第1話:二つの世界とわたしのはなし・Ⅱ
「あら、どちら様?」
静まり返った教会で、いきなり声をかけられて、
「ひっ、ひゃい!」
つい変な声を上げた。
そのままだとなんか恥ずかしかったから、立て続けにいろいろ喋ってごまかす。
「あ、あの、門番さんに、ここでマリナさんに話を聞いてもらえって言われて来たんですけど・・・その・・・」
「私がそのマリナ・レイフィールよ」
目の前まで近寄ってきていたシスターは、あっさりとそう告げる。
日本人・・・じゃないね。
綺麗な金髪だし・・・澄んだ青い目をしている。
「私に話が振られるってことは、いろんな事情がありそうね?」
「事情って言われると・・・そうかもしれません」
「そう・・・じゃあ、奥でゆっくり聞きましょうか。大丈夫。私はあなたみたいな人を何人も見てきたわ。付いてきてくれる?」
そうマリナさんは言ってゆっくりと教会の奥の扉へと向かっていくので、私もそれに続く。
マリナさんは、この教会のシスターだとは思うのだけれど、私が知っている修道服とは違い、胸元が開けていて、言っちゃ悪いのかも知れないけど、ちょっとコスプレチックだった。
本当に付いて行って大丈夫なのかと少し不安にはなるけれど、それ以外の選択肢も無いので、私はただマリナさんに付いて行くしかなかった。
教会の奥は普通の民家のようになっていた。
民家と行っても、キャンプ場のコテージやロッジのような、一昔前の木造邸宅のような感じだけど。
木目が見える暖かい雰囲気だ。
そんな作りの建物の、応接間のようなところに私は案内された。
靴を脱ぐスペースは無く、そのまま土足で上がる欧州スタイルだった。
そこにある対面のソファの片方の真ん中に、私は座る。
「さ、ゆっくり落ち着いてちょうだい。これから話すことは、大切な話だから」
そう言いながらマリナさんは紅茶を淹れて持ってきてくれた。
マリナさんは私の目の前にその紅茶を置くと、私の真反対側に座った。
「あ、ありがとうございます」
それを貰って、一口飲んでみる。熱くて飲めないような温度ではない、ちょうどいい温度だった。
私自身普段あんまり紅茶は飲まないので、これが美味しいのかどうかはわからないけど、昔何処かで飲んだ気がする味だった。
「さてと、これからいくつか質問させてもらうけど、大丈夫よね?」
「はい」
「後でちゃんとあなたの質問も聞いてあげるから安心してね」
そう言いながらマリナさんは私達の真ん中に鎮座しているローテーブルの脇に置いてあった紙とペンを取り、
メモを取るような体制をとる。
「さて、まず、最初の質問だけど、あなたの名前を教えてくれる?」
「六依、由依です」
「なるほどね。あなたの出身は?」
「神奈川県です」
「カナガワケン・・・それって、町の名前?国の名前?」
「えーっと・・・町の名前です」
「町ね。じゃあその町のある国の名前はわかる?」
「日本って国です」
話してわかる、この何言ってるんだろう私感。
だけど、そんな答えでもマリナさんは興味深そうにすらすらと紙に何かを書き連ねていく。
そもそもの話、皆一様に、日本という国そのものを知らないような口ぶりだ。
・・・まだ二人しか話してないけど。
「ニホン・・・ニホンねえ・・・それって、どこら辺にあるかとかは覚えているかしら?」
「場所・・・えっと、アジアの東側・・・太平洋の西にあります」
「ほうほう、そこであなたは何をしていたの?」
「何を・・・?うーん・・・学生・・・って答えで大丈夫ですか?」
「ええ。大丈夫よ。あ、でももう少し詳しく説明とかは出来る?」
「はい・・・えっと、私は高校の二年生で、生徒会に入ってました」
聞かれた事を淡々と答えていく。
・・・こんな答えでいいんだろうか。日本の場所なんて、東経北緯とか一切覚えて無いので、
ざっくりとした答え方しかできない。
そんな小学生でもできそうな返答を聞いたマリナさんは、うんうんと首を縦に頷きながら、
「なるほど・・・今までとは全然違うタイプねぇ」
等と言う。
「今まで・・・?」
「ええ。ここでは何人か身元不明な子供たちの面倒をみてるの。最初に会った時は、今あなたにしたような質問を毎回してるんだけど、皆、昔の事は全然覚えてないって言うのよ。あなたみたいな、内容はともかく、過去をしっかり覚えてるのは初めてのパターンね」
「そうなんですか・・・」
内容はともかくって言われちゃった・・・
仕方ないよ、日本の場所も、日本に住んでるとあんまり気にしないから・・・わかるのは精々近隣諸国との位置関係くらいだ。
「うん。だから、もう少し、あなたが知っているその町の事について詳しく教えてくれる?」
「わかりました」
