第9話:新たなお仕事、新たな冒険・Ⅰ
第三章のあらすじ・・・
一つの事件を終え、もう一つの事件の解決へと向かう二人。
それは、王国の端にある自治区と最近交易が途絶えている為、その原因を探るというもの。
何かしら交易商にトラブルが起きていると目測を立てていたが、
実際に起こっていたことは、想像をはるかに超える事態だった。
「ユイちゃん今よ!」
「はいっ!」
美しい緑の森々の隙間、白く美しい岩の間を流れる、澄んだ水がサラサラと流れる清らかな小川。
そこに私は、
ドォォォォン!!!
思いっきり雷を叩きこむ。
空気が焼ける衝撃で衣服がはためく。
何でそんな事をしているのかと言うと、
「うん、よくやったわ。魚が浮いてきた」
「・・・過剰威力過ぎませんか・・・?」
漁をしているのだった。
魔女狩りのお仕事を終えローチェ村を出る際、本当はその日の内に帰る予定だったので、食料を1日分しか用意していなかった。
けれど、私がお仕事頑張りたい!と言ったせいでまさかの延長戦になって、
その結果、二日ほど野宿が必要になってしまって食糧確保が必要になってしまった。
・・・っていう顛末。
まさか小川に雷を叩きこむなんてワイルドな方法だとは思わなかった。
ただ、これが案外効果があったらしく、
「ほら、ユイちゃんも手伝って!大量よ!」
修道服の裾をめくりあげて腰の辺りで縛ったマリナさんが、裸足で川の下流に入って、
雷でこと切れた魚を回収している。
パッと見ただけでも、8、9匹位は軽く浮いて流れてるんだけど・・・
とりあえず、私も川に入る。
既にソックスやブーツ、スカートなど濡れそうなものは予め脱いでいるので、その辺はスムーズ。
雷を打ち込んだ直後の川に入って感電したりしないのかな・・・?
と一抹の不安を覚えない事も無いけれど、マリナさんが入って平気って事は平気なんだろうね。
ざぶざぶと膝下丈くらいの川に入って流れてくる魚を回収する作業。
若干川の流れに押されそうになりながらの作業は、雷を打ち込む作業より大変だったけど、何とか転んで全身ビッショリ、みたいな事態にはならずにこなすことが出来た。
「お魚は火を通さないで食べると危ないのよ」
「へぇ・・・私の世界には生で食べる文化とかあったんですけどね・・・」
河原に捕まえた魚を並べながら、夕食の準備をする。
「そうなの・・・?ユイちゃんの世界だと、生魚を食べてもお腹壊したりしないのかしら・・・?」
「・・・たまに当たってお腹壊しちゃったりはするみたい出すけどね・・・」
「そうなの・・・リスクを負ってまで生で食べるなんて、火を通せない事情でもあるのかしら・・・?」
マリナさんが驚きと憐みの混ざったようなような表情で見てくる。
違うの!
お寿司やお刺身は美味しいから生で食べるんであって、火を通せないとかそう言うのじゃないから!
「とりあえず、今回は火を通して食べましょうか」
「ですね」
流石に、今は醤油は持ってないし、食あたりするリスクは負いたくない。
それに、よく考えたら刺身って川魚ではしないよね?
「ところで・・・私もマリナさんも、火属性の魔法って使えないですよね・・・?」
「そうね」
「って事はもしかして、火おこしって・・・」
「そう。ユイちゃんの雷でやるわよ」
「あっ・・・そ、そうですね・・・!」
良かった・・・
手で木の棒を回して摩擦で火をつけるとか言い出さなくって。
「って訳で、ちょっとそこの木を切り倒してくるから、そこに雷をお願いね」
その代わりに、すこぶる豪快な方法なのだけれど。
というか、火をつける魔導具、持って来て無いの?
・・・無いよね。だってそんなの使う予定無かったもんね。
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パチパチと焚火の優しい音が響く。
夕食の時間、村で貰った野草と塩焼きの魚というシンプルな料理。
焚火の赤い光と、地面に突き刺した棒の先で光る退魔石の青い光が混じり合って、目の前で焼き魚を頬張るマリナさんお顔は、不思議な色に照らされている。
多分、私もあんな色に染まっているのだろう。
私の服は白いので、マリナさんと違って全身あんな色だ。
キャンプのような雰囲気は、野宿と言う今置かれている状況とは裏腹に、若干の高揚感がある。
「っていうか、退魔石、携帯用のもあるんですね・・・」
この世界の人類は四六時中、何処からともなく現れる敵対生物、バグの脅威に悩まされている。
そんなバグを退ける力があるとされているのが退魔石で、柔らかい青い光を放つのが特徴だ。
町や村はこれで覆われているから安全、という触れ込みだったけれど、携帯用のがあるんなら各々持ち歩けばそれでいいんじゃないの・・・?
