの店が連なって長屋になってる感じの。
そこに道行く人々の恰好は決してボロくはなく、商店には様々な野菜や肉が並び、それを各々の人が買い求めている。
決して活気がある、という訳では無いけれど、ローチェ村とかの田舎と比べるまでもない。
町として、きちんと機能しているように見える。
ただいくつか気になる点はある。
例えば、店は多いのに呼び込みの掛け声は一切聞こえない。
そのせいで嫌に静かに感じる。
他にも、この昼間に既に閉店している店も多い。
別に居酒屋とかでも無いのに。
そして一番は、町を歩けば、常に視界に一人はいる、例の黒い騎士の存在。
「でも、騎士の目はちゃんと光ってる。余計な動きはしない方が良いわね」
マリナさんが、耳打ちをするように近寄って小声で注意する。
「そ、そうだね。えっと、お母さん」
・・・母親扱いは何度もしてるけど、やっぱりいざ口に出すと恥ずかしいなぁ。
「ふふふっ、やっとユイちゃんもお母さんって呼んでくれたわ」
「いやその・・・」
「わかってるわ。ユイちゃんにはちゃんと本当のお母さんは居るって」
マリナさんはそれでも嬉しそう。
「マリナさん・・・」
「お母さん、ね?」
「おっ、お母さん・・・」
「・・・あの・・・次の説明して、いいか?」
そんな事をしていたら、レイル君から冷たいツッコミが入る。
「ああ、ごめんなさい。もう、良いわよ」
「分かった。あの先に薬局が見えるか?あそこが俺たちの目的地だ」
「薬局?」
「ああ。ま、行ってみればわかるさ」
そんなこんなで向かった先は薬局。
当然騎士の目はあるものの、私達も普通の風貌なので町行く人のどさくさに紛れ来店した。
「・・・いらっしゃい」
待ち受けていたのは、ボサボサ髪をしたやる気のない男性。
ローチェ村でもそうだったけど、薬局とか薬屋の店員ってみんなこんな感じなのかな・・・
「・・・漢方チェラ菜種3つと、ローレルを5つくれ」
「・・・わかった」
レイル君と店員がそんなやり取りをすると、商品を飾っていた棚がドアのように動き出す。
あ、今の、暗号だったんだ。
ああいうの本当にあるんだね。
「さ、早めに行くぞ」
「う、うん・・・」
目の前で繰り広げられる、スパイ映画のような光景に、若干の高揚感を覚えながら、棚の奥の空間へと向かう。
「この薬局は、裏で隣の潰れた酒場と繋がっててな。そこが俺らの隠れ家だ」
「潰れた酒場ね・・・」
「ああ、あいつの支配下になってからというもの、酒は禁止品だ」
「やっぱり、普通の町、とは行ってないようね」
「結局必要最低限の生活に限って自由にさせてるだけなんだよ」
隠れ家だからか、太陽の光の入らない、ちっぽけな照明だけが薄ら光る階段を昇っていくと、
開けた空間に出た。
「ようレイル、レウン。無事だったか」
と同時に、奥からすこししわがれた声のおじさんの声が聞こえた。
広い空間の奥は、カウンターといくつかの座席がある、所謂バーカウンターのようになっていて、そこには何人かの人が居るように見える。
「はい。一応は」
「い、色々、ありましたけどね・・・」
そして、そんな声に反応して、丁寧語で部屋の奥へと向かっていく兄弟二人。
マリナさんはそれに付いてゆかず、入り口で待機しているので、私もそれに倣う。
「後の二人は・・・見ない顔だな。お前らの連れか?」
「・・・そんなところです」
そこまでいって、ようやくマリナさんが動き出した。
「この二人とは、一昨日知り合い、レジスタンスに協力するよう伝えました」
「・・・そうか。新入りを連れてきたってわけだな」
このしわがれた声の主は、この空間の中でも最も奥。バーカウンターの先に居る人だろう。
暗くて人相とか表情は分からないけど、声からは口調の割に威圧感は感じない。
と、思っていたら、いきなり部屋の明かりが付き、空間全体が照らされる。
「ようこそストラド自治区解放レジスタンスへ。俺はアンダリス。ここのリーダーだ」
そこでようやく全貌が明らかになった。
やっぱりここはバー。
けれど、お酒の類はあまりなく、あるのは野菜や肉といった食料。何かの医薬品のようなビンの詰まった棚。
剣や斧などの武器と、散らばった沢山の古びた本。
雑多な物があちこちに置かれた倉庫のようになっていて。
そこには、レウン君たちの他に、
本を片手に、眼鏡をかけた若い青年、スーツを着た額に傷のある老齢の男性、長いぼさついた髪をポニーテールにまとめた、ワイルドな恰好の女性、
そんな面々が、私たちの方を見ている。
「とはいえ、まともな活動なんか出来ちゃいないけどね」
「そう言うなって。せっかく仲間が増えたんだし、一杯やろうぜ?」
「あのお嬢さんたち、少なくとも小さい方はとてもお酒が行けるなりには見えないけど?」
「やかましいぞ二人とも!今の主役はあっちだ!」
マリナさんと二人顔を見合わせる。
なんというか、癖の強い面子だなぁ・・・とは、口に出さずとも伝わったと思う。