第8話:魔女の真実・Ⅳ
あの日から1日、魔女狩りを終えた村では祭りが開かれていた。
中心の広場に数多の料理が、お酒が並び、村人総出であれやこれやの大騒ぎ。
魔女の驚異が去り、村に平穏が訪れた。
・・・と、表面上はそうなっている。
あの日、あそこで起きたユイちゃんと、ユイちゃんがリズちゃんと呼んでいた魔女、彼女とのやり取りは公開していない。
あくまでも、この村の近くに住んでいた魔女を打ち倒し、村を覆う魔女の影を排除した、という客観的な事実だけが伝わっている。
理由はもちろん、未だオルケス王国において魔女は悪であり、存在することそのものを認めない、という認識が一般的であるから。
仮にあそこで見聞きした事を伝えても信じてはくれないだろうし、何よりそれでは私たちが裏切り者扱いされても文句は言えない。
「レイフィールさん」
ふと、後ろから老いた男性の声がする。
振り向くと、村人の一人であるおじいさんが一人立っていた。
「なんでしょう?」
「この村の危機を救ってくださり、本当に、ありがとうございます」
「そんなに頭を下げないでくださいな。聖堂教会の信徒たるもの当然の行いです」
おじいさんは、私に何度も何度も頭を下げながら、礼拝でもするように感謝の言葉を紡いでくる。
それを私は当たり前の事だと、軽く手を触れながら宥めている。
もうこれで何度目だろうか。
広場を歩けば、道行く誰かに感謝をされる。
魔女狩りとは、それだけの行為なのだ。
「所で、お連れさんの姿が見えぬようですが・・・」
「あぁ、彼女は今、ショックを受けてしまっていてですね・・・宴には、参加できないと思います」
そう答えるとおじいさんは東の森の方を一瞥し、複雑な表情を浮かべる。
「おやおやそうでしたか、やはり魔女は恐ろしいものですな」
「ええ、ですから、むこう暫くは東の森には近寄らないようにしていてくださいね。まだ何があるか、わかりませんから」
「そんなそんな、わざわざ出向こうなどと思う人など、おりませんよ」
「一応、です。好奇心はコカトリスをも殺す、と言いますから」
「成る程・・・」
「では私は一度この辺りで。まだ、やることが在りますので」
そう言っておじいさんと別れ、やるべき事に手を付ける。
ずっと例の家に籠り続けているユイちゃんに食べ物を持っていくのだ。
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湖の畔の小さな家。
夜が明けても、昼になっても、その耳には小鳥のさえずりと、木の葉が風で揺れる音しか聞こえない。
あの、騒がしくも楽しいあっけらかんとした笑い声はもう、聞くことができない。
リズちゃんが消えてしまう直前、
「魔女の死は肉体の死であり、魂の死ではない」
と、意味深な事を言っていたけれど、遺された紫の宝石は、何も反応を示そうとしない。
そこで私は何をするでもなく、ただぼーっと家の中を眺めていた。
友達の死によって盛り上がっている村の方に戻る気には到底なれないし、ここで過ごしていた方が何倍もマシだ。
それにしても、家一軒、中も外も丸ごと幻覚で騙す、なんて事本当に出来るの?
リズちゃんの家は、あの瞬間を境に様変わりしていた。
具体的にいうと、とても古くなっていた。
床や壁の木材はくすみ、天井には蜘蛛が巣を張っているし、
テーブルや椅子の足は不揃いで、本棚の本は日焼けている。
なんでこんな事になっているのか、当然、長い月日が経ったとかではなく、
マリナさん曰く、魔女は生まれつき幻覚魔法が得意で、元々この状態の家を幻覚によって新品に見せかけていたのではないか、という事らしい。
本棚に手を掛けた時、うっかり手を怪我してしまったときがあった。
あの時は、新品同様の本棚でも木製製品である以上油断は出来ないと思っていたけれど、これだけささくれた木材を撫でれば怪我なんて普通にしちゃうだろうし、
更に言えば、この家の中では毒見の魔方陣は一切反応しなかった。
ただ触れただけで空気中の何かに反応するほど敏感になってしまっていたあの魔方陣が。
もしかしたら、あれも幻覚の影響だったのかもしれない。
そしてそれが事実であるならば、私がリズちゃんと出会い、駄弁り、遊んでいたあれこれの間、ずっと私には偽りの家を見せていたことになるし、
あの時座っていた椅子も、読んでいた本も、私に見えていたものとは別物だったと思うと、なんだか寂しくなる。
・・・本当にリズちゃんは、私の事を友達だと思っていたんだろうか?