「退魔石ってね、振動に弱いのよね・・・」
そう言いながら、マリナさんは退魔石の付いた棒を引き抜いてふらふらと揺すり出した。
すると、退魔石の青い光はスゥっと弱まって、焚火の光でようやくその石のシルエットが見える位になってしまった。
その後マリナさんが地面に棒を刺して固定すると、ゆっくりと青い光を取り戻していった。
「理由は分からないけど、こういう風に固定していないと力を発揮してくれないから、持って歩いている間はあんまり効果が無いの」
「思ったより不便ですね・・・」
「そんなに都合よくはいかないって事ね」
むしろ、逆に都合が悪いように出来ているようにも感じるけど・・・
やっぱりこの世界の事はよくわからない。
「ところで、」
その流れで、気になっている事を聞いてみた。
「次のお仕事とか、目的地ってどこなんですか?」
なんとなく村から西に向けて移動してるな、っていう印象はあったけど、本当にそれくらしか知れる事が無くて、その先の事を何にも知らずにマリナさんに付いて来てる。
流石にそれは不安だった。
マリナさんは食べていた魚を飲みんでから、色々な荷物を詰め込んだ袋を漁り始めた。
「・・・あ、ちょっと暗いから、ユイちゃんちょっと明かりくれるかしら?」
「え?あ、はい」
そう言われたので、右手を高く掲げ、光属性の魔力を生み出す。
イメージは蛍光灯。
円形の明るい光が二重に生まれ、まさしく家庭用の室内蛍光灯のような光が河原に突然生まれる。
周囲には文明的な明かりが溢れ、キャンプのような雰囲気は一気に消え失せてしまった。
と同時に、元の世界のリビングを想起させて、むしろ懐かしい気持ちになって来た。
「あ、あったあった。ありがとうユイちゃん」
そう言いながら出して来たのは、アウフタクト周辺の地図だった。
「ここがアウフタクトで、ここにあるのがローチェ村ね」
河原に敷いた地図を見ながら、マリナさんが指をさしながら解説してくれる。
中心にある外壁に囲まれたような絵の都市がアウフタクトで、そこから右上・・・北東かな?にある森の真ん中に小さく描かれているのがローチェ村だと教えてくれた。
「で、私達が今いるのはここでしょうね」
と、ローチェ村の西にある山のふもと辺りを指さした。
「そして、次の目的地はここね」
マリナさんは、そこからさらに西、地図上で色分けされた地域を指した。
「ここが"ストラド自治区"元オルケス王国領で、今は独自の政治を行っている地区ね」
「へぇ・・・そこで何のお仕事があるんですか?」
「仕事としてはそうね・・・調査、かしら?」
「調査?」
マリナさんは、ちょっと心配そうな顔をしながら、今回の仕事の詳細を語ってくれた。
「アウフタクトと、ストラド自治区の町のひとつ、オーヴとは元々交易があったのだけれど、数か月前から、それが途絶えているの」
「交易・・・ですか」
「そう。簡単に言ってしまえば商売ね。それが途絶えてしまっているので、自治区の方で何かトラブルが起きてる可能性を調べて欲しい、っていうお仕事があったの」
「そうなんですか・・・でもそれ、わざわざマリナさんがやらなくてもいいんじゃあ・・・?」
何と言うか、ギルドには冒険者みたいな人もいっぱいいるしそっちに任せればいいんじゃないかと思う。
「ストラド自治区は独立した時から入出を制限してて、行商人か、聖堂教会の一員でないと手続きが面倒くさいのよね」
「そ、そうなんですか・・・なんか怪しい場所・・・」
連絡が途絶えるとか、入出の制限とか、もう嫌な予感しかしないじゃん・・・
「独立の経緯を考えると、仕方ないのかもしれないけれどね・・・前に行った時はそんなに問題は起きてはいない印象だったわ」
そう小さく笑うマリナさんだけど、正直あんまり悪い印象はぬぐえない。
現代っ子の感性だと、端々から怪しい雰囲気プンプンで近寄りがたいのだけれど、ここはもう、世界規模のギャップだと思って、諦めて受け入れるしか無いのかもしれない。
「とりあえず、その交易が途絶えた原因、っていうのを探ればいいんですね?」
「そう。ストラド自治区は広いから、今回はユイちゃんにも協力して貰うかもしれないわね」
「が、頑張ります・・・」
私に出来る事がどれだけあるのだろう、と考える。
魔法のパワー・・・は原因の特定には使えなさそうだし・・・
まぁ、町の人に聞き込みくらいは出来るかな・・・?