私は、私が覚えている町について、ありとあらゆる事を話した。
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「町での主な移動手段は・・・徒歩か、車ですね・・・」
「車・・・ねぇ。それって、何で動いてるの?」
「えーっと・・・ガソリン、ですね」
「ガソリンって?」
「え?・・・うーん・・・オイルって言えばわかりますか?」
「オイル・・・ああ、油の事ね?」
「まあ、そんな感じです」
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「へぇー、背の高い建物の事をビルって呼ぶのね」
「はい」
「それって、どのくらいの高さなの?」
「高いものだと、200メートルくらいはありますね」
「200メートル!ものすごく高いじゃない。そんなの石で作ったら壊れちゃうわね」
「そういう高層ビルは、鉄筋コンクリートで出来てます」
「鉄筋・・・コンクリート・・・・ふぅん。なるほど・・・コンクリートって、何の事なのかしら」
「詳しくは知らないですけど、セメントがどーたらこーたらって・・・」
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「じゃあ次は、世界で一番高い山と、広い海の名前を教えて?」
「えっと・・・高い山は、エベレストで・・・広い海は、太平洋です」
「へぇ。その二つって、別の呼び方とかって・・・ある?」
「別の呼び方ですか!?・・・山は・・・たしかチョモランマって言い方もしたと思います。海は・・・すいません。わかりません・・・」
「・・・わかったわ」
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「ありがとう、だいたい分かったわ。最後に、あなたがここに来るまでの経緯を教えて?」
本当にいろいろな事を聞かれた。
小学生でもわかる常識的な所から、専門家しか知らないような装置の原理まで、
根掘り葉掘り・・・いや、重箱の隅を突くような聞かれ方をした。
「はい。・・・私、気が付いたらそこの平原に立ってたんです。でも、最初は夢を見てると思ってたんです。だけど、風とか、太陽とか、味とか、いろんな感覚があって、あれ、これ夢じゃないの・・・?ってなって、それで、近くにこの町が見えて、それで、ここに来ました」
よく考えれば、何言ってるんだろう、と、自分でも思う。
でも、こうとしか言いようがないのだ。
本当は喋る花にも出会ったんだけど、それは突拍子もなさ過ぎて流石に言えなかった。
「なるほど・・・いろいろ教えてくれてありがとう」
そうマリナさんは言うと、一人腕を組んで、私に話しかけてきているのか、独り言なのかわからない声量で呟き始めた。
「うーん・・・私が知ってるどの町とも違う・・・というよりも、文明レベルで話が食い違ってるわね・・・妄想や偽記憶にしても内容が具体的過ぎるし・・・まるで・・・・・・あっ」
マリナさんはいきなりハッとしたような顔をすると、手に持っていた紙を置いて、私に向き直る。
「あなたに何が起きてるのか、確証はないけど、予測ならできるけど、聞きたい?」
「はい。どんな情報でもいいから教えてください」
今新しく知れることなら何でも良かった。どんな些細な情報でも欲しい。
「あなたの言っていることは、妄想にしては具体的過ぎるの」
「妄想じゃないです」
実際に、私が暮らして来た、その・・・約二年間の話です。
「ちょっと落ち着いてちょうだい?妄想や想像で補える範囲って、案外狭くて、ちょっとひねた所を突かれると、すぐボロが出ちゃうのよ。だから、ユイちゃんにはちょっとイジワルして、ユイちゃんが言った所の揚げ足取りをするような質問をしてみたんだけど、あなたは全部しっかり答えてくれた」
「・・・実際、見て、聞いてきたことですから・・・」
「そう。私の仮説も同じ。あなたが言ったことは、多分実際に存在しているものだと思うわ・・・でも・・・私は、その話の中身を一切知らなかった。聞いたことも無かったわ」
「・・・えっ?」
そんな・・・車も、ビルも・・・電気もガスも知らないなんて・・・
「あなたが主張する、世界の常識と、私が知りうる世界の常識は、全く相いれなかった。それはつまり・・・」
「あなたは、"他の世界からやってきた"って・・・そう考えるのが私の仮説」
「他の・・・世界・・・?」
「あなた視点で言えば、今あなたはもともと住んでいた世界とは別の世界にいる。って事になるわね」
違う世界に行くなんて・・・あり得るの・・・?
そんなの、物語の世界の話じゃないの・・・?
