第8話:魔女の真実・Ⅲ
「そこに居るのが"魔女"よ!」
その言葉をすぐには信じられなかった。
だって、ここに居るのは私を保護してくれた教会のシスター、マリナさんと、
この村でで出会った私の友達、リズちゃんだけなんだから。
もしかして、本当に・・・?
「もしかしたら、その子がユイちゃんのいう友達、だったのかもしれないけど、惑わされちゃダメよ」
マリナさんは真剣な声で、警告するように私に伝えてくる。
どう考えても、冗談とかその類じゃない事は明らかだ。
「っぐ・・・ゆ、ユイ、ちゃ・・・」
リズちゃんの方はと言うと、ボロボロの衣服に傷だらけの肌。息も絶え絶えと言った感じで、苦し気にこちらを向き、私の名前を呟いた。
昨日までの、明るく元気な姿は何処にもない。
いったい、一体どうすればいいの!?
マリナさんの方を見た時、マリナさんは手にもつ十字架を地面に突き立て、そこから蛍の群れのように、無数の光が漏れ出してくる。
あれは知っている。あの光が剣の形を取って、バグを貫いた光景を見た事がある。
そして、問答無用とでもいう様に冷静に告げてきた。
「これから魔女を討伐するわ」
「・・・待ってください!!」
思わず、反射的にマリナさんとリズちゃんの間に割り込んだ。
同時に両手を広げ、リズちゃんをかばう体勢をとる。
「・・・ユイちゃん・・・」
優しく、けれど重みのあるマリナさんの声。
そんな声と同時に、周囲を飛び交う光が一か所に集まっていくのが見える。
マリナさんは本気だ。
しかし、私もその重みに負けじと言い返す。
「彼女は・・・リズちゃんは魔女なんかじゃありません!きっと!」
何とかマリナさんを説得する為、必死に言葉を紡ぐ。
「・・・リズちゃんは、優しいし、私に裁縫を教えてくれたし・・・魔法だって教えてくれたんですよ!・・・一緒にケーキも作ったし・・・」
出会いから、今に至るまで、聞いていた魔女の特徴と合致するものは何もない。
「魔女は、人間を取って喰うんですよね・・・?」
「えぇ、そうよ」
「でも、リズちゃんは・・・私と二人きりの状況はずっとあったのに、そんな素振りは、見せませんでしたよ」
説得に対して、マリナさんは・・・
「仮にそうだったとしてもね・・・その子からは、魔女特有の魔力や特徴が確実に確認されているのよ」
「・・・」
「姿は人間と瓜二つ。けれど魔女の体にはね、人間と同じ血は通っていないの」
「っ!!」
そう言われて、思わず振り返ってしまった。
見るのも辛いほどボロボロのリズちゃんの体にはいくつもの傷跡がある。
傷跡どころではない。決して直視は出来ないけれど、まるで肉を抉り取られたかのような個所もある。
・・・けれど、
けれど、その傷跡からは、一切の出血が無い。
赤く痛々しく、生々しい傷跡はいくつもあるのに、
まるでそれは特殊メイクだというかのように、液体としての血が見当たらない。
「・・・そんな・・・」
崩れ落ちかける脚を必死に押しとどめながら、ずっと立ち続けているけれど、まともな思考も、顔もしていないかもしれない。
まさか本当にリズちゃんが・・・?
