第10話:反撃の光・Ⅱ
騎士たちの弱点は光魔法。
そして、それを叩き込むためにマリナさんが囮になる。
それはつまり、チャンスは一回、という事。
多分、騎士たちにこの作戦がバレたら終わりって事だよね。
村人たちはとっくに散り散りになって逃げてしまったし、どさくさに紛れて2回目、なんてのも出来ない。
しかも、ただ光を当てるだけじゃダメで、出来るだけ破壊力がある方法で、とも言ってた。
って事は、属性複合魔法・・・だよね。
『高位の聖具とは厄介な物を・・・』
『人間風情が愚かしい!』
「ここはっ、人間たちの世界なのよ、あなた達魔族の居る場所ではないわっ」
スカートを切り裂き、機動力を上げた囮のマリナさんは、今まで見た事も無いようなスピードと苛烈さ、十字架の光の粒子と自身の魔法をフル活用した戦闘をしている。
生傷を厭わないような風を纏っての高速スライディング、光を纏った岩を隆起させて足止め、水柱を使った目くらましからの剣の奇襲・・・
囮とは思えない、本気で討ちに行くような戦いだ。
それが本当に騎士たちを倒す気なのか、それとも囮だとバレ無いようにするためなのか、
本意は分からないけれど、どちらにせよあんな戦い、長時間続けられるわけがない。
だったら私も早く魔法を決めて撃たないと!
破壊力が出そうな感じ・・・だとやっぱり雷を複合させるのが良いと思う。
指向の力で周りに被害を及ぼす心配も少ないし。
・・・でも、あれだけの硬さの鎧、本当にそれだけで足りる・・・?
考えよう、思い出そう、私の魔法を・・・
雷・・・特性は、指向と、滞留・・・
水・・・流動と、侵蝕、
氷・・・固定と、減衰・・・
金・・・拒絶と・・・錬成。
光は・・・創造、だったかな・・・
破壊力がありそうなのは・・・拒絶、とかかな・・・
侵蝕も使えそうな気がする。
・・・いっそのこと、両方混ぜてみる・・・?
4属性複合なんてやったこと無いけど、このピンチを脱するなら、やるしかない・・・!
両手を騎士とマリナさんの大立ち回りの方へ向ける。
すぐに撃てるわけじゃないけど、それまでは持ちこたえて!マリナさん!
「この手に光の力を・・・」
これだけ大きなことをするのだから、口にでも出さないとやってられない。
勿論、騎士たちには聞こえないように小声で。
両手の間に白い光の球が生じる。
「・・・これ、バレない・・・?」
明るい光の球体は、いくらマリナさんが囮になってるといっても、少し視線を向けられたら分かってしまいそうな気がする。
「そこは俺らが何とかするから、早く頼むぜ!」
そんな事を思っていたら後ろからレイル君の声がする。
銃が効かないと分かった以上、囮にはなれないからこっちのサポートに入ったんだと思う。
「なんとか偽装魔法で、見た目だけは騙すから、魔力を感じ取られる前に!」
「わ、わかった!」
理屈は分からないけど、どうやらこの光は見えていないらしい。
だったら気兼ねなくやれる・・・!
「雷の指向の力を・・・!」
光の球体に帯電する閃光が追加され、光は渦を巻き相手を射抜く円錐形を取る。
ここまではやった事がある。
「水の浸食の力を・・・!」
光が形を変え、輝く水滴の集まりのようなものに姿を変える。
一見星空のように見えるそれだけど、上手くいってるのかは甚だ疑問な感じ。
でも、感じる限りは光がまだ一番強いから、多分大丈夫・・・だよね・・・?
「金の拒絶の力を・・・!」
円錐の中心部から、六角形の光のようなものが現れ、それに追い出されるように光の水滴は円錐の周囲を回り出し、円錐そのものも円じゃ無くて六角形に変わって来た。
あれ、これなんか違くない・・・?
大丈夫なのか全く見当が付かない。
なにせ、こんなにたくさんの属性を複合したことなんて無いんだもん!