疑うのは良くないと思いつつ、多少の疑念は拭えない。
軋むロッキングチェアに腰掛け、何も考えずゆらゆらと揺れていると、ふとある者が目に入る。
「・・・あっ」
それは、ひび割れた出窓にポツンといてある、ぬいぐるみ関連の物を入れた籠だった。
そう言えば、二人で作ってたなぁ、と、
たった二日前の事が遠い昔の事のように思い出されてくる。
「よっと」
誰も聞いてないので、わざとらしく声を上げながら立ち上がり、籠の目の前までやって来た。
・・・
ぬいぐるみは太陽の光を浴びて、明るく照らされている。
・・・あれ。
・・・このぬいぐるみは、ちゃんと見覚えがある。
他の家具のように、リズちゃんが生きていた頃とそれ以降で、外見に違いは全くない。
えーっと、つまり・・・
このぬいぐるみには、幻覚の魔法は使われていなかった・・・って事かな・・・?
今となってはその真意を確かめる術もないけど、それはつまり、私とリズちゃんの二人で行ったこのぬいぐるみ作りという作業だけは、まぎれもない本物だという証明・・・かもしれない。
なんかそう思うと、ボロボロと涙がこぼれて来る。
昨日、ここ1週間分くらいの涙は全部出したと思っていたのに!
ともあれ、リズちゃんは私をちゃんと友達だと思ってくれていることはわかった。
私をちゃんと再現した、嘘偽りのないぬいぐるみこそがその証拠。
・・・ってなると、作りかけになってしまっている私作のリズちゃんぬいぐるみが凄い気になって来てしまう。
・・・ちゃんと作ってあげよう。
それが少しでも、リズちゃんへの手向けになるのなら。
籠を漁れば、糸も、布も、綿も揃ってる。
もうリズちゃんの姿は無いけど、この目に、頭に刻み込まれてる。
涙を拭い針と糸を手に取った。
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布を束ね、糸で縫い、衣服を作り上げていく。
リズちゃんのぬいぐるみ用の、薄紫色のポンチョ。
初心者なので不格好なポンチョだけれど、それでも私が教わったテクニックの全てを込める。
静かな森の昼、黙々と作業を進めていると、
コンコン、とドアを叩く音がする。
「ユイちゃん、居るかしら?」
「はい。いますよ」
マリナさんの声だ。
今ここに来るのはマリナさん位しかいないので、安心して返事が出来る。
裁縫セットを置いて、立ち上がろうとする前に、向こう側が先に動いた。
「ちょっとお邪魔するわね」
吹き飛んだ壁の大穴からではなく、律儀にドアから入って来るマリナさんの手には、手ごろなサイズのバスケットが握られていた。
「お昼ごはん、持ってきたわよ」
「・・・ありがとうございます」
バスケットの中には、細長いパンの切り込みに、肉や野菜が挟まった料理。
・・・こういうバーガーを出すファーストフード、あった気がする。
「ちょっとここ、失礼するわね」
マリナさんは、テーブルにそれを並べながら、私の対面の椅子に腰かけた。
「何してたの?」
アウフタクトの教会でよく見る、母親のような優しさオーラを漂わせながら聞いてきた。
「・・・ぬいぐるみを作ってました・・・リズちゃんの」
事実をありのまま伝えた。
リズちゃんと私の間で起きた事は出来れば内緒にしておきたい気持ちもあった。
マリナさんはあれ以降この家に籠り続ける私に、食べ物や簡易寝具等を持ってきてくれてはいたけれど、私の事を思ってか、あまり話しかけては来なかった。
そのせいであんまり二人で話すという時間は無くて、マリナさんとの間にはどことなく気まずい雰囲気が流れていたのだけれど、
今回は珍しく私のぬいぐるみ作りを見て、話しかけてきた。
だから、
「・・・マリナさん、ちょっと聞きたいことがあるんですけど・・・」
あえてこちらから話題を出してみた。
「ん?何かしら?」
マリナさんはすっと笑顔を取り戻し、快く聞く体制に入ってくれた。
別に話したくなかった訳じゃ無いみたいで少し安心。
「あの・・・リズちゃんが死んじゃう直前、"魔女の死は魂の死じゃない"って言ってたんですけど・・・あれ、どういう事か、マリナさんは分かりますか・・・?」
人が死ぬ、と言う場面に殆ど遭遇したことが無いから、魂の死、肉体の死、そういう抽象的な事はいまいちよくわからない。
「あぁ・・・それね・・・」
マリナさんは、言いにくい事を言わされているような困り顔を見せながら、
それでも、言葉を選びつつ話す。
「正直詳しい事は分かってはいないのだけれど、魔女は魔女結晶を通じて復活する能力を持つ、と言われているわ」
「ふ、復活っ!?」
思わずガタンと立ち上がる。
その拍子に、リズちゃんが消えてしまった後に残されていた紫色の宝石が、懐から転がり出てきてしまった。
宝石はコロンとテーブルを転がって、太陽の光を反射する。
確かに光になって消えてしまった後に残っていたという事は、何かしらあるんだろうとは思うのだけれど・・・
「そうそれ。それが魔女結晶ね」
「魔女・・・結晶・・・」
マリナさんはアッサリと答えてきた。
見慣れてるのかな・・・?