「・・・うぅ」
「リズちゃん!!」
そんな時、リズちゃんが呻くような声を上げた。
「・・・ごめんね」
「な、何が!?」
「・・・あのシスターの言う通り、私は・・・魔女のひとり・・・だよ・・・」
「!!」
消え入るような声。
だけど、頭の芯に届くような内容。
本当に・・・
「本当に・・・魔女・・・なの・・・?」
私の問いかけに、リズちゃんは、こくり、と小さく頷いた。
そうなんだ・・・
そうだったんだ・・・
ハッキリ言うと、認めたくなかった事実だった。
そうでないとあって欲しかった。
でも、本人からそう言われてしまった以上、もうどうしようもない。
「わかったかしら?」
マリナさんの声がするので、力なく、マリナさんの方に向き直った。
マリナさんは今までに見たことのない表情をしている。
冷酷な仕事人の目。
絶対に今ここでリズちゃんを殺そうとしている目だった。
「でしょう?あの子は、魔女なのよ」
「・・・」
「ユイちゃんに優しくしていたのも、場合によってはただの演技だって可能性だってあるのよ?」
「そんな・・・」
「そんなことありません!!」
出来る限りの大声で反論した。
そして思わず、スカートのポケットに仕舞ってある、拳銃型の魔導具を手に、マリナさんの方に向けてしまった。
例え、例えリズちゃんが魔女だったとしても、それだけは否定したかった。
「今までのが演技だったなんて・・・絶対にありえません!!一緒に居たから、分かります!」
人を拐うとか、傷付けるとか、絶対にそんな子じゃない。
私が怪我した時は治療だってしてくれた。
「魔女は人里に溶け込み、一見有効的に振る舞う。魔女はそういう物なのよ」
「でも!」
「そして、実際にこの村では、人が不可解な失踪をしているし、怪我をした人だっている。それは紛れもない事実なのよ」
気が付けば、光の粒子は大きな剣の形を取っていた。
いざとなれば、今すぐにでも私もろともリズちゃんを貫くことが出来るだろう。
流石にそんな事はしない・・・と思いたいけれど、今のマリナさんを見ていると、無くも言い切れない。
事実、私もマリナさんに銃を向けてしまっているし、一触即発の雰囲気が加速していく。
「ユイちゃん・・・そこを退いて頂戴。お願いだから」
「・・・嫌です」
「当然、ユイちゃんを犠牲にしたくは無いわ。でもね、」
剣の輝きが一回り大きくなる。
引け腰になりつつも、足だけは動かさない。死の恐怖を感じながら意志の力だけで踏みとどまっている。
「魔女は滅されなければならない。それは聖堂教会の掟であり、そしてオルケス王国民の共通認識よ」
「どうして・・・そうしてそんな事になっちゃってるんですか・・・!」
魔女は人を誑かし、誘い、そして喰らう。
魔女の事を、人類の天敵かのように語るマリナさん。その目にも、言葉にも、一切の躊躇が無い。
しかし、私の問いにマリナさんは少し表情を和らげて話し出した。
「それはね、ユイちゃん、かつてオルケス王国で魔女によって一つの町が滅ぼされるという事件があったからよ」
「・・・」
「話によれば、じわじわと町の衛兵が魔女の手で洗脳されて行き、ひっそりと守る力を失わせた後、ある日突然町の中から侵攻が始まり、ほぼすべての町人が消えた、って話」
「そんな・・・」
「そんな事件が歴史上何度もあったから、王国での魔女の認識は、バグと並び立つ巨悪となったわ」
「・・・」
そんな悲惨な事件があったんだ・・・
確かに、そんな事があると、魔女に対する認識は、そうなっても仕方ないのかもしれない。
「だから、聖堂教会に所属するものとしては、魔女は消し去るべし、という認識なのよ」
・・・でも、
「例え、それが一時的にユイちゃんと友好的だったとしてもね」
・・・そうだったとしても、
「マリナさん」
「・・・何かしら」
「じゃあもし、リズちゃんが友好的な魔女だったら、どうします?」
「言ったでしょう?すでに被害が出てるって」
「・・・もしその被害が、魔女のせいじゃなかったら・・・どうしますか?」
マリナさんは隙の無い構えを崩さない。
逆に私は、構えていた銃を降ろし、真っ直ぐマリナさんの顔を見ながら話す。
「・・・私と、リズちゃんは見たんです。あの森に、植物に擬態するバグが居たのを」
「それは・・・どういう事かしら?」
さっきまでの冷たい、仕事人としての顔と、私を諭すような優しい顔を、そのどちらでもない疑問と驚きを抱える顔に、マリナさんの表情が変わる。
「北の森に、植物と同じ見た目、色をしたバグが居たんです!きっと、何もない所から襲われたっていう人は、それに襲われたんじゃないかなって・・・」
「ふむ・・・」
マリナさんは、手を口に当てながら、深く何かを考えている。
「ユイちゃんを疑いたくはないけれど、いまいち信じきれないわね・・・今の今まで、黒いもやを纏う者、以外のバグなんて、見たことも聞いたことも無いわ」
「で、でも!確かに見たんです!ね!!」
同じく、例のバグを見たはずのリズちゃんにも声をかけるが、
リズちゃんの様子は悪化していっているのか小さな頷きだけが帰って来た。
「・・・もしそれが本当なら、王都に報告に行かなければならないわ。それこそ、世界を揺るがすほどの大発見だもの」
「・・・」
間違いなく事実であるという確認の意をもって、まじまじとマリナさんをガン見する。
「逆に、嘘であれば世界を引っ掻き回した大罪人になる可能性すらあるわ」
「っ!」
その言葉に、若干怖気づきそうになる物の、自分の目で見た事を否定したくはない。
「それでも、私は見たんです・・・証拠に・・・なる物はないですけど・・・」
「・・・どうした物かしらね・・・」
スマホの充電が残ってさえいれば、カメラで撮影とかしたんだけど、生憎記録に残せるようなものは持っていなかった。
それでも、真剣な表情でマリナさんの目を見つめてアピールしていると、マリナさんも目を見返して来て、
真面目さと威圧感を併せ持ったようなトーンで話し出した。
「・・・今ここで魔女の見逃せば、私たちは間違いなく協会の手の物によって殺されるわ」
「ど、どうして・・・」
「魔女を庇う行為になるからよ。妙なバグが出たと言い訳をして、魔女を逃がした。世間の評価は間違いなくそうなる。私は勿論、この場に居たユイちゃんも無事じゃ済まないのは確実でしょう」
それは私を脅す為?