あまり光魔法っぽくなくなってしまったビジュアルに、私だけでなくレウン君やレイル君も若干不安げだ。
「それ・・・光魔法・・・だよな」
「た、多分・・・」
私も自信が無い。
どちらかというと私は魔法素人の部類だし・・・
「も、もっと光を強めてみたらどうかな・・・」
「や、やってみる・・・」
レウン君に言われて、もう少し光のパワーを強めてみる。
「・・・さらに光よ・・・!」
私が呪文を紡ぐと同時に、円錐・・・じゃない、六角錐は全体が眩く光り輝きだし、まさに光のは柱といえるようなものへと変貌する。
「これだ!これならいける!」
「す、すごい魔力・・・」
強烈な光の柱は、私自身目を背けたくなるような眩しさで輝いているし、
見てわかるほど、大量の魔力が集まっているのを感じる。
さっきまで展開してたバリアの比ではないパワー。
まあ、あれは維持させる目的の魔法だから比較にはならないのかもしれないけれど・・・
しかし、
『まて、あの小娘、何をしている?』
『あの大量の光の魔力は・・・!』
「しまった、気づかれた!!」
騎士に気づかれてしまった。
ここまでド派手な魔力、やっぱり駄目だった!?
「ユイさん、構えて!」
「は、はい!」
もう準備してる時間はない、一か八か、撃つしかない!?
と思い発射しようとした矢先、
「私から目を逸らしていいのかしら?」
マリナさんも動いた。
一瞬気を取られたその隙に、十字架を地面に付きたてて、騎士の足元から無数の光の鎖が飛び出して来て、3体の騎士を纏めて拘束した。
「ユイちゃん!今よ!!」
「はい!」
マリナさんの叫びに呼応するように、突き出した両腕に一気に力を籠める。
「いけぇぇぇぇ!」
瞬間、
バシュゥゥゥゥン!!!
と今まで聞いた事無い、とにかく何かの発射音をのような音と共に、
光の柱が一瞬で騎士達3体を一気に貫いた。
あれだけ堅牢だった鎧が砕け、破片が光りの勢いによって吹き飛んでいる。
最早ビームや、レーザーとも言うべき光が過ぎ去った後、騎士を拘束していた光の鎖がボロボロと崩れ、元の粒子へと霧散すると、
騎士たちは剣を構え、こちらへと向き直って来る。
あ。あれ・・・?
本体には効いて・・・無い?
『貴様、今何をした』
『今更子供だましか?』
『鎧を打ち破ったのは流石と言えようか』
一歩、また一歩と普通に足を進めて来る騎士に、私も、兄弟も腰を抜かして倒れこんでしまう。
ズサァ、と乾いた砂がお尻に擦れる感覚が伝わってくる。
マリナさんも、限界だったのか十字架を支えに膝をついて荒い息を吐いている。
決死の一撃だったのに・・・
「はぁ・・・はぁ・・・」
マリナさんとは違い、精神的な要因で過呼吸気味になる私。
もうだめかと全てを諦めようとしたとき、
『っ!?』
騎士たちが足を止め、剣を取り落とした。
『ぐ、これは・・・』
『光が・・・体内から溢れて・・・いく?』
『貴様ぁ!何を・・・!』
もがき苦しむ騎士の体からは、次々と光があふれだしてくる。
これはえっと・・・水の浸食の力・・・かな・・・?
『光が・・・!』
『熱い・・・!』
物体に魔力を浸透させるのが水の浸食の力だって、図鑑に書いてあったし、多分、こういう事なのだろう。
・・・ちょっとグロい・・・
『小娘ェェェェェ!!』
『許さん、許さんぞ・・・!』
苦しむ騎士の体からはどんどん光が漏れだしていって、そして、最終的に・・・
『ヴあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!』
と、爆発して、消えた。
・・・いや、消えたわけじゃない。
足元に、黒く蠢く肉の破片のようなものが飛び散って来てる・・・
うっ・・・気持ち悪い・・・
けど、腰が抜けてその場から動けない!
「や、やったのか・・・?」
「倒した・・・?」
レイル君も、レウン君も、同じく腰砕け状態なのか座ったまま目を丸くしている。
「倒した・・・よね・・・?」
足元の肉片に目をやると、さっきまで微妙に動いていたはずのそれはピクリとも動かなくなった。
流石に触って確かめる気にはならない。
「ユイちゃん・・・やったわね・・・!」
遠くからマリナさんもやって来た。
あの重い十字架を杖代わりにしてふらふらと歩いているし、
脚や顔、肌が見えているところは傷だらけでとても痛々しい感じになってしまっている。
「ま、マリナさん!だ、大丈夫ですか?」
「ええ、大事に至る怪我はしてないから平気」
よく見ると、マリナさんの全身に緑色の光が漂っている。
回復魔法だっけ。
精神力や体力を使い果たし、4人で村の入り口である事も忘れ座っていると、
「見たか!?」
「ああ黒騎士を倒したぞ!」
「やっぱり勇者は本物だったんだ!」
「これで世界は救われるんだ・・・!」
「伝説の剣、すげー!」
村の方からざわざわと人の声がする。
見ると、さっき逃げ出していた村人たちが戻って来ていた。
っていうか、騎士倒したの、レウン君って事になってない!?
