第8話:魔女の真実・Ⅴ
「・・・出来た!!」
あれから更に1日、なるべくリズちゃんのクオリティに合わせようとアレコレこだわっていたら一日経ってしまった。
一応、服の洗濯とかもしてたよ?
水魔法で竿に干したまま洗う、っていう斬新な洗濯だったけどね。
まぁ、マリナさんも何かしているみたいだし、帰るまでに間に合って良かった。
スマホやテレビに慣れ切った現代っ子だと思っていた私だけれど、なんだかんだ集中すると一日中作業を続けられるんだなぁ、ちょっとし気づきがあったりもする。
まぁ?
たまーに本棚の本に面白そうなものが無いか調べてたりはしたけどね?
「・・・んん・・・」
出来上がったぬいぐるみを持ち上げて、じっと見つめてみる。
目の部分はボタンなので、決して目が合うなんてことは無い筈だけど、
なんとなく見つめられている気がする。
「はぁー・・・」
もうこの本人には会えないかもしれないと思うと、凄い悲しくなってくる。
・・・このぬいぐるみの中に魔女結晶を埋め込んだら、動きだしたりしないかな・・・?
なんてちょっと狂気的な事を思ったりもしたけど、流石にそれは止めておいた。
一応、これはリズちゃんがここにいた証、のようなものにするつもりだし、
アウフタクトに帰る時はここに置いていくつもりだった。
だから、いつか復活させる予定の魔女結晶ごと置いて行っちゃう訳にもいかないしね。
そんな事を思いながら、
ぬいぐるみ関連の物が入っているカゴに、私のぬいぐるみを横並びになるように置いてあげていたら、
まるで見計らったかのようなタイミングで家のドアがノックされた。
「ユイちゃーん?」
「はーい」
例の如くマリナさん。
玄関のドアを開けマリナさんを迎え入れると、マリナさんは入ってすぐに、
「そろそろこの村を出て行こうと思うのだけれど、ユイちゃんは大丈夫かしら?」
と、
遂にこの日が来たか・・・という思いと、
ギリギリでぬいぐるみを完成させられた安心感が駆け巡る。
「あっ、もうですか・・・?」
「そうね。教会の方も、あんまり開けておくのも心配だものね」
「そうですね・・・」
何か他にやり残したことは・・・
ぬいぐるみは完成させて、テーブルの真ん中に綺麗に置いてあるし、
お部屋の気になる汚れみたいなものは出来る限りお掃除してあげた。
自分の荷物は放置とかはしてないし・・・
・・・
あっ、
「あの、マリナさん、ちょっとだけ待ってて貰えますか!?」
「あら、何かしら?」
やり残したことが、二つだけ。
「リズちゃんを・・・弔ってあげたいんです」
----------------------------------
家のすぐ外。
湖畔の際に広がる花畑の真ん中に、私とマリナさんは立っていた。
「・・・身に宿る錬成の金の力をここに、我に力を与えたまえ・・・!」
両手を前に突き出しながら、魔法の力を高めていく。
作るのは、金属製のお墓。
「・・・」
その光景をマリナさんは一歩引いた位置で何もせず見ている。
お墓をイメージして、それを金属性の魔法で具現化する!!
ッドン!!
