第10話:反撃の光・Ⅰ
「・・・クソッ!」
3体の黒い騎士。
それらが発した武装破棄の命令に、最初に動いたのはレイル君だった。
「ちょっと!」
慌てて制止させようとするマリナさんの手は届かず、レイル君は私たちの数歩前、騎士たちの前に躍り出た。
「どうしてあんたらはそんな事をするんだ!」
銃口こそ向けてはいないものの、しっかりと引き金には手を掛けている。
いつでも撃とうと思えば撃てる体勢だ。
しかし、騎士たちは一切それを気にすることも無く淡々と答える。
『貴様らは我ら漆黒騎士団によって管理される。故に自衛など必要ない』
「管理って・・・ただ無理やり働かせてるだけじゃねぇか・・・!」
『そうか、では言葉は不要だな』
騎士はレイル君の訴えに一切耳を貸すこと無く、持っていた巨大な剣を地面に突き刺す。
その瞬間、
「っぐ・・・!」
「うわぁ!」
「っひゃぁ・・・っ」
剣から凄まじい勢いの紫いろのオーラのような風・・・?が巻き起こり、レイル君だけでなく、私たちや周囲にいた村人たちをも、2.3メートルほど吹き飛ばした。
・・・いや、絶対風なんてもんじゃない。衝撃波とか、そういうレベル。
ズサァ、と乾いた砂の地面を吹き飛ばされた勢いで滑り、全身に鈍痛が走る。
あまりに突然の事で状況が把握できていない。
「っつぅ・・・!」
軽くうめき声を上げるけれど、周りも同じ状況で助け起こしてくれる人なんて居ない。
何とか全身の痛みをこらえつつ寝たまま周囲を確認してみても、
まだ横たわっている人が大多数で、上半身だけ起こせている人が何人かいる程度、
横を見るとマリナさんもなんとか体勢を起こしている感じで、いつもの万全な感じでは無い。
レウンくんは未だ横になっているけれど、起きようとはしている感じで大事には至ってい無さそう。
「こんな闇の魔力・・・一体何を・・・」
それでも、マリナさんは何かに気が付いては居るようだった。
・・・そうだ、レイル君は!?
軋む体を振り絞って身を起こしてみると、あの紫の衝撃波をモロに浴びたレイルくんは、吹き飛ばされた体制のまま動けていなかった。
「・・・っくぅ・・・」
ただ、小さく声は出せているので、本当に本当の最悪の事態にはなってないと思う。
けど、
『我らに歯向かう者の末路は、当然理解しているな?』
巨大な剣を振り上げ、ゆっくりと迫って来る騎士の一人。
当然、許してくれる空気なんて微塵も感じない。
その騎士の後ろに控えているもう2人の騎士も、同じ剣を抜き、いつでも振るえるように高々と掲げている。
余計な素振りは見せられない。
実際、なんとか立ち上がったマリナさんも、背負っている革袋の中にあるであろう十字架を取り出そうとはしているけれど、騎士に見つかるリスクを考え、動けないでいる。
けど、このままだとレイル君が・・・!
どうすればいい?
どうにもできない?
そんなはずはない・・・と、思う!
・・・
・・・そうだ!
バリアだ!
私が何かの拍子にたまに出してる、金属性の拒絶のバリア!
あれなら
防げる・・・かもしれない。
でも無理だったら?
いいや出来る筈!
あの騎士の衝撃波は確かにとんでも無かったけど、多分、あれより凄いパワーを私は出せる!
いや出した事ある!
フウオウワシの群れを一撃で打ち破れる私の魔力を全力で使ったバリアなら、あの剣の一撃だって耐えられるはず!