そりゃあまあ、伝説の勇者ってもてはやされてたけど!
「えいや、あの・・・」
「え、えっと・・・」
ただ、レウン君も私も、この勘違いをこの場で訂正出来るほど、勇気のある人間では無かった。
モタモタしている内に、勇者の熱狂はどんどん膨れ上がり、
「「「レ・ウ・・ン!!レ・ウ・ン!!」」」
レウン君コールと共に胴上げが始まってしまい、訂正できそうな感じのレイル君まで、何もできず他地面に座っているだけになってしまった。
「ど、どうする・・・?倒したの、ユイさんだろ・・・?」
「えぇ?私が訂正するの?レイル君のとこの村でしょ・・・?」
「だってこの一件、俺部外者だし・・・」
「関係あるよ!兄弟でしょ!」
しょうもない責任の押し付け合いをしていたら、
「皆さん、一旦お静かに願えるでしょうか?」
我らがマリナさんの制止が入る。
ただ、その姿はというと、
至る所を切り裂かれ、泥に汚れた修道服と、わずかな露出部位から見える擦り傷切り傷の数々、
そして巨大な十字架を杖代わりにゆっくりとやって来る姿は、痛々しい以外の何物でもない。
わずかに全身を取り囲む緑色の光は回復魔法かな・・・?
だったらじきに生傷は癒えるだろうけど、中々今の姿は来るものがある。
その姿を知ってか知らずか、胴上げの波は一旦収まり、レウン君は地上に帰って来た。
「一時は騎士を退ける事が出来ましたが、この安寧はおそらく長くは続かないでしょう」
そんな宣言に、ほんの数秒前とは空気感が異なるざわつきが生まれる。
「ですから我ら一行は、この村に第二波が来るより先に元凶を絶つべく、管制区へと向かいたいのです」
「・・・」
確かにそう。
騎士を倒し、完全な勝利ムードではあるけれど、レイル君曰く、こんな騎士が町の方には至る所に居るらしい。
たった3体を倒しただけでは、状況は何にも好転してないのだ。
それはそれで恐ろしい話だと思う。
こんなのが何十、何百と立て続けに襲って来たら、私とて魔力が尽きちゃうかもしれない。
・・・さっきの一発だと全然使った感はないから、魔力より先に体力とか精神力のほうが尽きるかもだけど。
その上でもたもたしてるとここにまた騎士がやって来ると考えると、本当に残された時間はないのかもしれない。
「極力皆さんに危険が及ばぬよう、迅速に事にあたりたいとは思ってはいますが、万一という事もあります。それでも、構いませんでしょうか?」
マリナさんは、その場で両手を合わせ、お願いの姿勢で呼びかける。
マリナさんがそのポーズしてると、なんだかお祈りのようにも見える。
胴上げで目が回ったのか、ふらふらとこちらにやって来るレウン君の姿を確認しつつ、村人の反応を待つ。
正確には、待つなんて時間は要さなかった。
呼びかけの直後には、
「ああ!頑張れ勇者!」
「レウン!ヴェルス侯爵をぶっ飛ばして来い!」
「お兄さんと、お二方もファイト!」
「伝説の勇者・・・か」
「レウン、あなたなら絶対成し遂げられるわ!」
と、完全に送り出す事には歓迎ムード。
その中には、レウン君たちの母親であるマールさんの姿もある。もしかしたら息子が死ぬかもしれない。そんな状況に気が気が無かったはずだけれど、不安げな表情はしていない。
レウン君やレイル君が死ぬわけがないと確信してたのかな?