身の危険を感じたら金属性の拒絶の力で吹っ飛ばせばいいし。
・・・ダメだね。
変に力を持つと思考がそっちに引っ張られちゃう。
将来脅迫とかに使わないよう自制心を保っておこう。
「さて、明日は朝早くから移動になるでしょうし、もう寝ましょうか」
「・・・そうですね」
そう言いながら、私は頭上にか輝く蛍光灯のような光魔法を消した。
やっぱり魔法って便利だなぁ。
「後は、野生動物避けの香草を火に投げ込んでおくから、ちょっと臭うわよ」
「うえ・・・」
「楚歌仕方ないから、我慢してね」
「ま、魔法で何とかなりませんか・・・?」
出来れば臭いのは避けたい。
そんな提案をしたその時、
ガサリ・・・
そんな、暗闇の先で草木が揺れる音がする。
「「・・・!!」」
咄嗟に身構える二人。
風で草が揺らいだ音じゃない。
確実に、何かが居る!
「退魔石は効いてるわね」
チラリとマリナさんが焚火の方に視線を移す。
光る焚火の横で、退魔石は優しい青い光を放っている。
「・・・っていう事は、バグじゃ無いんですね」
「多分ね・・・でも、いつでも迎え撃てるよう、注意しておいてね」
マリナさんは、音がした方にに例の十字架を構えている。
私はその横で、手を胸元に持って来て、魔力の流れを意識する。
咄嗟に撃てる自信はないけど、一応ね。
その瞬間、
「危ない!!」
マリナさんが叫ぶとほぼ同時に、
暗闇の先から、キラキラッ!
と数個の煌めく光が見えて、それと同時に、それがこちらに向かってきている事に気が付く。
避ける?
間に合わない!
ほぼ反射的行動で両手を前に突き出すと、
キィィン!!
という甲高い金属音のような音が鳴り響き、視界が一瞬暗くなったように感じる。
と同時に、飛んできているはずの光は、目の前で弾けて消えた
・・・んじゃない。
何かに弾かれた?
・・・
・・・んん・・・!?
今私とマリナさんの前には、1枚のバリアが張られてる!
薄くて黒い、膜のようなバリアが。
なんとなくわかる。
これはきっと、私が無意識で出した、金属性の拒絶のバリアだ。
ずっと前の話だけど、前にアウフタクトで強盗に襲われかけた時もやったような気がする。
そんな偶然のバリアに身を救われたのも束の間、同じ草むらの陰から、
「うわぁぁぁぁ!!」
と、若干悲鳴なのかなんなのかよくわからない声を上げながら、中学生くらいの男の子が一人、立派な剣を構えながら突進してきて・・・
ガァン!
「あぁっ!?」
そのままバリアに激突してスッ転んだ。
「え、えーと・・・」
「ひ、人・・・?」
呆気にとられる私。
気が抜けてしまったせいで、貼れていたバリアはスゥ―っと透明になっていっていつの間にか消えてしまった。
マリナさんも、若干拍子抜けしているみたいだけど、気は抜かず暗闇の方へ向かって、
「山賊かどうかは知らないけれど、もう一人いるわよね?私達を襲った訳を教えて貰えるかしら?」
と言い放つ。
魔女狩りモードの時のような、ややドスの効いた声。
確かに暗闇の方から何かが飛んできてたけど・・・
マリナさんの後ろに隠れながら思っていたら、
「チっ・・・奇襲を防がれたらもうダメだ」
そんな事を言いながら、ややボサついた髪型の大体高校生くらいの男の子が暗がりから出てきて、
さっき突っ込んで転んだ中学生くらいの男の子の手を取って引き起こした。
もう片方の手には、銃のような武器を持っている。
よく見るとこの二人、凄いそっくり。
「降参だ」
そして、二人とも持っていた武器を地面に放り、両手を頭の高さに上げて降参の姿勢を取った。
私はこういう状況には慣れてないので、何も言わずマリナさんが動くのを待つ。
その様子を見て、当のマリナさんはと言うと。
「潔いのは良いのだけれど、どうしてこんなことをしたのか聞かせてもらえるかしら?わざわざ聖堂教会の人間を襲うという事は飢え等では無いのでしょう?」
警戒を完全に解くことはせず、十字架は抱えたまま問いかける。
飢えじゃないっていうのは、どういう事なんだろう。
教会の人なら、話しかけるだけで保護してくれる・・・とかかな?