仰向けの状態から身を起こした今の体勢だとうまく起き上がれないので、ゴロンと体を反転させて、うつ伏せの状態、腕立てのような体勢から、脚をしゃがみに近い状態に持っていく、
その際膝が地面に擦れて、嫌な痛みを感じるけれどそんな事気にしている場合じゃない。
だって、
『見せしめだ、速やかに死ね』
騎士はもう、レイル君の目の前で剣を振り下ろすその瞬間なんだから。
「っ!」
徒競走のスタート方法にクラウチングスタートって奴があった。
低い体勢から、一気にダッシュするやつ。
まるでそんな感じで、今出せる最大のパワーを足に、
そして、今出せる最大の魔力を両手に込めて、今まさに剣を振り下ろそうとされているレウン君の足元に滑り込み、
「ゆ、ユイちゃん!?」
「っバリアーーーーーー!!」
マリナさんの声を背に受けながら、
全力で叫びつつ両手に集まった魔力を、壁にするイメージで解き放つ。
叫ぶ理由は、魔法を使う際、方法は色々あるけど確実に出したければ声に出すのが一番、マリナさんに教わったから。
実際にバリアー、なんて呪文の魔法は無いのかもしれないけど、イメージが強まるだけでも意味があるらしい。
そして、それが功を奏したのか、は分からないけど、ちゃんと手のひらから放出された魔力は、薄灰色の幕になって、私やレイル君と、騎士の間に広がり壁になった。
と同時に振り下ろされる剣。
そのまま叩き切られてしまう想像を一瞬してしまい、さっと顔を俯かせて目を閉じてしまった。
しかし、
ガァァァァァアアアアンッ!!
という甲高い金属音のような音が響くだけで、私には何も起きていない。
『・・・何?』
恐る恐る目を開けると、目の前には、
紫のオーラのようなものを纏う剣が、手のひらのすぐ近くで止まっている。
一瞬ビックリしてしまったけれど、よく見れば、バリアに阻まれそこで剣の勢いが止まっているように見える。
「う・・・上手くいった・・・?」
バリアでレイル君を守る作戦は上手くいったのかな・・・
安堵に胸を撫で下ろ・・・す事はまだできないでいたら、
「お、お前・・・」
視界の下の方で、レイル君が起き上がるのが見える。
「だ、大丈夫?」
「あ、ああ、なんとかな・・・この障壁は・・・?」
「い、今私が頑張って出してる・・・」
目を丸くしているレイル君に状況を説明する位の余裕は今はある。
と思った矢先、
ガァン!
ガァン!
ガァン!
「きゃあ!」
と騎士が無造作にバリアを何度も何度も叩きつけて来る。
その度に甲高い金属音が響き、バリアの魔力が増えるのが分かる。
『・・・貴様、厄介な真似を・・・』
騎士が開いていた左手を掲げると、
待機していた2人の騎士が、バリアを回り込むように大回りで近寄って来る。
「え、ちょ、ちょっとまって!?」
「くっ、どうする・・・!」
咄嗟にバリアの範囲を広げようと両手を大きく左右に広げた。
すると、それに対応するようにバリアもグワッと左右に広がって、回り込もうとしていた騎士を阻む形にはなったものの、
『・・・』
ガァン!
ビシィ!
と、真ん中の騎士の一撃で、バリアに軽くヒビが入った。
や、ヤバいような・・・!?
もっと多くの魔力を注がないと・・・!
両腕に力を込めて魔力の流れを意識すると、さっきのヒビを直すことができたし、騎士の攻撃を受けてもさっきのようにヒビが入る事は無くなった。
その代わり、体から出て行く魔力もより一層強く感じて、なんだか全身から力が抜けていくような錯覚を覚える。
ジワジワと魔力の抜けていく感覚ってすごく気持ち悪い!
総量が減っていく感覚は全然ないけど、この不快な感じが続くのはとっても嫌!
でもここからどうしよう!?
この後の事を考えていなかった私は騎士の攻撃を防ぐことしかしてきていない。
3人の騎士の足止めこそ出来ているけど、結局壁を作る事しかしていないので、騎士を倒すとか、そういうのは全く出来てない。
でもこれ以上何かするのは、仮に魔力は持っても頭と手が足りない!