実際にやったのは私なんだけど・・・もう、この件に関してはいいや。
この空気感をぶち壊してまで手柄を主張したいわけじゃないし・・・
「皆さん、本当にありがとうございます」
そんな反応に深々とお辞儀をしているマリナさんを見ると、もうだいぶ怪我は癒えてきているようだった。
服まで直るわけじゃないので痛々しい見た目はそのままではあるけれど、生傷が治っているなら何も心配はない。
マリナさんは、お辞儀を終えると、持っていた十字架を肩に担ぎなおし、未だ座りっぱなしの私たちの方へ向き直る。
「・・・というわけだから、早速旅立つ準備をしなくちゃね」
「は、ハードですね・・・」
「流石に今日は休むわよ?急ぐことと無理をすることは別」
そう言いながら差し伸べられた手を掴んで、引き起こしてもらう。
抜けた腰はもう何とかなっては居るものの、なんとなく脚の震えは止まり切っては居ない気がする。
「敵の正体が分かった以上、次以降はユイちゃんの負担も減らせるはずよ」
私の目線の高さまで合わせたマリナさんが、私の肩を掴んで、そうフォローしてくれる。
ちょっとお茶目な笑い方をしながら。
その一方で、
「あ、お母さんが呼んでる」
「ほんとだ、ちょっと俺たちは先に家に帰ってるな」
マールさんがレウン君たちの方を見て手招きをしてるのが見える。
この流れだと、これからレウン君たちは実家へ、私たちは宿に向かう事になるかな。
多分、今後の事を話すとかで結局私達もユーリト家に行く事にはなるんだろうけども。
「宿に着いたら早速、対魔族用魔法を整えておかなくっちゃ」
こう、マールさんと比較すると、マリナさんは、母親とお姉ちゃんの中間位の雰囲気なんだなぁ、と思わされる。
ただまぁ、
「あの・・・先に体とか、服とか整えてからにしませんか・・・?」
マールさんはどうかは知らないけれど、マリナさんは割と自分を顧みない感じがある・・・と、思う。
実際、私がそう言って初めて自身の衣服の状態に気が付いたようで、
「そ、そうね・・・ちょっとこれは流石にまずいかもしれないわね。あははは・・・」
そう、顔を赤らめて気まずそうに笑うのだった。
私も私で、外傷は少ないけど冷や汗やら何やらでベトベトなので、シャワー浴びたいのは事実。
「それじゃあ、レウン君、レイル君、私たちは宿に行っているから、後でそちらに向かうわね」
「あ、はい。レイフィールさん達も、お気をつけて」
マールさんの呼びかけに応じて家へと向かおうとするレウン君ら。
ここは村の入り口だけど、ユーリト家と宿はほぼ真反対の位置にあるらしく、別れはその場だった。
お互い軽く手を振り、その場を後にする。
・・・けど、
ちょっとレウン君の表情が暗かったのは、気のせいかな・・・?
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宿に着いて最初にやることは、敵の考察と対策、だと思っていたのだけれど、
ユイちゃんに体の汚れを指摘されて、先に身を清める事にしたわ。
聖職者があの身なりは流石に失格ね・・・
私よりユイちゃんのほうがよほどできてる。
私に出来る事は、人を癒す事と、戦うことくらいだもの。
でも、そのユイちゃんに怖い思いをさせてしまったのは私の落ち度。
事実、今目の前でシャワーを浴びせてあげているユイちゃんの背中は小さく震えていて、戦いの恐怖からは逃れられていないのだろうと推測できる。
そんなユイちゃんの背中には大きな古傷がある。過去を詮索するような事はしていないから何があったのかは分からないけれど、見た限り、何か大きな金属のようなもので斬られたか、引っかかれたしたかのような傷跡。
癒し手としての経験則、そんな傷は日常生活では付かない。
もしかすると、余計なトラウマを思い出させてしまっている可能性だって無い訳ではないのよね・・・
でもこの戦い、私も対魔族のプロとはいえ、ユイちゃんの協力なしには遂行できそうにはない厳しい戦いになると予想してる。
魔族とは、ここより別世界に住む種族の事。
人間に契約を迫り、恩恵を与える代償に対価を求める。
私利私欲を叶える力を与えるというのも厄介ではあるけれど、その契約の対価というのも、魂だったり、その人の大切な人だったりと、弄んでいる節があって、契約をしないようにと、教会全体で啓発活動を行っている。
とまぁ、人間と魔族の関係は基本契約で成り立っては居るのだけれど、
今回の件、あの鎧の強度は一旦おいておくとして、中身は下級の魔族だった。
しかし、下級とはいえ魔族は魔族、当然並の人間より強力な存在で、何体も同時に契約するなんてことは基本出来ない。
じゃあ、今回の一件は何が起きているのかしら?
今回の騎士、下級とはいえ3体。
そして、話によればこのレベルの物が町には数十体規模で居るという。
・・・それはもう契約の範疇を超えているとしか言いようがない。
でも、契約以外に魔族と関わりを持つなんて聞いたことが無い。
あるいは数十、数百の魔族と契りを結べるほどの何かを有しているのか。
少し前なら到底信じられない事だったけれど、ユイちゃんという例外を目にした今は、もしかしたら、なんていう疑念だって、無い訳じゃ無いわ。