「そんな事・・・あり得るんですか?」
「絶対に無い、とは言い切れないわね。実際、空間転移魔法による別空間への物質保存は研究中だし」
「え?なんですか?」
なんかいきなり難しい事言われた気がする。
「空間転移魔法による別空間への物質保存の事?そうねぇ、魔法で空間に穴をあけて、こことは違う場所に倉庫を作る感じかしら?」
「魔法?」
「ええ、魔法よ。もしかして、魔法知らない?」
「ええっと・・・知らない訳じゃないですけど・・・」
魔法なんて、おとぎ話の話だ。ファンタジーだ。
それこそ、別の世界に行くとか、それと同じくらいありえない話。
あり得ないからこそ、色々なファンタジーの題材にされる。
文学部の生徒とかも、なんかそんな感じのお話を書いてるって言ってた。
「魔法なんて・・・作り話の世界の話で、実際には存在しない物なんじゃないですか・・・?」
「ふーん、あなたの世界ではそうなってるのかしら。でもね、この世界では、魔法はちゃんと技術として確立されてるのよ」
マリナさんは右手の人差し指を立てて、何やら私には聞き取れない小さな声でぶつぶつと小さく呟き始めた。
すると、立てた指の先から、赤い小さな光が生まれた。
そして、その光はすぐに、ボッという音とともにライターのような小さな火へと姿を変えた。
「え!? えぇ!?」
何が・・・どうなってるの・・・?
手品?
種も仕掛けもあるやつ?
「どう?魔法はちゃんとあるのよ」
「・・・・・・・・・」
身を乗り出してまじまじと見つめるが、仕掛けは見当たらない。
もしかして、火そのものが偽物・・・?
「それ・・・熱くないんですか?」
「流石にずっと出してるとちょっと熱いわね。火だし」
とマリナさんは火を消した。
近づいたとき、マッチのようなほんのりとした熱を感じた。
火も、偽物じゃない。本物だった。
「それ・・・本物の・・・魔法・・・なんですか・・・?」
「そうよ、どうせなら、もう一つ見せちゃおうかな・・・あなた、足が随分を疲れてるみたいね」
「え、わかるんですか・・・たしかに、今すごい疲れてます・・・」
タダでさえ、日常生活に支障をきたしかねない筋力と体力しかないのに、舗装もされてない道ですらない平原を歩いてきて、足は悲鳴を上げている。まだ歩くくらいはできるけど、そう長くは持たないだろう。
「うん、ちょっと待っててね」
マリナさんは、シスターらしく、胸の前で両手を合わせ、祈りの姿勢をとる。
「今ここに癒しの力を、内に篭りし魔力の解放を命じます・・・」
またぶつぶつと何かをつぶやくと、露出している鎖骨から胸のあたりに、不思議な緑色の模様が浮かびあがり、
そして、胸の前で、今度は緑色の光の玉が出現する。
「・・・うわぁ」
もう私はそれしか言えない。
それが何なのか、何が起こっているのか、全くわかっていないから。
その光は、小さな光へと分裂し、机の反対側にいる私の両足へと流れ込んでくる。
「・・・あれ?・・・なんか足が・・・」
ジンジンと重い痛みを伝え続けていた私の両足は、
光を受けると、じんわりとあったかくなっていって、重みがみるみるうちに無くなっていく。
そのうち、
すーっと力が抜けるように、私の足は軽くなった。
「どう?疲れは消えた?」
得意げな顔のマリナさん。
「はい。本当に楽になりました」
「これが魔法よ。わかってくれた?この世には、魔法は実際に存在してるの」
「・・・すごい力ですね・・・怪我とかも治せるんですか?」
「大体のケガは直せるわね。あんまりひどい大怪我は難しいけど」
「へぇ・・・」
ここまで見せられてしまっては、流石に信じるしかない。
実際に私の足の疲労は跡形もなく消えていることが何よりの証拠。
湿布を貼ったり、マッサージをするのなんかよりも、何倍も速く痛みが消えた。
まさしく、まるで魔法のように痛みが消え去ったという感じだ。
「さて、魔法の話はここまでにしておいて、話を戻しましょうか。あなたの話にね」
「あ、はい」
「魔法はあなたの世界では存在しないみたいだし、現物を見た後だと、少しは実感が湧くかしら。あなたが今いるここは、もともとあなたがいた世界とは別の世界だって」
「・・・そうですね・・・本当に世界が違うのかもしれないって、思えてきました・・・」
「まぁ、私も確証があるわけじゃないんだけどね」
そうはいうものの、今得た情報をまとめると、やっぱり自分は違う世界に来てしまったという可能性が、一番いろいろなことに説明がつく。
今までインターネットでも見たことのない景色。
繋がらないスマホ。
現代ではありえない街並み。
コミュニケーションがとれる花。
そして、魔法の存在。
ここにあるものは、私が知らないことばかりだ。日本語が通じるから、いまいち実感が湧かなかったけど、
やっぱりここは私が住んでいた世界とは違う法則で動いているのかもしれない。
違う星に来ているなんてことも考えたけど、結局は同じことだ。
「ま、とりあえず、今日は時間も遅いし、続きは夕食の後にしましょう。泊まる所も無いでしょうし、今日は私が面倒をみてあげる」
窓を見ると、すでに日が落ちかけていた。
いつのまにこんな時間に・・・
「でも・・・」
「安心して、さっきも言ったけど、そういうのは慣れてるから」
「じゃあ、お言葉に甘えて・・・」
別の世界に来てしまったかもしれない私。
これからどうなってしまうんだろう。
帰る術はあるのかな・・・?