「魔女を倒すと、必ずこれを遺していくの。魔女の心臓に当たるもの、と言われているわ」
「そ、そうなんですか・・・じゃあ、これがあればリズちゃんは復活するんですよね!?」
思わず語気が上がる。
そりゃあそうだ。リズちゃんの生き死にに関わるんだもの。
しかし、
「それは・・・ちょっと分からないわね・・・」
「えっ・・・」
気まずそうな雰囲気で目を逸らすマリナさんに、
こちらもそう上手くはいかないのかも、という空気を感じてしまって、
上げた腰をそのままストンと椅子に降ろしてしまう。
スカートを整えるのを忘れて、座面でぐしゃりとつぶれているのを感じる。
「その魔女結晶を通して魔女は復活する。そういう言い伝えはあるのだけれど、少なくとも私が聖堂教会に所属している間、実際に復活したところを見た物は誰も居ないのよ」
「そんな・・・」
「だから、そもそもその言い伝え自体が真っ赤な嘘なのか、あるいは途方もない時間がかかるのか、どちらにせよ今の段階ではどうにも言えないわね・・・」
「・・・」
そうか・・・そうなんだ・・・
残念・・・
・・・なんて到底諦められない。
いつか必ず、復活させて見せる!
そんな決意に燃える私とは裏腹に、落ち着いた調子のマリナさんは魔女結晶と私を交互に見ながら、更に続けてきた。
「本当は教会の処理としては、破壊処分、もしくは高位の信徒の元で管理される、っていうルールだけど、それはユイちゃんが持ってなさい」
「えっ・・・いいんですか!?」
そりゃ・・・これはリズちゃんの形見みたいなものだし、私としては肌身離さずずっと持ってたいものだけど・・・
「そんな事して、怒られたりとか・・・」
「大丈夫よ!私がその高位の信徒、ってやつだから、便宜上は私が管理する事にすればいいわ」
「な、なるほど・・・」
何かある度、マリナさんが凄い人であるという事実が明らかにされて行く。
「あ、でもね、」
なんてことを思っていたら、急に真剣な顔に戻って、少し前のめりになるほど私を見つめてきた。
「あまりこういう事を言うべきでは無いとは思っているのだけれど、この国の人はほぼ全て、魔女に対して良い感情は持ってはいないわ」
「・・・」
「・・・だから、もし他の人に魔女の事を聞かれても、ここであったことは絶対に言わないように。裏切り者扱いされる可能性は、十分にあるから」
「・・・」
「勿論、その魔女結晶も、人前では出さないようにね」
どうして、
どうしてこの世界はそんなにも、魔女のイメージが悪いのだろう。
確かに、以前大きな事件はあったのかもしれないけど、リズちゃんのように友好的な魔女だっていたかもしれない。
なのにどうして・・・!
「どうしてこの世界の人は、そんなに魔女を嫌ってるんですか・・・」
「それはね、過去に・・・」
「例えそうだとしても、あまりにも嫌悪が過ぎないですか・・・!リズちゃんみたいに、悪くない魔女だっていっぱいいたかもしれないのに!」
思わず机を叩きそうになる衝動を、スカートを握りしめる事で耐える。
「もう・・・魔女ってだけで、中身が何であれ悪いやつ、そんな勢いじゃないですか・・・!」
「それは・・・」
マリナさんは口を紡んでしまった。
「もっとこう・・・和解とか・・・できたりはしないんですか・・・?」
テーブルの真ん中に置いてある、物言わぬ魔女結晶に目を落とす。
こうならなかった未来も、あったかもしれないのに・・・
「もしかしたら、そう言う未来もあったのかもしれないわね」
マリナさんは遠い目をしている。
「私が狩ってきた魔女の中には、友好的な者も、居たのかもしれないわ」
「だったら・・・!」
「でも、もうどうしようもない程、人間と魔女の間には深い亀裂があるのよ・・・」
その顔からは、諦めや後悔、いろんな感情が浮かんでいるようにも見える。
「この国に住む人の中で、実際に身近な人が魔女の被害に遭った、と言う人は実はそんなに多くは無いの。けれど、噂が噂を呼んで、そこに実際に起きた被害が合わさって、そうして憎悪が膨れ上がっていった。そういう歴史があるのよ」
「で、でも・・・私みたいに、魔女と仲良くしてた人だって・・・きっといるはずなのに・・・」
「当然、居ないって事は無いでしょうね。・・・でも、いつの世も、悪評の方が早く、深く広まってしまうの」
世知辛い世の中、で締めくくるにはあまりにも辛い現実だった。
「そうして今では、魔女の肩を持つことすら裏切り者扱いする人が増えて、敵対の風潮はより確固たるものになってしまっているわ」
「・・・マリナさん的には・・・どうなんですか・・・?今の世界は・・・」
興味本位半分で、マリナさんにそんなことを聞いてみた。
魔女は悪だ、排除すべき存在だ、そんな世界なんだって事はわかったけど、マリナさんはどうなんだろう?