と重苦しい音を響かせながら、それは現れた。
「それが・・・ユイちゃんの世界のお墓なのかしら?」
「まぁ・・・そんな感じです」
作ったのは墓石。
角ばった四角い土台に、四角柱の伸びるよくあるタイプの墓石だ。
この場の雰囲気にはあんまり合わないゴリゴリに和風の墓石だけど、十字架とかよりはマシじゃないかな・・・
いやまぁ・・・墓石じゃなくて墓鉄なんだけどね。
でも、なんだかんだ魔法の腕は上達してると思う。
ここに来たときにも硬貨の具現化に挑戦してサイズを間違えて失敗したけど、今回は割と良さげなサイズだ。
お墓の前に、摘んできたお花と、家から持ってきたコップに、マリナさんに教えて貰った薬草で作った紅茶を入れてお供えをする。
そして、お墓の前で、両手を合わせて一礼。
目を閉じると、湖の水の音、森の木々の音、鳥の鳴き声、そんな自然の音が直に感じられる。
家のすぐ横で聞こえる音という事は、日ごろからリズちゃんが聞いていた音に他ならない。
さようなら、を言うにはまだ早いのかもしれないけれど、ここは人間の流儀に従って、追悼をしよう。
だけど、かける言葉は、
「リズちゃん・・・またね」
希望は、捨てていない。
目を開けると、当然、閉じる前と変わらぬ風景が広がっている。
けれど、目の前のお墓の意味は大きく変わっている。
ぬいぐるみに続く、リズちゃんが此処にいたという証へと変わったのだ。
ふと振り返ると、マリナさんも、両手を合わせていた。
ただ、少し握り込むようにしてるせいで、服装も合わさって、祈りっぽく見えてしまう。
「これが、ユイちゃんの世界での弔い方なのね」
「・・・はい」
「死者の弔いには何度も立ち会っているけれど、魔女のは初めてね・・・・」
「私はまだ、復活の夢、諦めてはいませんからね!」
「私は協力するわ。でもごめんなさい。立場上、あまり全面的な協力は難しいわね」
「それは・・・分かってます」
この世界での魔女の扱いは痛い程知った。
最初っから一人でやるつもりだったし、教会で魔女を狩るのがお仕事のマリナさんが協力してくれるってだけでありがたいくらいだ。
「・・・ここでやれることは、多分、これで全部です」
「そう、分かったわ」
マリナさんは辺りを眺めながら、最後に私を見て言う。
「因みに、ここら一帯は、聖堂教会管轄の土地として、立ち入り禁止処置をしておいたわ」
「え?」
「このお墓とか、家とか、普通の人に見つかったら、壊されちゃいそうだもの」
「あっ・・・なるほど・・・」
そこまでは想像していなかった。
・・・けど、確かにそうかも。
魔女の残したものを、全て壊してしまう人が居る可能性までは、思いつかなかった。
そして、そこに気を回してくれたマリナさんに、感謝するしかない。
「ありがとうございます。マリナさん」
「私にできるお手伝いなんて、これくらいしか無いものね」
「そんなことは・・・」
これからも、魔女の知識とか、その強さとか、多分あらゆる意味で助けて貰う事になると思ってる。
ハッキリ言ってしまえば、私が勝ってる所なんて、魔法の単純な威力くらいしか無いと思うし・・・
「じゃあ、そろそろ村に戻ろうかしら」
「はい。でも、村に戻ったら、寄っておきたいところがあるんです」
----------------------------------
「いらっしゃい。こんな日なのに酔狂だね。それとも、食べ過ぎの薬でも買いに来た?」
若干だるそうな男の人の声で迎え入れられる。
ここは薬屋。
そう、私とリズちゃんの出会った場所。
別にリズちゃんとの思い出がどうこう、って話じゃなくて、あの時リズちゃんに貰った化粧水をもう一個買っておこうかな、って思って寄っただけ。
あの化粧水の原料も、かつてリズちゃんが採ってきたものなのかも知れないけどね。
「ん、誰かと思えばシスターさんの付き人じゃあ無いですか」
「あ、どうも・・・」
カウンターで気だるげに頬杖をついている店員さんに軽く会釈をする。
えーっと・・・確かリズちゃんは、ジェイク、とか呼んでたっけ。
見た感じだと軽口を言い合える位、仲が良かったように見えた。
この人も村でやってるお祭りには参加してないんだね。
店番だからなのかもしれないけど。
変わらず棚には色々な名も知らぬ薬草が並んでいる。
「あ、君、そういえば前にも来てたっけ」
「えぇまあ・・・」
「リズと仲良くしてたな」
「それはその・・・」