多分違う。本当に、そういう事がおきるんだと思う。
「バグの存在が事実でも、虚偽でも、魔女を取り逃せば結果はそうなるでしょうね」
「・・・そんな」
リズちゃんが死ぬか、私とマリナさんが死ぬか、そんな絶望的な二者択一を叩きつけられて、
膝から崩れ落ちそうになるほどの全身の震えを、必死に押しとどめて踏ん張っていると、
マリナさんが膝立ちになって、私の目線に合わせてきた。
「・・・それを踏まえたうえで、私はユイちゃんを尊重しようと思うわ」
「・・・え?」
「もし、結果的に国中から、追われる身になったとしても、私はユイちゃんを守るわ」
「え、えっと・・・つまり・・・?」
いまいち理解しきれていない私に、もう少し分かりやすくマリナさんが答えてくれる。
「今回の事件の原因はバグでありこの子は無実だ、っていうユイちゃんの主張、信じてあげる」
「ほ、本当ですか・・・!」
「勿論、ただ、当然その後は、刺客に追われる生活になる。ユイちゃんがそれでも構わないならね」
「・・・構いません。それで、リズちゃんが助かるのなら」
こんなにも優しいリズちゃんを、ただ敵としかみなせない奴なんて、どうかしてる。
追われているのなら、迎え撃ってやる。
リズちゃんが言っていた、この魔力の暴走体質を生かした活躍。
・・・多分この力は友達を守るためにあるんだと思う。
友達を守って、その結果負う事になった使命を跳ね除ける為に、この力を使う。
その答えを聞いて、いつもの優しい雰囲気に戻ったマリナさんが、床に突き立てた十字架を摩ると、
鋭く輝く光の剣が、元の光の粒に分解され、何処かに散っていく。
リズちゃんへの敵意は無くなったみたい。
「り、リズちゃんはどうなるんですか!?」
「殺すのは、止めにするわ」
これで、リズちゃんは殺されないで済むんだね!!
「じゃ、じゃあ、リズちゃんの手当を・・・!」
もう座っている気力も無いのか、横向きに倒れ込んでしまっているリズちゃんに駆け寄り、すぐ横に座った。
その表情は、辛そうを通り越して、無に近い表情になりつつあった。
・・・けど、それ以上に、
「・・・う・・・」
リズちゃんの容体は、もう、どうなっているのか理解できない状態になっていた。
傷口だけじゃない。
全身から淡い紫色の光がぽつぽつと漏れ出して生きている。
・・・これは一体?