その質問に、マリナさんは少しの間を開けてから答えた。
「そうね・・・やっぱり聖職者として活動してる私に言わせてもらえれば、国の在り方としては少し歪んではいるのだけれど、正直仕方のない事だと思うわ」
「そう・・・でしょうか・・・?」
「町の外はバグという驚異が付きまとうこの世、人々は平穏と安心を求め、それを与えるのが私の仕事なの」
と、ある意味では100点の答えが返って来た。
マリナさんの言いたいことも分かる。
町の外、えーっと・・・何とか石っていう青い奴の力の及ばない場所は常にバグの脅威が付きまとう、危険と隣り合わせの世の中。
私たちの世界と違って、中々安心が得られない世の中なのかもしれない。
・・・だったら、私達人間は、自分たちの事で手一杯なのだろう。
「・・・中々、難しい話ですね・・・」
「えぇ、本当に、何十年と積み重ねられた歴史は、そう簡単には変えられないの」
軽く溜息を吐きながらアンニュイな表情を見せるマリナさんと、未完成のぬいぐるみ、そして静かに佇む魔女結晶を見つめながら、
一つの結論に至る。
あぁ、そう言う事なんだね。
リズちゃんはマリナさんやここの村人に殺されてしまった訳では無くて、
この国、この世界そのものに殺されてしまったんだと。
そんな事があっていい筈がない。
けれど、それは私であってもどうする事も出来ない。
相互不理解による、民族、種族同士の戦争。
歴史の教科書でしか見たことのない悲劇が目の前にある現実に、無力を感じるばかり。
「さて、まだやる事もあるし、そろそろ私は行くわね」
考え込んでいたら、マリナさんがそう言いながら立ち上がる。
すこしお話しすぎちゃったかな・・・?
「なんか、無駄に引き留めちゃってすいません」
「いいのよ、大切なお話も出来たし」
「それは・・・」
「じゃあ、夕方にまたね」
そう言いながら、マリナさんは荷物を纏めて、村の方へと帰って行った。
ひとり残された私は、無力感に打ちひしがれそうになる。
私には600倍の魔力がある。
けど、それだけじゃあ世界は変えられないのだと。
それでも今の私にやれることはある。
このぬいぐるみを完成させて、リズちゃんの追悼を完了させること。
蘇る希望が失われていない訳じゃ無いけど、これをサボる理由にはならないよね。
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ユイちゃんを後にして村に戻る。
実際、やる事はまだ残っているから。
一つは、ユイちゃんが言っていた、植物に擬態するバグ、の情報をまとめる事。
実際の所、魔女狩りのお仕事は完了という事には出来たのだけれど、それとはまた別に脅威になりうる情報は見過ごせない。
この一件だけじゃ証拠にはなり得ないかもしれないけれど、ギルドや教会全体で、他にも見たという人がいるのならば、貴重な証言の一つになれる。
そしてもう一つは、あの家、そしてその周辺を立ち入り禁止区域にする事。
きっとユイちゃんはあの家を守りたいと思っているでしょうね。
けれど当然村人はそれを許さない。
村人の目に留まれば、満場一致で取り壊される筈。
ユイちゃんの為を思えば、それは避けさせたい。
・・・さて、ユイちゃんの件はどうしようかしら。
あの子は、間違いなく心に大きな傷を負っている。
当然よね。
友達だと思っていた子が、目の前で殺されてしまっては。
孤児院にくる子の中には似たような経験のある子もいるけれど、その対象が魔女であるケースは始めてね。
聖堂教会の信徒としてはやっぱり、魔女は依然敵のままであるし、
けれど、ユイちゃんの保護者としては、魔女との和解の道を作ってあげたい。
あぁ、神よ、我らに指し示されし道は、いずこにあると言うのでしょうか?
魔女が悪しき存在であるという教えは、私達人間のエゴだと言うのでしょうか?
"万人よ、幸福であれ"という道は、何を以て成されると言うのでしょうか?