マリナさんからはあんまり魔女と交流があったことは言わないようにと口止めされてる。
とはいえ、この人には実際に見られてるしなぁ・・・
「その時は魔女とは知らなかったからセーフってかい?」
「そ、そんなことっ!私とリズちゃんはずっと一緒に・・・!」
あ、しまった、つい・・・
ダメだ、私の意志が弱すぎる。
店員さんは、そんな返答を聞いても相変わらず冷めたような視線でこちらを見つめている。
「ふぅん?もしかして、あいつと仲良くしてた感じ?」
「それは・・・えっと・・・」
「魔女は人に化けるんだ。そう言うヤツが居ても不思議じゃないさ」
やる気はなさそうだけど、よく見れば、目は別に死んだような感じではない。
「そうですね・・・リズちゃん・・・あの子とは、大分仲良くしてました・・・」
「そうか・・・」
店員さんは、フッと目を逸らす。
興味を無くした・・・って感じではなさそうだけど・・・
「えっと・・・」
どうしていいか分からず、そのまま立ち尽くしていると、
「なぁ、」
「は、はいっ」
突然声をかけられてビックリしてしまう。
その目はさっきと裏腹に、かなり真剣な目だった。
私も思わず半歩引いてしまう。
「アイツは最期、満足してたか?」
「・・・えっ・・・?」
思っても無い言葉に、思わず聞き返してしまった。
「きっと、最期の瞬間も一緒に居たんじゃないかと思ってな」
「・・・居ましたよ。一緒に」
口調や、表情からなんとなくわかる。
きっとこの人は、魔女憎しで聞いてる訳じゃ無い。
むしろ逆。
私と同じ、友達として聞いている。
そんな気がした。
だから、
「・・・笑ってましたよ・・・私と一緒に」
あの瞬間の事を思い出すと感情が限界になるので、多分表情はドロドロに崩れてしまっているんだろうけど、それでも声を絞り出した。
「なら、良かった」
店員さんは安堵の表情で私を見ている。
リズちゃんとは友達で、こんな事を聞いてくるって・・・
「もしかして・・・リズちゃんが魔女だって・・・知ってたんですか・・・?」
ふと聞いてみた。
すると店員さんは、気だるげに、けれど真剣味も籠った声で答えた。
「・・・まぁな」
「そうだったんですね」
「あいつ、俺がガキの頃からずっと同じ見た目だったからな」
「へ、へぇ・・・」
それ、他の人は気が付いてなかったのかな・・・
と思う事もあるけど、もう後の祭り。
「知ってた上でアイツの味方してるなんて、とんだ異端者だろ?」
「そんな事・・・無いと思いますよ」
自嘲気味に笑う店員さん・・・ジェイクさんに、ハッキリと言う。
「例え魔女でも・・・友達になれるって、私は思ってます」
「へぇ・・・あんたみたいな人が多数派だったら、未来も違ったんだろうな」
「・・・ですね」
二人しか居ない静かな薬屋。
外の祭りの音が漏れ聞こえる中で、二人寂しく重思いに耽っていた。
そして、そんな事をしていたら、マリナさんと約束していた時間を少し過ぎているに気が付いた。
「・・・あ、そろそろ帰らなくちゃ」
本来ここでやりたかった化粧水を買うという目的も同時に思い出し、急いで棚にある一番高い化粧水の小瓶を一つ取ってカウンターへ向かう。
「あ、あの、これ一つください!」
小瓶を見たジェイクさんは、
「あー、お代はいらないよ」
と一言。
「え?でも・・・」
「アイツに幸せな最期を見せてくれただけで十分さ」
「・・・ありがとうございます」
丁寧に袋詰めしてくれた小瓶を受け取り、薬屋の出口のドアに手をかけた時、後ろから声がする。
「今外でやってる事を見りゃ分かるとは思うけど、俺みたいなのは圧倒的に少数派さ。こんな話、他の奴にゃしない方が良いぜ」
「・・・分かってます。さっきのは、二人のヒミツ、ですよね」
と振り返りながら、人差し指を唇に当てて、内緒のジェスチャーをしながら、薬屋を出た。
その瞬間、ジェイクさんは、ちょっと呆気にとられたような顔をしていた。
あ・・・もしかして・・・内緒のジェスチャー、こっちの世界には通用しない・・・?
----------------------------------
「この度は本当にお世話になりました」
「レイフィールさんもお陰で、村に平和が戻りました!」
「「ありがとうございます!」」
村を出る時、村人総出で見送りをしてくれている。
その中には、薬屋のジェイクさんの姿もあった。
えーっと・・・なんとか・・・ロイ・・・?