「ど、どうしましょう!?」
「な、なんとか一撃喰らわせられればいいんだが・・・」
「マリナさん!」
二人では何も浮かばず、両手でバリアを展開しつつ、後ろに居るはずのマリナさんを見る。
「ユイちゃん、もうちょっと耐えられる?あと、レイル君はこっちに来て!」
マリナさんは十字架を革袋に入れたまま構え、じっと騎士の方を観察している。
レウン君も、腰は引けてるけど立ち上がる事は出来たようだ。
良かった・・・何か策があるのかな・・・?
「わ、わかりました!」
「あ、ああ、わかった!」
時間稼ぎなら多分出来る!
レイル君とマリナさん、レウン君の3人が何かしてくれるのかもしれない。
それまで持ちこたえればOKなら、きっと・・・!
「あと、少しずつバリアから離れたりできるかしら?」
と思っていたら追加注文が来た。
離れる?
「や、やってみます・・・!」
今は手のひらのすぐ先辺りからバリアが出て、左右に広がっている。
これを、バリアの位置をそのままに私が下がればいいんだよね?
えーっと・・・バリアの場所をしっかり意識しておいて、一歩下がる・・・
が、思惑通りとはいかず、バリアも一緒に下がってきてしまう。
「ん、んんんんー・・・?」
もっともっとバリアを意識しないとダメ??
実践であんなバカでかい騎士の猛攻を受け止めながらやるのは結構辛いよ!?
横幅は思いっきり広げたので、3人の騎士全員の足止めこそ出来ているものの、
その3人が皆揃ってバリアをガンガン叩いてくるのでバリアの維持そのものも楽じゃない。
叩かれるたびにその場所が揺らぐのが分かって、そこに新しく魔力を流し込んでいく感じ。
それをずっと繰り返してる。
体はさっき吹っ飛ばされた痛み以外には特にないし、魔力が枯れる気配もとくに無いけど、頭が抜群に疲労してくる。
このままだとジリ貧で、私の精神力が尽きる時=負ける時になってしまう!
『この・・・小娘風情が斯様な力など・・・』
「う、ううううう・・・」
騎士もなんだか悔しそうな感じではあるけれど、まだあっちの方が優勢だ。
だって、私たちは騎士たちになんの一撃も与えられてないもん。
騎士の恨みが籠ったようなドスの聞いた声も怖いし、自然と涙が出て来る。
感情をコントロールする所までもう頭が回ってないんだと思う。
・・・もうこれさ、バリアの方を奥にやるんじゃダメかな!?
もうどっちでもいいや!
とりあえず距離を話せればいいんだよね!?
「っ・・・んんー!」
念ずるようにバリアを奥へ追いやる。
騎士の存在を否定するように、それを遠ざける。
恐怖の対象を、拒絶するように。
『ぐ・・・こんなことが・・・!』
バリアは、ゆっくりと、でも確実に奥へと進んでいく、騎士も抵抗はしているようだけれど、まるで人間が重機に押されていくかのように、ずるずると地面に跡を残しながら押されていく。
圧倒的な威圧感と強さで、負ける事は無くとも勝てそうには無かった騎士たちに、希望の芽が見えた気がする。
とその時、
「今よ!ユイちゃん、バリアを切って全力でこっちに走って来て!」
とマリナさんの声がする。
「は、はい!!」
言われた通り、バリアに割いていた魔力と頭を切って、マリナさん達の方へ全力で駆ける。
50m15秒とかだけど、全力で走る!
私が魔力を切ってから、バリアが消えるまでは少し猶予があるはずだから、その間に出来るだけ距離を稼いで、
ガシャーーン!!
・・・ぐのは無理だった気がする!
後ろで、思いっきりバリアが叩き割られた音がしたような!?
待って!死んじゃう!?
死を悟るとか、走馬燈を見るとか、目の前がゆっくりに見えるとか、そういうのが全部いっぺんにやってきそうな絶望に、体が冷え込んでいくような感じがする。
でも全力で走るしかない!
「ゆ、ユイさん!こっち!」
レウン君が手招きしてる。
あとちょっと!