どうしていいか分からないでいると、
「・・・私から説明するわ」
リズちゃんの代わりにマリナさんが説明してくれた。
「魔女の体は、私たちのように肉体では構成されていないの。魔女の正式な区分は"魔法生物"。ほぼ魔力だけで構成されている存在よ」
「・・・って事は・・・」
「今の彼女にはもう、その身体を維持する力すら残されていない、って事」
「な、治せないんですか!?」
話を聞いて、現実を突きつけられていくたびに、意識もせずに涙があふれてくる。
他者の死。今まで感じた事のない出来事が、圧倒的な重みでのしかかってくる。
マリナさんに縋りつこうとした立ち上がろうとしたとき、スカートの裾が後ろに引っ張られた。
勿論、その主はリズちゃんだった。
「リズちゃん!?」
リズちゃんは身体の色々な部分がもう消えかけているのが分かる。
脚はもう足首より先は消えてしまっているし、抉られたような傷跡は2倍くらい広がっている。
髪の毛も心なしか短くなった気がする。
ただ、私も私で涙で視界が歪んでいるので、正しく把握は出来てないかもしれない。
幸い、顔や手はまだ無事なので、私の姿や声は認識出来てるみたいだし、
震える手をしっかり握る事も出来る。
「・・・ねぇ・・・」
霞んだ目をしているリズちゃんは、私の目をしっかりと見据えながら、消え入るような声で話し出す。
「・・・私が生きてると、ユイちゃんは危険な目に、合うんだよね・・・?」
「え・・・そ、そういうんじゃなくて・・・!」
「私も魔女だから、聖堂教会がどう動くかは・・・知ってるよ?」
「っ!!、で、でも!その追ってって奴は・・・私が全部倒すから!!」
「あははは・・・もしかしたら、リズちゃんは出来るかもね・・・」
弱り切った顔から、最後の力を振り絞っているかのように、小さな笑みを浮かべるリズちゃん。
冗談を言えるような体力はもう無いはずなのに、いつものリズちゃんのような軽い口調で付き合ってくれている。
「・・・でも、どっちにしろ、時間が無いなぁーって、感じるんだ・・・」
「そ、そんな・・・」
「私・・・ユイちゃんには、もっと平和に暮らして欲しいなー・・・って、思うよ」
「でも・・・それって・・・!」
「そうだね・・・でも、私は、最期にユイちゃんと会えて、満足・・・かな・・・」
息も絶え絶えなリズちゃんの声と、泣き崩れてグチャグチャになってる私の声。
意思疎通で来てるかも怪しい二人のやり取りに割り込んでくる人は居ない。
「だからさ・・・最期にもう一度、あれやろうよ」
「・・・あれ・・・?」
「あの・・・友情の証、って・・・ヤツ」
「えっと・・・ピースサイン・・・?」
「それ・・・かな・・・?・・・うん、そうだね・・・」
とうとう、頭からも光が漏れ出始めた。
本当に、もう、残された時間は殆どないのかもしれない。
「・・・・・・わかった」
歯噛みしながら握っていた手を放す。
離れたリズちゃんの手は、細かく震えながら、少しずつピースの形を作っていく。
正真正銘、最期の力を振り絞っているのかもしれない。
溢れる涙を袖を拭い、同じように両手でピースサインを作った。
・・・ピースサインは、こんな状況で使うために教えた訳じゃ無いんだけど、
私とリズちゃんの友情の、そして別れのサインとしてはこの上なくピッタリで・・・
「えへへへへ・・・もっとさ・・・最期は笑顔で別れようよ」
「う、うぅぅぅ・・・わ"かった・・・」
こんな状況で笑顔を作れる程私の精神は強くない。
それでも出来る限りの笑顔を作った。
「・・・うん、うん・・・いい感じ・・・」
「ぅぐ・・・ひっく・・・」
「じゃあ・・・行くよ・・・」
「うん」
「・・・せーのっ」
「「ピーース!」」
それは、絶対に忘れることの無いほど強く記憶に刻み込まれたピースだったかもしれない。
最初に彼女に出会った時と同じ眩しい程の笑顔と、震える手で作った若干曲がったピースサイン。
別れは、とびきりの笑顔で交わした。
「・・・あぁ・・・嬉しい・・・な・・・」
「リズちゃん!!リズちゃん!?」
二人でピースを交わした途端、急に光の量が一気に増える。
もしかしたら、今まで我慢していたのかもしれない。
穴の空いた風船のような勢いで光があふれ出ていくリズちゃんの姿は、どんどん欠けて行き、透けていき、覗き込んだ顔から、床が見えてしまっている。
「う・・・あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
薄れゆくリズちゃんに覆いかぶさるように抱きしめる。
恥も外聞もなく力いっぱい抱きしめているが、体温はあまり感じられなくなってしまっている。
「・・・本当の最期に・・・ちょっと魔女らしい事言っちゃおうかな・・・」
「・・・うん・・・」
「魔女の死はね・・・肉体の死であって・・・精神まで死んじゃう訳じゃ・・・無いんだよねぇ」
「・・・え?」
「信じるかどうかは、ユイちゃん次第・・・かなぁ・・・」
「ちょ、ちょっと待・・・」
生きる前にフッと全身の触れている感覚が消え、どさりと床に倒れ込んだ。
え・・・?
慌てて身を起こしても、そこにリズちゃんの姿はなく、紫色の淡い光が舞っていた。
身体が、完全に光になって消えてしまったんだろうか・・・
いや違う。リズちゃんの居たはずの場所に、濃い紫色の宝石が一つ、ただ残されていた。