もう名前を思い出せない村長さんが、深々とお礼をしてくれている。
「これが聖堂教会のお仕事ですので」
「・・・」
あくまでも仕事だと、クールに決めるマリナさんと、
何も言うことが出来ず、ただ横に立っているだけの私。
本当はここらの村人なんて顔も見たくは無いのだけれど、そこまで子供でもいられないので、平静を装って立っている。
「では、私達はこれで」
マリナさんが深々と一礼するので、私もそれに合わせて礼をする。
暫くののち頭を起こしたマリナさんは、
「ユイちゃん、行くわよ」
と私にだけ聞こえる位小さく呟いて、くるりと村の外へと向かっていくので、
それに付いて行くように歩いて行った。
後ろからはまだ、村人の声が聞こえる。
そんな声が小さくなっていく頃、懐からこっそりと魔女結晶を取り出して様子を見てみた。
結晶は普通の宝石のように、冷たく静かに佇んでいる。
村の外に出したら何か起きないかな、とも思ったけれど、そんなに甘くはないみたい。
舗装された、とは言い難い踏み固められた程度の道を歩く。
来るときは足腰があまりよろしくない中、いつまで歩けばいいのかわからない限界状態だったけど、帰りは足も楽だし、大体歩く距離も分かってる。
決して短い道ではないけど、わかる分マシだ。
「なんというか、大変な事になっちゃったわね」
道を並んで歩きながら、マリナさんが話しかけてきた。
「・・・色々、予想外な事だらけでした」
ここに来るときは、まさかこんなことになるとは思わなかった。
普通に、マリナさんがお仕事を終えるのを待つか、精々魔女と一戦交える事になっちゃうとかそんな感じだと思ってた。
「ユイちゃん的には・・・どうだったかしら」
「色々・・・いい経験になったかな・・・って思います。これからの目標も出来ましたしね」
リズちゃんを復活させる、っていうね。
「ある意味では、この国の残酷な側面を見せつける形になっちゃったけど、この国で生きていくにはいつかは向き合わなければならない物だったと思うわ」
「個人的には・・・変えていきたいな、って、思っていますけどね」
「それは、全国民を敵に回しかねない事だし、間違いなく険しい道のりになると思うわよ?」
「・・・それでも、やっぱり何とかしたいんです!」
この世界のままでは、きっとリズちゃんを復活させた後でも、試練だらけだと思うし、出来れば復活させた時に、気兼ねなく暮らせる世界になっててほしい。
それに、ジェイクさんみたいに密かにこの世界の常識に違和感を感じている人も居る。
そういった人たちを奮い立てる事が出来ればもしかしたら・・・?
って思ったりもする。
「そのためにはきっと、私自身がもっと力を付けたり、有名にならないといけないのかな、って」
権力者になる、って程露骨な話ではないけれど、私が世界を変えるには、私自身が影響力を持たないといけない。
根も葉も知れぬ他人がいくら主張したって、きっと受け入れてはくれないから。
「だから、もっとお仕事とかして、頑張って行こうかな、って思います!」
小さな決意。
まだ、何にも出来ない私だけど、いつか世界を変える程の事を成し遂げてやる。
そう誓う私だった。
そして、それを聞いたマリナさんはと言うと。
「途方もなく大きな目標ね・・・でも、ユイちゃんは真っ直ぐだし、他の人と違う感性を持ってるし、魔法の才能もある。もしかしたら・・・成し遂げられる可能性もあるかもしれないわね」
と、好意的に受け止めてくれた。
本当に、お母さんみたいな人だと思う。
この世界に来て、保護してくれた人がマリナさんで本当に良かった。
って、思っていたら、
「ユイちゃん、お仕事頑張って箔を付けていきたいって言ってたわよね?」
「はい!」
「じゃあ、本当は一回アウフタクトに帰ってからやろうとしてたもう一つのお仕事、やっちゃう?」
「えっ、それって・・・」
「ここから、もう少し頑張って歩くことになるかしら?」
「・・・が、頑張ります!」
まさかのお仕事延長戦の提案。お茶目な顔をしているけれど、冗談じゃ無さそう・・・
勢いでやるって言ってしまったけれど、魔法はできても運動が滅茶苦茶苦手な私。
初めての外出は、まだまだ続くことになってしまった・・・みたい?
「因みに目的地は・・・」
「うーん、ここから徒歩で二日くらいかしら」
「二日!?」