『・・・捉えた』
騎士の声がすぐ後ろで聞こえる。
「あ、危ない!!」
必死に伸ばした右手を、レウン君が掴み、ぐっと引き寄せられる感覚が。
そのままドスンとレウン君の上に覆いかぶさる形で倒れこみ、その勢いのまま地面を二人ゴロゴロと転がる。
「今よ!!
「オッケー!!」
転がる勢いが止まり、軽くを目を回しつつ騎士の方を見ると、
「喰らえっ!!」
レウン君が、手持ちの銃で騎士と応戦している。
あれは私が持ってる魔法銃と同じ構造らしい、銃口からはバリバリと帯電する雷の矢、というより雷の剣のようなものが発射され、
向かってくる騎士のど真ん中に命中し、
・・・アッサリと弾かれてしまった。
『惰弱な』
「くっやっぱり効かないのか・・・!」
レイル君が何発も何発も、3人の騎士会相手に矢を打ち込むが、一切避ける素振りも見せず、騎士は全員棒立ちで受けて、そして無傷でいた。
『余興は済んだか?』
『まぁ、貴様らの武器では絶対に勝てぬという見せしめにはなっただろう』
『貴様を処断し次第、そこの小娘も殺す』
余裕癪癪の騎士。
・・・完全に私もターゲットにされているので気が気がじゃない。
これが上手くいかなかったら完全に私も死ぬことになると思うと、体の震えが止まらない。
「・・・光よ!」
と、マリナさんの声が響く、
「刃と成せ!」
声の方を向くと、革袋から十字架を取り出したマリナさんが、無数の光の剣を浮かばせている。
そしてそれは、マリナさんの動きに連動するように、一斉に騎士たちへと殺到する。
『聖具だと!?』
『貴様!』
見た目はさっきと変わらぬ眩く輝く矢。しかし騎士たちは今度は棒立ちで受けるような事はせず、
剣で叩き落としたり、身をひるがえし回避に入る。
無数の光の矢を放ったはずだけど、命中したのはほんの数本。残りは剣で防御されたり、躱されたりしてしまっていた。
しかも、その命中した数本も、鎧に軽く刺さった程度で、傷をつけるには至っていない。
この騎士・・・パワーもあって、硬くて、その上素早い。
もう、どうしたらいいんだろう・・・
『まさかまだ聖堂教会の人間が残っていたとはな』
『予定変更だ。まずはこの女を殺す』
渾身のマリナさんの奇襲を凌がれ、絶望に打ちひしがれそうになった私だけど、
マリナさん自身はそうでは無かった。
「・・・やっぱり」
マリナさんは、小さく笑いながら、叩き割られた光の粒子を十字架に回収しるそぶりをみせつつ、私の方を・・・いや、レウン君の方をみて軽く手を振った。
・・・これは・・・?
疑問に思っていたら、レウン君が、私にしか聞こえないように耳打ちしてきた。
「ゆ、ユイさん、光属性の魔法です」
「ひ、光属性?」
「はい。今からマリナさんが囮になるので、その隙にユイさんは思いっきり、破壊力のある方法で騎士たちに光魔法を撃ちこんでください。光魔法が、やつらの弱点なんです!」
マリナさんが囮に・・・?
急いでマリナさんの方を見ると、
「やはりあなた達、魔族の類ね。全く・・・こんなものを配下に置くなんて、侯爵とやらは何をしたのかしら」
『正体を知った以上、生かしてはおけぬ、かの教会のように』
「・・・教会の信徒に何をしたのかしら」
『貴様に教える義理は無い』
「そう・・・オルケス聖堂教会、ビショップ級シスター、マリナ・レイフィールの名において、魔族殲滅を開始します!」
カモフラージュ用の外套を脱ぎ捨てて修道着を露わにしたマリナさんは、修道着のスカートをナイフで縦に切り裂いた。
多分、ロングスカートだと動きにくいからだと思うけど、それだけの事をするというのは本気なんだと思う。
十字架から大量の光を生み出しながら威勢よく名乗りを上げるマリナさんは、なんとなく単体で勝てそうな気もするけど、私に光魔法を使え、と命じた以上、私がやる事を戦略に入れてるんだと思う。
・・・だったら、やるしかない。