実際私もそうだったし。
「教会に所属する者を襲うリスクは、普通、理解しているはずだけれど・・・」
口調は優し気に、けれど声色は威圧的。
ある意味では、こういう態度で迫られるのが子供には一番効く。
そんな勢いで問い詰められた二人は、
小さい、剣を持っていた方の男の子は震えて何も言えず、
大きい、弓を持っていた方の男の子は、少し意外そうな顔をしながら口を開いた。
「あんたら・・・侯爵の手先じゃないのか・・・?」
「「侯爵?」」
侯爵?
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「だから、今自治区は大変な事になってるんだって!!」
男の子の必死な訴えが続く。
あの後、何か並々ならぬ事情がありそうだと判断した私たちは、というかマリナさんは、
事情を聞いてみる事にした。
お腹もすいているみたいだったから、取った魚を分けても上げた。
まぁ・・・20匹くらいあっても、二人じゃ食べきれないしね。
一応、二人は自治区の外の人間だという事を伝えたら、あっさりと話をしてくれた。
「とりあえず、話をまとめると、」
男の子の話は訴えの勢いの方が強くて、いまいち要領を得ていない感じで、私は正直理解しきれていなかった。
なので、マリナさんがまとめてくれるのはありがたい。
「数か月前、ストラド自治区では、代表者が"ヴェルス侯爵"と名乗る人に変わり、それを境に民衆に圧政を強いるようになったと。そう言う事ね」
二人はうんうんと頷いている。
「それで、あなた達二人はそれを何とかしようとレジスタンス活動をしている。そう言う事でいいのよね?」
「・・・ああ」
「で、その圧政に屈した人々も圧政に加担するようになり、その中には聖堂教会も含まれていて、だから私達を圧政に与する側の者と思い襲った、と」
「はい」
マリナさんの分かりやすい解説で、大体の事情が分かった。
そして、自治区で私の想像をはるかに超える大惨事が起こっている事も・・・
数か月前、という事は私たちの仕事である、交易が途絶えたという時期と一致する。
つまり、この事実を報告するだけで、実際はお仕事は完了なのだけれど・・・
「・・・想像以上の事態ね・・・」
だけど・・・
マリナさんも、頭を抱えている。
「で、そのレジスタンス活動とやらは、どれくらいの規模で行われているのかしら」
「一応・・・町々でこの圧政に屈しないようにしてる人は居なくはないけど・・・」
「集団で抵抗みたいなものは・・・一度も・・・」
男の子二人は、軽く視線を逸らしつつ、気まずそうに答えた。
「実質、行動らしいことは何もない、って事でいいのね」
マリナさんが冷静に事実を纏め上げると、大きい方の男の子が、両拳を握りしめながら、勢い良く立ち上がった。
「だって・・・!あいつは町中に真っ黒い騎士みたいなバケモノを配置させてるんだ・・・!あいつら、奇襲でも無い限り俺らの攻撃なんか全然効きやしない!そんな奴らになんて・・・勝てるかよ・・・」
訴えかけるその目には、絶望が浮かんでいて、よほどその騎士に深いトラウマを覚えているようにも見えた。
・・・酷すぎる。
こんな事があって良い訳がない。
「マリナさん・・・この人達の事、助けてあげましょう・・・?」
あまり感情的に見えないよう、握る拳をスカートの下に隠しながら、マリナさんに提案してみた。
マリナさんも、一瞬驚いた顔はしたものの、すぐに真剣な顔に戻って。
「そうね・・・教会も被害を受けているというならば、放っておくことは出来ないわね」
と、賛同の意を示してくれた。
「最終目標は当然、ヴェルス侯爵に会って圧政を止めさせる事だけど、おそらくその各地に配置されているという騎士がネックね・・・」
「ああ・・・あいつらはとんでもなく強いんだ・・・生半可な魔法じゃあビクともしなかった・・・」
「あれは人間なんかじゃないよ・・・多分、地獄の騎士か何かなんだ・・・」
大きい方の男の子は悔しそうに歯噛みし、小さい方の男の子は絶望に身を震わせている。
でも、人間でないのなら・・・倒す事に罪悪感が無いのなら・・・
「それは・・・私が何とかします」
ここで躊躇なんてしていられない。
この自治区を救うため、あの子を救うための第一歩のため、
強く言い放った。
「私の魔力なら・・・何とか出来るはずです」